第171話 こんなところに泉がっ!
アビスウォームを倒した魔王一行は次なる宝玉を求めて旅を続ける。ミントベリーの町には戻らず、そのまま砂漠を突っ切る。最後の宝玉のありかが書かれた×印は砂漠からずっと遠く離れた西にあったため、そこを目指す事となる。
砂漠を越えた平原を更に進むと大きな森があり、そこを通っていく。森は木々が密集していて日の光が射し込まない暗い場所だったが、魔物の気配は感じられない。鳥がチュンチュンとさえずる声が聞こえて、リスの姿を見かけるのどかな景色だ。
魔物に襲われる事なく森の中をサクサク進むと、木々の密集度合いが下がっていく。日の光が射し込むのが見えて、そこを目指して進んでいくと、次第に空間が開けてくる。最後は森の切れ目へと辿り着く。
「おお……!!」
森を抜け出た瞬間視界に飛び込んだ景色に女達が目を輝かせた。
彼女達が見たもの……それは大自然に囲まれた天然の泉だ。水は透き通っていて美しく、鮮やかなエメラルドブルーの色に輝く。泉の底には数匹の魚がいたが、魔物が潜んでいる気配は無い。
泉は公衆浴場くらいの広さがあり、数人なら余裕で入れるスペースだ。まるで冒険者にここで休んでいけと言わんばかりに用意されたような場所だ。
「フム……人が入るのに適した水温だ。毒も酸も含まれていない」
ザガートが泉の前にしゃがみ込んで、指で触れて水質を確かめる。指先の感触だけで泉の成分を事細かに分析し、人体に無害だと判断する。
「この泉には精霊の力が宿っている……彼らが邪悪な者を排除する結界を張り巡らせて、魔族が浸かれないようにしているのだ」
泉が聖なる力で庇護されている事を明かす。大魔王が生み出した魔法生物が侵入できない仕組みになっているため、入浴者の安全が保証されているというのだ。
魔王は最初、泉は罠ではないかと内心で疑った。周囲に何も無い場所におあつらえ向きとばかりに泉があるのを不自然に感じたからだ。それが杞憂だったらしいと知り、ホッと一安心する。
「よし、それならここで水浴びしていこう! ちょうど長旅で汗をかき始めていた所だっ!!」
レジーナが体を洗う事を提案する。泉が安全だと知るや、意気揚々とはしゃぎながら服を脱ぎだす。水に浸かりたくてウズウズしたようだ。
「王女様……はしたないです」
「姐さんったら……しょうがないッスね」
人目もはばからず豪快に脱衣する王女を見てルシルとなずみが苦笑いする。女の恥じらいを微塵も持ち合わせない彼女に心底呆れながらも、泉に入る意見には同意して一枚ずつ服を脱ぐ。
「俺達はちょっとその辺を見て回ってくる……泉に入れないとはいえ、魔物が潜んでいないとは言い切れないからな」
ザガートとブレイズは泉に入らず、周囲の森を散策する意思を伝える。女達の肌や下着には全く興味を示さず、さっさとその場から立ち去ろうとする。
「ん? なんじゃ、お主は一緒に水浴びせぬのか? 我はてっきりあんな事やこんな事になると思っておったぞ。なんならエッチな体の洗いっこしても構わんのだぞ……ムフフッ」
肉食系男子にあるまじき男の態度に鬼姫が拍子抜けした顔をする。いやらしい展開になると期待したにも関わらず、そうならない事に不満を漏らす。最後はとても卑猥な提案をして顔をニヤつかせた。
「……体は一人で静かに洗いたい主義だ」
ザガートはそっけなく言葉を返すと、後ろを振り返りもせずズカズカと森の中へ歩いていく。女の提案にイラついたのか、声の調子は少し不機嫌だ。
鬼姫は男の塩対応にガッカリし、なずみはムフフでスケベな展開にならなかった事に心底安堵するのだった。
◇ ◇ ◇
四人の女達は一糸纏わぬ姿になると水の中へと入る。最初に足先だけ水に触れて水温を確かめると、ゆっくりと全身で泉に浸かる。
四人は水に浸かるとそれぞれバラバラな行動を取る。ルシルは静かに水に浸かったまま全身の汚れを落とすように指でなぞり、なずみはプールで遊ぶようにバシャバシャ泳ぎ、鬼姫とレジーナは水の冷たさにはしゃぎながら互いに水を掛け合って遊ぶ。
裸の女達が戯れる光景はとても色気があった。若くて美しい女達のあんなものやこんなものが、謎の光で隠される事なく曝け出されているのだ。もしザガートのような精神的賢者でない年頃の若い男子がこの光景を見たら、大変な事になっただろう。
平和な一時を満喫した彼女達であったが、やがてルシル以外の三人の視線がある一点へと向けられる。視線の先にあるものを凝視したまま、眉間に皺を寄せて気難しい表情になる。
「な、なんですかっ! 急に!!」
視線に気付いてルシルが慌てて胸を両手で覆い隠す。
三人が見ていたもの……それは彼女の胸だ。弾力ある肉の塊がぶら下がっていたのを見て、目で追わずにいられなかった。
三人は自分と彼女の胸を見比べて「はぁーーっ」とため息を漏らす。胸の大きさで負けた事に、強い敗北感に打ちのめされてガクッと肩を落とす。
深い失意の奈落へと突き落とされたまま黙り込んでいたが、やがて鬼姫が思い立ったように顔を上げる。表情は激しい怒りに満ちて、ギリギリと割れんばかりの勢いで歯軋りする。
「グヌヌゥゥ……けしからんッ! なんじゃ、その肉のスライムは! いや、もはやスライムなどと呼べるレベルではない! 八匹のスライムが合体した、スライムの王……肉のキングスライムが二体もそこにおるではないか!!」
腹の底から湧き上がる憤激を声に出してブチまけた。胸の大きさで優劣を付けられた事に激しく嫉妬し、大声で喚き散らす。ルシルの乳房が如何に大きいかを喩え話によって表現したが、歪曲的で分かり辛い。
「四人の中で一番エロい女は妾でなければならぬのに、こうも女の大事なパーツで差を付けられてしまうとは、不公平ではないかッ! そなたが一番影が薄い女だというのに!!」
性的魅力において負けてしまった苦悩を吐露する。微妙にメタフィクションな台詞を吐いて、彼女の胸が大きいのは容姿の無駄遣いであると指摘した。
「ええい、腹立たしい! かくなる上は、その肉のスライムをこうしてくれるわ!!」
鬼姫はそう叫ぶや否や、とてもここでは書けないような事をした!!!
「ああーーーーーーっ!!」
ルシルの切ない悲鳴が森の中にこだまする。なずみは目の前で繰り広げられた光景をとても直視できず、頬を真っ赤にしながら顔面を両手で覆い隠す。
「やめろ、鬼姫ッ! そんな破廉恥な行いをして、誰かに見られでもしたらどうする!!」
レジーナが慌てて仲間の暴走を止めようとした時……。
王女の言葉に反応したように、泉のすぐ側にある茂みがガサッと揺れた。誰かに覗かれている事に気付いて、四人の女が音が聞こえた方を一斉に振り返る。何者かが潜んでいると思しき茂みをじーーっと眺めると、黒い物体がモゾモゾと動く。
「まさか、師匠がオイラ達の裸を覗きに来たんスか!?」
なずみが期待で目をらんらん輝かせた。本来恥ずかしがるべき状況なのに、何故かとても嬉しそうだ。
「いや……そうではない」
鬼姫が仲間の言葉を即答で否定する。覗き魔の正体におおよその検討が付いたのか、表情は暗く、口調は重苦しい。
「魔族じゃ……魔族が、妾たちの裸を覗き見しとる!!」
大魔王の手下の魔法生物が、エッチな覗きの犯人だった事を明かす。
「ギギギィィーーーーーーーーッ!!」
女が大声で叫んだ瞬間、黒いモゾモゾした物体が森の中へと走り去る。正体に勘付かれたため、敵に捕まる前にその場から逃げようという算段だ。猿にも野犬にも見えた物体は森の大地を軽快に走っており、移動スピードはかなり速い。
「あっ!」
泉の側に脱ぎ捨ててあった衣服を漁ったなずみが、思わず声を上げた。
「どうしたんだ!?」
少女が何に驚いたのかをレジーナが問う。
「下着が……オイラ達の下着が無くなってるッス! きっとあの黒い変な魔物が盗んでいったに違いないッス!!」
なずみが、衣服の中から自分達の大事なものが無くなった事を明かす。
これまでの状況から推測するに、覗きの犯人が彼女達のパンティとブラジャーとふんどしを盗んだ事は疑いようがない。
「捕まえるのじゃ! もしここで彼奴を逃せば、我らは替えの下着を持っておらぬ! 衣服の下がノーパンになってしまうぞ!!」
鬼姫が覗き魔を追う事を提案する。自分達が置かれた状況の深刻さを伝えて、一刻の猶予も無い事を皆に分からせた。特に鬼姫となずみは足の組み方や角度によっては股間が見えるため、何も穿いてなければ大変な事になる。
「○○○が丸見えになるのは嫌ッス!」
「何としても覗き魔を捕まえましょう!」
「捕まえて、拷問して吐かせてやる!!」
仲間達が口々に彼女の言葉に同意して頷く。場の意見がまとまると、四人で魔物が逃げた方へと一斉に走り出す。何としても下着を持ち逃げされてなるものかと、全裸で裸足のまま森の中を駆けていくのだった。




