第136話 奇跡を起こさなければ……。
「……」
悲嘆に暮れて泣く少女達の姿を、ザガートが無言で見ていた。その表情は苦虫を噛み潰したようで、何とも重苦しい。とても魔女を倒した勝利者とは思えない。
(……今まで散々苦労して、少女の手まで借りて魔女を倒したというのに、ハッピーエンドを迎えられないのか!? クソッ、何が最強の魔王だ! 何が救世主だッ! たとえ世界を救ったとしても、ここで彼女達を助けられなければ何の意味もない!!)
マイ達の力になれない無力感に苛まれた。最強の力を有していながら何の役にも立てない現状にもどかしさを覚えたあまり、自分を責める言葉が次から次へと飛び出す。
(彼女達を救えなければ、俺はきっと一生後悔するハメになる……そんなのはまっぴらゴメンだッ!!)
胸のつっかえを抱え込まないためにも、最善の結末にたどり着くべきだと自分に言い聞かせた。
(カナミを蘇生させるしかない……だが俺に出来るのか!? いや、出来るか出来ないかじゃない。やるんだッ!!)
成功する見込みのない賭けであった事、それを行動に移す事への迷いが生じたが、最後は迷いを捨てて行動を起こす判断に踏み切る。
(奇跡を起こさなければ……救世主とは呼べんッ!!)
目をグワッと開くと、遂に少女達を救う決意を固める。
「どいてろ、マイっ! 俺が必ず何とかする!!」
前に一歩踏み出すと、蘇生を行うためにマイを一旦後ろに下がらせる。
「我、魔王の名において命じるッ! 汝の傷を癒し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術ッ!!」
正面に右手をかざして魔法の言葉を唱える。
カナミの全身がキラキラ輝いた後、一瞬カッと眩い光が放たれた――――。
「……うっ」
辺りを覆っていた光が薄れていき、視界が開けてくると、カナミがゆっくり目を開ける。
少女が自分の手を見てみると、半透明に透けたはずの体が実体を持っていた。しかもそれまでの屍人だった青白い肌ではなく、生前の肌の色に戻っている。体温もちゃんとある。
少女の姿は蘇生魔法が間違いなく成功した事を、その場にいる者達に分からせた。
「カナミ……ちゃん」
少女が生き返った姿を見て、マイが棒立ちになる。奇跡を目の当たりにした衝撃でしばらく放心状態になったが、やがて友が消滅を避けられた実感がじわじわと湧き上がる。
「……生き返った! カナミが生き返ったぁ! やった! やったよ! うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーいっ!」
友が生き返った感動を声に出してぶちまけた。大事な親友と別れずに済んだ事が嬉しくてたまらず、何度も大きな声でバンザイする。ウサギのようにピョンピョン跳ねる。
彼女にとって今までの人生でこれほど大きな喜びを味わった事は無かった。心の中ではカナミが消滅する事を覚悟して受け入れた。だからこそ悲しかった。
そのカナミが消滅の運命から逃れて、生きた姿で目の前にいるのだ。他にもう何もいらなかった。
「私……生きてる」
カナミもまた、自分が生き返った事に深く驚く。まさかこんな展開になるとは夢にも思わず、幻覚を見ているんじゃないかと我が目を疑う。
自分で自分の顔をペタペタ手で触り、指から伝わる感触に、確かに自分は生き返ったんだという実感が得られた。
「マイ……私、生きてる! 生きてるよっ! これからもずっと……ずぅーーーっと、マイと一緒にいられるんだよッ!!」
生きた人間に戻れた事を大きな声で喜び、マイと強く抱き合って感動を分かち合う。二人して「やった、やった」と声に出して大はしゃぎし、手を繋いでクルクル回ったり、抱き合ったままジャンプする。
喜びに満ちた笑顔を浮かべて、これからも親友と一緒にいられる幸せで満たされた。
抱き合って喜ぶ二人を、ザガートが離れた場所から見守る。その表情には困難な仕事をやり遂げた達成感が浮かぶ。
(……正直、自分でうまくいくと思ってなかった。なにしろ死後十二時間が経過すれば、肉体と魂の繋がりは途切れる。そうなれば蘇生術は効果を発揮しない。だが魔女はカナミの肉と魂を二十年間繋ぎ止めたようだ。恐らく電流による苦痛を与えるためだったと思われるが、皮肉にもそれが功を奏したという訳か……)
蘇生魔法が成功した事に深く安堵する。かなり分が悪い賭けだった事、成功する見込みがない試みにあえて打って出た事、それが実を結ぶ結果になった事に、やって良かったという思いに駆られた。
世の中まだまだ捨てたもんじゃないな……そう思えるものだった。
「ありがとう……魔王様、本当にありがとう! 魔王様は私にとって、救世主……いや神様だよっ! だって奇跡を起こしたんだものっ!!」
マイが魔王の方を振り返りながら感謝の言葉を伝える。友を生き返らせる奇跡を起こした彼を神と信じて疑わない。
(そうか……俺はなれたのか。この子にとって救いをもたらした、本物の神に……)
神呼ばわりされてザガートが一瞬驚いた顔をする。極力感情を表に出さないつもりでいたが、喜びを隠し切れず口元が緩む。
不思議な気分だった。神が一切救いの手をもたらさない世界に降り立ち、魔族に苦しめられた人々を救って回った。その自分が神として扱われたのだ。
もはや一部の人々にとって、この世界の神ヤハヴェではなく自分こそが、信仰すべき神となった……その事実に胸を躍らせた。
魔王はこれまでおぼろげだった目指すべき救世主のあり方が、ようやくはっきり見えてきたと、そう確信を胸に抱くのだった。




