第131話 契約の代償
魔王がアマンダの村を訪れた頃、カナミは廃墟に一人ポツンと佇んでいた。
マイと別れた後、特に何をするでもなく廃墟の中をブラブラと散策する。魔女と思しき黒い霧はそんな彼女を見張るように上空を当てもなく漂う。時折からかうように少女の周囲を飛び回る。
カナミはこの閑散とした廃墟に取り残されて、改めて自分が一人になった事を実感する。無論それは親友のマイを守るためであり、彼女が忠告に従ってくれて良かったと心から安心する。
だが反面、友を失った悲しみがあり、やりきれない思いが胸の内にこみ上げる。「これで良かった、これで良かったんだ」と何度言い聞かせても消えない心の痛みがズキズキと湧く。もう二度と彼女に会えないと思うと、辛くて泣きそうになる。
「……また、一人になっちゃった」
カナミが寂しげな表情でそう口にした時……。
「カナミィィーーーーーーーーッッ!!」
何処からか少女の名を呼ぶ声が発せられた。
声が聞こえた方角にカナミが目をやると、遥か彼方から一人の少女が走ってくる。
「……マイッ!!」
自分のいる方へと走ってくる少女の姿を見て、カナミは心臓が飛び出んばかりに驚く。自分の指示に従い村に帰ったはずのマイが、また廃墟に戻ってきたのだ。一瞬夢でも見たんじゃないかと疑う。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
マイはカナミから少し離れた場所まで来て立ち止まる。全力疾走したらしく息が上がっており、全身汗まみれになる。表情に疲労の色が浮かび、膝に手をついてうなだれる。
「どうして……どうして戻ってきたのッ!」
忠告を無視したマイをカナミが厳しく怒鳴り付ける。魔女から遠ざけようとした目論見を台無しにされた事に怒り心頭になる。
「もう私が悪い魔女に屍人にされたって、知ってるんでしょ!? だったら、ここにいたら危険だって分かるじゃない! それなのに、どうして戻ってきたのよッ! マイちゃんのバカバカバカっ! 考えなし! 能天気! アンポンタンっ!!」
親友の意図が読めず、廃墟に戻ってきた理由を問い質す。最後は頭に血が上ったあまり罵詈雑言を早口で喚き立てた。
「バカでもアンポンタンでもいいよ! 私、自分が頭悪いって知ってるもんっ!」
マイが相手の悪口に真っ向から言い返す。馬鹿呼ばわりされた事を自覚しているとあっさり開き直る。
「それでも、このままお別れするのは嫌だから……私、カナミちゃんに、ちゃんと自分の思いを伝えたいッ!!」
もう一度会って、どうしても伝えなければならない言葉があった事を明かす。
「私、屍人にされるのなんか怖くない! 悪い魔女に何かされたっていい! それでカナミちゃんの側にいられるなら、私は構わない! 私、この先何があっても、カナミちゃんを一人にさせないって……ずっと一緒にいるって、そう誓ったから! だって私たち、親友だもんっ!!」
胸の内に湧き上がる思いを打ち明けた。言葉の節々から、彼女がどれだけ友を大切に思ったかが伝わる。それは不器用で、真っ直ぐで、けれどとても強い言葉だった。友の気持ちに全力でぶつかっていこうとする素直で一途な優しさがあった。
「マイ……」
友の強い気持ちにカナミは胸が詰まる思いがした。自分がこんなに愛されてたんだと知って、感激のあまり泣きそうになる。
彼女を屍人にしたくなかった。たとえ憎まれても、この先一生恨まれ続けたとしても、親友を自分から遠ざけようと、そう心に誓ったはずだった。
だがそれでも彼女が自分に会いに来てくれた事が心底嬉しかった。どんなリスクを冒してでも一緒にいたいと言ってくれた事が、とても心地よかった。二十年抱き続けた孤独が癒された気がした。もうずっと彼女といられるなら、どうなってもいいとさえ思えた。
(マイ……私も)
カナミがそう言いかけた瞬間……。
「……戻ッテキタネ?」
またもしゃがれた老婆の声が響き渡る。マイが戻ってきた事を歓迎するように「ヒヒヒッ」と不気味に笑う。
その直後、魔女と思しき黒い霧が、カナミから数メートル離れた背後に集まっていく。一箇所に集まった霧がどんどん大きくなり、黒い雲の塊になる。
一瞬カッと眩い光が放たれた後、雲は別の存在へと変化していた。
……そこに立っていたのは背丈六メートルほど、結婚式に着るような純白のウエディングドレスを着てベールを羽織った人型の骸骨だった。骨は暗めの茶色に染まっており、全身に黒い瘴気のようなものを纏い、瞳は赤い光を放つ。常に猫背になっており、グワッと開いた両手を前面に突き出して、相手を威嚇するようなポーズを取る。
見るからに醜悪な姿は、魔女を通り越して、もはや妖怪と呼べる域に達していた。
「アンタハ戻ッテキタ……アタシヲ恐ロシイ魔女ダト知リナガラ、ワザワザ戻ッテキタンダ。ツマリ、ソノ子ト同ジニナル覚悟ガ出来タトイウ事。ダッタラ良イダロウ……望ミ通リ、アンタヲ屍人ニシテアゲルヨ……」
魔女と思しき骸骨の化け物がマイに話しかける。屍人にされる危険性を知りながら廃墟を訪れた少女の判断を、自分と契約する意思を固めたと捉えて、下僕が増える事を大喜びする。骸骨の口元を不気味に歪ませてニマァッと笑う。
「マイには手を出さないでッ!」
いたいけな少女を屍人にせんと目論む魔女の前に、カナミが両手を左右に広げて立ちはだかる。何としても大切な親友を守ろうとする。
「フンッ……ダッタラ、アンタカラ先ニ頂クトスルヨ。ソロソロ飯ノ時間ダッタカラネ、チョウド良イ」
魔女がそう言いながら右手をグッと強く握る。次の瞬間……。
「うっ……うああああああああああっっ!!」
左手の薬指に嵌めた指輪から、カナミの全身に電流が流れ出す。体中を駆け回る痛みに悲鳴を上げて、地べたに倒れてのたうち回る。既に死んでいるはずなのに、このまま放っておいたら死にかねない勢いだ。
それは即死させるような超高圧の電流ではなく、じわじわと痛め付ける拷問器具の類の電流だ。だが長時間流され続けたら、死に匹敵する苦痛を伴う事は間違いない。
「カナミちゃ……痛ッ!」
マイが慌てて駆け寄りカナミに手を伸ばした瞬間、バチッと電流が走り、反射的に手を引っ込める。少女に触れようとした指に針を刺したような激痛が走り、電流が通った皮膚が赤く腫れてジンジンする。
近付こうとしただけでこれほどの痛みを伴うのだ。まともに触れば凄まじい激痛に襲われる事は想像に難くない。
マイは自分には何の手助けも出来ないと諦めて悲嘆する。目の前で友が苦しむ姿をただ黙って見ている事しか出来ない。
魔女はそんな二人の姿を眺めて愉快そうに笑っていた。
「お願い……もうやめてぇっ! どうして……どうしてこんな酷い事をするの!?」
マイが涙目になりながら拷問をやめるよう懇願する。いたいけな少女を痛め付ける行為をして一体何の得になるのか、真意を問い質す。
「ヒヒヒッ……アタシハ一日ニ数回、コウヤッテコノ子ニ電流ヲ流スノサ。何故ダカ分カルカイ? 電流ヲ流サレル苦痛、ソレガ生ミ出ス精神エネルギーコソ、アタシノ魔力ノ源ニナルカラサ。イワバコノ子ハ、アタシノ餌ナンダヨ」
魔女が邪悪な笑みを浮かべながら疑問に答える。日常的に少女を痛め付けた事、それにより生まれる苦痛こそが魔女の力の源であった事を教える。電流を流す前に「飯の時間だ」と発言した意図も明らかとなった。
「何故コノ子ガアンタヲ庇ッタカ、コレデ分カッタダロウ? コノ子ハネ、アンタニ同ジ苦シミヲ味アワセタクナカッタノサ。ソレナノニソノ気持チヲ台無シニスルトハ、馬鹿ナ子ダネェ」
カナミがマイを屍人にしたくなかった理由を明かす。屍人になればマイも同じ運命を辿った事を教えて、少女の真意を汲み取れなかったマイを頭の悪い子だと鼻で笑う。
「コレハネ、アタシトコノ子ガ結ンダ契約ナンダヨ。コノ子ハアタシニ願イヲ言ウ。アタシハ願イヲ叶エル。願イヲ叶エタ代償トシテ、コノ子ハ永遠ニ、アタシノ糧トナル。ソウイウ契約ナノサ……イーーーッヒッヒッヒッ!!」
最後に一連の出来事が二人の間で交わした契約だった事を伝えて、悪魔のように邪悪な笑顔で大笑いした。
(……そんな)
マイは深いショックを受けたあまり茫然自失になる。屍人になるというのがどういう事なのか、その事実を知らされて放心状態になり、抜け殻になったような棒立ちになる。
正直、見通しが甘かった。屍人になるのなんて大した事ないと、内心タカを括っていた。それが子供の浅はかな考えに過ぎないのだと強く思い知らされた。マイは自分の認識が甘かったと知って、友の忠告を無視した事を深く後悔する。
カナミと一緒にいたい気持ちに変わりはないが、それでも彼女の配慮を台無しにしたと感じて、なんて馬鹿な事をしたんだと自分を責める気持ちに苛まれた。
「マイ……逃げ……て……」
カナミが電流にもがき苦しみながら必死に言葉を吐く。意識を失いかねないほどの激痛を味わいながら、自分より友の心配をする。その健気さがかえって痛ましい。
マイは何としても友を助けねばならない使命感に駆られた。
「これ以上カナミちゃんをいじめるのはやめてッ!」
力ずくで拷問をやめさせようと魔女に飛びかかる。
「邪魔スルンジャナイヨッ!!」
魔女が腹立たしそうに叫びながら、握った拳をブゥンッと横に振る。
「うあっ!」
横一閃に振られた拳にドガッと殴られて、少女の体がポーーンと宙を舞う。強い衝撃で地べたに叩き付けられて、横向きにゴロゴロ転がる。しばらく起き上がれずに寝転がる。
「ソコデ、大人シク見テイルンダネ! コノ子ガ終ワッタラ、次ハアンタノ番ダヨッ!!」
地べたに倒れたマイに向かって魔女が言い放つ。カナミの次は彼女を拷問するつもりだと伝える。
カナミは相変わらず電流を流され続けたままだ。だがもはやマイにはどうする事も出来ない。
(お願い……神様……勇者様……誰でもいい!! 誰か……誰か、カナミちゃんを助けてッ!!)
藁にもすがる思いで助けを求めた瞬間……。
「ゲヘナの火に焼かれて、消し炭となれッ! 火炎光弾ッ!!」
何処からか詠唱の言葉とともに轟々と燃えさかる火球が放たれた。
「アヒィッ!!」
魔女は自分に向けて放たれた火球をサッと横に動いてかわす。火球は魔女の背後にある地面に墜落して、大きな音を立てて爆発する。攻撃を避ける事に魔女の意識が向けられて、カナミに電流を流す作業が止まる。
「誰ダイ、イキナリアタシニ向カッテ攻撃魔法ヲ唱エル輩ハ! 全ク、年寄リニ対シテ酷イ仕打チヲスルモンダネッ!!」
魔女が不意打ちを食らわされた事に激昂する。自分の卑劣さを棚に上げて、警告せずに襲ってきた相手を許せない気持ちになる。
「……貴様のような悪党に声を掛ける義理は無い」
そう言いながら、火球が飛んできた方角に一人の男が立っていた。魔法の唱え主であろうと思われる頭に角を生やした人物は、魔女を蔑むような目で見る。一見無感情に見える瞳は、しかしながら冷徹な眼光で相手を睨んでおり、胸の内に湧き上がる怒りを必死に押し留めているように思えた。
男の背後には、彼の仲間と思しき四人の女性がいる。彼女達も男と一緒に廃墟に来ていた。
「ゲェッ! キッ、貴様ハ……異世界ノ魔王ッ!!」
男の姿を見て魔女が激しく狼狽する。
そこに立っていたのは紛れもなく、少女の救出に向かったザガートその人だった。




