第164話 魔王、ミスリルソードを買う
ミントベリーの宿に泊まった日の翌朝……時計の針が九を回った頃。
宿を出たザガート達一行は街中をブラブラ散策する。六人で表通りをぞろぞろ歩きながら、様子を窺うように左右を見る。時折人とすれ違っては笑顔で手を振る。
昨日のお祭り騒ぎに比べれば街の様子はだいぶ落ち着いたが、それでも表通りはたくさんの人がいて賑やかだ。昨日までクラーケンの脅威に怯えていたとは思えない。
東の海峡を渡れるようになった事で、これまでの商売の遅れを取り戻そうという意気込みがあったのだろう。皆が希望に目を輝かせて活気付いている。
「魔王よ、これから何処に向かうのじゃ? まさか何の目的もなくブラブラと散歩している訳ではあるまい」
街中をトボトボ歩きながら鬼姫が退屈そうに声を掛けた。魔王が無意味な行動をするはずが無いと考えて、散歩の目的を問う。
「ああ……行き先は決めてある」
ザガートが案ずるなと言いたげに言葉を返す。女が推測した通り、明確な目的地がある事を告げる。
一行がしばらく歩いていると、武器屋の看板をぶら下げた建物が見えてくる。それほど大きくはないが、レンガ造りの立派な店だ。かなり繁盛しているらしく、ガラス越しに見える店内には見るからに強そうな武器が並ぶ。
一行が近付いた時、買い物を終えたらしき数人の冒険者が店内から出てきた。魔王はすれ違いざまに手を振って彼らを見送ると、ドアを開けて店の中に入る。
魔王一行が店内に入った姿を見て、カウンターにいた一人の男が早足で駆け寄ってくる。
「おお、あなた方は例のご一行様でございますね? お噂はかねがね伺っております。私の店へようこそっ! 私はこの武器屋の店主、トルネオと言う者です。以後お見知り置きを」
店主を名乗る男が魔王の前まで来て頭を下げる。温和そうな笑顔を浮かべてニコニコする。その男は頭にターバンを巻いたトルコ風の褐色肌の商人で、丸々と太っている。だがただの脂肪でなく筋肉も混ざっているようで、体格の良さを思わせた。
魔王は彼の腕っぷしの良さを見て、商人だけでなく冒険者として武器調達も行っているかもしれないと見抜く。
「それで今日はどんなご用件で?」
トルネオが店を訪れた理由を聞く。
「ここは冒険者が頻繁に出入りするから、この大陸の魔物の情報に詳しいと……そう酒場で聞いた。ぜひ教えてもらいたい事がある」
ザガートが男の問いに答える。この店の店主が最も魔物に詳しいと酒場で教えられており、彼から情報を得る目的でやってきた事を明かす。
「お教えしてもよろしいですが……タダという訳には参りませんなぁ」
店主がニタァッといやらしい笑みを浮かべる。親指と人差し指で輪っかを作り、お金のサインを見せて対価を要求する。情報が欲しければ武器を買ってくれと、そう言っているのだ。
「ふむ……それならレジーナの剣が折れたからちょうど良い。彼女に新しい武器を買ってやるとしよう」
ザガートが男の要求をすんなり呑む。タダで情報を得るのは虫が良すぎる考えがあったのか、対価を求められた事に腹を立てたりはしない。
「店主、そこの女騎士が自在に振り回せる剣の中で一番切れ味が良いものを頼みたい」
王女を指差して、彼女が扱いやすい武器を売ってくれるよう頼む。
「そうですね……それなら、これがよろしいかと思います」
店主はそそくさと武器の陳列棚に行くと、鞘に収まった一振りの剣を持ってきて王女に手渡す。
王女が鞘から抜くと、刀身から眩いエメラルドグリーンの輝きが放たれた。剣の大きさや重さはロングソードと同等だが、どう見てもただの剣ではない。
「おお、なんだこれはッ! 店主よ、これは何という名前の剣なんだ!!」
剣が放つ輝きにレジーナが思わず歓声を上げた。明らかに普通の剣とは異なるオーラに見とれるあまり、子供のようにはしゃぎながら武器の名前を問う。
「それはミスリルソードと呼ばれる剣です。名前を聞けばお分かりでしょうが、魔法金属ミスリルを素材にした剣……非常に軽くて、とても丈夫ですよ。その分値は張りますがね」
トルネオが武器について解説を行う。ファンタジーでは有名な特殊金属で造られた事、それにより女性でも扱いやすい重さである事を伝える。
「一人前の冒険者が手にする剣と言えば、ミスリルソードか鋼の剣というのがお約束でしたが……鋼の剣は多少重量があります。重さを気にせず振り回すなら、ミスリルソードの方が良いでしょう」
重量があるもう一つの剣を引き合いに出して、緑色の剣の方が彼女に向いていると判断した事を付け加えた。
「決めたぞザガート! この剣が欲しい! ぜひ私の愛剣にしたい!!」
レジーナがプレゼントをもらえる子供のように目をキラキラ輝かせて、名剣を買ってくれるようせがむ。エメラルドグリーンの輝きがすっかり気に入ったようだ。
「……金貨五枚で良いか?」
ザガートが異空間から中身がぎっしり詰まった白い袋を取り出し、中から五枚の金貨を取り出して店主に手渡す。
「ヒッヒッヒッ……まいどあり」
店主が金貨を受け取って上機嫌になる。高価な剣を売れた満足感でニコニコ笑顔になり、魔王に対して好印象を抱く。
「不公平じゃ! 魔王よ、王女だけでなく妾にもなんかくれっ!」
鬼姫が急にだだをこねる。レジーナだけが武器を買ってもらえた事に、自分もなんか欲しいと不満を漏らす。
(子供じゃあるまいし……見た目二十七歳、中身に至っては何百年も生きてるおばさ、もとい女が言う事か!? まったく……そもそもお前にはマサムネがあるだろうが!!)
女の唐突な要求にザガートは頭が痛くなる。目眩がして足元がふらついて、思わずその場に倒れそうになった。湧き上がる頭痛を押さえようとするように右手で頭を抱える。
本来なら「コラ! わがまま言うのやめなさい!」と叱り付ける所だが、それをグッと我慢する。
店内を見回しながら、どうすべきかしばし思案したが……。
「よし、鬼姫。お前にはこれをやろう」
そう言うや否や、陳列棚から一本の棒を取り出して女に手渡す。それはザガートが元いた世界の魔法少女アニメに出てきそうな、おかしな外見のステッキだ。側面にあるボタンを指で押すと、ブブブッと音を鳴らして高速で振動する。とても実用的な武器には思えない。
「こんな子供のオモチャ、いらぬわッ!」
鬼姫が大声で怒鳴りながらステッキを床に叩き付ける。ドガッと大きな音が鳴って床に叩き付けられたステッキが横向きにゴロゴロ転がる。
(しまった! 店の商品を壊してしまったか!?)
女が咄嗟に反射的な行動に出た事を後悔する。最悪弁償しなければならないという反省の念が湧き上がる。
幸いにもステッキはかなり頑丈に造られていたのか壊れていない。その事は彼女を安心させた。
「本当にいらないのか?」
ザガートが床に落ちたステッキを拾い上げて、埃を手で払いながら念を押すように問いかけた。受け取る意思が無いかどうか聞いて確かめる。
「……やっぱくれ」
鬼姫は一瞬迷ったように黙り込んだ後、しょうがないと言いたげな態度で受け取る。たとえ使い道のないオモチャでも、男がくれたものだから……そんな心の葛藤が窺えた。嬉しいような嬉しくないような、何とも微妙な顔になる。
「鬼の姐さん、プレゼント買ってもらえて良かったッスね」
なずみが手で口元を押さえたままプププッと笑う。おかしなオモチャをプレゼントされた仲間を滑稽そうに眺めて顔をニヤつかせた。むろん本気で良かったなどとは考えていない。
「やかましい! この棒の有効的な使い道を、たった今思い付いたわ!!」
鬼姫はからかわれた事に憤慨すると、少女を後ろからヘッドロックしたまま左手に持っていた棒の先端を頬に押し当てる。ボタンを押すとステッキが高速で振動してなずみの顔面がブルルルルッと揺れる。
「あああああーーーーーーっ! やややややめてくださいッスススススーーーーーーっ!!」
少女が小刻みに震えたまま暴力行為をやめるよう懇願する。身体的苦痛はそれほどでも無いが、精神的屈辱はかなりのものだ。
だが鬼姫の行為が止む事は無い。それは単なるからかいへの復讐だけでなく、変なオモチャを買われた苛立ちをぶつける、ちょうど良い八つ当たりだったのだろう。
(……よい子のみんなはマネしちゃダメだぞ)
ザガートは誰に向けたかも分からない謎のメッセージを心の中で呟いた。




