第12話 レジーナと勝負
「俺と決闘……だとぉ!?」
王女の言葉にザガートが一瞬たじろぐ。まさかそのような要求をされるなどとは夢にも思わず、不意を突かれる形となった。
「そうだ……魔王ザガート! 今から私と一対一の勝負をしてもらう! もしそれで貴様が勝てば、大人しく言う事を聞いてやる! 私が勝ったら、その時はこの城から出て行ってもらう! 良いなッ!!」
レジーナが勝負の結果によって魔王を受け入れるか否か決める提案を持ちかけた。よほど剣の腕に自信があるのか、勝利への確信に満ちたドヤ顔になる。自分が負けるなどとは毛ほども考えていない。
「レジーナ、お前……」
タルケンが娘の行動に心底呆れた。世間を知らぬ王女の馬鹿げた行いを深く恥じるあまり、思わず頭を抱え込んだ。
村での活躍を聞いて魔王の実力を知っていた国王からすれば、娘のやろうとする事は一ミリの勝機も無い、無謀な挑戦でしかない。アリが火の中に飛び込むようなものだ。
(バカな事はやめるんだ!)
……つい声に出して、そう言いかけた。
娘の行動を慌てて止めようとした国王を、ザガートがサッと腕を横に振って遮る。
「良いだろう……それでお前の気が晴れるというなら、その挑戦受けて立つ」
落ち着き払った様子で、王女からの決闘の申し出を快諾した。
勝負に勝った時、王女が約束通り言う事を聞くのであれば、それでよし。もし万が一王女がわがまま言ってゴネたとしても、彼女が恥をかくだけだ。ザガートには何の損にもならない。
いずれにせよ事態を進展させるためには、一度ここで彼女に力の差を思い知ってもらう必要があるとザガートは考えた。
魔王が王女の申し出を受けたのを見て、タルケンは止むなく引き下がるしか無かった。
◇ ◇ ◇
城の中庭にある、開けた空間……普段は兵士達が模擬戦に使っている訓練場。地面には石床が敷かれておらず、渇いた土が剥き出しになっている。
城の住人が総出で見守る中、二つの人影が向き合ったまま対峙する。
無論それは決闘の約束を交わしたザガートとレジーナだ。
レジーナは前髪を右手でかき分ける仕草をしながらフフンッと鼻で笑い、余裕を見せ付ける。ザガートはそんな少女を、何も言わずただじっと見る。
「ざっ、ザガート殿ぉ……」
戦いに巻き込まれないよう離れた場所にいた王が、二人を見ながら情けない声を漏らす。無謀な戦いに挑む娘が心配で、居ても立ってもいられない。
もし王女が塵も残らず一瞬で消し飛ばされたら……そんな光景を頭の中に思い描いて、オロオロした。
「国王、心配には及ばない。アンタの娘を殺すような真似は断じてしないと約束しよう」
王の心境を察して、ザガートが不安を取り除こうと優しく言葉を掛けた。
「魔王ザガート……貴様にはここで消えてもらう!!」
そんな父の気持ちなど露とも知らず、レジーナが鞘から剣を抜いて、両手で握って構えた。試合だからと手加減する気など全く無く、全力で相手を斬り伏せようと明確な敵意を向ける。
「レジーナ……戦いを始める前に、一つだけ聞いておきたい。お前、実戦の経験はあるか?」
少女の敵意など意にも介さず、ザガートが頭の中に湧き上がった疑問をぶつけた。
「実戦の経験など無いッ! 城の中で戦闘訓練を積んだだけだッ!!」
男の質問にレジーナが誇らしげなドヤ顔で答える。
「行くぞザガート! お命頂戴する!! うおおおおおおっ!!」
勝負の開始を告げると、王女が大声で叫びながら、先手を打たんと真っ先に飛び出す。近接戦の間合いに入ると、剣を横薙ぎに振って相手に斬りかかろうとした。
だが剣が触れようとした瞬間、男の姿がフッとワープしたように消える。
「!? ど……何処だ!!」
敵の姿を見失った事に驚いて、レジーナがキョロキョロと周囲を見回す。
「……ここだ」
突如声が発せられて、王女が慌てて後ろを振り返ると、目の前に男が立っていた。
「ふんっ」
ザガートが小馬鹿にするように鼻息を吹かせながら、王女の額にデコピンを喰らわす。バチーーーンッと鞭で叩いたような音が鳴り、王女の体がポーーンと後ろに弾き飛ばされる。
「ぐああああああっ!」
額に広がる激痛に、王女が思わず大きな声で叫んだ。強い衝撃で叩かれたおでこを庇うように両手で押さえたまま、派手に地面をゴロゴロと転がる。あまりの痛みにうっかり剣を手放してしまう。
王女は痛みを堪えながらすぐに起き上がると、離れた場所に落ちた剣を拾いに行こうと慌てて走り出す。だが彼女が剣の柄に手を触れた瞬間、ザガートが刃の腹を足でガッと踏み付けて、剣が持ち上がらないよう地面に固定した。
「グッ……離せ!!」
レジーナが憎々しげな目で魔王をキッと睨む。剣を踏んだ足をどけるよう命じる。
男は片足に全体重を乗せており、王女がいくら腕に力を込めても剣は微動だにしない。まるで巨大な象に踏まれてしまったかのようだ。
「そんなにどけてほしいなら、どけてやる。そらっ」
王女が剣を後ろに引こうとした瞬間、ザガートが刃を踏んでいた片足を上げる。
「うわぁっ!」
いきなり軽くなった剣を全力で引いてしまった反動で、王女が後ろに倒れ込む。またも地面をゴロゴロ転がった挙句、仰向けに倒れたままだらしない大股開きになり、死にかけた虫のように手足をピクピクさせた。
「王女ともあろうお人が、随分と破廉恥な恰好だな。それで騎士の誇りがあると言えるのか? わざといやらしい恰好をして、俺の油断を誘おうとしているなら話は別だが……」
王女の股間をしげしげと眺めながら、ザガートが皮肉に満ちた言葉を吐く。無様な醜態を曝け出した敵を完全に嘲笑っている。




