第111話 大魔王の企み
ギルボロスが倒された日の晩……魔王城での出来事。
最新部にある玉座の間でアザトホースが眠るように目を閉じていると、何者かがドカドカと走る音が聞こえてきた。
「大魔王様、ご報告申し上げます! カフカ様に続いてギルボロス様までも、お敗れになられました!!」
城の警備隊長オークロードが大扉を開けて部屋の中へと駆け込んでくる。大魔王の前まで来て膝をつくと、幹部が立て続けにやられた事を慌てて報告する。
これでケセフから数えて魔王軍十二将のうち六将までがやられた事になる。幹部の半数が討たれたとあっては大事だ。男が慌てるのも無理はない。
オークロードは一刻も早く対策を取らなければならないと考え、主君の判断を仰ごうとした。
「ソウ慌テルナ……既ニ次ノ手ハ打ッテアル」
アザトホースがゆっくりと目を開けて言葉を発する。状況は把握しており、新たな計画を実行済みだという。
部下が慌てているのとは真逆に、かなり落ち着き払っている。以前のように激昂するだろうと予想していた豚頭は、あまりの冷静な反応にかえって拍子抜けしたほどだ。
「コノ件ハ、我ニ任セヨ……オ前ハ安心シテ持チ場ニ戻レ」
今回の作戦は自らが陣頭指揮を行う事を伝えて、城の警備に戻るよう命じる。
「……はっ!」
豚頭は一瞬訝しげな表情をしたものの、表面上は納得したように了承の言葉を吐く。上司に「私に任せろ」と言われては、命令に従う他ない。すごすごと重い足取りで引き下がると、鉄の大扉を閉めて部屋から出ていく。
部下が退出した後、部屋に一人残されたアザトホースが物思いに耽る。目を閉じて黙り込んだまま、これまでの出来事を回想する。
「隻眼ノ傭兵、ギース……勝テハシナカッタガ、見事ナ戦イブリデアッタ。敢エテ人間ノ戦士ヲブツケテミルノモ、一興カモシレン……フフフフフッ」
再び目を開けると、かつて魔王と戦った傭兵の名を口にして不気味に笑う。彼の健闘ぶりに一目置いており、彼のような人間の戦士を刺客として差し向けたいと、そう考えていた。
◇ ◇ ◇
カザーブ村を離れてゼタニアの町へと帰還した魔王一行……魔神を討伐した事を報告すべくギルド兼酒場へと向かう。
酒場に足を踏み入れた途端、大きな歓声が一行を包み込む。
中は大勢の冒険者で溢れており、活気に満ちていた。
「おっ、救世主様のご帰還だぜっ!!」
ザガート達の姿を見て、ドーバンが開口一番に言い放つ。彼の言葉を皮切りに、酒場の中にいた四十人ほどの冒険者が一行の周りに集まってくる。皆で取り囲んでワイワイと声を掛けた。既に魔神を討伐した事が街中に知れ渡っており、歓迎の準備をしたようだ。
「アンタ、あの魔神を討伐したんだって!? 凄えなッ!!」
「さすが魔王の姿をした勇者っ!」
「これで死んだ仲間も浮かばれる……」
口々に祝いの言葉が飛び出す。強敵をやっつけた魔王の活躍ぶりを素直に称賛する。
数々の仲間の命を奪った魔神は、冒険者にとって忌むべき存在だった。宿願が討ち果たされた事は、彼らにとっても喜ばしい事だったのだ。
何人かは仲間の仇が討てた事に感激するあまり、思わずむせび泣く。もう同じ悲劇が繰り返されまいと深く安堵する。
「なぁアンタ、ウチのギルドに入らねえか? 世界を救う勇者に匹敵する強さの冒険者なら、SSランクに認定されるんだぜっ!!」
ドーバンが誘いの話を持ちかける。魔王ほどの実力者なら好待遇を受ける事を約束して、興奮気味に鼻息を荒くさせた。
「ギルドに所属した冒険者は、依頼をこなすために遠出する事があったとしても、基本はそのギルドがある街を拠点に活動しなければならない……世界を救うために各地を放浪する必要がある勇者は、ギルドに加入しないのが習わしだ。申し出は大変ありがたいが、気持ちだけ受け取らせて頂く」
ザガートが男の誘いを丁重に断る。声をかけてくれた事に感謝しながらも、ギルドに加入できない事情があった事を詳しく説明する。
もし街の地下にダンジョンが生まれて、そのダンジョンを攻略すれば世界を救えたなら、勇者はギルドに加入したままでも良かっただろう。だが生憎と、この世界においてはそうはならなかった。
「そうか……そういう事なら仕方ねえ。諦めるとするぜ」
ドーバンが誘いを断られた事を残念がる。微かに未練があったようにしょぼくれた顔をする。納得の行く理由を聞かされて相手の意思を尊重する事にしたものの、彼自身の中には割り切れない思いがあり、肩を深く落とす。
「ま、それでも魔神が倒された事は実にめでてえ! 今日は救世主様の活躍を祝して、宴会としゃれこもうぜ! 今日だけは俺様のおごりだ! 酒代タダにしてやるから、テメエら好きなだけ飲みやがれ!!」
気持ちを切り替えて晴れやかな笑顔になると、祝勝会を行う事を宣言する。採算を度外視した特別サービスとして、今日だけは酒を無料で振舞う事に決めた。
「オオーーーーーッ!!」
ドーバンの粋な計らいに冒険者達が歓声を上げた。好きなだけ飲めると聞いて大喜びし、次々に酒と料理を注文する。ウェイトレスがオーダーを取り、厨房にいたコックが調理に取り掛かる。冒険者達は料理が届くのを気長に待つ。
皆が雑談に花を咲かせたり、ジョークを言い合ったりして、ワイワイガヤガヤと楽しそうに笑う。何人かは魔王や仲間に話しかけて、これまでの冒険話を聞く。赤の他人のような心の壁はなく、親しげに接する。彼らにとって魔王一行は魔物と戦う同志となった。
酒場が魔王の勝利を祝うムード一色に染まった時……。
「俺は認めないからなッ!」
ムードに水を差す声が何処からか発せられた。




