第114話 ニセ勇者は酒を飲んで酔っ払う
アドニスを探して表通りを駆け回った仲間達であったが、彼を見つける事は出来なかった。それもそのはず、当の本人は仲間達が探しているのとは見当違いの場所にいた。
表通りに並ぶ建物の脇にある、狭い路地を入っていった先にある裏通り……そこに彼はいた。
晴れた日中でも太陽の光が射し込まない、日陰に覆われた場所……地元の常連しか知らない飲み屋や定食屋、夜にだけ店を開ける風俗店など、怪しげな店が立ち並ぶ。人通りは少ないが、時折浮浪者やクスリの売人らしき人物を見かける。街の暗部を体現した、いかがわしい場所だ。
「ヒック……どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……」
アドニスは酒瓶を片手に顔を真っ赤にしながら、裏通りを徘徊していた。瓶の中は空になっており、足元はおぼつかない。目は虚ろで、しゃっくりが止まらない。完全に酔いが回ったのが一目見ただけで分かる。魔王に負けた鬱憤を晴らすために酒に逃げたようだ。
若者が当てもなく通りを彷徨っていると、向こうから三人の男が歩いてくる。
男達は左右の髪を剃ったモヒカン頭で、袖が破れた黒の革ジャンを着ている。両肩には金属製の肩パットを装着しており、胸元が開いている。筋骨隆々としたガタイの良い大男だが見るからに人相が悪く、冒険者の武闘家のようにも、はたまた盗賊のようにも見えた。
「俺達ゃ、無敵の三兄弟ーー、どんな敵も、こわくねえーー」
三人は肩を組んで歩きながら楽しそうに歌う。酒を飲んでいた訳ではないが、とても機嫌が良さそうだ。
ゾンビのようにフラフラと歩いていたアドニスは三人を避けようとしたが、端の男に肩がぶつかってしまう。だが声をかけようとはせず、そのまま立ち去ろうとする。
「オゥ、ちょっと待てや兄ちゃんッ! 肩がぶつかったら、せめて一言くらい声をかけるのが礼儀ってモンじゃねえのかい!!」
肩が触れた男が後ろを振り返り、大きな声で叫ぶ。黙って立ち去ろうとした若者の態度に怒り心頭になる。
「……あーーん?」
アドニスが声に反応して後ろを振り向く。挨拶もなしに立ち去ろうとした事を詫びる気は一ミリも感じられず、見るからに不機嫌そうな顔をする。酒を飲んで気が大きくなったのか、自分より強そうな相手を前にしても全くひるまない。
「なんだテメェ……俺とやろうってのかい。上等じゃねえか……どっからでもかかって来やがれ。俺はなぁ……俺はとってもつええんだぞ。テメェなんざ、ボコボコにしてやる……」
空の瓶を地面に置くと、ボクシングのようなファイティングポーズを取る。シュッシュッと何度も拳を突き出して、戦う意思を鮮明にする。
本人は完全にやる気まんまんでいたが、へっぴり腰で、拳に力が入っていない。そもそも酔っているのだから、軸足が定まっていない。一発食らっただけでダウンしそうなのは子供でも分かる。
「……バカヤロウ!!」
肩がぶつかったモヒカンが大声で怒鳴りながら全力のパンチを放つ。顔面にパンチがヒットすると、アドニスの体がポーーンと宙に浮く。飛んでいった先にはゴミ置き場があり、若者はドンガラガシャーーンッと音を立ててゴミの山に激突し、ゴミに埋もれてしまう。
「ハァハァ……今日はこのくらいで勘弁しといたらぁ。若ぇの、ケンカを売る相手を間違えると、そのうちもっと痛い目を見る事になるぜ。肝に銘じておくんだな」
モヒカンが若者の無謀な行いを咎める。同じ過ちを繰り返さぬよう、人生の先輩として忠告する。それ以上痛め付けたり物を奪ったりする事はせず、再び三人で肩を組んで歩き出す。そのまま裏通りから立ち去る。
「クソッ……思いっきり殴りやがって」
ゴミの山に埋もれたアドニスが気だるそうに上半身を起こす。強く殴られた頬をいたわるように手で摩る。頬は赤く腫れ上がっており、ヒリヒリと痛む。
食らった一撃は酔いが覚めるほど強烈だったが、男は冷静になっても自分の行いを反省しない。モヒカンに受けた仕打ちを深く恨んでおり、相手を憎む言葉が口から出る。
「俺はなぁ……俺は……勇者になる男……だ……ぞ」
消え入りそうにか細い声で呟くと、猛烈な眠気に襲われた。そのまま目を閉じると、暗闇に呑まれるように意識が途絶える。




