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第122話 戦いの終わりに……。

 アドニスの死を前にして、みなが黙り込んでいると……。


「……失望シタゾ」


 沈黙を破ろうとするように何処からか言葉が発せられた。

 声が聞こえた方角に皆の視線が向けられると、ダチョウの卵くらいの大きさをした物体がフワフワと宙に浮かんでいるのが見えた。


 ……空に浮いていたのは、き出しの大きな目玉だった。うっすらと半透明にけており、風がスゥーーッと通り抜ける。ゴーストのような霊体か、もしくは立体映像を映し出したもののようだ。

 目玉から発せられた声は低音でドスが利いており、ただ者でない事は一声を聞いただけで分かる。


「ココマデオゼンテシテヤッタトイウノニ、ギースノ足元ニモオヨバヌトハ……期待外レモ良イ所ダ。ショセン、負ケ犬ハ負ケ犬トイウワケカ……」


 かつてザガートと戦った傭兵を引き合いに出して、残念そうにフゥーーッとため息を漏らす。若者に多くの力を与えたにも関わらず、期待通りの結果にならなかった事に、深く落胆した様子がうかがえる。


「……お前がアザトホースか」


 若者を悪の道に引きずり込んだ黒幕であろうと思われる目玉にザガートが問いかける。胸の内に湧き上がった怒りをぶつけるようにキッと相手をにらみ付けた。


「ソウダ……異世界ノ魔王ヨ。コウシテジカニ言葉ヲワスノハ、ハジメテダナ。我コソ大魔王アザトホース……ソノ体ノ一部ヲ、映シ出シタモノナリ」


 宙に浮いた目玉が自己紹介する。彼が男が予想した通りの大魔王であった事、そのほんの一部を立体映像で投射したに過ぎない事を教える。

 今この場に本体がいない以上、戦いが目的で来た訳では無さそうだ。大方おおかた宣戦布告をしに来たといった所か。


「アドニス……貴様ニアタエタ武具ハ、回収サセテモラウ」


 そう言葉を発した瞬間、目玉がカッとまばゆい輝きを放つ。

 するとアドニスが身に付けていたデモンズメイル、金属製の義手、神速の腕輪、蛇腹剣、妖刀ムラマサ……それらの品々が粒子状に分解されて霧のようになる。霧は目玉へスゥーーッと吸い込まれていき、後には全身タイツを着たミイラの死体だけが残された。


「魔王ザガート……コノ世界ノコトワリサカライシ者。イズレソノムクイヲ受ケテモラウ。サラバ……エンガアッタラ、マタ会オウ」


 武具の回収を済ませると、別れの挨拶あいさつを口にする。意味深な言葉を吐くと、フッと消えていなくなる。


(世界の理に逆らいし者……か)


 大魔王が言い残した言葉をザガートが反芻はんすうする。何らかの意図があるかもと思いあれこれ考えてみたが、どれも推測のいきを出ない。


 魔王が物思いにふけていると……。


「いっ……いやぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 何処からか少女が泣き叫ぶ声が発せられた。

 声が聞こえた方角を皆が振り返ると、エレナがアドニスの死体を抱きかかえたまま泣いていた。今までショックのあまり固まっていた彼女だったが、徐々に仲間が死んだ実感が湧き上がり、急激に悲しみがこみ上げてきたようだ。


「アドニスっ! お願い、死なないでっ! 返事してぇっ!!」


 ミイラ化した仲間を激しく揺さぶりながら、何度も言葉を掛ける。彼が死んだ事実から目をそむけて、起き上がる事を懇願する。


「どうして……どうしてこんな事に……」


 最後はうわごとのようにつぶやきながら、死体を抱き締めたままウッウッと声に出して泣く。両肩をプルプル震わせて、目から大粒の涙がボロボロとこぼれ出す。

 深い絶望にまれて泣き続ける少女の姿は見るからに痛ましい。何とかしてあげたいと思いながら、何も出来ない無力感にさいなまれる。いたいけな少女が深く傷付いた光景に胸が張り裂けそうになる。


 アドニスをよく知らない者からすれば、彼は単なる犯罪者でしかない。生き返ったとはいえ二人の罪なき兵士を殺した大罪人だ。大魔王の手下となり、勇者と呼ばれた男を殺そうとした悪党だ。

 悪の手先にり下がった男の死を嘲笑するのは簡単だ。「ざまぁ」と侮蔑の言葉を吐いて追い打ちをかける事も出来た。


 だが少女の悲しむ姿を前にして、とても男の死を喜べる空気ではなくなった。勝利の喜びや達成感はそこには無く、後味の悪さだけが残る。何とも言えない重苦しい空気が場に漂う。


(この事態を招いた責任を取らねばなるまい……)


 ザガートはこの状況を打開しなければならない使命感に駆られた。若者を追い詰めた事に責任を感じており、何らかの解決策を思い立つ。


「下がっていろ……俺が何とかする」


 再び死体のそばまで来ると、一言断りを入れてエレナを下がらせる。


「我、魔王の名において命じるッ! なんじの傷を癒し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術リザレクションッ!!」


 死体に手を触れて魔法の言葉を唱える。すると天から一筋の光が差し込んで、遺体をまばゆく照らす。数秒が経過した後、ミイラ化したはずの体に水分がそそがれたように肌がふくらんでいき、それまで乾燥していた皮膚がうるおいを取り戻す。大魔王に切断されて失われたはずの左腕が瞬時に再生し、元の姿に戻ると、若者がムクッと起き上がる。


「ううっ……俺は生き返ったのか」


 アドニスが困惑しながら目を開ける。意識が朦朧もうろうとしており、ふらつく頭を手で押さえる。自分が一度死んだ事を知覚しており、魔王の手で蘇生させられた事を瞬時に理解する。


「あああっ……あっ……」


 仲間が生き返った光景を見て、エレナが感動するあまり全身を打ち震わせた。表情は喜びの色に染まり、瞳から大粒の涙があふれ出す。涙と鼻水でくしゃくしゃになり、顔が真っ赤になる。

 神の奇跡を目の当たりにした……まさにそのような状態だった。


「アドニス……アドニスーーーーーーーーっっ!!」


 大声で叫ぶと感情のおもむくままに若者を抱き締めた。両腕で強く抱いたままわんわんと声に出して泣く。そのままいつまでっても離さない。子供が生き返った事に感動した母親のように泣き続ける。


 家族のように大切に思う仲間が生き返った……彼女にとってはそれで十分だった。他に何もりはしなかった。

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