第182話 浮遊城の戦い
神鳥ガルーダの背に乗り大空へと飛び立つ一行……大魔王の居城がある足場へと辿り着く。ガルーダは敵のバリアを破るのに力を使い果たしたため休息を取る事となり、魔王一行は彼女に別れを告げて城を目指す。
浮遊城は巨大な円形の足場の中央に悪魔の城がそびえ立つ構図となっており、一行はそこを目指す。城まで残り二百メートルの距離に迫った時……。
「……」
ザガートが無言のままピタリと足を止める。他の者達も魔王が何かに勘付いたのだろうと思い、それ以上先に進まない。
魔王の視線が向けられた先に城の入口の大扉があり、ギギギッと音を立てて開く。そこから人の形をした『何か』がワラワラと大量に湧いて出る。
城門から出てきたもの……独りでに動く人間の白骨死体が軽装の鎧を着て、剣と盾で武装したそれは、スケルトンと呼ばれる有名な不死の騎士だ。数はおよそ二百体ほどいる。
彼らの群れにレッサーデーモンとヘルハウンドがそれぞれ十体ずつ混ざっており、等間隔に距離を開けてまばらに配置されている。
総数二百二十体にも上る魔物の軍勢はザガートめがけてゆっくりと進軍する。骸骨達は獲物を前にして戦意が高揚したように目を赤く光らせて、歯をカタカタ動かして不気味に笑う。
「最初のお出迎えという訳か……」
手荒な歓迎を受けてザガートがニタァッと邪悪な笑みを浮かべる。敵の大軍を前にしても臆する気配は微塵もなく、戦いが始まる事を喜んだようにウキウキする。
「どうするつもりだ?」
レジーナが敵にどう対処するつもりなのか方針を問う。
「心配ない……一瞬でカタを付ける」
ザガートが王女の疑問に即答する。敵を速攻で始末する旨を告げると、数歩前にズカズカと進み出る。ピタリと足を止めると、両手で印を結んで呪文の詠唱を行う。
「紅魔の力よ、一点に収束して爆裂せよ……核爆熱閃光ッ!!」
魔法名らしき言葉を叫ぶと、敵軍の中心に赤い光のようなものが集まっていく。限界まで圧縮されて小さな光になった瞬間、火が点いたダイマナイトのように爆発して、その場にいた魔物の群れを一瞬で粉微塵に吹き飛ばす。
更に最初の爆発が起こった地点の周囲に打ち上げ花火のようにボンボンボンッと連鎖的に爆発が起こり、爆破地点にいた魔物をゴミのように薙ぎ払う。
「ギャアアアアアアッ!!」
「ドグワァァァァアアアアアアッ!!」
「アビャァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」
爆発に巻き込まれた魔獣の悲鳴がこだまする。スケルトンの骨は粉々に砕けて、レッサーデーモンの肉は黒焦げになり、ヘルハウンドは木っ端微塵になる。爆発の威力に耐えられる魔物などいない。
ドミノ倒しのように連鎖的に起こる爆発は一向に止む気配がなく、あたかも近代の航空機編隊による爆撃が行われたようだ。魔物はある者は逃げ惑い、ある者は必死に耐えようとしたが、全く無駄な抵抗だ。
最初の爆発から一分半ほど経過した後……それまで続いていた爆発がピタリと止む。場がシーーンと静まり返り、風が吹き抜ける音だけがビュウビュウと鳴る。
爆発が止んだ時、そこに生きていた魔物など一匹もいなかった。黒焦げになった骨と肉片がそこら中に散らばっており、敵が全滅した事実を物語る。
足場になっている床はかなり丈夫に作られていたらしく、極大呪文を受けても表面が微かに焦げただけだが、それでも敵を一掃した術の威力は相当のものだ。
「相変わらず……デタラメな威力だな」
凄まじい破壊力を目の当たりにしてレジーナがいつもの呆れ顔になる。やれやれまたこれか、と言いたげな様子だ。魔王が強大な魔力の持ち主なのは分かっていたが、それでも尚驚かずにはいられない。
「核爆熱閃光……隕石群落下に匹敵する大火力の魔法だが、森で使えば木を焼くし、ダンジョンで使えば天井が崩落する。こういう開けた場所でも無ければ使えないシロモノだ」
ザガートが敵を一掃した魔法の解説を行う。周囲に甚大な被害をもたらすだけに迂闊に使えない術だという。ここで使用に踏み切ったのは開けた空間である事に加えて、浮遊城が極大呪文に耐える造りだと判断したようだ。
「行こう……これが敵の全戦力ではあるまい」
説明を終えると前に進む事を提案してズカズカと歩き出す。仲間達は魔王の言葉に同意して彼の後に付いていく。
魔王は敵の死を嘲るように、地面に転がった魔物の炭化した骨をクシャッと踏み付けた。
◇ ◇ ◇
開けた城門から中へと入る一行……城内の通路をぞろぞろと進む。
城の中は壁が暗めの墨色に塗られていたものの、中世ヨーロッパの王宮のような造りになっており、悪魔の居城らしい不気味な内装にはなっていない。生物の体内のような細胞壁でもなければ、謎の宇宙空間だったり、溶岩が煮えたぎったりもしていない。
ただ所々に人間の白骨化した死体が転がっており、骨にへばり付いた肉を食べようと虫とネズミとトカゲが群がる。更に彼らを食べようとコウモリやカラスが待ち構えており、サッと襲いかかっては小動物を捕食する。
それらは大魔王が生み出した魔族ではないようで、ザガートが近付くと慌てて逃げ去る。カラスは襲いかかってきたりはしないが、窓枠や壁掛けの燭台に停まったまま一行をじっと眺める。これまでと異なる雰囲気の侵入者に興味を示したようだ。
「この城に普通の人間は入れぬはずじゃが、死体が転がってるのはどういう訳じゃ?」
鬼姫が頭の中に湧き上がった疑問を口にする。ガルーダの力が無ければ入れない場所に、自分達以外に侵入者がいた形跡を見て首を傾げた。
「あくまで仮説だが、大魔王は城が通りかかった場所にいた村人や冒険者をさらっては、魔物に殺させるゲームをしていたんだろう。そうする事で配下に戦闘経験を積ませて、有能な人間がいれば死後に魔物として生き返らせて使役していたに違いない」
ザガートが推測だと前置きしながら答える。城内の白骨死体が大魔王にさらわれた犠牲者であり、魔王軍の戦力強化の駒に使われたのだろうと考える。
『それが事実であるならば、なんと卑劣な輩よ……やはり大魔王こそ討ち果たされるべき諸悪の根源に他ならぬ』
敵の悪行を知らされてブレイズが深く憤る。人を人と思わぬ大魔王の所業に、何としても彼を討ち果たさねなならぬのだと思いを強くする。
他の仲間達も不死騎王の意見に同意して頷く。皆が使命感に胸をたぎらせて前へ前へと進む。
◇ ◇ ◇
一行は大広間に通じると思しき大きめの回廊を歩く。
回廊は左右にガーゴイルのような悪魔を模した彫像が置かれており、それが数メートルおきに等間隔で配置されている。だが単なる彫像なのか、襲ってくる気配は無い。彫像の悪魔は台座に乗ったまま、うんこ座りと呼ばれるガラの悪いポーズを取る。
ガーゴイルの彫像がズラッと並ぶ回廊を、一行が黙々と歩き続けた時……。
「グルルゥゥゥゥァァァァアアアアアアーーーーーーーーッ!」
彫像の影に隠れていた一体の魔獣が、けたたましい咆哮を上げながら一行めがけて飛び出す。大人のライオンより一回り大きな、黒いチーターの化け物……それはかつてカフカが連れていた『黒の追跡者』と呼ばれる魔獣と同種のようだ。
チーターは他の獲物には目もくれず、真っ直ぐザガートへと向かう。大きく口を開けてジャンプし、相手の喉笛に噛み付こうとした。
「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……火炎光弾ッ!!」
ザガートが正面に右手をかざして攻撃魔法を唱える。男の手のひらから轟々と燃えさかる梨くらいの大きさの火球が放たれてチーターに命中する。天まで届かんばかりの巨大な炎が噴き上がると、魔獣の体が一瞬で灼熱の業火に呑まれた。
「グァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」
チーターの口からこの世の終わりと思えるほどの絶叫が発せられた。火球を受けた衝撃で後ろに吹っ飛んで地べたに叩き付けられると、全身火だるまになりながらくねくねと死のダンスを踊る。痛みから逃れようと必死にもがいたがどうにもならず、数秒が経過すると黒焦げになったままピクリとも動かなくなる。炎が急速に沈下すると、炭化した体がザァーーーッと砂のように崩れ落ち、最後は物言わぬ灰の山となる。
「不意打ちで俺を殺せると思ったなら、考え違いも甚だしい……」
ゴミのようにあっけなく息絶えた敵を眺めながらザガートが侮蔑の言葉を吐く。身の程をわきまえずに襲いかかってきた相手を心底見下したような、冷たい氷の眼差しを向ける。
フンッと小馬鹿にするように鼻息を吹かすと、回廊の奥に向かってズカズカと歩いていく。




