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第137話 これからも、ずっと一緒。

「良かったッスね、二人とも……本当に良かったッス」


 少女達が救われた光景を目にしてなずみがグスッグスッと涙ぐむ。魔女に苦しめられた二人の境遇をびんに感じ、その彼女達が幸せな結末を迎えられた事に感動して泣きそうになる。魔王から渡されたハンカチで涙をいて、ちーーんっと鼻をかむ。


 他の三人も思いは同じだ。二人の少女に幸せになって欲しかった思いがあり、それが叶って本当に良かったと心の底から安堵した。


「……」


 場が幸せムード一色に包まれた時、カナミの表情が突然暗くなる。それまで楽しそうに笑っていたのに、急に辛気臭い顔になる。

 魔女は消え去り、消滅の危険も無くなったのに、ちっとも嬉しそうな感じではない。本来喜ぶべき場面なのに、重い悩みを抱えたように気持ちが沈んでいる。


「カナミちゃん、どうかしたの?」


 マイがきょとんとした顔しながら首をかしげる。友が何に悩んだのか全く想像が付かない。


「私……パパもママも、もういない。村のみんなもいなくなった。私一人が生き返っても、もう帰る場所なんて無い……」


 カナミがこれから行くアテがない心情を、悲しい顔で打ち明けた。


 屍人だった頃は不死身だったので、雨に打たれようと腹が減ろうと平気だった。だから誰もいない廃墟に一人でいられた。

 だが生き返ってしまったらそうは行かない。雨に打たれれば風邪を引くし、腹が減れば飢え死にする。住む家とご飯をくれる家族が必要になるが、彼女にはそれが無い。将来を不安に思う気持ちが心に重くのしかかる。


「アハハッ! なぁーーーんだ、そんな事かぁっ!」


 カナミの言葉を聞いて、マイが大きな声で笑う。親友が重い悩みを抱えたというのに、少しも気にかけていない。まるですでに解決策があったかのように平気な態度を取る。


「それなら心配ないよ! 私に任せてっ!」


 満面の笑みを浮かべると、頼もしい言葉を吐いて胸をドンッと叩く。


  ◇    ◇    ◇


「そうか……あれからもう一週間がつのか」


 マイの家……そのソファーがある居間で、父親がテーブルに広げた新聞の日付を見ながら感慨深げに語る。かつての事件を思い起こして、葉巻を吸いながら思い出にひたる。


「貴方、感慨に浸ってる場合じゃないわ。マイがいつまでっても起きて来ないのよ」


 相変わらず呑気のんきな態度を取る夫に、妻がげんそうな顔をする。


「昨日で夏休みが終わって今日から学校だっていうのに、マイったら目覚ましをかけても自分で起きれないんだから。また毎朝あの子を起こさなきゃいけないって考えると、憂鬱ゆううつになるわ」


 マイが誰かに起こされないと起きられない寝坊体質だった事、自分がいつも起こしていた事を口にして、困難な作業が始まる事実に顔をくもらせた。


「それならもう心配いらないよ。だって……」


 妻の懸念に夫がニッコリ笑顔で言葉を返す。


  ◇    ◇    ◇


 ――――マイの部屋。


「ほら、マイっ! もう朝だよ! 早く起きてっ!」


 一人の少女が大声で叫びながら毛布を引っ張る。パジャマ姿でベッドに寝ていたマイの体を手でユサユサと揺さぶる。


「うーーん……あと五分……いや十分」


 マイが気だるそうに目を閉じて寝返りを打ちながら返事する。ダンゴムシのように丸まったまま、ピクリとも動かない。完全に睡魔に打ち負けており、このまま起きない気でいる。


「学校は村から離れた場所にあるんでしょっ! このまま寝てたら朝ご飯食べる時間なくなっちゃう! ほら、早く起きてっ!」


 少女はかす言葉を口にすると、マイを両手でベッドから床に運んで、ほほをペチペチと叩く。


「うーーん……カナミちゃん厳しい。まるでお母さんみたい」


 友の容赦ない起こし方にマイがブーブー文句をれる。目が覚めたので不満そうな顔しながら仕方なく起き上がる。


「仕方ないでしょ……だって私、貴方の両親に起こすよう頼まれたんだものっ!」


 マイを起こした少女……カナミが腰に手を当てたドヤ顔で答える。


  ◇    ◇    ◇


 台所に置かれたテーブル……その左右に二つずつ置かれた椅子いすに、カナミとマイ、マイの両親が、それぞれとなり合うようにして座る。

 テーブルには朝食のパンとスープ、目玉焼きとベーコン、ドレッシングを掛けたサラダが置かれており、フォークとスプーンを使って食べる。テーブルのすみではパンを焼いたトースターがチーーンッと鳴る。


 マイがカリカリに焼いたパンにマーガリンを塗って食べる。ほっぺたに付いたマーガリンをカナミがハンカチでく。


「カナミったら、すっかりマイのお姉さんになったみたい」


 微笑ましい二人の光景を目にして、母親がクスクスと笑う。頼りない娘の世話を焼く少女をしっかり者の姉のように感じる。


「だってカナミちゃん、こう見えて中身は二十七歳だもんね」


 マイが年齢の話をして親友をからかう。二十年間としを取らないままでいた彼女を実年齢二十七歳だと冗談半分に言う。


「もう、年の話するのはやめてっ! 私、ちゃんと七歳だもん!」


 カナミがほっぺたをもちのようにふくらませて怒った顔する。自分を大人の女呼ばわりした親友を、痛くない程度に加減して叩く。

 両親はそんな二人のやり取りを眺めて楽しそうに笑う。食卓はまさに一家団欒と呼べる空気だった。


  ◇    ◇    ◇


 カナミとマイが玄関でくつを履く。教科書と筆記用語と弁当が入ったかばんを手に持って、頭に帽子を被る。二人が家を出るのを見送ろうとマイの両親が廊下に立つ。


「マイ、ちょっとだけ先に行ってて。私、パパとママとお話したい事があるから」


 カナミがマイに先に出発するよううながす。


「うん」


 友の言葉に従い、マイが一人で家を出る。

 玄関に残されたカナミが後ろを振り返り、夫婦の顔をじっと見る。


「あの……パパとママ、いえお父様、お母様。身寄りのない私を引き取って下さった事、改めて感謝致します」


 急にかしこまった口調になり、深々と頭を下げる。みなし子となった自分を養子として迎え入れた二人の度量に対する感謝の念を伝える。


「私……貴方がたの娘さんにたくさん迷惑を掛けた。貴方達にも心配させた。そんな私を受け入れて下さった事、何とお礼を言えばよいか……」


 これまでの出来事を深くびて、危険に巻き込んだ自分を許してくれた事への申し訳なさを口にする。


「あらまぁカナミったら。いいのよそんな事、今更いまさら気にしなくて」


 マイの母親が昔の事を気にかけていないむねを伝える。


「そりゃ私だって、最初から賛成した訳じゃないわ。いくら悪い魔女のせいだったとしても、屍人だった子を家族に迎えたいなんて言われたら、誰だってビックリするもの」


 当初は娘の提案に気乗りしなかった心境を明かす。常識的なモノの考え方をすれば、ゾンビだった少女を家に住まわせたいと言われて、簡単に納得するはずもない。


「でもね……あの子、貴方と出会ってからとっても明るい性格になったの。前はもっと内気であまりよく喋らなかったのに、いつもニコニコ笑顔で笑うようになった。きっと貴方の事がとても気に入ったのね」


 マイが以前は内向的な性格だった事、カナミと出会った事がきっかけで明るい性格になった事実を、しみじみとした口調で語る。


「私、貴方に感謝してるのよ。貴方のおかげでマイは変われた。変わる勇気を与えてくれた。だから貴方を家族として迎えても良いって、そう思えたのよ」


 最後は娘を変わらせてくれた少女に感謝の気持ちを伝えて話を終わらせた。


「カナミ……これからもマイの事をよろしく頼むよ」


 マイの父親が、今後も末永く娘と仲良くしてくれるよう頼む。重みのある言葉には、娘が笑顔でいられるためには彼女の存在が必要不可欠だという切実な思いがにじむ。


「はいっ!」


 両親の思いをみ取り、カナミが明るい笑顔で元気に返事する。


  ◇    ◇    ◇


 ひとのない田舎の山道……学校へと向かう道を、マイがとぼとぼと歩く。あまり急いで走るとカナミが追い付けないかもと思い、わざとゆっくり歩く。

 ミンミン鳴くセミの声を聞きながら一人で歩いていると、後ろから少女の名を呼ぶ声が聞こえた。マイが後ろを振り返ると、カナミが慌てて走ってくる。


「ハァハァ……ごめんね、待たせちゃって」


 そう言ってマイの所まで来て足を止める。全力疾走したらしく汗をかいており、呼吸が乱れる。ひざに手をついて背筋を曲げたまま、呼吸を整えようと落ち着いて深呼吸する。


「用事は済んだの?」


 マイが念を押すように問いかける。何をしたかは聞かない。


「うん」


 呼吸の整ったカナミが背筋を伸ばしてコクンとうなずく。


「そっか。それじゃ学校に行こう」


 友の言葉に納得したマイが学校のある方角を振り返り、再び歩き出す。

 マイに続いて歩き出そうとしたカナミの足がピタッと止まる。


「私……ちゃんと学校楽しめるかな」


 不安に満ちた言葉が口をいて出た。

 かつて学校に行くのが嫌だった事、その心の弱さを魔女に利用された事が一連の事件を引き起こした事、それらの事実がトラウマとなってよみがえり、未来を不安視する気持ちへと繋がる。


「大丈夫だよ」


 マイが何も心配ないと言いたげにニッコリ笑う。


「仲の良い友達がいれば、学校はもっと楽しくなる……先生がそう言ってた」


 自分がそばにいて支える事を約束して、カナミの手をぎゅっと握る。そのまま学校のある方角へと引っ張っていく。


「……うん」


 親友の言葉に安心したようにカナミが穏やかな笑みを浮かべる。胸の内に抱えたモヤモヤが吹き飛ばされて足取りが軽くなり、親友に引っ張られるがまま学校に向かって歩き出す。


(もう何も怖くない……今の私なら、ちゃんと学校に行ける。だって私、もう一人じゃないんだもの。私を支えてくれる友がいる。ずっとそばにいて、応援してくれる。彼女がいれば怖いものなんて何もない。どんな辛い事だってきっと乗り越えられる。彼女がその勇気をくれたから……)


 マイの存在が大きな力になった事、彼女のおかげで前に一歩踏み出す勇気が出た事、それらの事実を心の中で噛み締める。


(それにせっかく魔王様……いえ神様がもう一度だけチャンスをくれたんだもの。大事にしなくちゃ)


 同じあやまちを繰り返すまいと心に誓い、友と仲良く手を繋いで歩くのだった。

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