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第148話 友よ、望みは果たされた。

『我が全てを賭けた一撃……その身に受けよッ!!』


 大きな声で叫ぶと、ブレイズが一振りの刀を両手で握って構える。ドォッと耳を裂くような爆発音が放たれて、彼の全身が紫に光る炎のオーラに包まれる。彼を中心として激しい突風が巻き起こり、床のほこりが宙に舞い上がる。空気がビリビリと振動して、その場にいる者にプレッシャーを与える。


 最大威力の技を放とうとしている事が一目で分かる。刀を握ったまま、力をめ込むように数秒間静止する。


『断滅奥義……虚空閃こくうせんッ!!』


 技名らしき言葉を口にした瞬間、彼の姿がフッと消えた。




 ザガートの真横を一陣の突風が吹き抜けると、胸元にガガガッと何かがぶつかったような衝撃が伝わる。彼から数メートル離れた背後に、刀を振り下ろした構えのブレイズが姿を現す。


 衝撃が伝わった胸元の衣服がピィーーッと横一閃いっせんに切り裂かれて、生肌があらわになる。次の瞬間、胸に一本の赤い線が走る。


「ああっ!!」


 一連の光景を目にして女達が色めき立つ。無敵の魔王がついに傷を負ったかもしれない流れに、にわかに騒然となる。


 だが傷は血管まで達していないらしく、血は一滴も流れない。あくまで分厚い胸板に赤い打撲のようなあざが付いただけだ。


『………』


 ブレイズが剣を振り下ろした構えのまま数秒間固まる。一言も発しないまま黙り込んでおり、何を考えていたか表情からは読み取れない。敵を仕留められなかった事を悲嘆したのか、していないのか……。


 やがて敗北感に打ちのめされたようにガクッとひざをつく。刀を握る腕が、高圧電流を流されてしびれたようにビリビリと震えている。

 ザガートと激突した刀身の中央にビシッと一本の亀裂が入り、そこから刃がボッキリと二つに折れた。分かれた刃先が地面に落下して、カランッカランと音を立てて床に転がる。


「ブレイズの刀が折れた……ザガートが何かしたのか!?」


 不死騎王の刀がひとりでに折れたのを見て、レジーナが驚きの言葉を発する。魔王が目にも止まらぬ速さで反撃したのではないかと疑う。


「いや……魔王は何もしておらぬ。ヤツの体に全力でぶつかった結果、その衝撃に耐え切れず、刀の方が勝手に折れてしまった……それだけの事じゃ」


 何が起こったかについて鬼姫が詳しく説明する。魔王が反撃した訳ではなく、はがねの肉体と刃が衝突した結果、肉体の強度が上回っていたために、強度で打ち負けた刀が折れてしまったのだという。ブレイズの力は凄まじいものだったが、それが皮肉にも刀への致命的なダメージとなった。


(……深手を負わなかったとはいえ、今まで妖精の針以外ではまともに傷を付けられなかった肉体に傷を付けたのだ。不死騎王ブレイズ……今まで戦った者の中で一番強かった事は間違いない)


 ザガートが自身に傷を付けた技の威力に感嘆する。致命傷にならなかった事は彼にとって大きな問題ではない。たった一度きりしか使えない妖精の針のような道具でなく、あくまで純粋な技量によって傷を付けた事に関心を寄せる。

 もし刀の強度が想定を上回ったら、魔王は胸を深く斬られて血を噴いたかもしれないのだ。そう思わせただけでブレイズを最高の騎士と呼ぶにあたいする。


 ザガートはしばらく相手の様子を見たが、やがてカツカツと歩いていく。相手の前まで来てピタッと足を止める。


「ブレイズ……俺もお前も、結局最後まで死ななかった。勝負は引き分けという事になるのか?」


 相手がこの状況をどうとらえたか、聞いて確かめようとする。


(引き分け……確かに魔王もそれがしも死ななかった。ならばこの勝負、引き分けという事になるのか?)


 ブレイズが地にひざをついたまま男の話に聞き入る。刀が折れた事実に打ちのめされて茫然ぼうぜん自失になったまま、相手の言葉を鵜呑うのみにしかけた。


(……いなッ! 断じて否ッ!! そんなはずは無い! 魔王は公約を守り、宣言してからは一度も防御をしなかった! あくまで棒立ちのまま、全ての攻撃を生身で受けた! それに引き換え、それがしは持ちうる全ての技でぶつかり、一滴の血も流せずあまつさえ刀をへし折られた! これを敗北と呼ばずして、何と呼べるというのかッ!!)


 頭の中に湧き上がった言葉を即断で否定する。正気に立ち返ると客観的思考により、自分がまず間違いなく敗れたのだろうと冷静な判断を下す。むしろここでいさぎよく負けを認めなければ武人の誇りに傷が付くとさえ考えた。


『……たとえ死者が出ずとも、互いの力の差は明白となった。魔王ザガート……貴殿を絶対的強者と認め、勝敗が決した事、それによる決闘の終結をここに宣言するッ!』


 意を決して立ち上がると、魔王の顔を直視しながら自らの敗北を受け入れた事を高らかに告げる。


『戦いを通じてわれは悟った。異界より降臨せし魔王……貴方様こそ、我が忠義を尽くすにあたいするお方ッ! もし許されるならこの不死騎王ブレイズ、これから貴方様を我が主とあおぎ、この身をしてお仕えしたき所存ッ! どうか我が命尽きるまでお供させて頂きたい!!』


 床にひざをついて頭を下げると、魔王のカリスマ性に感銘を受けた事を伝えて、部下となって働きたい意思を強く願い出る。


「おおっ!!」


 不死騎王の言葉を聞いて女達が歓声を上げた。これまで誰にも屈服した事のない最強の騎士が臣従を願い出た事実に、新たな偉業を成し遂げた魔王の凄さに深く感動する。


「こちらこそ歓迎したい。俺は常々、有能かつ忠実な部下が欲しかった。いくら俺という一個人が強くても、それだけで国は治められない……俺の身に何かが起こり、国を留守にしている間、安心して任せられる者が必要だった」


 ザガートが臣従の申し出をこころよく受け入れる。その場にしゃがみ込んで男の手を握ると、以前より力のある部下を欲していた思いを口に出す。


「ブレイズ……俺がこの地にあらたな国をおこした時、お前を俺に次ぐ地位と権限を持つナンバー2(ツー)に任命したい。お前の持つ豊富な知識と経験、冷静に物事を判断できる性格、それらが役に立つと確信している」


 不死騎王が自分の求めていた人材だと確信した事を伝えて、国家を築いたあかつきには側近として取り立てたい意向を示す。


『ありがたきお言葉……必ずやご期待に沿える働きをしましょう』


 男の言葉に深く感激して騎士が頭を下げる。求められた成果を出す事を強く約束する。


『だが懸念材料が一つ……長年それがしが愛用したムラマサが、先の戦いで折れてしまった。あれに勝る刀はこの世に存在せぬ。これから何をものとして戦えばよいか……』


 落ち込んだ表情を見せながら、愛刀を失った事への不安を吐露とろした。


「……何も心配する必要はない」


 ザガートはそう言うや否や、立ち上がってカツカツと歩き出す。折れた刃先の前まで来て足を止めると、その場にしゃがみ込んでじっと眺める。


「我、魔王の名において命じるッ! なんじの傷を癒し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術リザレクションッ!!」


 床に転がった刃に右手をかざすと、蘇生の呪文を唱える。

 折れた刃先は金色の光に包まれると自ら意思を持ったように宙に浮き上がり、ブレイズの元へと飛んでいく。騎士が持っていた刀の切断面にビタッとくっつくと、破損箇所がみるみる修復されていき、折れる前の状態へと戻る。


「な、なんだ!? ザガートが蘇生魔法を唱えたら、折れた刀がひとりでに直ったぞ!! これは一体どういう事だ!?」


 レジーナが驚きの言葉を発する。刀が勝手に直った光景を目にして困惑せずにいられない。


蘇生術リザレクションは魂が宿ったものなら何でも蘇生できる。有機物か無機物かなど関係ない。ゴーレムを生き返らせられる魔法で、刀を生き返らせられない道理はない」


 刀が直った原理についてザガートが解説する。魂を宿した妖刀であったがゆえに蘇生魔法の適用対象となった事実を教える。


「……ついでに褒美ほうびとしてこれをやろう」


 そう口にすると、次元の裂け目からさやに収まった一振りの刀を取り出し、ブレイズの前へと差し出す。


『こ、これは……もう一振りのムラマサッ!! 鞘の装飾の色こそ異なれど、よく出来た贋作などという類のものではない、まぎれもない本物ッ! 刀から発せられる闘気をそれがしがまがうはずがない! この刀が何故ここに!?』


 目の前に出された刀を見てブレイズが思わず大きな声を出す。貴重な品であるはずの妖刀が、自分が持っていたのとは別にあったのだ。驚くのも無理はない。


「ムラマサはこの世に三振りある。そのうち一つは大魔王の手元にあるが、残りの一つは俺が持っていた……それだけの事だ」


 ザガートがそう驚く事でもないと言いたげに経緯を説明する。


「ブレイズ……今後俺と同じ硬さの敵が現れて、今回のように刀が折れないとも限らない。万が一そうなった時のために、これをお前に渡しておきたい」


 不測の事態に備えて予備の刀を持っておくよう勧める。あらかじめ刀を二つ持っていれば、最初の一本が折れてもすぐに持ち替えられるという寸法だ。


『ははっ! 我が主よりたまわりし貴重な品、ありがたく頂戴いたしまする!!』


 不死騎王が深く頭を下げて感謝しながら、二振りめの刀を受け取る。

 これまで使っていた刀は鞘に収めた状態で左腰にしておき、主君から受け取った刀は、メインの刀が折れた時の予備として異空間にしまっておく。


「いやぁ、それにしても今度の戦いは得るものが大きかった……八つめの宝玉を手に入れただけでなく、終戦後の王国の統治に必要な、素晴らしい配下が得られたのだからな」


 一連のやり取りを終えると、ザガートが満面の笑みを浮かべて報酬を得た喜びを声に出す。よほど不死騎王を配下にした事が嬉しかったらしく、これまで見た事がないほど満足感あふれる表情になる。テンションが上がったあまり鼻歌までうたいだす。


「フンッ! なんじゃ、心の底から嬉しそうに喜びおって! わらわを配下に加えた時よりも喜んでおるではないか! 王国のナンバー2(ツー)とやらが欲しければ、我に命じればことりたであろうに! 我のようなエロくて美しいおなより、無骨な男の騎士の方が好みであったか!!」


 魔王が喜ぶ姿を見て、鬼姫があからさまに不機嫌そうな態度を取る。魔王の片腕なら自分でもつとまると主張しだす。男が明らかに自分よりも不死騎王を評価している現状に不満を抱いたようだ。


「そうむくれるな……何もお前をかろんじたつもりはない。世の中には適材適所という言葉がある。お前は王国を政治的に治められるタマではないだろう」


 ザガートがあきれた表情しながら鬼姫の頭をポンポン叩く。人にはそれぞれ向き不向きがある事をいて、彼女の怒りをしずめようとした。ただ彼女に政治は向かないという考えは決してげない。


「我は納得せぬ!!」


 魔王になだめられても女の腹の虫は治まらない。不死騎王より上の評価をされなければ気が済まないらしく、完全にヘソを曲げる。腕組みしてムスッとした表情したまま、嫉妬した子供のようにねている。


 鬼姫はいつまでも怒っており、魔王はポケットからあめを取り出して彼女の機嫌を取ろうとする。他の三人の女達はそんな二人を眺めてクスクスと笑う。


 楽しそうに笑う彼らを見て、ブレイズが今後について思いをせた。このにぎやかで明るいパーティこそ、これからの自分の居場所なのだと実感する。


(唯一無二の親友を魔族に殺され、くなき力を求めたそれがしであったが……不死の命を得た時、すでに友の仇はこの世にく。それから千年……仕えるべき主君を、あるいは新たな生き方を求めて戦い続けたが、成果は得られなかった。それが永久に続くだろうと……そう覚悟していた)


 これまでの人生を振り返り、千年の戦いが決して喜びに満ちたものでは無かった事、それが永遠に続く事を心の中で受け入れていた思いを口にする。


(友よ……我が望みは果たされたぞ!!)


 顔を上げて亡き友の顔を思い浮かべると、長き孤独な戦いが終わりを迎えた事を空に向かって叫ぶ。

 窓の外に広がる青空は、不死騎王が新たな仲間を得られた事を祝福しているようであった。

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