第151話 完璧な模倣など、出来るはずがない。
魔王軍の幹部がいると目された森に足を踏み入れた一行……自分の姿をした幻影に襲われる。幻影を発生させた霧を魔王が消し去ると、霧の発生主と思しき黒いスライムが姿を現す。
メタモルファと名乗る黒いスライムは自分が魔王軍の幹部だと明かし、ザガートの姿に化ける。幻影と違ってちゃんとした実体がある。
いくら能力をコピーすると言っても三対一では勝ち目があるまいとタカを括るザガートだったが、彼の発言を嘲笑うように土中から更に二体のスライムが現れる。スライムはそれぞれ鬼姫とブレイズの姿に化ける。
「そっちが三体なら、こちらも三体でやらせてもらう……これで数の優劣は無しだ!!」
魔王の姿に化けたスライムが、戦力の差が無くなった事を告げるのだった。
「どどど、どうするのじゃ! 魔王ッ! 同じ強さの相手が三人おったら、我らは苦戦してしまうかもしれぬではないかッ!!」
鬼姫が顔面蒼白になりながら取り乱す。自分と同じ強さの敵を相手にしなければならない事実にとても冷静ではいられず、額から冷や汗が流れて、声が震えだす。
魔王なら何とかしてくれるかもしれない考えが頭をよぎり、今後の方針を聞こうとした時……。
「クククッ……」
魔王が突如声に出して笑いだす。相手を心の底から見下した、悪魔のような冷徹な笑みを浮かべる。
とても敵に追い詰められた者の取る行動ではない。スライムが三体になった直後こそ慌てたものの、完全に普段の落ち着きを取り戻していた。
笑っていたのはザガートだけではない。ブレイズも主人の意図を理解したように不敵に笑う。腕組みして仁王立ちしたまま「フッフッフッ」と声に出す。
敵が増えた事実に慌てたのは鬼姫一人だ。他の二人は全く動じない。相手の脅威が増した事など歯牙にも掛けない。
「何がおかしい! 勝ち目の無さに絶望して、気でも狂ったか!!」
偽の魔王が声を荒らげて問い質す。相手の真意が全く読めず、頭がおかしくなったのではないかと疑う。
「狂ってなどいない……ただお前達があまりに自信満々なのがおかしかっただけだ」
ザガートが偽者の問いに答える。笑うのをやめると、一転して真剣な顔付きになる。
「化けた相手と同じ強さになる……もし本当にそうなら、俺はお前達を恐れただろう。だがそうではない。そうではないから、恐れる必要が無いのだ」
敵を恐れない理由として、スライムが自分と同じ強さになっていない事実を伝える。
「何ッ! 我々が同じ強さになっていないだと!? 出まかせを言うな、ザガート! 我々は間違いなく貴様らと同じ強さになったはずだ! この期に及んで虚言を口にするとは、見苦しいぞ! 今の言葉を取り消せ!!」
ブレイズに化けた偽者が物凄い剣幕で怒鳴り散らす。魔王の言葉を信じるに値しない戯言だと判断して、発言の撤回を要求する。他の二人も「そうだそうだ」とヤジを飛ばし、親指を立ててブーブーと文句を垂れる。完全にイチャモン付けたヤクザの物言いになる。
「やれやれ……」
ガラの悪いチンピラと化した三人を前にしてザガートが呆れた表情になる。目を閉じて下を向いたまま首を左右に振った後、フゥーーッと残念そうにため息を漏らす。相手の頭の悪さに心底落胆した様子が窺える。
やがて顔を上げて目を開けると、思い立ったように口を開く。
「俺は相手の体から発せられたオーラを見る事によって、大雑把ながら敵の強さを推し量る事が出来る」
まず最初に、自分が敵の強さを見抜ける事を伝える。
「俺の見立てが正しければ、お前達の強さはアスタロトの二倍……だが本物のブレイズは十五倍で、俺は二十倍だ。並みの冒険者を相手にするなら十分だろうが、その程度では俺達の足元にも及ばない……という事になる」
相手の強さを見抜ける前提を語った上で、彼らのうち魔王と不死騎王の偽者については、本物の強さを全く再現していないと語る。
魔王の言葉が事実ならメタモルファがコピー可能な強さには上限があり、魔王と不死騎王はその上限を振り切った事になる。
(アスタロトの二倍という事は、今の妾とほぼ同じ強さという事になるのじゃが!?)
一連の発言を聞いて鬼姫が焦りを抱く。三人の中で自分だけが強さを完全にコピーされており、それゆえに苦戦を免れない事を実感する。魔王もそれを知っていたのか、彼女については触れない。鬼姫が苦戦するのは仕方のない事だと割り切ったようにも受け取れる。
「グヌヌ……」
魔王の話が終わると、偽の魔王が悔しげに歯軋りする。フーーッフーーッと興奮した猛牛のように鼻息を荒くして、眉間に皺を寄せた阿修羅のような顔になる。額に血管がビキビキと浮かんで今にもブチ切れそうだ。強さを再現していない事実を指摘されて相当頭に来たらしい。
「さっきから大人しく聞いてりゃ、口から出まかせばかり言いおって!! 許さん! 絶対に許さんぞ、貴様ッ!! 貴様の言葉が我々を挑発するための嘘だという事を、今から証明してくれるわぁぁぁぁぁぁああああぼびゃろれらぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
腹の底から湧き上がった怒りを声に出してぶちまけた。魔王の言葉を信じるに値しない虚言だと吐き捨てて、彼らを倒す事を声高に宣言する。途中で呂律が回らなくなって台詞がおかしくなる。
完全に頭に血が上って我を忘れており、敵の口調を真似る事を放棄してしまっていた。
「死ねぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーーっっ!!」
死を宣告する言葉を発すると敵に向かって一直線に駆け出す。
偽のブレイズと鬼姫も後に続くように走り出し、ここに戦いの火蓋が切って落とされた。
三体の偽者は自分が化けた本物に向かっていったため、必然的に偽者対本物の戦いが三ヶ所で行われる構図となる。
「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……」
「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……」
本物のザガートが攻撃魔法の詠唱を行い、一瞬遅れて偽者が同じ魔法を詠唱する。二人の声が重なり合って一つになる。
「「火炎光弾ッ!!」」
同じ呪文を唱えると、両者の手のひらから同じタイミングで火球が放たれた。
二つの火球は正面からぶつかり合って、轟音と共に巨大な炎が吹き上がる。だが一方的に打ち消されたのは偽者が放った方であり、本物から放たれた火球は勢いを保ったまま飛んでいき、そのまま偽の魔王に激突する。
火球が触れると男の体が一瞬にして炎に包まれた。
「ウギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
地獄の業火で焼かれる苦しみに偽魔王が悲鳴を上げた。全身が熱したロウソクのように溶けていき、ドロドロの液体になる。最後は水蒸気となって蒸発し、後には死体すら残らない。正体がスライムであった事が分かるような、そういう死に方だった。
「キェェェェェェエエエエエエエエーーーーーーーーッッ!!」
ザガートが戦っていたのと同じ頃、偽のブレイズも不死騎王に襲いかかる。両手で握った一振りの刀を縦一閃に振って、相手に斬りかかろうとした。
ブレイズはサッと横に動いて相手の一撃を難なくかわす。大振りの一撃を空振って隙を曝け出した男の頭を左手でワシ掴みにする。
『……地獄の炎に焼かれよッ!!』
そう叫ぶや否や、不死騎王の左手から紫に光る炎が発せられた。
「グワアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
頭を超高熱の炎で焼かれた偽の騎士が大きな声で叫ぶ。全身が炎に包まれてドロドロに溶け出すと、やはり水蒸気となって蒸発してしまい跡形も残らない。かくして開始から数秒経たないうちに二体のスライムがゴミとなる。
「クソがぁぁぁぁああああああーーーーーーーっ!」
他の二体が蹴散らされた頃、鬼姫に化けた残りの一体が刀を手にして本物に迫る。両手で握った刀を横薙ぎに振って相手を一刀両断しようとする。
鬼姫はマサムネを縦に構えて相手の斬撃を防ぐ。互いの刃がぶつかり合ってギィンッとけたたましい金属音が鳴る。両者共に相手を押し切ろうとギリギリ力を込めたものの、拮抗していたために微動だにしない。
「クッ!」
このままでは埒が明かないと考えて偽者が一旦後ろに下がる。今度は前進しながら刀をブンブン振り回して相手をメッタ斬りにしようとする。
目にも止まらぬ速さで振られた刀を、鬼姫がキンキンキンッと的確に弾く。相手の攻撃に反応が追い付いてはいたものの、ラッシュはかなりの激しさがあり、反撃に転じる隙を一切与えられない。本物であるはずの女が押され気味になる。
「ぬっ……ぬぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」
敵の猛攻に耐え切れず、鬼姫が大きな声で叫ぶ。このまま放っておいたらそのうち負けそうな勢いだ。
ザガートとブレイズは離れた場所から両者の戦いを見守る。直に助けを呼ばれない限り、助け舟を出さないつもりらしい。
「まっ、魔王ッ! 頼むッ! お願いじゃ! 何でもするから、どうか妾を助けて欲しいのじゃぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
鬼姫が藁にもすがる思いで助けを呼ぶ。自分が死ぬかもしれない状況でなりふり構っていられず、恥も外聞もかなぐり捨てて仲間の力にすがる。
(互角の強さを持つ敵に打ち勝ってもらいたかったが……仕方あるまい)
女の力が及ばなかった事を魔王が深く残念がる。
けれども助けを呼ばれた以上、手を貸さない訳には行かない。
「爆ぜよッ! 汝の身に宿りし力、外へ向かう風とならん!」
正面に右手をかざして呪文の詠唱を始める。魔王の手のひらに魔力と思しき青白い光が集まっていき、凝縮されて一つの光球になる。
「……絶対圧縮爆裂ッ!!」
魔法名を叫ぶと、手のひらにあった光球が偽の鬼姫めがけて一直線に放たれた。
光球が命中した途端、偽者の体がビクッと震えて硬直する。何が起きるかを察した本物が慌てて数メートル離れた場所へと走り去る。
偽物の体がドクンドクンと脈打った後、空気を注入したように膨らんでいき、風船のように丸くなる。
「バッ……グギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」
悲鳴を上げた瞬間、針を刺したようにバァンッ! と音を立てて破裂してバラバラに吹き飛んだ。かつて彼女であった血と肉片が雨のように降り注いで、そこいらに散乱する。すぐに粒子状に分解されて風と共に散っていき、何もない地面だけが残る。
ザガートとブレイズが駆け寄ると、本物の鬼姫は内股で地べたにへたり込んだまま泣きベソをかいていた。
「ううっ……我は……我は情けないのじゃ」
自分を責める言葉が口から飛び出す。三人の中で自分だけが苦戦した事を恥じたであろう心情が窺える。グスッグスッと声に出して鼻水をすする。
「よしよし……いちごミルク味のキャンディーでも舐めて元気を出せ」
ザガートが服のポケットから飴を取り出して鬼姫に手渡す。
鬼姫は飴を口の中に放り込んでモグモグ食べる。よほどおいしかったのか、泣きかけた表情が幾分和らぐ。
魔王は飴をおいしそうに舐める女の頭を優しく撫でて慰めるのだった。




