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第162話 クラーケン死す

 ザガートに蹴り飛ばされて湖に沈んでいたクラーケンが、ゆっくり水面に浮上する。からを蹴られた事による脳震盪のうしんとうを治そうとするかのように頭を左右にブンブン振る。意識がハッキリすると、冷静に体勢を立て直す。


 殻に受けた傷は彼特有の再生能力により治癒ちゆされていたが、それでも受けた心理的ダメージは相当のようだ。目は恐怖の色に染まり、呼吸は荒くなり、全身をわなわな震わせた。完全に相手の強さにしゅくしており、勝ち目の無さを悟った事が一目で分かる。


 退くべきかどうか迷いが生じたためか、数秒間動きが固まる。魔王はそのすきを見逃さない。


「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……火炎光弾ファイヤー・ボルトッ!!」


 正面に右手をかざして魔法の言葉を唱える。魔王の手のひらから煌々(こうこう)と燃えさかるなしくらいの大きさの火球が放たれた。

 火球はクラーケンに触れると火がいたダイナマイトのように爆発する。巨大なアンモナイトの体が一瞬にして炎に包まれた。


「ギャァァァァアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 全身を地獄の炎で焼かれる痛みにタコが悲鳴を上げた。体が大きかったため即座に命を失うような事は無かったが、それでも炎は彼の体を激しい勢いで焼き続ける。相手の命を奪うまで消えようとはしない。ブスブスと白煙を立ちのぼらせて、タコの皮膚が黒焦げになる。


 このまま鎮火しなければ命に関わると考えて、クラーケンが慌てて水の中に入る。そのまま湖の底に身を隠して、泳いで逃げようとした。


「鬼姫ッ! ヤツを水中から引きずり出せ!! ブレイズ! 陸に上がったらヤツの動きを封じろ!!」


 ザガートが仲間にテキパキと指示を出して役割を与える。


「分かったのじゃ!」

『御意に!!』


 二人が共に魔王の命令を受諾する。何か考えがあるのだろうと察して、男の作戦通りにやればうまく行くに違いないと確信を抱く。

 女はタコが沈んだ湖の近くにあるきしまで走っていき、黒騎士は敵が陸に上がるのを待ち構えるように待機する。


「青き光よ、雷撃となりて我が敵をぎ払え! 雷撃龍嵐らいげきりゅうあらしッ!!」


 鬼姫が湖に手のひらを向けて呪文を唱える。彼女の手のひらから青く光る一筋のいかずちが水面に向けて放たれた。雷は湖全体へと伝わっていき、水中にいる者全てを焼き殺す高圧電流となる。

 雷が落下した直後、湖の底からブクブクと泡が浮き出る。水中で感電したクラーケンが悲鳴を上げて、空気となって漏れ出たようだ。やがて水底から巨大な影らしきものが浮上してくる。


「グバァァァァアアアアアアアアアアッ!!」


 アンモナイトがたまらず大声で叫びながら水面に姿を現す。豪快に水しぶきを上げながら高くジャンプして、ドスンッと岩場に着地する。その衝撃で洞窟が激しく揺れた。

 タコの化け物は少しでも水場から離れようと、慌てて陸地を移動する。


『地獄の鎖よ、我が敵を捕縛せよ……鮮血鉄鎖ブラッド・チェインッ!!』


 ブレイズが両手でいんを結んで魔法の言葉を唱える。するとバケモノの真下に巨大な円形の魔法陣が浮かび上がり、そこから六本の鉄製の鎖が飛び出す。

 血のような赤色をした鎖はクラーケンの体にグルグルと巻き付いて捕縛する。バケモノがいくら力ずくで振りほどこうと暴れても、ビクともしない。


「はらわたをブチけて死ぬがいい! 死光線デス・ビームッ!!」


 ザガートがこの機を逃すまいと攻撃呪文を唱える。相手に向けた人差し指に魔力と思しき紫の光が集まっていき、凝縮されて小さくなると、指の先端から一筋の光線が放たれた。

 光線は動きを封じられたクラーケンの足の一本を正確に撃ち抜く。その足には吸盤が生えていない。


「ギェェェェェェエエエエエエエエーーーーーーーーッッ!!」


 足を光線で撃ち抜かれたバケモノが洞窟中に響かんばかりの絶叫を発した。全身をブルブル震わせたかと思うと、熱したロウソクのようにドロドロに溶けだす。最後は完全に溶けた液体となり、水蒸気となって蒸発して跡形もなく消え失せた。


「どどど、どういう事じゃ!? クラーケンがスライムのように溶けてしまいおった!!」


 巨大なアンモナイトがまたたく間に消滅した事に鬼姫が驚く。海産物であるはずの敵が液体となって溶けだした状況がにわかに受け入れられず、困惑せずにいられない。

 他の仲間達も気持ちは同じであり、敵が不可解な死を遂げた事にみなが慌てる。


「そう……スライムだ」


 ただ一人敵の死に慌てないザガートが言葉を返す。こうなる事が最初から分かっていたように平然とした態度を取る。鬼姫の台詞セリフに答えが混ざっていた事を冷静に告げる。


「巨大なアンモナイトに擬態したスライム……それがヤツの正体だ。スライムは本体であるコアを破壊されない限り、何度でも再生する。それがヤツの再生能力のカラクリだった訳だ」


 クラーケンの正体について克明こくめいに伝える。今まで海産物に見えていたものが液体生物の擬態だった事実を明かす。


「あの姿に化けたのも、クラーケンと名乗ったのも、スライムの正体を隠すためだったのだろう。今までそうやって正体に気付かせない事で、不死身であるかのように振舞ってきた……そう、ダンカンに弱点を知られるまではな」


 敵の狙いについて説明する。巧妙に正体を隠す事で再生能力をフル活用していた戦術、ダンカンがもたらした情報が勝利へと繋がった事……それらを語る。


(ヤツのコアの位置を特定するのは俺でも容易では無かった……それを教えてくれたダンカンには感謝せねばなるまい)


 最後に心の中で船長への感謝の気持ちを述べて話を終わらせた。命がけで真実を突き止めてくれた男の勇気ある行動に敬意を抱く。


 魔王が考え事をしていると、クラーケンが立っていた岩場の真上に魔力と思しき青い光が集まっていく。凝縮されてガラスのような半透明の球体になると、ゆっくり降下していって魔王の手元に収まる。

 まばゆい光を放つ水晶のような宝玉に山羊やぎ座の紋章が刻まれていた。それは大魔王の城に行くために必要な十二の宝玉の一つだ。今回十個目を入手した事になる。


「これで船員達のかたきを取れたんスね……」


 なずみが感慨深げに口にする。ようやく犠牲者の無念を晴らせた事に一仕事終えた達成感が湧く。だがその表情は晴れやかではない。


「………」


 他の五人も彼女と同様に表情は暗い。下を向いて苦虫を噛みつぶした顔したまま一言も話さない。完全にどんよりした空気にまれており、とても敵を倒した事を喜ぶ雰囲気ではない。


 敵を倒した所で死んだ人間が生き返る訳ではない。いくら仇を討てたとしても、家族を失った悲しみはえたりしないのだ。船員の遺族がこの先も深い心の傷を負ったまま生きていく事を想像しただけで気が重くなる。


(エリザとの約束を果たさねばなるまい……)


 ザガートはポケットから懐中時計を取り出してじっと眺める。これからすべき事に思いをせた。


  ◇    ◇    ◇


 魔王一行が港から出航して二週間がった日の事――――。


 エリザが成果の報告を心待ちにしていると、何者かが家のドアをドンドン叩く。ドアを開けると一人の若い男性が小さな木箱を持って立っていた。


「運び屋のベンさん……どうかなされたんですか?」


 女が箱を持っていた男の名を口にする。顔見知りの宅急便屋であったらしく、自宅を訪れた理由を聞く。


「アンタてに荷物が届いてるよ。ウワサの救世主サマからだ。受領印にサインしてくれ」


 運び屋のベンが率直に用件を述べる。魔王からエリザ宛てに木箱が送られた事を伝えて、書類にサインするよう頼む。エリザが受領印にサインすると、木箱をテーブルに置いて家から出ていく。


 テーブルに置かれた木箱のふたをエリザが開けると、中に懐中時計と手帳、そして一枚の紙が入っていた。


「ああ……これは!!」


 懐中時計を手にして女が思わず大声で叫ぶ。それはまぎれもなく彼女の夫ダンカンが終始大事そうに持ち歩いていたものだ。げんに裏には彼の名が刻まれている。

 夫の所有物が送られた事で、魔王が約束を果たした事が明白となる。


 今度は懐中時計と一緒に入っていた手帳に目を通す。夫が家族に宛てたメッセージを見て胸が詰まる思いがした。彼が最後まで自分と息子に会いたかった気持ちを知り、思わず泣きそうになる。


 最後は箱の底にあった一枚の紙を取り出し、声に出して読み上げる。




 貴方の夫は最後まで立派に船長としてつとめを果たした。


 ――――ザガート。




 ……手紙にはそう書かれていた。それは魔王がエリザに宛てた言葉だ。文章は短かったが、彼女の夫をとむらおうとする切実な思いが伝わる。


「ううっうっ……うっ」


 エリザが思わず声に出して泣き出す。瞳に大粒の涙が浮かんでボロボロとあふれ出す。手紙を強く握り締めたまま床にひざをついて、えつを漏らして泣く。

 夫が死んだ事実は悲しいが、それでも彼の遺品が戻ってきた事、魔王が彼の苦労をねぎらった事、それらに幾分いくぶん心を救われた気がした。夫の死は無駄にならなかった……そう思えた。


(貴方、お帰りなさい。ようやく……ようやく家に帰れましたね)


 心の中でそうつぶやく。今はただ夫の魂が安らかに眠れるよう願う。


「ママ……」


 母親が泣く姿を部屋の入り口で息子のケンが見ていた。しばらく様子をうかがっていたが、やがて我慢できずに飛び出す。


「ママ……泣かないで!!」


 大声で叫んで母親に抱きつく。少しでも彼女の悲しみを和らげようと、頭をナデナデする。

 エリザはそんな息子を抱き締めたまま泣き続けるのだった。

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