第102話 最強の魔神……その名はグレーターデビルっ!
――――ザガート達がレッサーデーモンと戦っていたのと同時刻。
一人村に残った鬼姫は、入口の見張りを数人の若者に任せて、自分はそこから遠く離れていない原っぱで子供達と遊ぶ。何かあったらすぐ報告するよう若者には伝えてある。
鬼姫は子供達と『だるまさんがころんだ』をする。彼女が本気を出せば絶対触られる事など無いが、わざと手加減してタッチされる。そうして何度も鬼役を交代する。
鬼姫と子供達が遊ぶ光景は大変微笑ましい。子供達は彼女に非常によく懐いており、彼女も満更でも無さそうに相手をする。和気藹々とした空気が生まれる。
周囲の村人は穏やかな表情でその光景を見守る。若い男性の一人は「彼女なら将来良い母親になれるだろう」と考える。
魔族の脅威に晒された事実など無かったかのように平和な一時が訪れる。そのまま時が過ぎ去るかに思われたが……。
「……ムッ!?」
何らかの異変を察知した鬼姫が、慌てて村の入口へと振り返る。彼女がそうしたのとほぼ同時に、村の外を見張っていた若者が血相を変えて走ってくる。
「まっ、魔族だ……魔族が攻めてきたぞおおおおおおーーーーーーっっ!!」
敵の襲来を大きな声で告げる。若者の一人が村の中央にある木製の物見櫓に上がり、鐘をカンカン鳴らす。老人と若い女性は子供達を連れて家の中に入り、扉に鍵を掛ける。若い男性達は大きな倉庫に入り、槍や盾、弓などで武装して出てくる。
村を覆った柵、その唯一の入口に鬼姫がズカズカと歩いていると、武器を手にした数十人の若い男性が、加勢すべく彼女の後ろに付いてくる。
「うぬらは付いてこんでいい……敵は我一人で相手する。うぬらがいても邪魔になるだけじゃ。大人しく家の中に隠れておれ」
女が後ろを振り返り、加勢の必要は無い旨を告げる。村人がいてはかえって足手まといだという。
「村の危機だというのに、貴方一人に背負わせて、我々だけ安全な所に隠れてなどいられません! せめて後方に控えさせて下さい!!」
男性の一人が前に進み出て、強い口調で反論する。断固として引き下がれない強い意志を伝えて、必死に同行を願い出る。言葉の節々からは、鬼姫に村の安全を丸投げする事への罪悪感、少しでも力になりたい切実な思いが伝わる。
他の者も彼の言葉に同意するように頷く。皆思いは同じのようだ。
「……好きにせい」
鬼姫は村人の説得を諦めて、しぶしぶ彼らの同行を許す。しょうがないと言いたげに頭を手でボリボリ掻くと、村の入口に向かって再び歩きだす。村人達は彼女の後に付いていく。
鬼姫は呆れた素振りを見せたものの、心の中では彼らの勇敢さを嬉しく思う気持ちもあった。
◇ ◇ ◇
鬼姫が村の入口に立つと、魔物の集団らしき連中が村に向かってザッザッと歩いてくる。
彼らが現れたのは、ザガートが向かった山頂方面ではない。山を下りた所にある平地、その遥か地平の彼方にある砂漠からだった。山頂に向かう魔王と鉢合わせにならないよう、早朝になる前に移動していたようだ。
(……まんまと敵の策に乗せられたという訳か)
鬼姫は魔王が騙されたと気付く。仲間を責める訳ではないが、この重大な局面を一人で乗り切らねばならない事にプレッシャーを感じる。
最初は砂煙で隠れていた魔物の姿が、距離が近付くに連れてハッキリと見えてくる。最前列はレッサーデーモン四体が横一列に並んで歩いており、そこから二メートルほど離れた後方に、同じくレッサーデーモン四体が横並びに歩く。
彼らの後方に、ボス格と思しき巨大な魔物がいる。
その者は背丈七メートルほど、背中にコウモリの羽を生やした全裸の悪魔だ。グレーターデーモンより体が一回り大きい。グレーターデーモンが引き締まった筋肉だったのに対し、その者はでっぷりと太った、樽のような体型をしている。何処までが筋肉で、何処までが脂肪か分からない。さしずめ悪魔界のスモウレスラー、その横綱といった所か。
全身は暗めの赤色に染まり、角が生えた頭頂部は禿げ上がっている。脂ぎった中年のオッサンのような顔をしており、歯はギザギザで、大きく裂けた口元からダラダラと涎を垂らす。背中の羽はちっちゃく、サイズ比を考えれば空が飛べるようには見えない。
かなり体重が重いらしく、一歩進むたびにドスンドスンと地響きが鳴る。そのたびに体の脂肪がブルルンッと波打つ。
「あ、アイツだ……アイツが俺達の村に呪いを掛けた化け物だッ!!」
若者の一人が、ボス格の悪魔を指差しながら大声で叫ぶ。やはりグレーターデーモンではなく、この醜悪なデブ悪魔こそが、山に棲む魔物の首領であったようだ。
軍隊のように行進する魔物の一団は、鬼姫から数メートル離れた場所まで来てピタッと立ち止まる。その場から動こうとしない。
人間と魔族、双方の集団が一定の距離を保ったまま牽制するように睨み合う。その状態が一分ほど続く。
「敵ノ襲来ヲ予測シテ、村ニ残ッタ事ハ褒メテヤロウ……ダガ貴様一人デハ、ドウニモナルマイ」
ボス格の悪魔が沈黙を破るように口を開く。村に戦力を残した判断の的確さを褒めながらも、鬼姫一人では力不足だと指摘する。
「フン……我は東の国で暴れた妖怪の王なるぞ。見くびるでない。うぬの方こそ、名を名乗ったらどうじゃ。そこまで大言を吐くからには、さぞかし名の知れた悪魔なのであろうな」
悪魔の言葉に鬼姫が強気な態度で反論する。鬼族の首領である事を誇らしげに自慢すると、煽るような口調で名乗りを求める。わざとケンカを売る言葉を吐いて、相手の名前を聞き出そうとする。
「グフフッ……良カロウ」
鬼姫の挑発に悪魔がニタァッと笑顔になる。大きく裂けた口元から涎を垂らしながら、不気味な笑い声を出す。
敢えて相手の誘いに乗るように自己紹介を始める。
「ワシハ、ギルボロス……魔王軍ノ悪魔族ヲ統率スル最強ノグレーターデビルニシテ、魔王軍十二将ノ一人ナリ!!」




