第13話 レジーナ、敗北する
「クッ……貴様ぁ」
だらしない恰好で倒れたレジーナが、地面に両手をついて立ち上がる。自分に恥辱を味あわせた相手を敵意に満ちた瞳で睨む。
「よくも……よくもよくもよくも、公衆の面前で私に恥をかかせてくれたなぁっ! 許さん! 絶対に許さんぞぉっ! この悪党がぁっ! 生きてここから出られると思うなっ!!」
胸の内から湧き上がった怒りを声に出してブチ撒けた。騎士の誇りを傷付けられた事に深く憤ったあまり、はらわたが煮えくり返り、脳の血管が爆発寸前になる。顔を真っ赤にして目に涙を浮かべて今にも泣きそうになりながら、両肩をプルプル震わせた。
「うああああああああーーーーーーーーっっ!!」
大きな声で叫ぶと、剣を手に取り敵に向かってドカドカと走り出す。むやみやたらに剣を振って、相手に斬りかかろうとした。
もはや戦術もへったくれも無い、ただの力任せのヤケクソだ。怒り狂った猛牛の突進に等しい。そんな乱暴な斬撃が魔王を捉えられるはずも無く、ブンブン音を鳴らしながら振られた剣の刃先を、ザガートが剣筋を読み切って軽快にかわす。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
滑稽なやりとりが、時間にしておよそ十分近く続いた後、王女の息が上がる。
表情に疲労の色が浮かび、額から滝のように汗が流れ出し、剣を握る腕に力が入らない。手足がガクガク震えて、膝を曲げて姿勢を低くしてうなだれたまま、全身ぐったりさせた。
「レジーナ……お前の剣術は型に嵌まり過ぎている。実戦経験が無いのが丸分かりだ。そんな戦い方では、いくら鍛えた所でゴブリンの一匹すらまともに殺れんぞ。もういい加減に諦めて、負けを認めたらどうだ」
ザガートが王女の戦いぶりに苦言を呈した。相手の安い挑発に乗せられて無駄に体力を消耗した彼女に心底呆れたあまり、余裕ある大人の態度で忠告せずにいられない。
「……うるさい」
レジーナが下を向いたままボソッと小声で呟く。
「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいっ! お前如きが、私に指図するなぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
狂ったように大声で喚き散らすと、怒りで疲れが吹き飛んだのか、すぐに立ち上がって体勢を立て直す。完全に頭に血が上って我を忘れている。敵であるはずの男にアドバイスを送られたのが、よほど気に入らなかったようだ。
「うああああああっ!」
王女が雄叫びを発しながら、またも魔王に向かって走り出す。ヤケクソ気味に剣を縦に振って、相手をたたっ斬ろうとした。
ザガートはサッと後ろに下がって、王女の一撃を難なくかわす。力任せに振られた剣は何も無い地面にドガッとぶつかり、その衝撃で砂埃が舞い散る。
「ハァ……ハァ……クソッ! さっきから避けてばかりで卑怯だぞ! 貴様に少しでも武人として誇りがあったなら、正々堂々と大人しく私の剣を受けろっ!!」
王女が激しく息を切らしながら無茶な要求を突き付けた。回避に専念する相手の戦いぶりに、なりふり構わずイチャモン付けて文句を垂れる。
「フゥーーッ……」
ザガートがとても気だるそうに溜息をついた。やれやれと言いたげに首を左右に振って、心の底から相手を見下した表情になる。王女の無茶苦茶な言いがかりに反論する気力も湧かない。
「良いだろう……ならば全力で俺を斬ってみせろ。それで貴様の気が晴れるというのならな」
あえて挑発するような言葉を吐くと、一切の構えを解いたまま棒立ちになる。何か考えがあるのか、完全に王女の攻撃を受け切る気でいる。
(やった!)
相手が無防備な姿になったのを前にして絶好の好機到来とみなし、レジーナが敵に向かって一気に駆け出す。
「魔王ザガート! 今度こそお命頂戴する! でぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
死を宣告する言葉を発すると、手にした剣を魔王の頭部めがけて全力で振り下ろそうとした――――。
剣の刃先が魔王の頭に触れた瞬間、ギィィィインッ! とけたたましい金属音が鳴る。
激しい電流のような振動が王女の腕にビリビリと伝わり、たまらず手を離してしまうと、剣が物凄い勢いで後方に弾き飛ばされて地面に転がった。
「なん……だと」
一瞬何が起こったか全く分からず、王女がポカンと口を開けた。
生身の男の頭に剣で斬りかかったら、まるで分厚いコンクリートの壁に激突したように弾かれたのだ。
防御結界を張り巡らせた形跡すら無い。男はただ単純に肉の硬さで剣を弾いていた。その事実が到底受け入れられず、王女の思考が真っ白になる。
「俺の体はドラゴンの皮膚より硬い……たとえ砲弾の雨が降り注ごうと、無傷のまま歩いて突破できる。魔法の結界すら必要ない。王女よ……お前の剣の切れ味が今の十倍あったとしても、俺には掠り傷一つ付けられん。残念だったな」
ザガートが自分の打たれ強さについて、自慢するように語る。想定通りに事が運んだ喜びで気を良くしたのか、フフンッと嬉しそうに鼻息を吹かせた。
「そん……な」
男の言葉を聞いて王女が愕然とした。この世の終わりを見たように青ざめた表情を浮かべながら、ガクッと膝をついてうなだれた。圧倒的な力の差を見せ付けられたあまり茫然自失になる。
事ここに至ってようやく勝ち目が無い事を悟り、完全に闘争心を失う。格上の相手に凄まれて怯えた、ただの小さな猫と化した。




