第161話 クラーケンとの再戦
ダンカンの遺品を手に入れた一行は狭い通路を通って再び川が流れる洞窟へと戻る。今度は右側の大地を六人が一列になって歩く。洞窟の奥を目指して進んでいく。
十分以上歩き続けていると開けた空間が見えてくる。出口に足を踏み入れると、そこはとてつもない広さの地底湖だった。
学校のグラウンドくらいの広さがある大洞窟に、三分の一が陸地で、三分の二が川へと繋がる湖になっている。鍾乳洞になっている天井はかなり高い。
ザガート達が陸地の中ほどまで来た時、洞窟全体がゴゴゴと音を立てて激しく揺れた。それと同時に「ウォオオオーーーーンッ」とバケモノの咆哮がこだまする。
一分近く続いた揺れが収まってシーーンと静まり返ったかと思うと、湖の中央でザバァーーーンッと大きな水しぶきが上がる。水しぶきに紛れるように巨大な何かが水面に姿を現す。
「……クラーケンッ!!」
水面に浮上した敵の姿を見てザガートが名を口にする。彼らの前に現れた巨大なアンモナイトこそ、一度は取り逃がした相手であり、この洞窟の主……そしてダンカンを死に追いやった張本人に他ならない。
クラーケンは湖の中央から岸まで移動すると、八本の足をモゾモゾ動かして前進しながら陸へと上がる。陸地に上がり終えると、相手の様子を窺うようにじっとする。時折からかうように触手をウネウネ動かす。前回は海上戦で遅れを取ったので、今回は陸地で戦う事に決めたようだ。
「………」
一連の事件を起こした黒幕を前にして、皆の表情が怒りに染まる。これまで犠牲になった船員の無念を想像して、彼らを苦しめた化け物を許せない気持ちになる。何としても仇を取らねばなるまいと思いを強くする。
「ギヨギヨギヨ……何ヲソンナニ怒ッテイル? 俺ガ船ヲ沈メテ、船員達ヲ殺シタノガソンナニ許セナイノカ?」
一行が怒っているのを見てクラーケンが滑稽そうに笑う。完全に相手の神経を逆撫でしようとした態度を取る。
ここに来るまでに船員の死体を見たのだろうと怒りの原因を推測して、わざと挑発するような言葉を吐く。
「ギヘヘヘヘッ……人間ノ命ナド、我ラ魔族ニ比ベレバ、アリンコ程度ノ価値シカ無イ……同情ニ値シナイ、虫ケラノヨウナ連中。何ヨリ、我ラガ偉大ナ大魔王タルアザトホース様ガ、ソウ仰セラレタ」
下品な笑いを浮かべながら人の命を見下す。いかに人間が無価値な存在であるかを主人たる大魔王から説かれており、その教えに従っている事を伝える。
「オ前達モ……スグニ後ヲ追ワセテヤルッ!!」
最後は死を宣告する言葉を吐いて話を終わらせた。
それが戦闘開始の合図であったかのようにクラーケンの顔の皮膚がブヨブヨと不気味に蠢く。やがて百本を超える数の細長い金属の針のようなものが顔面にびっしり生えると、プププッと音を立てて一行に向けて発射された。
「精霊の力よ、我を守りたまえ……魔法障壁ッ!!」
危険を感じたルシルが両手で印を結んで魔法の言葉を唱える。彼女を中心として、半透明に青く光るバリアのようなものがドーム状に張り巡らされた。他の五人は急いでバリアの中に入る。
ガトリングの弾の如く放たれた無数の針はバリアにぶつかってキキキンッと弾かれる。まともに受けていたらかなりの深手を負う攻撃であったようだが、障壁を貫通するまでには至らない。一分半ほど経過すると針の発射が止む。
「よくもダンカンを……船員のみんなを……うぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
攻撃が止んだと知ると、レジーナが大声で叫びながらバリアの外へと飛び出す。船員の家族を悲しみへと追いやったクラーケンを許せない怒りのあまり、感情の赴くまま敵に向かって走り出す。
「死ね! このクソ蛸がぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
腰に挿してあった鞘から一振りの剣を抜いて両手で握ると、汚い言葉を吐きながらタコめがけて斬りかかる。縦一閃に振り下ろされた剣の刃がクラーケンの足にぶつかると、ギィインッ! と鈍い音が鳴って剣が二つに折れた。
折れた剣の刃先がクルクルと宙を舞って地面に転がり落ちる。
「何ッ!?」
クラーケンに攻撃が通じなかった事に王女が驚愕する。ブレイズと鬼姫がスパスパ斬った足なら自分でも斬れると踏んでいただけに、とんだ見込み違いとなった事に俄かに慌てた。
「フンッ!」
アンモナイトが当然と言いたげに鼻息を吹かせながら触手によるビンタを放つ。ショックのあまり頭が真っ白になっていた王女は避ける間もなくビンタを食らってしまう。バチィィーーーーンッ! と肉を叩いたような音が洞窟内に鳴り響く。
「へぶるぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
王女が滑稽な奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。強い衝撃で地面に叩き付けられて横向きにゴロゴロ転がった挙句、大の字に倒れたまま手足をピクピクさせた。
バリアを解いたルシルが慌てて駆け寄り、彼女を治癒しようとする。
「妖刀ムラマサナラ、イザ知ラズ、ソノ辺ノ店デ売ッテイルナマクラナ剣デ俺ヲ傷付ケラレルト本気デ思ッタノカ!? バカメ!! 随分ト舐メラレタモノダナ!!」
クラーケンが王女の判断の誤りを怒り気味に指摘する。強豪が使う伝説の名刀と、ただのロングソードでは明確な切れ味の違いがある事実を突き付けた。
「自分ノ馬鹿サ加減ヲ後悔シナガラ、アノ世ヘ行ケェェェェェェエエエエエエエエーーーーーーーーッ!!」
王女の頭の悪さを徹底的に侮辱すると、彼女めがけて猛然と走り出す。八本の足を器用に動かしてズルズルと蛇が這いずるような音を鳴らしながら、物凄い速さで前進する。
クラーケンが向かっていく先には二人の女がいたが、レジーナは倒れており、ルシルは彼女に治癒魔法を掛けている最中だ。既にタコの怪物は数メートル離れた場所まで来ており、今から対応を取ったとしても間に合わない。このまま彼女達はタコの餌食になるかに思われた。
だが女に迫ろうとした刹那、ザガートが突然タコの目の前へとワープしたように姿を現す。魔王は垂直にジャンプすると、その場で横回転して回し蹴りを放つ。タコが頭に被っていた殻にドガァッと強烈な蹴りが叩き込まれて、殻がグニャァッと鈍い音を鳴らしながらひしゃげた。
「バッ……ドブルァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
アンモナイトが凄まじい悲鳴を上げながらゴミのように吹っ飛ぶ。地面に叩き付けられて派手に何度もバウンドした挙句、最後は湖に落下して沈む。水しぶきが洞窟の天井高くまで上がり、水面にブクブクと泡が浮き出る。
「クラーケンよ……王女が抱いた怒りは俺も同じだ。俺も貴様を許さない」
ゴミを見るような目で相手を見ながらザガートが怒りの言葉を吐く。表情に静かな殺意を帯びて、腕組みしてふんぞり返りながら仁王立ちする。口調は落ち着いていたが、内心に秘めた憤激は相当のものだ。
「貴様ら魔族には一片の生きる価値も無い……俺がアリのように踏み潰す!!」




