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第128話 母親は忍者となり、賢者は「イカン!」と大声で怒鳴る。

 魔女の封印を解いたカナミは生けるしかばねとなり、二十年変わらぬ姿のまま廃墟となった村にとどまる。

 何をするでもなくただぼーっと空を眺めていた彼女の前に、マイという同い年くらいの少女が現れる。マイは自分の住む村に同年代の友達がおらず、一人で遊んでいた。その時廃墟に住む少女のウワサを聞いて、会いに来たのだと言う。


 友達になって欲しいというマイの言葉にカナミは最初戸惑ったものの、最終的には彼女の好意を受け入れた。

 二人は手を強く握り合い、奇妙な友情で結ばれる事となる。


 マイは誰にも見つからないようこっそり廃墟へと向かい、一人でカナミと会う。そうして二人で遊びを始める。

 草むらの花をんで花輪を作ったり、山盛りになった土に棒を立てて『山崩し』をしたり、トランプの神経衰弱をしたり、オセロをしたりする。地面に棒切れで絵を描いたり、泥をこねて人形を作ったりもする。これまで一人でしかやれなかった遊びが二人で出来るようになり、マイは大いに気持ちが満たされた。

 カナミも二十年しに出来た友達との交流で、それまでずっと孤独だった心をいやされる感覚があった。


 マイは最初に会った日の翌日から弁当とお菓子を持っていくようになり、カナミはそれをおいしそうに食べる。ゾンビではあったが味覚はちゃんとあり、消化も排泄も行われる。体温がなく年を取らない事以外、ほとんど生きた人間と一緒だった。


 日がれるとマイは別れの挨拶あいさつをして村を出る。必ず翌日も会う約束をする。

 カナミも元気に手を振って彼女を見送る。明日また会える事を楽しみにして胸をウキウキさせた。

 二人は幸せだった。


  ◇    ◇    ◇


「行って来まぁーーーーすっ!」


 その日もマイは元気に叫びながら家を出る。お弁当と遊び道具が入ったかばんを手にして、村の外へと走り出す。両親は娘が出ていく姿を黙って見送る。


「ねえ貴方……気にならない? あの子ったら、何処に遊びに行くのか全然教えてくれないのよ。村の子に聞いても、誰もあの子と遊んでないって言うし……あの子、一体誰と遊んでるのかしら」


 娘がいなくなった後、母親が不穏な表情になる。娘がどんな相手と遊んでいるのか心配になり、気が気でない。変な男の人だったらどうしようとか、危険な場所へ行っているかもしれないとか、悪い想像ばかり膨らんでいく。娘の事が心配でても立ってもいられない。


「そう不安がる事も無いんじゃないか? あの年頃の子なら、親に隠しておきたい事の一つや二つあるだろう。それにせっかく友達が出来たんだ……その相手にどうこう注文を付けるのは親のわがままじゃないか」


 父親が呑気のんきに新聞を広げながら葉巻を吸う。娘の交友関係に対して何の心配もしていない。彼女の好きにやらせれば良いと言いたげな態度を取る。娘のぼっち問題という悩みが解決して、それで一件落着としたいようだ。


「そうかもしれないけど……でもやっぱり気になるわ」


 妻は夫の言葉に同意しながらも釈然としない。娘の好きにやらせるべきという考えを頭では正しいと分かっても、胸の内に湧き上がったモヤモヤは消えない。この女のかんと呼ぶべき違和感を払拭するためには、何としても真相を確かめる必要があると考える。

 彼女は明日、娘の後をける事に決めた。


  ◇    ◇    ◇


 翌日、何処かへ向かうマイの後を母親がこっそり尾いていく。バレないよう足音を立てず、物陰から物陰へササッと移動する。娘が振り返ろうとしたら木の後ろに隠れてやり過ごす。母親の隠密スキルは忍者のようであり、マイは尾行されてる事に気付かない。母親に尾けられてるとも知らず、廃墟に足を運ぶ。


(ここは……ッ!!)


 娘が足を踏み入れた廃墟を見て、母親は愕然がくぜんとする。

 彼女が驚くのも無理はない。何しろそこは二十年前に謎の爆発があって住人が一人もいなくなった村なのだ。家屋はボロボロにちており、人が住んでいるようには見えない。村のあちこちにある枯れ木の枝にカラスがまっており、不気味さを引き立てる。

 お化け屋敷か、せいぜい肝試しに使うのが関の山で、とても子供が遊びに来る場所ではない。娘がこんな場所に何をしに来たのか、考えただけで不安がつのりだす。


 母親がなおも娘の姿を目で追うと、マイが一人の少女と会って楽しそうに話していた。


(あああっ……あっ……)


 娘の遊び相手になっている少女の姿を見て、母親は背筋が凍る思いがした。

 廃墟の村に謎の少女がいる事は村中のウワサになっており、彼女の耳にも届いていた。様々な憶測が飛び交ったものの、大方びとであろうという見解で一致していた。その屍人である少女が娘と遊んでいたのだ。

 生きた人間のぬくもりを感じさせない青白い肌は、一目見ただけでゾンビだと分からせるに十分だった。


 母親は大声で叫びたい衝動を必死にこらえて村を出る。そのまま自分の住む村を目指して一目散に駆け出す。


 妻が家に帰ると、夫は七輪でサンマを焼いていた。


「貴方、サンマなんて焼いてる場合じゃないわッ! マイが……マイが大変なのよ!!」


 妻が大声で叫びながら慌てて部屋に駆け込む。これまで見てきた事を早口で説明する。


「何、それは大変だ! 一刻も早く何とかしなければッ!!」


 妻の話を聞いて夫が血相を変える。娘が屍人と遊んでいるとあっては、さしもの彼も呑気のんきではいられない。


「でも何とかするって言っても、どうすれば……」


 妻が困惑の言葉を口にしてオロオロする。この状況をどうにかしなければならないと思いながらも、方法が見つからない。

 娘にゾンビと会うのをやめるよう言っても、大人しく言う事を聞くとは思えない。最悪機嫌を損ねられたり、家出される可能性がある。かと言って部屋から出ないよう監禁する訳にも行かない。

 危険性をくにしても、両親はゾンビ少女の素性を全く知らないのだ。曖昧あいまいな説得の仕方では娘を納得させられない。


「村の歴史に詳しい老賢者ゾダック様がいる……彼に相談してみよう! 何か分かるかもしれない」


 夫が一つの提案をする。妻はその意見に従う事にした。


  ◇    ◇    ◇


 村の一番奥にある古ぼけた小屋……老賢者が住むと言われる家のドアを夫が手で叩いてノックする。しばらくするとドアが開いて中から一人の老人が出てくる。

 その老人は頭頂部が禿げ上がっており、白いひげを生やす。ガリガリにせており、ゆうに百歳は超えているようだ。緑色のローブを羽織り、木の杖をついて歩く。ただ肌の血色は良く、動作はシャキッとしていて健康そのものだ。


「ホッホッホッ……ワシに何か用かね?」


 ゾダックと思しき老人がにこやかに笑う。初対面の夫婦に対して特に警戒せず優しく接する。人当たりの良い態度は好々爺という印象を与える。


「実は……」


 妻が暗い顔をしながら、これまであった出来事を話す。


「ムムムッ……それはイカン! 何としても娘を廃墟に行かせるのをやめさせなさい!!」


 妻の話を聞き終えて、ゾダックの表情がけわしくなる。目をグワッと開いて、眉間みけんしわを寄せた阿修羅のような顔になる。それまでニコニコしていた爺が一転して鬼の形相になった事は、それだけでただならぬ事態である事を分からせた。


「あの村について何か知ってるんですか?」


 夫が廃墟となった村の事を聞く。娘を説得するためにも詳しい事情を知ろうとする。


「フム……」


 ゾダックがあごに手を当てて気難しい表情になる。どう説明すべきか思い悩む。

 頭の中で情報を整理すると、やがて思い立ったように口を開く。


「バルティナ村はな……かつて恐ろしい魔女に支配されとったんじゃよ。随分ずいぶんと昔の話になるがの……その魔女は子供を誘拐して食べる悪女だったと聞く。魔王軍の幹部だというウワサもあったそうじゃ。散々悪事を働いたすえに、異世界から来た勇者によって封印された……そう言い伝えにはある」


 となりの村に邪悪な魔女がいた事、その魔女が数々の悪事を働いた事、最後は勇者に封印された事……それらの事実を教える。


「じゃがバルティナ村は二十年前に謎の爆発が起きて滅びてしまった……あくまで推測じゃが、村が滅びたのは魔女の封印が解かれたからじゃとワシは考えておる。そのような村に少女がいたとすれば、魔女の手先か、魔女本人かもしれない。もしこのままお宅の娘さんを通わせ続けたら、娘さんは魔女と契約を交わされて、屍人にされてしまうかもしれんのじゃ」


 魔女の封印が解かれたであろう事、廃墟の少女が魔女と関わりがある事、それらを推測だと前置きしながらも語る。マイが魔女の手によって屍人にされる可能性を伝えた。


「何としても魔女の危険性を教えて、娘さんを廃墟に行かせないようにするんじゃ! それが娘さんを守る最善の道となろう!!」


 最後はマイを廃墟に向かわせないよう強い調子で警告して話を終わらせた。


 ゾダックの話はマイの身に危険が迫っている事を分からせる内容だ。娘が屍人にされるかもしれないと言われて、夫婦は背筋が凍る思いがした。何としても娘に事態の深刻さを伝えねばなるまいと、そう決意を新たにするのだった。

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