第124話 その男、魔王か勇者か。
黒騎士が町の兵士達を襲った騒動から一週間後――――。
ゼタニアの町……その表通りの一角で、四人の男女がゴミ拾いをしていた。道端に落ちていたゴミを手で拾い集め、ビニール袋に入れる。道路に積もった砂埃をホウキで掃いて、ちりとりで集める。そうして町の清掃を行う。
「おう、トール! マックス! エレナ! アドニス! やってるかっ!」
清掃活動していた四人にドーバンが声をかけた。側には例の事件に関わった三人の衛兵と、戦いを見ていた数人の冒険者がいる。屈強な男の集団は四人の若い男女へと駆け寄っていく。
「ああドーバンさん……それに皆さん。その節はどうも、ご迷惑をお掛けしました」
四人のリーダー格と思しき赤毛の青年がペコリと頭を下げる。他の三人も一旦掃除の手を休めて同じように謝る。
その者は言うまでもなく、かつて大魔王の手先に成り下がって魔王を襲った男アドニスだ。彼の仲間も一緒だ。
アドニスはあの後、事件の報告を受けた領主によって罰せられそうになったが、魔王が減刑を強く求めたために極刑は免れた。それで一ヶ月間、町の清掃を行う事となった。それを今こうしてやっている。
「……すっかり憑き物が取れちまったみてぇだな」
しおらしくなった若者の姿を見て、ドーバンが安心したように言う。以前のようなギラギラした態度とは異なる今の様子に、もう再犯の恐れは無いだろうと確信を抱く。
「俺……今まで自分しか見えてなくて、もっと自分が偉くなりたいとか、もっと人から褒められたいとか、そればっかり考えてました。仲間が自分をどう思ってるか、全然考えてなかったんです」
アドニスが申し訳なさそうな顔しながら男の言葉に答える。自分の半生を振り返り、わがままで横暴な生き方しかして来なかったと明かす。
「でもあの人が……魔王が教えてくれました。仲間が俺の事を大事に思ってくれた事、その仲間を俺が大事にしなきゃいけない事……それに気付かせくれたんです」
ザガートが目を覚まさせてくれた事、それに対する感謝の言葉を口にする。
「仲間の大切さに気付けた時、ああ俺はなんて身勝手なヤツなんだ、今まで散々みんなに迷惑かけたって……知る事が出来ました」
反省の弁を述べて苦笑いする。これまでやらかした行いの過ちを自覚して、恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい気持ちになる。
「そうか……まだ冒険者を続ける気はあるか?」
衛兵の一人が今後について問いかける。
「はい……一ヶ月の謹慎が解けたら、冒険者になって一から出直します。今度は以前のように認められたいからじゃなく、人を苦しみから救って、人から感謝される、そういう立派で優しい勇者を目指します。あの人のように……」
アドニスがこれからの生き方について話す。名誉欲に駆られた過去と決別し、真っ当な勇者になりたいと語る。目指すべき勇者の姿として魔王の名を挙げる。
「頑張れよ。今のお前さんなら、きっとなれる」
質問した衛兵が激励の言葉を送る。心を入れ替えた若者の夢が叶うよう、背中を強く押す。
「ありがとうございます。ただ一つ、心当たりが……」
アドニスがそう言って暗い表情になる。声のトーンが重くなり、落ち込んだように肩を落とす。
「あの人に直接感謝の言葉を掛けられなかった事です。領主との会談が終わった後すぐに街を出てしまったから……」
魔王と言葉を交わせなかった事への未練を覗かせた。
「……その魔王サマから伝言を預かってるぜ」
ドーバンが待ってましたとばかりにニヤリと笑う。魔王から青年へ言伝があった事を教える。今日四人の若者に会いに来たのも、それを伝える為だと思われた。
「……絆の大切さに気付けたなら、お前はもっと強くなれる。また会おう……ってな」
口調を真似て、魔王の言葉を一言一句漏らさず伝える。
「……はいっ!」
男の言葉を聞いて、アドニスが晴れやかな笑顔になる。魔王に対する感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。尊敬する人に背中を押されて勇気が湧く。
上を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。燦々と照り付ける太陽の光が眩しい。
青年は魔王が向かっていった方角を眺めて、彼の旅路に思いを馳せた。
――――ありがとう、異世界の魔王様。本当にありがとう。
……伝えたい感謝の気持ちを心の中で何度も口にするのだった。
◇ ◇ ◇
その頃、ゼタニアの町から遠く離れた平野を歩いていた一行だったが……。
「……ムッ!?」
突然頭の中にキュルリーーンッとニュータイプ的な効果音が鳴ったザガートが、慌てて後ろを振り返る。
「師匠、どうかしたんスか? いきなり町のあった方角を見たりなんかして」
魔王の唐突な行動になずみが首を傾げた。
「今、アドニスが俺に感謝したッ! 根拠は無いが、何となくそんな気がしたのだ!!」
魔王が自分の身に起こった出来事を説明する。一週間前に助けた若者が自分に感謝したのを直感したと、強い調子で力説する。何の根拠もないオカルトな直感だが、魔王自身は間違いなくそれがあったと確信したようだ。
「いや……だからって、いきなり何だ!!」
魔王の藪から棒な発言に、レジーナが思わずツッコミを入れた。たとえ直感が事実だったとしても、それを声に出して仲間に伝える行動に心底呆れる。
「それにしてもアドニス、のう……」
鬼姫が青年の名を口にして、一週間前の出来事を回想する。当時の魔王の言動を思い起こして口元をニヤつかせた。
「魔王よ……あの時のお主の行動には本当にビックリしたぞ。よもやあの者を生き返らせるだけに飽き足らず、ビンタして説教まで垂れるのじゃからな。自分を殺そうとした相手によくもそこまで肩入れしたものじゃ。お主も存外にお人好しじゃな……プププッ」
魔王が青年に対して取った行動の意外性を指摘する。彼が周囲から抱かれるイメージよりも優しい人物と感じた事を伝えて、からかうようにクスクスと笑う。相手の弱みを見つけたように上機嫌だ。
「……別にヤツの為にそうした訳じゃない」
魔王がぶっきらぼうに言葉を返す。女の方を振り返らないまま、カツカツと早足で歩く。表情はムスッとしており、口数は少ない。図星を突かれた照れがあったのか、わざとらしく怒った顔をする。
「ま、そういう事にしといてやろうかの」
魔王の不機嫌そうな態度を鬼姫がサラッと受け流す。彼の意思を尊重し、それ以上深く突っ込まない。ただ口元をニヤつかせたまま黙って後ろを歩く。
他の少女達も同じようにニコニコ笑う。あえて言葉を発しないまま、男の父親のような不器用さを微笑ましく感じる。
魔王はそんな彼女達に突っかかったりせず、なすがままにさせる。心の何処かでそう思われる事を悪くないと感じる気持ちがあったのか、口元が自然に緩んだ。
一行は上空に広がる青空のように晴れやかな気持ちになりながら、次なる目的地へと向かうのだった。




