第174話 ドラゴンの棲む山
村を出たザガート達は雪山を目指して歩く。山に棲む魔物が魔王軍の最後の幹部だろうと考えて、彼を倒す事を目的とする。
山は村から西に二十キロ離れた場所にあり、そこへ向かう。目的地に近付くにつれて周囲の気温が下がりだし、山まで残り一キロの地点で雪が降りだす。麓に辿り着いた時にはビュオオオッと風が吹き抜けて猛吹雪になる。村長が話した通り、山の周囲だけが冬になったようだ。
「ぐぁぁぁぁああああああっ! 寒いッ! 寒いのじゃぁぁぁぁああああああっ! 死ぬ! こここ、このままでは凍え死んでしまううううう!!」
あまりの寒さに鬼姫が悲鳴を上げる。それぞれの手で反対側の二の腕を掴んだ姿勢のまま、肩を縮こませて震え上がる。表情は青ざめて、鼻水が垂れ落ちる。
他の仲間達も気温の急激な低下に体を震わせた。全身の体温がみるみる下がっていき、このまま放っておいたら一分と経たずに死にそうな勢いだ。ザガートとブレイズだけが猛吹雪に打たれたまま平気そうな顔をする。
「聖なる力よ、我が旅を助けたまえ……補助移動ッ!!」
さすがに仲間を凍死させる訳にも行かず、魔王が呪文を唱える。手のひらから金色に輝く光が放たれて、六人の体をバリアのように覆う。光はスゥーーッと薄れて消えていき、目に見えない結界となる。
「おおっ! 見えない結界に覆われた途端、体が急にポカポカあったかくなりだしたぞ!!」
寒さを感じなくなった事にレジーナが歓喜の言葉を漏らす。さっきまで猛吹雪の中にいたのに、今は暖房が効いた部屋の中にいるような感覚を覚える。バリアの中は常に二十度以上に保たれており、外のマイナス気温をものともしない。
「それだけじゃないッス! オイラ達に触れようとした雪が、バリアにぶつかってビチビチと弾かれるッス!!」
なずみが自分達の身に起こった出来事を驚き顔で解説する。
単に熱に触れて溶けていた訳ではない。ガラスの壁にぶつかったように雪が物理的に遮断されていた。頂上から吹き抜けた風すらもバリアを避けて飛んでおり、肌に一滴の水分も触れない状態となる。
「このバリアはお前達を雪から守ってくれる……流石にドラゴンから氷のブレスを吐かれたら防げないが、単なる天候の吹雪なら恐れる事は無いだろう」
ザガートが少女達を包んだ結界の効果を語る。冷気の遮断に限界があると前置きしながらも、雪山の快適な旅を約束するものであると伝える。
「ぬおおおおぉーーーーーーっ! このバリア凄いぞ! 前進したら、目の前に積もった雪が溶けていくのじゃ!!」
鬼姫が大はしゃぎしながらズカズカと前に進む。彼女を包んだバリアに触れた大地の雪が瞬時に溶けて無くなる。高熱に触れて液体になっただけでなく、一瞬で蒸発した気体になる。まるで雪が彼女を避けるように、通った場所だけ雪が無い状態となる。それがあまりに面白くて、周囲の雪を手当たり次第に消して遊ぶ。
その時山の頂上から雪崩が落ちてきた。ドォォッと地鳴りのような音を立てて、白い津波と化した雪が一行を呑み込む。だがバリアは迫ってきた雪を全て溶かしてしまい、魔王達は全く被害を受けない。雪崩で埋まった雪の大地に、六人が立っている場所だけポッカリ雪が無い状態となる。
もはや吹雪など恐るるに足らなくなり、六人は雪を溶かしながら竜の巣穴を目指して進む。
◇ ◇ ◇
山の中腹に辿り着いた一行……村長が言っていたらしき洞窟を見つける。
魔物が住むだけあり、洞窟はかなりの広さだ。古代の恐竜ティラノサウルスが余裕で出入りできるスペースがある。内部はゴツゴツした剥き出しの岩肌になっており氷の洞窟では無かったが、外の風が中に向かって吹き抜けていたため、気温はかなり低い。一行はバリアで守られていたため平気だが、もし備えが無ければ凍死する危険がある。
洞窟の中は非常に暗く、奥を見渡す事は出来ない。外の光も内部までは届かない。
「聖なる光よ、暗き場所を照らしたまえ……領域灯ッ!!」
ルシルが正面に右手をかざして魔法の言葉を叫ぶ。するとパーティから半径十メートルの範囲が明るく照らし出された。その光を頼りにして一行は奥へと進む。
洞窟内部はビュウビュウ風が吹き抜ける音が鳴るだけで、他に物音はしない。魔物が襲ってくる気配は無く、ザガート達の他に生物の姿を見かけない。気温が異様に低かったためか、洞窟の中で暮らす野生動物はいないようだ。熊すら冬眠を行っていない。
しばらく洞窟を歩き続けると、数人の白骨死体が転がっているのが見えた。ボロボロの衣服、壊れた鎧、真っ二つに折れた剣、燃料が切れたランプ……それらは彼らが冒険者の一団だった事を窺わせた。
「ギルドの調査団は生き延びたと聞いたが、彼ら以外にも足を踏み入れた連中がいたようだな」
レジーナが白骨死体を眺めて彼らの素性を推測する。地面に散乱した持ち物、死体が置かれた状況から、ドラゴンに殺された犠牲者だろうと察する。ルシルとなずみは洞窟で息絶えた犠牲者を憐れみ、両手を合わせて祈る。
「……厄介だな」
ザガートが不意にそう呟く。洞窟の内部をぐるりと見渡しながら、顎に手を当てて気難しい顔をする。
「どうしたんスか?」
師匠が何を厄介に感じたのかが分からず、なずみが問いかけた。
「この洞窟内部には、目に見えない瘴気が渦巻いている……それは探知魔法を阻害するものだ。おかげで俺の力を以てしても、敵が何処に潜んでいて、何処から攻めて来るか探るのは容易ではない」
少女の問いに魔王が答える。洞窟の中に邪悪な力が働いていて、敵に有利な状況を生み出している事を教える。この洞窟そのものが敵の得意地形になっているというのだ。
(ドラゴンが洞窟の外まで調査団を追わなかったのは、瘴気の中に身を置く事で、正体を知られないようにする狙いがあったからなのか?)
村長の話と照らし合わせて、竜が冒険者の追跡を諦めたのは、洞窟の外に出たくなかったからではないかと察する。
ザガートが敵の能力に思いを巡らせた時、洞窟全体がゴゴゴッと音を立てて揺れた。直後ドォォーーーンッという衝突音とともに洞窟の壁にビシビシと亀裂が入りだし、天井から砂が零れ落ちる。何かが壁をブチ破ってこちら側に来ようとしているのが分かる。
やがて亀裂の入った壁に大穴が空くと、そこから巨大な蛇のような物体が飛び出してきた。
一行の前に現れたのは、大人のライオンを一呑みにする大きさの、胴が長い東洋タイプの龍だった。全身がガラスのような半透明の氷で出来ており、中が透けて見える。氷の内部は骨格を支える龍の骨があり、肋骨内部には魔力の核らしき赤い水晶がある。内蔵や血管らしきものは見当たらない。
生身の生物というより、ゴーレムのように人工的に生み出された魔法生物という印象を与える。両瞼には赤い宝石が埋め込まれており、不気味な光を放つ。
ドラゴンはフワフワと宙に浮いたまま、魔王達の方をじっと見る。相手の出方を慎重に窺っているのか、いきなり攻撃を仕掛けたりしない。
「……貴様がこの山を凍らせたドラゴンか」
調査団が見たらしき魔物を前にしてザガートが問いかけた。
「如何ニモ……俺ハ、スノードラゴン! 魔王軍十二将ノ最後ノ一人ニシテ、コノ山ノ支配ヲ任サレシ者!!」
氷の龍が男の問いに答える。この見るからにおぞましい巨大なドラゴンこそ、一行が探し求めた最後の宝玉の持ち主に他ならない。




