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第145話 完全なる不死

『……ヌゥゥウウウ』


 不死騎王がうめき声を漏らしながら上半身を起こす。刀を床に突き立ててゆっくり体を起き上がらせると、二本の足でしっかり立ち上がって体勢を立て直す。


 不死アンデッドであるがゆえに疲れを感じないはずだが、体がよろめいており、息が上がっている。接近戦ではが悪いと踏んだのか、かつに近寄れず、その場にとどまる。肉弾戦を警戒したようにジリジリ後退する。大物であるはずの男が完全に劣勢へと追い込まれた。


 相手が接近戦を挑もうとしないのを見て、ザガートが魔法戦に切り替えようと思い立つ。


「ゲヘナの火に焼かれて、消しずみとなれッ! 火炎光弾ファイヤー・ボルトッ!!」


 相手に手のひらを向けて攻撃魔法を唱える。魔王の手のひらから煌々(こうこう)と燃えさかるなしくらいの大きさの火球が黒騎士めがけて放たれた。


『カッ!!』


 黒騎士は刀を横ぎに振って飛んできた火球を一刀両断する。上下真っ二つに切り裂かれた火球がそれぞれ異なる方角に飛んでいって、床と壁に激突する。


『今度はこちらから行かせてもらうッ!』


 相手の技を防ぐと反撃に転じるむねを伝える。何かの技を放とうとするように刃の先端を魔王へと向ける。


怨獄死霊刃おんごくしりょうじんッ!!』


 技名らしき言葉を叫ぶと、刃の先端から紫の炎に包まれた禍々(まがまが)しい骸骨が魔王に向けて放たれた。全身が揃った骨格標本のような人型の骸骨スケルトンは、水面を泳ぐように空を飛んでいく。

 怨霊と思しきそれは魔王に触れると執拗にまとわり付いたり、両手で抱き締めたりする。だが骸骨にいろいろされても何も起こりはしない。


「フンッ!」


 魔王が鼻息を吹かせながら右手をブンッと横に振ると、怨霊は一瞬でバラバラになり、煙を散らしたように消えていく。


「残念だったな……俺に即死攻撃は通用せん」


 腕組みしてふんぞり返りながら、自身に骸骨の呪いが効かなかった事を告げる。

 怨霊は触れた者の命を奪う恐ろしい技であったようだが、魔王には全く被害を与えられない。


 ザガートは次なる行動に移ろうと、右手を正面にかざす。

 魔王が魔法を唱える素振りを見せたため、ブレイズがさきんじて回避行動を取ろうと横に走り出す。


「逃がさんッ! 地獄の鎖よ、我が敵を捕縛せよ……鮮血鉄鎖ブラッド・チェインッ!!」


 魔王が相手を捕らえる意思を強い口調で伝える。呪文の詠唱を行うと、ブレイズの真下にある床に巨大な円形の魔法陣が浮かび上がり、そこから六本の鉄製の鎖が触手のように伸びてきた。

 血のような赤色をした鎖は、自ら意思を持ったように騎士の腕、足、胴体にグルグルと巻き付く。そのまま離そうとしない。


『何ッ!?』


 相手の術で動きを封じられた事にブレイズが困惑する。力ずくで引きがそうとしたものの、鎖はビクともしない。騎士も相当のパワーがあったはずだが鎖の強度はそれをゆうに上回る。


鮮血鉄鎖ブラッド・チェインの強度は術者のパワーに比例する……その鎖は俺より力が上でなければ破壊する事は出来ない」


 ザガートが相手を縛った鎖について解説する。魔法で生成された鎖である事は一目で判別が付いたものの、頑丈さの理由はそれだけではない。魔王より強くなければ外せないという事は、実質的には誰にも外せないのと同じだ。


「ブレイズ、いくらお前でもこの一撃はかわせまい……これで終わりにさせてもらうッ!」


 身動きが取れなくなった相手に戦いを終わらせる事を告げる。


「悪しき魂よ……聖なる光に焼かれて浄化せよッ! 不死破壊ターン・アンデッドッ!!」


 攻撃魔法を唱えると、魔王の手のひらから金色に輝く極太レーザーのような光が放たれた。光は黒騎士に触れるとまばゆいオーラとなって全身を包み込む。そのまま彼の体を秒速で分解する。


『グオオオオオオオオオオッッ!!』


 浄化の光で焼かれる苦しみにブレイズが咆哮ほうこうを上げる。如何いかに不死騎王と言えど魔王の術の威力には抵抗できないらしく、なすすべなく体が砕けていく。手足の指先から粒子状に分解されていき、十秒とたないうちにチリとなって消滅する。

 光が完全に消えてなくなると、彼の所有物だった刀だけが残された。


「やった……やったぞ! 不死騎王を倒したッ!!」


 黒騎士が跡形もなく消え失せた姿を見てレジーナが歓喜の声を漏らす。魔王が勝利を得たと確信して、嬉しさのあまり大はしゃぎする。

 他の仲間達も魔王が勝った事を素直に喜び、王女と一緒にバンザイする。「やった、やった」と声に出してはしゃいだり、満面の笑みを浮かべて抱き合う。魔王が強敵と戦って殺されなかった事に深く安堵する。


(ブレイズを仲間に出来ず殺してしまったが……こればかりはやむを得まい。わざと威力を弱めた魔法ではかすり傷にもならなかった)


 当のザガートは黒騎士を浄化した事を内心悔やむ。配下にする事が目的で挑んだ戦いだったが、悠長に手加減できるほど弱い相手ではなく、こうなったのは仕方のない事だと自分に言い聞かせた。


 せめて今は仲間の喜ぶ姿を目に焼き付けよう……そう思いながら穏やかな笑みを浮かべて、四人の女を遠くから眺めた時。




「……!?」


 突然何らかの気配を感じて、慌てて後ろを振り返る。

 さっきまでブレイズが立っていた場所に目をやると、彼が分解されて散ったものである黒いチリが、自ら意思を持ったように空中を動き回り、一箇所へと集まっていく。まるでビデオを逆再生したようにブレイズの体が修復されていき、やがて不死破壊ターン・アンデッドを食らう前の状態へと戻る。

 完全に復活を遂げると、床に落ちた刀を拾い上げる。


「なん……だと」


 黒騎士が復活した姿を見てザガートが困惑の色を隠せない。強い驚きの感情が顔に出て、精神的ショックを受けたような棒立ちになる。一瞬何が起こったか全く理解できず頭が真っ白になる。


 黒騎士は浄化の魔法を受けて消滅した。跡形も残らず破壊されて、間違いなく死んだのだ。

 スライムのようにコアを打ち損じた訳でもなければ、物凄い再生能力を使ってもいない。時間を巻き戻した形跡もないし、本人が蘇生術リザレクションを唱えた気配もない。

 存在そのものを消されるレベルの破壊を受けたのに、そこから再生してみせた事に、彼がどんな原理で復活したか分からず、ザガートは動揺せずにいられなかった。


 復活した当のブレイズは何事も無かったように平然としている。粉々に破壊された事も、そこから再生した事も、全て想定通りと言わんばかりの態度を取る。

 しばらく茫然ぼうぜんと立ち尽くす魔王を遠巻きに眺めていたが、やがて思い立ったように口を開く。


『よくぞ我を倒した……とめてやりたい所だが、ここまでの事であれば、今まで戦った連中の中にも出来た者は数人いる』


 黒騎士の口から放たれた言葉……それは魔王が特別な事を何も成し遂げていない残酷な事実を突き付けた。

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