第140話 妖精からの警告
ワルプルギスを倒した魔王一行は次なる宝玉を求めて旅を続けていた。宝玉のありかが書かれた地図を頼りに、八つめの宝玉があると推測された山に足を踏み入れる。
山は非常に大きかったが、それほど険しいものではなく、徒歩で登れる傾斜だ。広大な森が広がっていたが、木と木の間に人が通れる広さの山道がある。
一行が宝玉があると推測された場所を目指して歩き続けた時……。
「ここから先に進んじゃダメっ!」
何者かがそう叫びながら、山道脇の茂みから飛び出してくる。
一瞬敵が現れたかもしれないと警戒して一行が身構える。
一行の前に現れたもの……それは背中に蝶の羽を生やした手のひらサイズの少女、『妖精』と呼ばれる存在だった。長い髪は金髪でウェーブが掛かっており、鎖骨を露出した緑の服はミニスカートになっている。足には長靴のような丈の長いブーツを履く。外見年齢は十五歳くらいに見えた。
「妖精か……先に進むなとは、どういう事だ?」
ザガートが発言の真意を問う。相手が危険な存在ではないと知り警戒を解く。他の仲間達も現れたのが敵でなかった事に深く安堵する。
「私はプリム……この山に住む妖精。他にも仲間がいるけど、ここから離れた場所にいる。私はいつもここに隠れてて、山を通ろうとする旅人がいたら注意してあげるの」
妖精がまず手始めに自己紹介する。山に住む一族であった事、旅人に忠告する役目を担っていた事を明かす。
「この道をまっすぐ進むと、廃墟となった城が見えてくる……そこは絶対入っちゃダメ! あそこにはブレイズという不死の黒騎士がいる。もし戦いを挑めば、確実に殺されちゃう!!」
山道の奥に古城があった事、そこが危険な場所であった事を教える。恐ろしい騎士がいた事実を伝えて、足を踏み入れないよう忠告する。
「不死の黒騎士ブレイズ……もしや!?」
その名を耳にしてレジーナが真っ先に驚く。
「姐さん、何か心当たりがあるんスか!?」
王女が明らかに知っているらしき反応を見せたため、なずみが問いかける。
「城の本棚にある書物に書かれていた……不滅の黒騎士ブレイズ・アングラウス! 黒き鎧を纏いし最強の幽霊戦士ッ! 不死騎王と呼ばれ恐れられた、伝説の男の名!!」
王女が書物から得た知識を基に解説を始める。黒騎士が伝説に名を馳せた存在であったと語る。
「ヤツはかつて東の国から大陸に渡った侍だったらしいが、無限の強さを求めた末に異界の邪神ハデスと契約し、完全なる不死の存在となった……それから千年、仕えるべき主君が現れるのを廃墟となった城で待ち続けた……そう言い伝えにはある」
黒騎士がニッポンの出身であった事、ハデスと契約して生身の肉体を捨てた事、長い間廃墟の城に居続けた事……それらの伝承を明かす。
「ヤツは何人にも屈しない……魔王軍に属していないし、大魔王が生み出した魔法生物でもない。かつて世界を救った勇者ですら彼を服従させられず、仲間にするのを諦めたとある。いわばヤツの存在そのものが、独立した不死の魔王のようなものだ」
黒騎士が魔族とは異なる存在であった事、勇者ですら仕えるべき主と認められなかった事を口にして話を終わらせた。
どれほど強いかは戦ってみなければ分からないが、王女の話を聞く限りではザガートやアザトホースに匹敵する大物と思わせる貫禄があった。妖精が戦いを挑めば殺されると警告を発したのも頷ける話だ。
「姐さん、よく分かったッス」
「さすがレジペディア。おかげで助かる」
なずみとザガートが解説してくれた王女に感謝する。
「そうか……ハハッ、照れるな。ってか……レジペディアって何だ!!」
レジーナは褒められた事を素直に喜びながらも、聞き慣れない名で呼ばれた事に慌ててツッコミを入れた。
「何日か前、魔王軍の幹部が部下を率いて城に攻め入ったわ。でも返り討ちに遭ったみたい……部下が急いで城から逃げていく姿を見たもの」
王女の話が終わると、妖精プリムが再び口を開く。古城に魔族の幹部が攻め入って黒騎士に倒されたであろう事を伝える。
「フゥーーム……」
妖精の話を聞いて、ザガートが思わず声に出して唸る。眉間に皺を寄せて気難しい表情になりながらあれこれ考える。
(恐らくこの山にあった八つめの宝玉は、城を攻めたという魔族の幹部が持っていたものだ。そいつが騎士に敗れたとすれば、宝玉は騎士の手に渡ったかもしれない)
宝玉の所在について思いを巡らす。黒騎士が危険な存在だと知らされながらも、大魔王の城に行くために会う事は避けられないと結論付けた。
「プリムよ……忠告してくれた事には感謝する。だが俺達の旅に必要な宝が、ブレイズの手に渡ってしまった可能性が高い。戦うにしろ戦わないにしろ、一度会っておく必要がある」
やがて考えがまとまると、思い立ったように口を開く。情報提供に対する感謝の念を伝えながらも、それでも止むに止まれぬ事情により前に進まなければならないと話す。
「それに既に知っているだろうが、俺は異世界の魔王……いずれこの世界の魔王アザトホースと戦わねばならぬ身。ヤツより強いというのでもない限り、戦いを恐れはしない」
黒騎士が大魔王よりは弱いだろうと考えて、そうであれば恐れる必要はないと私見を付け加えた。
「そう……そこまで言うなら、もう止めないわ。私は見送る事しか出来ないけど、貴方達の無事を祈ってる。死なないでね」
魔王の言葉を聞いてプリムが諦めた口調になる。一行を城に向かわせないよう説得するのを断念し、せめて彼らが命を落とさないよう願う。
話が終わると一行は再び山道を歩き出す。八つめの宝玉を黒騎士が持っているだろうと考えて、彼がいる城を目指す。時折足を止めて後ろを振り返り、プリムに手を振る。旅に有益な情報をくれた少女に感謝の意を示す。
プリムはその場に残り、笑顔で手を振って彼らを見送る。危険な死地へと向かう一行の無事を祈る。
(……それに)
一行の姿が完全に見えなくなると、ふと心の中に思いを抱く。
(それにもしかしたら……貴方達だったら、彼が長年求め続けた『仕えるべき主君』になれるかもしれない。ううん、きっとなるって、そう願ってる。だって彼は……ブレイズはいつか望みが叶うと信じて、千年待ち続けた。それなのにいつまで経っても夢が叶わなかったら、あまりに悲しすぎるもの……)
彼らならば、騎士が待ち続けた千年の時を終わらせられるかもしれない……そう淡い期待をせずにいられなかった。




