第129話 魔女の黒い霧
……両親がゾダックと会っていた頃、当のマイは廃墟でカナミと遊んでいた。
いつものように二人で楽しく遊んだ後、弁当とお菓子を食べて楽しく雑談する。最後は村の外れにある丘の草むらに寝そべってひなたぼっこする。
そのまましばらくぼーっと空を眺めていた二人だが、やがてマイが上半身を起こす。
「ねえカナミちゃん……私達、ずっと友達でいられるよね?」
カナミの方を振り返りながら念を押すように問いかける。このまま今の関係が続けば良いと考えて、相手にもそう思っていて欲しくて同意を求める。
「そうしたいのは山々だけど……たぶんできないよ」
カナミも体を起き上がらせて、膝を抱えて体育座りしながら質問に答える。マイの好意が嬉しくて口元が緩んだものの、気落ちしたように下を向いており、瞳は悲しげだ。何か悩みを抱えたように思い詰めた顔をする。
「どうして?」
マイがキョトンとした顔しながら首を傾げる。
「私は屍人だから年を取らないけど、マイちゃんは生きた人間だから年を取る。十年か二十年経ったら大人になるし、もっと時間が経ったらおばあちゃんになる……いつかは私より先に死んじゃう……だから」
カナミがいつまでも一緒にいられない理由を話す。死んだ人間と生きた人間、異なる種族の間にある寿命の違いという、越えられない壁がある事実を教える。
「カナミちゃん……」
マイが悲しげな顔をする。寿命の問題を告げられて、そんなの嫌だという心境になる。何としてもずっと一緒にいたいと強く願う。その為の方法を模索する。
どうすれば年を取らないままでいられるか、あれこれ考えたが……。
「……だったら私も屍人になるっ! そうすればこの先十年経っても、百年経っても、ずっとカナミちゃんと友達でいられるっ!」
晴れやかな笑顔になると、頭の中に浮かんだ考えを伝える。自分がゾンビになれば永久に今の関係を続けられると話す。
「カナミちゃん、私達これからもずぅーーーーっと一緒だよっ!」
大きな声で叫ぶと、感情の赴くままにカナミを抱き締めた。そのままぎゅぅっと腕に力を込めて、いつまでも離さない。ずっと一緒にいたい思いを反映させたように、体をくっつけたままでいる。
(マイ……)
無邪気な少女の言葉にカナミは胸が詰まる思いがした。相手まで自分と同じ屍人にしたくない考えはあったが、それでもマイが一緒にいたいと言ってくれた事がとても嬉しかった。本当にずっと今のままでいられるなら、それも悪くないとさえ思えた。
カナミが少女を優しく抱き締め返そうとした時……。
「……アンタモ、ソノ子ト同ジニナリタイノカイ?」
突如辺り一帯に不気味な声が響き渡る。しゃがれた老婆の声でエコーが掛かっている。
それまで晴れていた空が瞬く間に黒い雲に覆われて日の光が差さなくなる。雷が落ちようとするかのように雲がゴロゴロと鳴る。何かの危険を察知したのか、枯れ木に停まっていたカラスがギャーギャー鳴いて、一斉に飛び立って村から離れる。
廃墟のあちこちから黒い霧が出てきて、カナミの背後に集まっていく。
一箇所に集まった霧がどんどん大きくなって、黒い雲の塊になる。
「カナミちゃん……これって……」
ただならぬ出来事にマイが異変を感じた時……。
「……帰って」
カナミが下を向いたまま口を開く。声の調子は重く、表情は真剣そのものだ。激しく緊張したあまり両肩がブルブル震えて、額から冷や汗が出る。まるで危険な猛獣が近くまで迫ったのを察したかのような雰囲気を漂わせる。
「……お願いだから、さっさと帰って! そしてもう二度と、ここには来ないでっ! アンタとなんか、友達でも何でもないっ!」
顔を上げて怒った表情になると、物凄い剣幕で怒鳴り出す。一刻も早く村に戻るよう忠告し、今後自分に会いに来ないよう強い調子で釘を刺した。
「えっ、でも……」
突然の態度の変わりようにマイが困惑する。いきなり別れの言葉を告げられても素直に「はいそうですか」とは言えない。どうすれば良いのか分からず、困った顔しながらオロオロする。
「……早く行ってぇぇぇぇえええええっ!!」
忠告に従わないマイに痺れを切らしたようにカナミが大きな声で叫ぶ。腹の底から絞り出したように言葉を発し、表情には何としても要求に従って欲しい悲壮感が浮かぶ。もし言う通りにしなければ大変な事になる……そんな切実な思いが伝わる。
「……」
マイは一瞬躊躇したものの、押し黙ったまま廃墟の出口に向かって走り出す。そのまま村から出ていき、一目散に自分の住む村へと戻っていく。
詳しい事情は分からないが、カナミが自分を危険から遠ざけようとする意図のようなものは汲み取れた。今は大人しく要求に従う事こそ、彼女が最も望んだ流れであると、そのように考えた。
マイがいなくなってカナミが一人その場に取り残されると、黒い霧のようなものが、少女の周りをからかうようにフワフワと飛び回る。
「アノ子ヲ庇ッタノカイ? デモアノ子ハキット、マタ村ニ来ルヨ……アタシニハ分カル。ソウシタラ今度コソ、アノ子ヲ……ヒヒヒヒヒッ」
黒い霧がしゃがれた老婆の声で喋りだす。マイを逃がしたカナミの判断を、無駄な行為だと下品な声で嘲笑う。
(マイ……もうここには来ないで)
カナミは少女が村に来ないよう、手を合わせて神に祈る事しか出来ない。
◇ ◇ ◇
「……ただいま」
マイが気落ちした表情で家に帰ると……。
「ああ、マイ! 無事だったのねっ! 良かった……本当に良かった! ママもパパも、貴方の事を心配してたのよっ!!」
母親が大声で叫びながら駆け寄ってきてマイを抱き締める。娘が生きて戻ってきた事を深く喜び、感動のあまり目を潤ませて泣きそうになる。
「実はパパ達、マイが廃墟の少女と会っていた事を知ってしまってね……それでどうするべきか、老賢者ゾダック様に相談しに行ったんだ」
父親が安堵の表情を浮かべながら、これまでの経緯を話す。
「いいか、よく聞くんだマイ……バルティナ村には恐ろしい魔女がいる。子供を誘拐して食べようとする、恐ろしい魔女だ。二十年前村が滅びたのも、廃墟に住む少女を屍人に変えたのも、魔女の仕業と見て間違いない。このまま村に通い続けたら、マイは屍人に変えられたか、最悪魔女に殺されたかもしれないんだ……」
神妙な面持ちになると、老賢者から聞いた話を伝える。魔女の恐ろしさを出来る限り丁寧に教えて、廃墟に向かう事の危険性を分からせようとした。
「恐ろしい魔女……」
マイが心当たりがあるようにボソッと呟く。父の話を聞いて頭に浮かんだのは、カナミの背後に集まった黒い霧の事だ。あれがカナミを屍人に変えた魔女と見て間違いないと感じた。
またそれにより、彼女が自分を危険から遠ざけようとした意図も明白となった。マイは憎まれ口を叩いても自分を助けようとしたカナミの気遣いに胸が詰まる思いがした。
「とにかく私達はこれからもう一度賢者様に会って来ます。マイは今日一日大人しくお留守番して、一歩も外に出ちゃダメよ」
母親が今から出かける用事を伝えて、娘にずっと家にいるよう釘を刺す。
「……はい」
マイは下を向いて暗そうな顔したまま小声で返事する。すっかり元気をなくすと、トボトボと歩いていって自分の部屋に入り、ドアを閉めて鍵を掛ける。
「さて、では早速老賢者様の所へ向かうとするか」
娘が大人しく言う事を聞いてくれた事に安堵した父が、そう提案した時……。
「魔王様が……救世主様が、村に来なさったぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!!」
村の入口から青年が大きな声で叫んだのが聞こえてきた。
それはザガート一行が村を訪れた事を知らせるものだった。




