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第125話 本に封印されし魔女

 ――――二十年前の朝。



 その日、ある村の一軒家に住む少女が、部屋で身支度を整えていた。

 少女はパジャマから白のワンピースに着替えて、赤いくつを履く。かばんに本と筆記用具を入れて、鏡を見ながら長い黒髪をくしでセットして、最後に帽子を被る。

 年は七歳くらいに見えた。


「カナミーーーー、そろそろ学校に行く時間よーーーー」


 母親と思しき女性が部屋の外から声を掛ける。


「はーーーーいっ!」


 カナミと呼ばれた少女が母親の声に慌てて返事する。

 少女が部屋の壁に打ち付けられた時計を見ると、時刻は七時を回っていた。


(学校……行きたくないなぁ)


 心の中でそうつぶやく。表情は暗くなり、気持ちがどんよりして、何かに取りかれたように体が重くなる。


(友達とうまく話せないし、勉強は難しいし、先生は怖いし、パパやママと会えないし……楽しい事なんて何もない)


 学校生活に対する不満が湯水のごとく湧き出る。将来に希望が持てなくなり、無意識のうちにため息が出る。胸の内に不安がつのりだし、何もしたくない気分になる。


「学校なんて……無くなっちゃえばいいのに」


 ……そんな言葉が口をいて出た。


(……願イヲカナエテアゲヨウカ?)


 突然少女の頭の中に何者かが語りかける声が聞こえた。しゃがれた老婆の声でエコーが掛かっており、あからさまに不気味だ。一声聞いただけで、童話に出てくる悪い魔女のイメージが湧く。白い粉を練るお菓子を食べて「イヒヒ」と笑っていそうだ。


「誰っ!?」


 頭の中に響いた声に少女が驚く。慌てて部屋の中を見回して、声の主を探そうとする。けれどもいくら探しても老婆の姿は見当たらない。ただ壁の時計がカチカチ鳴る音が聞こえるだけだ。


(ソウコワガル事ハ無イヨ……アタシハ、昔コノ村ニ住ンデイタ善良ナ魔女サ。悪イ男ニダマサレテ、本ノ中ニ封印サレチマッタンダ。今アンタノ頭ニ直接語リカケテイル)


 老婆がなおもテレパシーで呼びかける。自分がかつてこの地にいた魔女で、悪い男に騙された被害者だと訴える。


(モシアタシノ封印ヲイテクレタラ、オ礼ニドンナ願イモカナエテアゲヨウ……アタシガ封印サレタ本ハ、離レノ倉庫ニアル。大キクテ、赤イ本ダ)


 少女に報酬を提示して取引を持ちかけた。自分が封印された本のを教えて、そこに行くよううながす。


「どんな願いも……」


 少女がその言葉を反芻はんすうしてゴクリとつばを飲む。何かに操られたように足が勝手に歩き出す。


  ◇    ◇    ◇


 少女が向かった先……それは家から離れた場所にある小屋だった。長い間使われていなかったのか外壁はボロボロにちており、周囲は雑草だらけだ。扉には南京錠が掛けられていたが、経年劣化でびており、勝手に壊れている。


 扉を開けて中に入ると、壊れた家具、使い物にならなくなった食器、読まなくなった本、それらが無造作に置かれている。

 山のように積まれたガラクタをほこりまみれになりながら手でかき分けると、奥のたなに一冊の本が置かれていた。ハードカバーで分厚く、表紙は赤い。背表紙にはドクロのマークが刻まれている。

 本はひもでぐるぐる巻きにされており、すぐには開けないようになってる。


 魔女が封印されたと思しき本を手に取って表紙を見ると、文字が書かれていた。


「本に封印されしいにしえの魔女……ジェノサイド・ナハト・ワルプルギス。何人なんびとたりとも彼女の封印を解いてはならぬ。解けば大いなる災いが降りかかるだろう」


 少女が声に出して文章を読み上げる。それは本を開けようとした者への警告文に他ならない。

 文章は七歳の女の子でも読めるものだ。意味も理解できた。

 そこに書かれた内容は魔女が恐ろしい存在である事を伝えていた。もし事実だとすれば、封印を解けば大変な事になる。少女は本を開けるべきかどうか躊躇した。


(ドウシタンダイ……本ヲ開カナイノカイ? ソコニ書カレテイル文章ハ、デタラメサ。善良ナ魔女デアルアタシヲ外ニ出サナイタメニ、嘘ヲ書イタンダ。オ願イダ、アタシノ言ウ事ヲ信ジテオクレ……)


 封印を解こうとしない少女に、老婆が本を開くよう催促する。自分の言う事が正しい、本が間違っていると力説して、必死に本を開かせようとする。しまいにはあわれみを誘うように悲しげな声で懇願する。


(……学校ニ行キタクナインダロ?)


 最後に念を押すように問いかけた。


「……ッ!!」


 その言葉を聞いて少女がハッとなる。学校に行くのが嫌で憂鬱ゆううつになった事、封印を解けば魔女が何でも願いを叶える事、それらの忘れかけた事実を思い出す。


 少女は一瞬躊躇したものの、ひもをほどいて本を開く。すると本の中身が四角くくり抜かれた形状になっており、いたスペースに小さな指輪が入っていた。赤い宝石が付いていたが、高価な品という風には見えない。


(ソノ指輪ヲ、左手ノ薬指ニメテオクレ……)


 老婆が指輪を嵌めるよううながす。

 少女はかすかに嫌な予感がしたものの、言われるがまま薬指に指輪を嵌めた。すると……。


「うっ……うああああああああーーーーーーーーっっ!!」


 薬指に嵌めた指輪から電流が流れだす。電流は少女の全身を駆け巡り、体が裂けんばかりの激痛を与える。ショック死しかねないほどの激しい電流に少女が悲鳴を上げた。


 少女の体が宙に浮いた後、何度も発光し、最後に白い光がドーム状に放たれる。

 その光は村全体を一瞬にして呑み込んだ――――。




 ……光を目にした近隣の住民が村があった場所に向かうと、村は廃墟と化しており、そこにいたはずの住人は一人もいなくなっていたという。

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