第181話 ふんぬらばーーーーっ!
「さてガルーダよ……もう一つ聞いておきたい事がある」
魔王がサッと話題を切り替えたように神鳥の方を向く。
「大魔王の城はアンタの助力が無いと入れないそうだが……それは一体何処にあるんだ?」
敵の本拠地の所在を問う。これから向かう場所なだけに、どんな所にあるのか聞いて確かめておきたかった。
「……お見せしましょう」
ガルーダはそう答えると、神殿の何も無い壁を向く。
直後神鳥が見ていた壁に長方形の大きな映像が映し出された。魔力によるものなのか、高解像度で非常に滑らかに動くそれはあたかも映画のようだ。
映像に映っていたもの……それは雲海より更に上の空を、皿のような平べったい円盤が浮遊している姿だった。円盤はかなり巨大で、半径一キロメートルは優に超えている。円盤の中央に中世ヨーロッパの城のようなものがそびえ立っており、敵の居城と思われた。
円盤の真下に円盤より一回り大きな魔法陣が浮かび上がっており、時計回りにクルクルと回る。この魔力により宙に浮かされた円盤こそ、大魔王の城を支える鋼鉄の足場なのだ。
円盤は一箇所に留まらず移動し続けていたが、何処かに向かう様子は無く、特定の範囲内をグルグル周回する。
「浮遊城パンドラ……地上より遥か高みにある天に浮かぶ城こそ、大魔王が棲む忌まわしき場所ッ! 地上はおろか空からの侵入も許さない絶対不可侵な領域ッ! それもそのはず、この城は大魔王の魔力による結界で守られていて、私以外の力では突破できないのです!!」
ガルーダが敵の居城の名を口にする。浮遊城があらゆる者の侵入を拒むバリアで覆われていたと伝えて、自分だけが唯一その守りを突破できると教える。
(フゥーーム……浮遊城パンドラ……大魔王の城というからてっきり地底深くにあると踏んでいたが、まさかこんな高い雲の上を飛び続けていたとはな)
ザガートが映像を眺めながら声に出して唸る。敵の居城が全く予想だにしない場所にあった事に驚きを隠せず、眉間に皺を寄せてとても渋い顔になる。
徒歩で立ち入れない場所にあるとは聞いていたが、それが雲より高い天空などとは夢にも思わず、虚を突かれた思いがした。こんな高所にあっては魔王城でおやすみなど到底できそうもない。
「これで聞きたい事は全部だ……もし良ければ、今すぐにでも大魔王の城へ連れていってもらいたい」
魔王は話を切り上げると、早速自分達を敵の根城へ連れていくよう頼む。
「では皆さん、私の背中に乗って下さい」
ガルーダはそう言うと身を屈めて地べたに腹這いになる。六人はそそくさと彼女の背中によじ登る。
壁に映った映像は役目を終えたように消去される。
「わぁーーーーっ! 鳥さんの背中、モフモフっす! とってもあったかいッス!!」
なずみが孔雀の体毛の柔らかさに歓喜の言葉を漏らす。神鳥の背中に顔をうずめてスリスリさせたまま、ベッドの毛布に包まれたような心地になる。
「この羽、毟ったら高く売れんかのう」
鬼姫が孔雀の羽をじーーっと眺めたまま物騒な言葉を吐く。
「コラッ! 馬鹿な事を言うもんじゃありません!!」
ザガートが思わず声を荒らげて仲間の失言を叱り付けた。神鳥の機嫌を損ねる可能性を危惧したあまり、子供を叱る父親の口調になる。
他の仲間達は二人のやり取りを眺めてクスクスと笑う。神鳥は羽が毟られなかった事にホッと一安心する。
「ではそろそろ向かうとしましょう」
ガルーダは六人が背中に乗った事を確認すると、ゆっくり立ち上がって大広間の一角にある壁を見つめる。
視線が向けられた先に彼女が通れる大きさの鉄製の大扉があり、思念に呼応したようにギギギッと音を立てて独りでに開く。扉が開いた先に神殿の外の空間が広がる。
「飛ばしますよ……振り落とされないよう、しっかり捕まってて下さい!!」
神鳥は警告の言葉を発すると、出口めがけて猛然とダッシュする。神殿の外にある平野へ出ると、助走の勢いに任せて大空へと飛び立つ。そのまま一気に数千メートルの高度に浮上する。
「うわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
鳥の飛行スピードの速さに女達が思わず悲鳴を上げた。事前の警告通り空気抵抗により生まれる風圧は凄まじく、振り落とされないようにするだけで精一杯だ。六人は鳥の背中の体毛に全力でしがみ付く。
「わぁーーーーっ! 飛んでる! オイラ達、雲の上を飛んでるッスよ!!」
雲海の上を飛ぶ景色を眺めながらなずみが目をキラキラ輝かせた。
『ヌォォォォオオオオオオッ! これは夢か幻か!? まさかこのような体験をする事になろうとは!!』
ブレイズが思わず声に出して唸る。普段の寡黙なイメージからかけ離れた、ガラにもない慌てぶりを見せた。冷静沈着な彼も、これまでの人生で味わった事の無い体験に驚かずにいられない。
他の者達も皆、初めて見る景色に胸を躍らせた。本来敵の根城に向かう緊迫したシチュエーションであり、悠長に感動している暇は無いのだが、それでも感慨を覚えずにはいられない。
この刺激的な旅の記憶は、一生の思い出になるだろう……そう思いを抱く。
孔雀が優雅に空を舞う姿も美しい。見るからに芸術的な姿は神鳥と呼ぶに相応しい貫禄がある。
一行が鳥の背中に捕まったまま飛び続けていると、正面に小さな物体が見えた。距離が近付くにつれてだんだん大きくなるそれは、映像の中で見た浮遊城の姿だ。
ガルーダが百メートルの距離まで迫ると、浮遊城全体が半透明に透けた青い球状のバリアで覆われる。侵入者の存在を察知して迎撃態勢に切り替えたようだ。
バリアが間近に迫っても鳥は一向に減速する気配を見せない。それどころか突進しようとするようにグングン速度を上げる。
「ふんぬらばぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
ガルーダはトイレで力んだような声を発すると、バリアめがけて突っ込む。鳥が触れるとドガシャァァーーーーンッ! と分厚いガラスの板が割れた音が鳴り、激突した箇所のバリアが粉々に砕ける。青いガラスの破片が降り注ぐ中をガルーダが強引に突っ切る。
「えっ……ええええええぇぇぇぇーーーーーーーーっっ!?」
鳥の予想だにしない行動に一行が目を丸くさせた。一瞬何が起こったのか全く理解できず、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
鳥は自分ならバリアを突破できると告げていた。一行はそれがバリアを消去する魔法とか、彼女だけはバリアを通過できるとか、あるいはテレポートだとか、何らかの魔術的な手段だと考えていた。
何の事は無い。彼女の言うバリアを突破する手段とは、単なる力任せの体当たりによる物理的な破壊だったのだ。
一行がドン引きしている事など気にも留めず、ガルーダがバリア内部に侵入する。円盤の端にある足場に降り立つと、前屈みになって床に腹這いになる。
「ハァハァ……バリアを破るので力を使い果たしました。私はここで二時間ほど休むので、その間に大魔王を倒して下さい。全てが終わったら迎えに参ります」
息を激しく切らせて全身をグッタリさせた。力技による突破で体力を消耗したらしく、精も根も尽き果てた様子だ。
一行は鳥の背中から降りて床に足を付けると、彼女を心配そうな目で見る。このまま息絶えるんじゃないかと不安が頭をよぎる。
(こんな事をこれまで二度もやったのか……神もとんだ大仕事を押し付けたものだ)
ガルーダの苦労を想像して魔王は何とも言えない気持ちになる。辛い思いをしてまで使命を果たしてくれた彼女に感謝してもしきれず、何としても苦労に報いねばなるまいと思いを強くする。
「待っていろ……大魔王は必ず俺が倒す。アンタの苦労は決して無駄にはしない」
神鳥にアザトホースの討伐を強く誓う。浮遊城に巣食う敵を滅ぼす事こそ、彼女の労を労う最良の手段だと考えた。
魔王の言葉に神鳥がコクンと頷く。一瞬フッと安心したような笑みを浮かべると、目を閉じて横になり安らかな眠りに就く。スゥスゥと気持ちよさそうに寝息を立てる。
神鳥が休息に入った姿を見届けると、一行は広場の中央にある魔王城を目指して歩き出す。彼女の犠牲を無駄にしないためにも、ここで敗れる訳には行かない……そう固く決意するのだった。




