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第141話 城とチーターとミミック

 妖精プリムと別れた一行は八つめの宝玉がある古城を目指して進む。緑の景色が何処までも広がる森の中をひたすら歩く。時折ときおり野生動物の姿を見かけたが、魔物が襲ってくる気配はない。

 木々の隙間から木漏れ日がし込むのが見えて、前に進むほど木の密集度合いが下がっていく。前方に青い空が見えると、やがて開けた空間に出る。


 森の出口に行き当たると、目の前に大きな城がそびえ立つ。プリムが言っていた古城である事は疑いようがない。外壁はボロボロにちており、こけがびっしり生えている。大地に生えたボーボーの雑草が千年の歳月を感じさせる。

 辺りはシーーンと静まり返っており、人の気配は感じられない。それがより不気味さを増す。


「ここがヤツのいる城か……」


 廃墟となった城を眺めながらザガートが口にする。じっくりとめるような視線で見ながら、これからどうすべきか考える。


「いきなり火炎光弾ファイヤー・ボルトを撃ったりしないのか? ガルアードの塔を壊した時みたいに……」


 レジーナがニヤニヤしながら言葉を掛ける。以前ダンジョンに入らず外側から破壊した話を持ち出して魔王をからかう。


「……お望みとあらば、そうしてやる」


 ザガートが王女の言葉に乗っかるように右手を前方に差し出す。


「ま、待て! 今のは冗談だッ! ほんのちょっとからかっただけだ! お願いだから、もう二度とあんな真似はしないでくれ! 後生だ! 頼む!!」


 魔王が本気で実行に移す素振りを見せたため王女が慌てて止めに入る。男の腕にしがみ付いたまま、無茶な行動をやめるよう懇願する。


「分かった。ならやめよう」


 魔王が王女の言葉に素直に従う。正面に掲げた右手をサッと下に降ろす。

 男が提案を聞き入れた事に王女がホッと一安心する。前回のような事にならなくて本当に良かったと胸をで下ろす。


(もっとも……王女が止めに入らずとも、本気で火炎光弾ファイヤー・ボルトを撃つ気はなかった。正直、ガルアードの塔を壊した判断は失敗だった。アスタロトが死ななかったから良かったものの、もし死んでいたら宝玉が瓦礫がれきに埋まり、掘り出すのに手間が掛かっただろう。少なくとも宝玉を手に入れる事を目的とした洞窟では、二度とあんな無茶はすまい)


 ザガートが、最初から城を壊すつもりが無かった考えを胸中に抱く。過去の自分がやらかした行動を間違いだったと内心深く反省する。


(ちまちまと洞窟に足を運ぶのは魔王らしくないと思っていた。だが自分の目で見なければ確かめられない情報もある。今後判断は慎重に行わねばなるまい)


 力押しだけでは解決しない出来事もあると、そう結論付けた。


「そうと決まったら、いつまでもこんな所におっても仕方あるまい。さっさと城に入ろうではないか」


 魔王が城を壊す気がないのを見て、鬼姫が城内に進むよう提案する。

 みなが彼女の言葉に従い、開けた城門に向かって歩き出す。


 城の入口に近付いていくと、黒い何かが周囲を見張るように徘徊しているのが見えた。

 大人のライオンより一回ひとまわり大きな、黒いチーターの怪物……それはかつてカフカが連れていた『黒の追跡者(ブラック・ストーカー)』と呼ばれる魔獣と同種族のようだ。番犬ならぬ番猫ばんびょうといった所か。


 チーターは魔王の姿を目にすると、真っ先に倒すべき獲物と見定めたように走っていく。


「グルルゥゥゥゥァァァァアアアアアアーーーーーーーーッ!」


 大きく口を開けてジャンプし、鋭い牙で相手の喉笛のどぶえに噛み付こうとした。


「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……火炎光弾ファイヤー・ボルトッ!!」


 ザガートが相手に手のひらを向けて攻撃魔法を唱える。男の手のひらから煌々(こうこう)と燃えさかるなしくらいの大きさの火球が放たれて魔獣を直撃する。天にも届かんばかりの巨大な炎が噴き上がり、魔獣の体が一瞬にして炎にまれた。


「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」


 全身を灼熱の業火で焼かれる痛みにチーターが悲鳴を上げた。火球が直撃した衝撃で後ろに吹っ飛んで地面に叩き付けられると、火だるまになりながらジタバタと体を激しくのたうち回らせる。十秒とたないうちに黒焦げの焼死体になると、ボロボロと崩れて跡形もなく消え失せた。


「この程度では肩慣らしにもならん……先を急ぐぞ」


 ザガートが魔獣の死を侮辱するように吐き捨てた。氷のように冷徹な眼差しで「フンッ」と鼻息を吹かすと、城内に向かってズカズカと歩く。他の仲間達も彼の後に続く。


(敵を殺す時だけは、如何いかにも魔王っぽいんじゃよなぁ……)


 スイッチが入ったような態度の切り替えぶりに鬼姫が妙な気分になる。他人に対する気遣いと、敵に対する情け容赦のなさ、二つの性格をあわせ持つ魔王を異質に感じる。それが彼の魅力なのだと分かってはいても。


  ◇    ◇    ◇


 一階の大広間に辿たどり着くと、鉄製の大きな宝箱がデンッと一つだけ置かれていた。敵の姿は見当たらない。

 部屋の中央に開けろと言わんばかりに箱が置かれた構図は見るからに怪しい。熟練の冒険者なら真っ先に罠の可能性を疑う所だ。


「わぁ師匠! 宝ッスよ、宝っ! きっといいモノが入ってるッス!」


 なずみが興奮気味に鼻息を荒くしながら箱の前まで走っていく。罠が仕掛けられているとは微塵も考えておらず、さっさとふたを開けようとする。


「待て、なずみッ! その箱に触るなッ!!」


 ザガートが強い口調で警告を発する。男の言葉に驚いた少女の体がビクッと震えて、箱を開けようとした手が止まる。

 魔王はズカズカと歩いていって箱の前に立つと、疑うような眼差しでじーっと眺めていたが……。


「フンッ!」


 かつを入れるように一声発すると、ドガァッ! と右足で思いっきり蹴飛ばす。

 物凄い力で蹴られた箱が吹っ飛んでいって床をゴロゴロ転がり、強い衝撃で壁に叩き付けられた。


「おんどりゃあ! テメエら、よくも俺様を蹴飛ばしてくれたなッ!!」


 鉄の箱がいきなり人間の言葉を話す。自力で魔王の方に向き直ると、蹴られた事に激昂しながらピョンピョン跳ねる。ふたの部分が口であったらしく、パカパカと開閉する。よく見ると蓋の内側に鋭い牙がズラッと生えていた。


「うわあ! た、宝箱が喋ったッス!!」


 鉄の箱がまるで自分の意思を持ったように喋りだした事になずみが驚く。


「宝箱に擬態した魔物……ミミックだ。もし不用意に開けていたら、頭からバックリ食われて、バリバリと骨まで噛み砕かれていた。ヤツは冒険者の肉が大好物だからな」


 ザガートが生きた箱について解説する。敵が化けていた事を瞬時に見抜いて、自分が止めなければ少女がえさになっていた可能性を指摘する。


「ここで待っていれば、誰かが開けに来ると踏んでいたが……まさか蹴られるとは夢にも思わなかった」


 ミミックが獲物を待ち構えていた事を明かし、正体を見破られた事を深く残念がる。


「だがまあ良い……こうなったらそこの頭にツノが生えたお前ッ! お前から真っ先に始末してやる!!」


 不意打ちに失敗してもめげずに、魔王を仕留める事を宣言する。


「全身の血を抜かれて息絶えるがいいッ! 全体死トータル・デスッ!!」


 死を宣告する言葉を発して攻撃魔法を唱える。

 ミミックの開いた口から紫に輝く光線が、魔王に向けて放たれた。


なんじより放たれし力、じゅとなりて汝へとかえらん……魔法反射スペル・バウンドッ!!」


 ザガートが両手でいんを結んで魔法の言葉を唱える。半透明に青く光るガラス板のような結界が、彼を覆うように張りめぐらされた。

 紫の光線は魔法の結界に触れると、飛んできた方角へと跳ね返された。そのまま魔法の唱え主であるミミックに命中する。


 箱型の魔物が紫の光線を受けると、彼の頭上に巨大なかまを持った死神が出現する。ボロボロのローブを羽織った上半身だけの骸骨が、宙に浮いたままニヤリと笑う。


「カッ!!」


 掛け声を発すると、手にした鎌を真下にいる魔物めがけて振り下ろす。ザシュッと肉が切り裂かれたような音が辺り一帯に鳴り響く。


「ギャアアアアアアアアアアッッ!!」


 縦一閃いっせんに切り裂かれたミミックが断末魔の悲鳴を発する。ザックリ斬られた傷口から真っ赤な血を噴水のように噴き上げたが、やがて数秒がつと一滴の血も流れなくなり、ピクリとも動かなくなる。詠唱の言葉通りに全身の血を抜かれて息絶えたようだ。


 一仕事終えた死神は満足したようにケタケタと歯を動かして笑うと、うっすらと姿が薄れて消えていく。


(即死魔法のスペシャリストである俺に即死魔法で挑んだのが、そもそもの間違いだ……)


 ザガートは血まみれになった宝箱の死体を眺めながら、敵の戦術のあやまりを指摘するのだった。

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