第146話 絶対に死なない男
遂に勃発する魔王と不死騎王の戦い……不死騎王は高い実力を誇ったものの、魔王はそれを優に上回る。魔王は終始戦いを優勢に進め、不死騎王の動きを完全に捕縛する。最後は不死破壊を当てて浄化する。
勝利の喜びに浸ったのも束の間、塵となって分解されたはずの不死騎王が復活を果たす。それは常識では考えられないものだ。
しかもここまでの流れは黒騎士の想定通りなのだという。戦いは実質的に振り出しに戻った形となる。
ザガートは不死騎王が生き返った事に深いショックを受けた。彼がどうやって生き返ったかが分からず、俄かに困惑する。
黒騎士が復活した原理を何としても突き止めようと、あれこれ考えたが……。
(……あれを試してみるか)
一つの考えが頭をよぎる。不死身の能力の正体を知るためにも、まずは行動を起こさなければなるまいと思い立つ。
「ゲヘナの火に焼かれて、消し炭となれッ! 火炎光弾ッ!!」
正面に手のひらをかざして攻撃魔法を唱える。魔王の手のひらから煌々と燃えさかる梨くらいの大きさの火球が黒騎士めがけて放たれた。
『……』
火球が迫ってきてもブレイズは何もしない。最初に使われた時は刀で迎え撃ったものの、今回はそれすらやらない。ただ相手の技を受け切る気でいたような棒立ちになる。
火球が直撃して天井まで届かんばかりの巨大な炎が噴き上がると、騎士の体が灼熱の業火に包まれる。炎はメラメラと音を立てて激しく燃えたが、ダークブルーの鎧はビクともしない。太陽の中心温度に匹敵する超高熱に晒されても、表面が微かに焦げただけで、肝心の金属部分は全く溶けない。せいぜい首に巻いた赤いマフラーが燃えた程度で、ブレイズが痛みを感じた様子も無い。
炎は時間にしておよそ一分半ほど燃えたが、やがて騎士を焼くのを諦めたように急速に鎮火する。炎が消えてなくなると、鎧に付いた焦げ跡がスゥーーッと薄れていく。一度は消し炭になったマフラーが、時間を巻き戻したように瞬時に再生する。またも攻撃を受ける前の状態へと戻る。
「完全なる不死の存在になった……か。なるほど、だいたい分かった」
ブレイズが攻撃魔法を無傷で耐え凌いだ姿を見て、ザガートが腑に落ちた表情になる。何故不死騎王が死なないか、その理由を突き止めたらしく、ウンウンと納得したように頷く。
「な、何が分かったんだ!? 私達には全然分からないぞッ! 私達に分かるように教えてくれ、ザガート!!」
レジーナは状況が全く理解できずチンプンカンプンになる。自分達には分からないのに、魔王一人だけが分かったらしい流れに、のけ者にされたような気になり、不死の原理の説明を強く求めた。
「分かるようにも何も、言葉の通りだ。ブレイズは異界の邪神ハデスと契約して不死の命を得た……つまり契約主であるハデスを倒さぬ限り、今この場にいるブレイズを何百回、何千回倒そうと、生き返る……という事だ。たとえ宇宙が消し飛ぶ威力の爆発が起きようと、ヤツだけは平然と生き返るだろう」
王女の問いに魔王が答える。異界にいるハデスこそが実質的な不死騎王の本体であり、今この場にいる体は端末に過ぎないと教える。どれだけ強い一撃を食らっても絶対に死なない事を分かりやすい表現で伝えた。
(ブレイズの戦闘力はアスタロトの十五倍であるバハムートと同等……その上更に不死の命まで得たとあっては、今まで誰も服従させられなかったのも道理という訳だ)
純粋な戦闘能力の高さに加えて、完全な不死である事……それこそが彼が千年間主君を求めたにも関わらず、誰も実力を認められなかった理由だと結論付けた。
「な、ならばそのハデスとやらを倒せばよいではないかッ!!」
鬼姫が邪神の討伐を提案する。不死騎王が死なない理由が邪神との契約であるならば、邪神を倒せば不死騎王を倒せると、そう安直に考えた。
「ハデスはアザトホースと同等か、それ以上の魔王かもしれんのだぞ? いくら俺が強いからといって、一人の男を仲間にする為だけに、おいそれと敵対勢力を増やすようなマネは出来ん。ワルプルギスの本体を叩くだけのとは訳が違う」
鬼姫の提案を魔王が即答で却下する。ハデスを恐ろしい冥界の王であると想定し、ブレイズを倒すためだけに敵に回すのは割に合わないと鬼姫のアイデアの不毛さを説く。
現状、ハデスという冥界の王はザガートと敵対していない。ブレイズという一人の男を不死にした、たったそれだけだ。一人の男を仲間にするためだけに敵対勢力が一つから二つに増えるのは、道端のお金を拾おうとして腕ごとライオンに食われるようなものだ。
(とは言え、ここでブレイズを仲間にするのを諦める訳にも行かん。それでは今まで彼に挑んだ連中と同じになってしまう……さて、どうしたものか)
ザガートが今後の方針について考える。顎に手を当てて眉間に皺を寄せて気難しい表情になる。「フゥーーム」と声に出して唸る。
鬼姫の提案を却下はしたが、不死騎王を配下にしたい欲求までは捨てていない。何としても彼を手駒にしたいからこそ、どうすれば負けを認めさせられるか、その方法を考える。
『どうした? 魔王よ、やはり貴殿も今まで戦った連中同様、それがしを屈服させられぬのか……』
ブレイズが煽るように問いかけた。これまでのやり取りを見ていて、魔王が諦めてしまうかもしれないと考えて、まだ戦う意思があるかどうか聞いて確かめようとする。
彼の口調には、もしかして魔王ならやれたかもしれない期待、それが無駄に終わりそうだという落胆、それらの感情が篭っているように聞き取れた。
今後についてあれこれ考えたザガートであったが……。
「……やめだ」
唐突にそんな言葉を口走る。何かについて考えるのが馬鹿らしくなったように無気力な表情になり、目を閉じて下を向いたまま「フゥーーッ」とため息を漏らしながら、やれやれと言いたげに首を左右に振る。
すぐに顔を上げると、今度は自信に満ちた笑みを浮かべて、腕組みしてふんぞり返りながら仁王立ちする。
「決めたぞ、ブレイズ……俺はこれから貴様の攻撃に対し、一切抵抗しない。回避行動も取らないし、防御もしない。むろん防御結界も張らない。つまり完全な無防備、無抵抗の丸裸という訳だ。そんな俺に持てる力の全てを出して立ち向かい、見事俺を殺してみせろ」
仰天の言葉が口から飛び出す。不死騎王が繰り出す全ての攻撃を、何もせず棒立ちのまま受け切るというのだ。
『な……一体どういう事だ、魔王ッ!! 貴殿、何を考えている!?』
魔王の宣言に不死騎王が困惑する。相手の真意が全く掴めず、声に出して問わずにいられない。
冷静に考えれば魔王の言葉はとてもおかしいものだ。ヤケクソになって頭がおかしくなったと思われても不思議はない。
いくら実力差があるとはいえ、不死騎王はかなりの強者だ。その彼の攻撃を無抵抗のまま受ければ、普通は無事でいられるとは考えにくい。
傍から見れば自殺願望が芽生えたとしか思えない。不死騎王が狼狽するのも無理はない。
「先に言っておくが、俺は不死身でも何でもない。攻撃が通ればちゃんと血が出るし、致命傷を受ければ命だって落とす。だがお前に俺は殺せない……何故ならお前の攻撃がいくら命中しても、俺には一切傷を付けられないからだ。その事実の証明を以て、お前に敗北感を味あわせてみせよう」
ザガートが発言の真意について説明する。自身の打たれ強さに絶対の自信を抱いており、相手の技を最後まで受け切る事によって心を折る作戦なのだという。
「ブレイズ……お前が死なないように、俺も死なない男だという事を、今から教えてやる!!」




