表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

115/272

第115話 ニセ勇者は悪魔に魂を売る

「……ん?」


 深い眠りに落ちた男が急に目を覚ます。ふと周囲を見回すと、彼は深い闇の中にいた。日の光が一切し込まない、完全な黒一色に染まった暗黒の世界……彼の他に人の姿は見えない。空気はあり呼吸も出来たが、自分の声以外音は全く聞こえない。今が何時で、どの方向を向いているかも分からない。

 完全に外界からしゃだんされた、箱の中に閉じ込められたような世界……そもそもここが現実なのか、夢の中なのか区別すら付かない。


「な、何だここはッ! 俺は……俺は死んじまったのか!?」


 自分の身に降りかかった災厄にアドニスが困惑する。この奇妙な空間に入れられた事に、自分が命を落としたのではないかという憶測が湧き上がり、胸が激しくざわついた。

 若者が正気を失ってパニックにおちいりかけた時……。


「ソウアワテルナ……オ前ハ死ンデナド、イナイ……」


 何処からか言葉が発せられた。

 声が聞こえた方角に若者が振り向くと、暗闇の中にボヤァッと何かが浮かび上がる。

 それはダチョウの卵くらいの大きさをした、き出しの目玉だった。フワフワと宙に浮いていたが、半透明にけており、手で触る事が出来ない。立体映像か何かを映し出したもののようだ。


「あ、アンタ一体……何者だ!?」


 アドニスが開口一番に問う。このおかしな現象を起こした張本人であろうと思われる、宙に浮いた目玉の正体を確かめようとする。声がうわっており、胸の内に湧く恐怖を隠し切れない。


ワレハ、大魔王アザトホース……我ガオ前ヲ、コノ場ヘト呼ンダ」


 目玉が自らの素性を明かす。この奇妙な空間に若者を連れてきたのは自分の仕業だと教える。


「大魔王……アザトホース」


 アドニスがその名を復唱してゴクリとつばを飲む。魔族の王がわざわざ自ら出向いてきた事に深く戦慄する。むろん眼前にいた目玉が彼の全体像ではなく、体の一部だけを映し出したのであろうという事は、若者にも容易に想像が付いた。

 それでも目玉から発せられた声は低音でドスが利いており、迫力がある。このおかしな空間を生み出した事と照らし合わせて、今対話している相手が大魔王本人である事を疑う余地は無い。


「それで……大魔王が、俺に何の用だ?」


 若者が恐る恐る用件を問いかけた。人間と敵対する魔族の首領が、人間の冒険者に話をしに来たのだ。普通に考えればろくな内容とは思えない。下手をすれば殺されてもおかしくない。


「何モ恐レル必要ハ無イ……私ハオ前ニ、イ話ヲ持ッテキタノダカラナ……」


 大魔王が敵対する意思が無い事を伝える。若者にとってプラスになる話をしに来たと告げて、相手の警戒を解こうとした。


「アドニス……私ハオ前ノ事ヲ、ズット見テイタ。異世界ノ魔王ニ負ケテ、随分ズイブント悔シイ思イヲシタヨウダナ……ナラバ我ガチカラソウ。我ノシモベニナレ。モシ我ニ忠誠ヲ誓ウナラバ、オ前ニ魔王ヲ倒セルダケノ力ヲヤロウ……ドウダ? 悪イ話デハアルマイ」


 若者のこれまでの行動を観察していたと公言して、取引を持ちかけた。大魔王の忠実な部下になれば、彼が望む力を与えるというのだ。


「魔王を倒せる……力」


 アドニスがそう口にしてゴクリとつばを飲む。目を爛々(らんらん)と輝かせて、期待に胸をおどらせた。望みがかなうかもしれない興奮で全身の細胞が沸き立つ。


 冷静に考えれば乗るべき誘いではない。若者は勇者になる事を目指したはずだ。勇者に憧れた男が、本来倒すべき相手である大魔王の誘いに乗り、本物の勇者と呼ばれた人物を殺そうとするなど、本末転倒も良い所だ。完全に目的が入れ替わっている。

 だがその事に疑問を感じなくなるほど、若者の心は追い詰められた。悪魔の誘いに乗る事に一片の迷いも抱かない。


「頼む……俺に力を貸してくれッ! ヤツを倒せるなら、アンタの言う事を何でも聞く!!」


 大魔王との取引に応じる事を強い口調で承諾する。もはやなりふり構っていられず、目的のためなら手段を選ばない。


「……カロウ」


 若者の返事を聞いて、大魔王が口元……いや目玉をニマァッとゆがませた。自分の思い通りに事が運んだ流れにご満悦になる。


「デハ、左手ヲ正面ニ差シ出セ……」


 早速さっそく部下になった若者に最初の命令を下す。


「こ、こうか?」


 アドニスが恐る恐る指示に従い、正面に左手をグッと突き出す。


「……ムンッ!」


 大魔王の目玉がグワッと見開かれた。次の瞬間、紫に光るレーザーのようなものが空から放たれて、辺り一帯をぎ払うようにスゥーーッと移動する。

 若者のひじ関節から先の左腕がレーザーに切断されて、ゴトリと地面に落ちる。


「ぐああああっ! 腕がぁっ、俺の腕がぁっ! 痛く……ない!?」


 左手を失った事に慌てたアドニスが傷口を押さえて痛がろうとしたものの、痛みが無い事に気付く。本来身を引き裂かれるほどの激痛に襲われるはずなのに、痛みを全く感じないのだ。流れるはずの血も一瞬で止まっている。


「ソウダ。痛クナドナイ。オ前ハモウスデニ、人間デハ無イノダカラ……」


 大魔王が声に出して「フフフッ」と笑う。痛覚が無い事に驚く若者の反応を見て面白がる。悪魔とわした契約により超人的な肉体を手に入れた事を教える。


「無クナッタ左手ノ代ワリトシテ、コレヲオ前ニヤロウ」


 そう口にするやいなや、目玉から白い小さな光が放たれる。光はアドニスの左腕に無数の細い糸のように絡み付く。腕を完全に包み込むと、カッとまばゆい光を放って一瞬見えなくなる。


「これは……ッ!!」


 光が収まった後視界に入り込んだ光景に、アドニスが驚きの言葉を発する。

 肘関節の切断面から先に、無くなった腕の代わりとして、金属製の義手が装着されていた。

 義手は魔力で制御されていたのか、若者の思い通りに動く。最初からそうだったかのように違和感なく、よく体に馴染なじむ。物に触る感触もちゃんとあり、体の一部が機械になったかのようだ。


「ソノ腕ニハ、アル仕掛シカケガホドコサレテイル……ソレヲ使イ、魔王ノ命ヲ奪ウノダ」


 大魔王が義手について説明を行う。単なる金属製の腕という訳ではなく、ある秘密が隠されているという。


「コレダケデハ、魔王ヲメルニハ、マダリヌ……サラミッツノ贈リ物ヲシヨウ」


 そう口にすると、目玉から今度は三つの小さな光が放たれる。光はアドニスの前にある地面に降り立つと、それぞれ異なる品物へと変化する。


 一つめは片手で振り回すタイプの剣だ。一見ただのロングソードのように見えるが、大魔王がくれた以上何らかの秘密が隠されているに違いない。

 二つめは二の腕にめるタイプの大きな腕輪だ。黄金の材質にルビーのような宝石が埋め込まれており、見るからに豪華だが、これも何の効果があるかは見ただけでは分からない。

 そして三つめは……。


「これは……妖刀ムラマサッ!!」


 アドニスがその名を口にしながら歓喜の表情になる。すぐさま手に取ってさやから引き抜くと、美しい氷のような刃がさらけ出された。まがい物でない、正真正銘本物の村正だ。ただザガートが所有していたものとは鞘にほどこされた装飾の色が異なっている。

 若者が超人的な肉体を得たからか、鞘から抜いても命を吸われたりはしない。


「だ……だがムラマサはザガートの手元にあるはず! それが何故ここに!?」


 若者が頭の中に湧き上がった疑問を口にする。魔王が若者に使わせた刀は、あの後すぐに回収された。この場にあるはずはないのだ。大魔王が何らかの方法を使って奪ったのかと、一瞬そんな考えが頭に浮かんだ。


「村正ハ、コノ世ニ全部デ三振リアル……ソノウチ一振リヲ、我ガ持ッテイテモ、不思議ハアルマイ」


 若者の疑問に大魔王が答える。今この場にある刀は元々彼が所有していたもので、魔王から奪った訳ではないという。


「……ケ、アドニスッ! 我ガ与エタチカラ、与エタ武器ニヨッテ、カナラズヤ異世界ノ魔王ヲ仕留メルノダッ!!」


 最後に強い口調で魔王の抹殺を命じて、話を終わらせた。


「はっ……ははぁーーーーーーっ!!」


 アドニスは深く頭を下げて、大魔王の恩義にむくいる事を誓うのだった。

 一連の行いが、勇者の道から遠ざかっているなどとは考えもせずに……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ