第103話 ギルボロス……その恐ろしい力っ!
留守役を任された鬼姫が村で遊んでいると、魔物の軍勢が攻めてくる。ザガートが囮に引き付けられている間に村を攻め滅ぼす魂胆だ。
前衛にレッサーデーモン四体、後衛に同じくレッサーデーモン四体という構成だが、更にその後ろにボス格と思しき巨大な悪魔がいる。
「ワシハ、ギルボロス……最強ノグレーターデビルニシテ、魔王軍十二将ノ一人ナリ!!」
悪魔の首領が高らかに自己紹介する。種族名がグレーターデビルで、ギルボロスというのは彼の個人名のようだ。
「貴様一人デ村ヲ守レルト言ウナラ、ヤッテミセルガ良イッ! カカレ!!」
鬼姫を指差しながら部下達に処刑を命じる。
「ウォォォォオオオオオオーーーーーーッッ!!」
上司の命を受けて、最前列にいた四体のレッサーデーモンが咆哮を上げながら女に向かって走り出す。
敵が動き出したのと時を同じくして、鬼姫の真横にある空間に裂け目が生じる。女はそこに手を突っ込んで、鞘に収まった一振りの刀を取り出す。刀を鞘から抜いて鞘を地面に放り投げると、柄を両手で握って構える。
その刀は言うまでもなく、ザガートとの決闘に使用した名刀マサムネだ。
刀を手にした女の眼前にレッサーデーモンが迫る。グワッと開いた右手を相手めがけて振り下ろし、鋭い爪で肉を引き裂こうとする。
「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーっっ!!」
鬼姫が勇ましい雄叫びを上げながらデーモンに斬りかかる。刀を横薙ぎに振って、まずは先頭にいた一体の横っ腹を切り裂く。
「グアアアアアアッ!」
脇腹を斬られたデーモンが悲痛な声で叫ぶ。崩れ落ちるように前のめりに倒れると、傷口を両手で押さえたまま激しくのたうち回る。流れる血の量はおびただしく、悪魔は十秒と経たないうちに息絶える。
鬼姫は間髪入れず後ろの三体に斬りかかる。それぞれの胸、腹、頚動脈をすれ違いざまに一刀両断する。
「ギャアアアアアアッ!」
「グワァァァァアアアアアアーーーーーーーーッ!」
「アビャアアアアアアアアッ!!」
急所を斬られた悪魔達が断末魔の絶叫を発する。傷口から真っ赤な血が噴水のように噴き出し、辺り一面血の海と化す。三体の悪魔は斬られた順番に倒れていき、全身ピクピクさせた後すぐに動かなくなる。
マサムネによる斬撃の威力は凄まじく、一撃で相手の命を確実に奪う。刀を四回振っただけで、四体の悪魔が屍となる。
「オノレェェェェエエエエエエーーーーーーーーッ!」
後方に控えた四体のレッサーデーモンが声に出していきり立つ。仲間が殺された事に激しく憤る。感情の赴くままに女めがけて突進する。
「フンッ!」
鬼姫は右手に持っていた刀を悪魔めがけて投げ付ける。クルクル横回転しながら飛んでいった刀は鋭利なブーメランと化し、四体の悪魔の首をズバズバと撥ねる。自ら意思を持つように女の手元へと戻っていく。
首を斬られた悪魔は断末魔の悲鳴を発する間もなく、切断面から真っ赤な血を噴きながら前のめりに倒れて絶命する。首を失った四つの死体と、地面に転がる四つの頭がデーモンの死を印象付ける。
「うおおおおおおおおっ!!」
後方で戦いを眺めていた村人達から歓声が上がる。五分と経たない間に八体の敵を片付けた鬼姫の奮戦ぶりに、胸の奥底から興奮が湧き上がる。テンションが高まったあまり居ても立ってもいられず、隣にいた者同士が抱き合ったり、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねたりする。
魔王ほどではないが、鬼姫も十分に強い。敵に回れば恐ろしいが、その彼女が今は村を守るために戦っている。村の住人にとって、これほど頼もしい事があろうか。
彼女なら村を守り抜いてくれる……そんな期待に胸を躍らせた。
「クククッ……ソウヤッテ、セイゼイ今ノウチニ好キナダケ喜ンデオクガイイ……スグニ喜ベナクシテヤル」
歓喜に包まれた村人をギルボロスが嘲笑う。喜んでいられるのは今のうちだけだと忠告する。部下が倒されて自分一人になったので、重い腰を上げるようにゆっくりと歩きだす。
途中で部下の死体を踏み付けたが、魔神は気にも留めない。
「鬼姫……妖怪ノ王ダトイウオ前ノ実力ハ本物ダ。ソレハ認メヨウ。ダガソレデモ、オ前デハ、ワシニハ勝テン……ワシトオ前トノ間ニハ、天ト地ホド力ノ差ガアルノダ……」
一歩ずつ前進しながら口を開く。レッサーデーモン八体を倒した女の強さに一目置きながらも、それでも圧倒的な実力差がある事を教える。
話を終えると、鬼姫から五メートルほど離れた場所まで来て立ち止まる。その場から動こうとしない。
鬼姫とギルボロス、両者が一定の間合いを保ったまま睨み合う。二人とも一言も喋らず、敵を威嚇するように鋭い眼光を向ける。その状態が時間にしておよそ一分半も続く。
村人は固唾を飲んで状況を見守る。重苦しい空気が場を支配する。
(こやつ……口先だけのデブではない。確かに見た目はブサイクで口調はマヌケじゃが、感じる魔力は紛れもなく本物……もしかすれば、妾を超えるかもしれぬほどの……ッ!!)
鬼姫が胸の内に焦りを抱く。初めて会った時は強気な態度に出たが、いざこうして目の前に立つと、ギルボロスから漂う魔力に戦慄を覚えずにはいられない。
この醜悪な魔神から放たれたオーラ、それは魔力を持たぬ者でも感じ取れるほど凄まじい量だった。その場にいるだけで空気がピリピリ張り詰めて、見ているだけで心臓をワシ掴みにされたような感覚に陥る。村人は全身の悪寒が止まらなくなる。
彼の者から感じるプレッシャーは、まさしく最強のデーモンと呼ぶに相応しいものだ。
鬼姫は自分より強いかもしれない化け物と対峙して、無意識のうちに足がジリジリと後退する。
「グフフッ……気付イタヨウダナ。オ前自身ノ力ガ、ワシニ大キク劣ル事ニ……」
女が臆した姿を見て、ギルボロスがニタァッといやらしい笑みを浮かべる。
「鬼姫……オ前ガドウ足掻コウト、ワシニ勝テル見込ミハ無イ。ダカラコソ忠告シテヤル。今スグ村カラ立チ去リ、二度ト魔族ニ敵対スルナ。ソウスレバ、コノ場ハ見逃シテヤル。妖怪デアルオ前ガ、人間如キノ為ニ命ヲ張ル必要ハ無イ……」
女にこの戦いから手を引くよう提案する。妖怪が人間のために戦う無意味さを説いて、魔族に逆らわなければ身の安全を保証すると取引を持ちかけた。
「……」
鬼姫が下を向いたまま黙り込む。魔神の言葉に一切反論しない。うつむいていたため表情を読み取れず、何を考えているか分からない。敵の意見に賛同したのか、そうでないのか……。
「人のために命を張る必要は無い……か。確かにそうかもしれん」
ボソッと小声で呟く。それまで閉じていた口を開けてゆっくり喋りだす。
「我は鬼じゃ……人間ではない。その我が、ヒト族のために命を張るなど、昔なら考えられぬ事であったろう」
自分が人間ではなく妖怪である事、その自分が人間のために戦う義理は無い事……それらの事実を淡々とした口調で話す。
「じゃがのう……村の人間共は、妾を快く迎え入れた……恐れる事なく、忌み嫌う事なく、同族のように歓迎したのじゃ。子供達は我を姉のように慕い、懐いてくれた……その時我がどんなに嬉しかったか、うぬには分かるまい」
そっと顔を上げると、重苦しい表情を浮かべていたのが一転して晴れやかな笑顔になる。村の住人達に受け入れられた喜びを口にする。
声は微かに震えており、目にはうっすらと涙を浮かべて、今にも泣きそうになる。涙声で心情を打ち明けた彼女の姿からは、深く感動した思いが切実に伝わる。
たとえ魔王にチョロイと笑われようと、鬼姫は村人の友好的な態度に胸を打たれたのだ。彼女の告白を聞いて、後ろに控えた若者達は思わず泣きそうになる。
「我は、我を信じてくれた者を裏切る事は出来ん……彼らの期待に応えるためにも、ギルボロス……ここで貴様を倒さねばならぬのじゃッ!!」
鬼姫は目をグワッと開くと、魔神を倒す決意を大きな声で叫ぶのだった。




