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第142話 死霊の盆踊り

「もう城内に敵はいないようだな。よし、先に進もう!」


 大広間に敵の姿が見当たらないため、すっかり油断しきったレジーナが意気揚々と前に一歩踏み出す。


「待てっ!」


 ザガートが警告の言葉を発しながら、慌てて王女の右腕をガッとつかむ。

 すでに歩き始めていた王女は強い力で引き止められて、あやうくバランスを崩してコケそうになる。


「何だ、急に!!」


 引き止められた事にビックリしながら後ろを振り返る。


「聞こえないのか? この音が……」


 敵の気配を察知したらしきザガートが真剣な顔付きになる。そっと息を潜めたような小声になる。


「何も聞こえな……」


 王女がそう言いかけた時、ズルッ……ズルッ……と奇妙な音が何処からか鳴り出す。それは雨で水浸しになった動物の死骸を床に引きずったまま歩くような音だ。最初は小さかったが、だんだん大きくなる。

 しかも音が聞こえた方角は一つではない。大広間へと通じる回廊、その至る所から聞こえた。


 やがて音が大きくなると、回廊の入口に人影らしきものが立っているのが見えた。


「……ああっ!!」


 人影の姿を目にしてルシルが悲痛な声で叫ぶ。


 そこにいたのは腐敗が進行し、全身の皮膚がドロドロに溶けた、動く全裸の死体……ゾンビと呼ばれる怪物だ。頭頂部は禿げ上がっていて、目の部分はポッカリ空洞になっていて、歯は全て抜け落ちている。ポカンと口を開けた表情は埴輪はにわのようだ。

 全身は暗めの茶色に染まり、雨に濡れた泥のように体の表面が溶けていたため、一見すると泥人形のようにも見える。ただ強烈な腐敗臭が漂ったためゾンビだと分かる。


 自分の意思を持っていたカナミと異なり、完全に心を無くした、ただの動く死体だ。


 ゾンビは一体や二体どころの話でなく、ゆうに三百体を超える数が大広間へと集まってきた。一行は完全に彼らに包囲された形だ。


「さっきの戦いの騒ぎを聞き付けて集まってきたようだ……」


 ザガートが苦虫を噛みつぶした表情になる。敵を招き寄せてしまった失態を深く悔いる。


 ゾンビ達は走れないらしく、非常に歩くのが遅い。足を引きずったままノロノロと進む。だが確実に一行へと近付いており、このまま何の手も打たなければ彼らのえさになるのは明白だ。


「業火よ放て……火炎光矢ファイヤー・アローッ!!」


 ルシルが先手を打つように攻撃魔法を唱える。集団の先頭にいた一体めがけて火球を放つ。


「ウアアアアアアアアッッ!!」


 火球が直撃したゾンビが地面に倒れてのたうち回る。全身を炎に包まれたままもがき苦しんだが、すぐに動かなくなる。

 だが先頭の一体がやられてもゾンビ達はものじしない。恐怖心という概念がないらしく、歩みを止めたりしない。


火炎光矢ファイヤー・アローッ! 火炎光矢ッ! 火炎光矢ッ!」


 ルシルが攻撃魔法を連続発射する。低威力の一撃でも確実に仕留められるため、威力を増すための詠唱を省略し、数に任せた戦術に切り替える。

 ゾンビは一体、また一体とやられたが、何分なにぶん数が多すぎる。いくら倒してもキリがない。ルシルがハイペースで倒し続けても、それを上回る速さで敵が進軍する。このままでは津波のように押し寄せる死体の群れに数の暴力で押し負けてしまう。


「私達も行くぞ! うおおおおおおっ!!」


 レジーナが気勢を上げながら敵に向かって駆け出す。両手で握った一振りの剣を縦横無尽に振り回して、ゾンビの群れをズバズバと切り裂く。

 鬼姫となずみも彼女の後に続いて、手にした武器で一体ずつ敵を片付けていく。

 そうして四人の女が戦った時、ゾンビ達の背後から何かが飛んでくるのが見えた。


「何だ!?」


 ゾンビとの戦闘の最中に何かがスゥッと視界を横切った事にレジーナが驚く。

 鳥か、コウモリか、はたまた妖怪の一反木綿いったんもめんか……一瞬見ただけでは何が通ったのかよく分からない。


 部屋の中を飛んでいた物体をよく見てみると、半透明にけた上半身だけの骸骨だった。青白い炎のオーラをまとっており、動くたびにスゥーーッとを引く。邪悪な笑みを浮かべており、「ヒョヒョヒョッ」と声に出して笑う。


「あ……あれはゴースト! 西洋の幽霊の化け物ッス!!」


 なずみが空を飛んでいた魔物の名を口にする。それはゾンビと並ぶ有名な不死アンデッドモンスターだ。


 ゴーストの群れは全部で二十体ほどおり、大広間の天井を好き勝手に飛んで遊ぶ。時折ときおり地上に降りてきて、少女達をからかうように周囲をウネウネと飛び回る。

 ゴーストはスペクターと違って触れられても害は無いが、ゾンビとの戦いの最中に視界を横切られるだけでも集中力をがれる。まるでアンデッド仲間である彼らを援護しているようだ。


「ええい、西洋のお化けどもッ! こっちに来るでない! 我は……我は東の妖怪の王じゃぞ!!」


 鬼姫がヤケクソ気味に刀をブンブン振りながら大声で叫ぶ。いくら彼女でもゾンビにたかられるのは嫌らしく、表情におびえの色が浮かび、今にも泣きそうな涙目になる。当たりもしないのにゴーストを必死に刀で斬ろうとする。


「魔王よッ! さっきから見てばかりおらんで、お主も戦わぬか! お主が本気を出せば、この程度の連中など一網打尽じゃろう!!」


 後ろで見ているだけで戦おうとしない魔王に苦言をていした。彼の力ならば一瞬で不死軍団を排除できると考えて、それをやろうとしない事に心底いらつ。


(フム……彼女の言う事も一理ある。仲間に戦闘経験を積ませるつもりでいたが、さすがにこの数を相手にしては、そんな悠長な事を言ってられなくなった)


 魔王が鬼姫の言葉に同意するようにうなずく。もはや仲間に任せていられる状況ではなくなり、自分の手を汚さねばなるまいと重い腰を上げる。


「悪しき魂よ……聖なる光に焼かれて浄化せよッ! 不死破壊ターン・アンデッドッ!!」


 正面に手のひらをかざして魔法の言葉を唱える。魔王の手のひらから金色に輝く極太レーザーのような光が発射された。男はさらにレーザーを発射し続けたまま横に一回転し、大広間にいる全てのアンデッドに浄化の光を照射する。


「アアアアアアアアッッ!!」

「ウワァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」

「オオオオオオッ……」


 まばゆい光を当てられたアンデッド達が口々に大きな声で叫ぶ。ある者は苦痛にもがいたように絶叫し、またある者は満足したように喜びの声を漏らす。大広間に彼らの断末魔の悲鳴が幾重いくえにも重なり、地獄のハーモニーとなって鳴り響く。

 ゾンビもゴーストも粒子状に分解されてチリになり、サラサラと風に流されて散っていく。後には死体一つ残らない。

 さっきまで魑魅ちみ魍魎もうりょうの巣窟であったはずの大広間は、魔王が呪文一つ唱えただけで元の静寂を取り戻す。


「これでこの城にいたアンデッドは全て片付いたのか?」


 戦いが終わると、レジーナが念を押すように問いかけた。


「いや……まだ一人残っている」


 ザガートは小声でそうつぶやくと、大広間の中央最奥にある大扉に向かってズカズカと歩く。目的を見定めたように行動に迷いがない。


 魔王の言っていた一人というのが不死騎王アンデッド・ロードブレイズを指すのは誰の目にも明らかだ。四人の女達は発言の意図をみ取り、黙って彼の後に付いていく。

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