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第120話 渾身の一撃

 アドニスが使っていた武器……それはスネーク・ブレイドと呼ばれる蛇腹剣の一種だった。持ち主の意思によってリーチが自在に変わる剣を操り、敵を追い詰めようとする。


 蛇腹剣を半分に切断したザガートだったが、黒騎士は全く動じない。つばの側面にあるボタンを押すと、刃が切断される前と同じ長さになる。戦いは振り出しに戻った形となる。


「だが、それで一体どうするつもりだ? いくら元の長さになろうと、その剣では勝負の決め手にならない事はお前も分かっただろう」


 魔王が今後の方針について問いかける。蛇腹剣では自分を殺せないと教えて、これからどんな手を打ってくるか聞いて確かめようとした。


 魔王の言葉にアドニスがニタァッと笑う。良からぬたくらみをした、悪魔のような笑みだ。魔王は一瞬嫌な予感が頭をよぎる。


「どうするかだって? それはなぁ……こうするのよッ!」


 黒騎士はそう叫ぶやいなや、戦いを見ていた観衆に向かって蛇腹剣を伸ばす。剣は観衆の中にいたエレナへと向かっていき、彼女にグルグルと巻き付く。黒騎士はそれを手でグイッと引っ張る。少女の体が強い力で引っ張られて、上空数メートルの高さへと投げ出された。

 少女の体が宙を舞うと、鎖が役目を終えたように彼女の体から離れる。支えるものが無くなった女の体が、重力に任せて急降下する。


「あああああああーーーーーーっ!!」


 突然の出来事に少女が悲鳴を上げる。どうにか助かろうと自力であがいたものの、彼女自身ではどうにもならない。このまま地べたに叩き付けられたら、つぶれたトマトになるのは目に見えていた。


「くっ!」


 魔王が苦虫を噛みつぶした表情しながら、慌てて飛び出す。真下に来て少女を両手でキャッチすると、戦いに巻き込まぬよう離れた場所へドンッと突き飛ばす。


 だが一連の動作を行ったすきを突いて、黒騎士が魔王の前まで来ていた。相手の顔を左手の義手でガッとワシづかみにする。


「……焦熱しょうねつ獄殺ごくさつけんッ!!」


 技名を叫んだ瞬間、顔面を掴んだ義手の手のひらが、火をけたダイナマイトのように爆発する。地を裂くような轟音と共に巨大な炎が噴き上がり、全身を業火に包まれた魔王が後ろに吹っ飛んでいってゴロゴロ転がる。地べたに倒れたままピクリとも動かない。


 男の手のひらには小さな穴が開いており、そこからモクモクと白煙を立ちのぼらせた。


「フハハハハッ……圧縮した火炎光弾ファイヤー・ボルトを相手の体内に流し込んで、じかに爆発させる技……それが焦熱獄殺拳ッ! 大魔王から与えられた義手に仕込んであった、暗殺用の隠し武器ッ! 蛇腹剣は、いわばこの技を食らわせるための仕込みに過ぎなかったのよ!!」


 アドニスが魔王を焼いた技について早口で説明する。これこそが相手を殺す切り札であり、今までの流れはここにいたるまでの伏線に過ぎなかったと明かす。

 相手に渾身の大技を食らわせられた喜びで満面の笑顔になる。気分が高揚したあまり、鼻歌をうたいたい気分にすらなる。


「アドニス……貴様、エレナをおとりにして恥ずかしいと思わないのかッ! お前は完全に戦士としての誇りを失い、おに畜生ちくしょうに成り下がってしまったのか!?」


 トールが仲間を人質にされた事に激昂する。いたいけな少女を危険な目にわせた行為を許せない気持ちになり、外道に成り下がったかつての仲間を強くののしる。


「クククッ……最初からヤツが助けに入る事を想定して、この戦法を取ったんだ。げんにエレナはこうして無事でいる。何も怪我けががなくて、良かったじゃないか……ハハハハハッ」


 アドニスが何を今更いまさら、と言いたげに不敵な笑みを浮かべる。彼女が負傷しなかった事実を述べて、自分は悪くないと開き直る。卑劣な手段を取った事に対して謝る気はじんもない。


 みなの視線が向けられると、エレナは悲嘆にれた顔をしていた。自分をかばったせいで魔王が倒された事に責任を感じる気持ちと、仲間が悪の道に染まってしまった悲しみが混ざり合い、何とも言えない表情になる。あえて声には出さないものの、両肩を震わせて今にも泣きそうになる。


 悲しみに染まる少女の姿は見るからに痛ましい。いたいけな女の子が絶望の奈落へと突き落とされた光景は、男の邪悪さをより一層きわたせた。


「魔王は死んだ……俺が殺したッ! ニセの勇者である魔王を殺し、俺が……俺こそが、本物の勇者となったのだぁっ! フフフッ……フハハハハッ! あーーーっはっはっはぁっ!!」


 勝利を確信した悪魔の高笑いが響き渡る。

 誰もが魔王の死を疑わず、敗北ムードが場に漂った時……。




「……そんな大声で笑うと、あごが外れるぞ」


 何処からか忠告する言葉が発せられた。


「ッ!?」


 声がした方にアドニスが慌てて振り返ると、全身炎に包まれたまま地べたに倒れていた魔王がムクッと起き上がる。次の瞬間彼を包んでいた炎がサッと一瞬で消え去る。

 魔王には焦げ跡一つ付いていない。あれだけ大きな爆発にまれたにも関わらず、何事も無かったかのようにピンピンしている。


「ききき貴様、ザガートッ! そそそ、そんな……どぼぢで!?」


 魔王が生きていた事に黒騎士が慌てふためく。予想外の出来事が起こったあまり声を震わせてしまい、言葉がおかしくなる。ポカンと口を開けて間抜けな表情したまま鼻水がれそうになる。


 それは彼にとって決してあってはならない事だ。この状況に持っていくため綿密に計画をった。大技が当たれば、敵は間違いなく死ぬはずなのだ。

 にも関わらず魔王は無傷のまま耐えしのいだ。その事実が到底受け入れられず、ショックで頭がおかしくなりかけた。


「どうしたもこうしたも無い……単純な話だ。お前は俺に技を当てた。俺はそれを回避できず、まともに受けた。だが俺が打たれ強かったために死ななかった……たったそれだけの事だ」


 魔王がことげに言い放つ。防御結界を張った訳でも回復魔法を使った訳でもなく、素の肉体の頑丈さで耐えたという、残酷な事実を突き付けた。


「だがアドニス……女を巻き込んだ事は許せないが、それでもさっきのコンビネーションは実に見事だった。もし食らったのが俺でなければ、間違いなく死んでいただろう。勝つためなら手段を選ばない執念、用意周到に計画を練ったみつさ……それには戦士として敬意を払おう」


 少女を盾にした事を非難しながらも、自分を追い込んだ戦法の見事さに舌を巻く。青年の勝利に対する貪欲さを素直に評価し、称賛の言葉を送る余裕すら見せた。


 言葉だけ切り取れば皮肉に聞こえたかもしれない。だが魔王は純粋に、心の底から、青年の戦いぶりに感心したのだ。

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