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九話 ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないED


 主人公闇堕ちルートから見るに、教祖を除く幹部同士の仲は良くも悪くもない。実際に教団の中で生活してみても、彼女達の関係性はその辺に留まっている印象だ。友達の友達同士という感じ。ここは正教幹部の関係性と比べて明確に違うかもしれない。

 外伝作品だったらケネス正教とアーロス寺院教団の幹部が主人公と一緒に学園に通ってスクールライフを満喫してるんだけどなぁ……。


 とにかく、アーロス寺院教団幹部の行動理念が『教祖の言動に従う』なので、それ以外の部分が著しく欠如している。ひょっとすると、ヨアンヌの偏愛を利用してフアンキロとの仲を引き裂くことができるかもしれない。もっと言えば、ヨアンヌにフアンキロを殺させるよう仕向けることが可能かもしれない――


 メタシムの戦いへの準備が急ピッチで進められる中、俺は早速行動に移した。ヨアンヌから俺への気持ちを確かめると同時に、フアンキロへの矢印の大きさを探るのだ。怪しまれない程度に「俺とフアンキロどちらが大切か」を引き出しておく。行けそうなら教祖についても聞いておく。


 ペンダント内の薬指が腐って悪臭を放ち始めたので、そろそろヨアンヌが来る頃だろうと屋外をぶらついてみる。部位にもよるが、マーカーは数日おきに取り替えないと腐ってしまうようだ。


「あ、いたいた! オクリー!」


 ほら来た。デートの待ち合わせに五分遅刻した〜みたいな小走りで。

 ヨアンヌは相変わらず俺があげたローブを羽織っている。元々俺の持ち物だったためか、華奢で小柄な彼女に対してオーバーサイズだ。漆黒の外套の一部は地面を引きずられそうなほど長く垂れ下がり、萌え袖のように袖口を振り回す格好になっている。


「お待ちしておりました。そろそろマーカー交換のタイミングだと思いまして」

「気が利くね。じゃ、アタシの部屋まで来て」


 何故彼女の部屋に? と突っ込みを入れかけたが、さすがに屋外でマーカーの交換を行うのはまずいのだろう。いくら邪教徒の拠点と言えども、一応の風紀は守られているからな。


 山の中腹に聳え立つ古城の中にヨアンヌの部屋があった。初めて彼女の部屋に入ってみたところ、殺風景ながら一般的と言えるレベルの部屋だった。彼女のルートの大半は地下牢の中で過ごすことになるので、この部屋は何故か個別ルートに入っても拝めないのだが。


 部屋の持ち主がヨアンヌとはいえ、異性の部屋に上がり込むのは度胸が必要だった。内装がグロテスクだった方が余程緊張しなかっただろうに、本当に普通の部屋だから反応に困る。


「何で立ち止まるの? 遠慮せず入りなって」

「……はっ」


 俺はヨアンヌに背中を押されて部屋の中に足を踏み入れた。


 ――ガチャリ。


(……鍵を掛けられた?)


 ドアノブを後ろ目で見ると、そこにはドアラッチと捻るタイプの鍵が設置されていた。二重の鍵だ。誘い込まれたのかもしれない。ヨアンヌが俺を追い越して部屋の中央へと歩く。死角を縫ってドアラッチに手をかけようとしたが、ヨアンヌに裾を摘まれて部屋の奥に引きずり込まれた。


 そのまま足を引っ掛けられ、豪奢なベッドの上に転がされる。


「なぁ。恋人が部屋の中で二人きりって状況――オマエならどうする?」

「さぁ……よく分かりませんね」


 いつの間に俺達は恋人になったのか。ヨアンヌの思い込みの力が激しすぎる。


「幹部と私程度の人間では釣り合わないのでは?」

「なら釣り合うよう努力してくれ。それでこそアタシの男だ」

「言葉もありません」


 ベッドに仰向けになった俺の上に、すらりと伸びた四肢の檻を下ろすヨアンヌ。ハイエナが獲物を喰らう姿勢のようになって、短めの髪がカーテンのように俺の視界を狭めていく。

 ――興奮している。血を求める肉食動物のように、俺を欲している。彼女の一挙一動から恐ろしいほどの熱が伝わってくる。


 前世であれば、異性からの好意など自意識過剰の勘違いでしかなかった。それが何故今、こんなにも真っ直ぐな想いを受け止めなければならないのだろう。


「ここが弱いのか?」


 そりゃ心臓は人間の弱点に違いない。ヨアンヌが薬指の欠けた左手を俺の胸に這わせてくる。長い指の先で心臓の真上の地点をぐりぐりと刺激されて、俺は悲鳴のような呻き声を噛み殺した。普通にペンダントの中身を交換するだけだと思ったらガッツリいかれてる。


 指先の動きが止まると、ヨアンヌは抵抗しない俺に満足したように凭れ掛かってきた。側頭部が胸に押し付けられ、心臓の音をじっくりと聞かれてしまう。


「オクリーの心臓、ドキドキしてる」

「……当たり前でしょう」


 俺の心臓は早鐘を打っていた。予想外のことが起きすぎて反応が受け身がちになっている。てっきり彼女の愛情表現(・・・・)は牢屋や尋問室の中でのみ起こりうると早合点していたのに、普通の部屋で血祭りに上げられそうなんだが? 覚悟ができないうちに死地へ飛び込んでしまったようだ。


 ヨアンヌから俺への矢印の大きさは分かった。ではフアンキロに向く矢印の大きさはどうだろう。


「ヨアンヌ様はフアンキロ様のことを好いておりますか?」

「……何でフアンキロの名前を出した?」

「必要なことなので」

「……まぁ、仲間だよ。普通に」


 何故か不機嫌そうに声色を悪くするヨアンヌ。なるほど、フアンキロとの仲は普通と。仕事仲間のようなものか。この様子だとフアンキロより俺の方が好きっぽいな。

 続けて「教祖様と俺どっちが好き?」と聞いてみようと思ったが、流石に踏み出せなかった。


「そろそろマーカーを交換しましょうか」

「マーカーを交換したら帰るのか?」

「ええ、そうなりますね」

「……そうか」


 残念ながらヨアンヌと褥を共にする気はない。俺はペンダントを差し出して、箱の中身を差し出した。

 ヨアンヌはマーカーに治癒魔法を当て、己の薬指として再生させる。結局またマーカーとして切断するのだから、随分手間のかかる行為だなと思ってしまう。その分の効果は抜群だが。


(この女、容赦なく自分の指を切断しやがった……。分かってはいたけど、何の躊躇いもないんだな)


 テーブルの上にあったナイフで薬指を切り落とすヨアンヌ。切断した傷口から血が漏れ、俺の頬に飛び散る。再び彼女の薬指がペンダントの中に収まり、箱の中身が血と肉で満たされていく。ヨアンヌは少し顔を歪めながら傷口に治癒魔法を当て、一定のリズムで噴出する血を止めた。


「痛かったですか?」

「少しね」


 俺は彼女を労るように、左手を包み込んだ。ふとした表情に見せる人間らしい仕草が、俺にそうさせた。ヨアンヌは俺の手を優しく握り返してくれた。


 どうして傷つく痛みを知っているのに、俺の四肢を奪おうとするのだろう。

 そういう性癖だからと言われたら黙るしかないのだが、俺の手足が無くなれば少なくともローブを掛けることはできなくなる。そうなってもいいのだろうか。


「ヨアンヌ様」

「うん?」

「私の手足は邪魔ですか?」

「あぁ、そうだな。邪魔だと思う」

「……何故ですか? 腕が無ければ私は二度とローブを掛けることができません」


 そう言うと、俺の腰の上に座るヨアンヌは目を見開いた。


「足がなければ、ヨアンヌ様の隣に立つこともできません」

「確かにな。アタシを抱き締めることもできなくなる」


 そこまで分かっているなら、どうして。視線で訴えかけると、彼女はボソリと呟いた。


「……そっちのオクリーの方が好きだから……かな」


 ぞわり。俺は気の遠くなるような戦慄を覚えた。たったそれだけの理由のために人の手足を奪えるのか。虫の足を千切る幼子のような残虐性と、それに疑問を抱かない客観性の無さ。矛盾を伝えて矯正を促しても、己を改めることが根本的に出来ないのだ。そういう人間として完成してしまっているから。


「ローブを掛けてくれたオクリーが好き。アタシを助けようとクロスボウを撃ってくれたオクリーが好き。でも、アタシの助け無しに生きられないオクリーはもっと好きなんだ」


 ……俺はこいつと決定的に分かり合えない。今まで出会ってきた人間のほとんどは、自分の非を認めたり、過ちを正すことのできる人間だった。

 ヨアンヌは、たまに遭遇した理不尽な不良と似通った性質だ。同じ言語を喋っているのに、話が通じない。何を言っても生き方を変えられない。


「好きな人を自分色に染めたいと思うのは、おかしいことなのか……?」


 悲しいまでに、そういう生き物なのだ。


 俺は彼女の螺旋状の瞳が揺らがないのを見て、説得行為を一切放棄した。全身から脱力し、大きく息を吐く。


「オクリー、今日はここに泊まっていけよ」


 唐突な言葉。返答に窮する。


「しかし……」

「大丈夫、何もしないから」

「……何もしないと言うなら」


 俺の弱々しい返答に、だらしなく口を歪めるヨアンヌ。彼女は俺の首元のペンダントを持ち上げると、恭しく口付けをした。


「おやすみオクリー」

「おやすみなさいませ、ヨアンヌ様」


 ヨアンヌは部屋の灯りを消すと、俺の胸元に勢い良く額を預けてくる。そのままベストポジションを探るように顔の位置を動かした後、俺の胸に埋まるようにして寝息を立て始めた。


(……本当に何もしないのか。そういう気分じゃなかったのか? それとも疲れてたとか? いずれにしても、よく分からない女だ……)


 背中に手を回された瞬間は肝が冷えたものだが、単純に俺を逃がさないように抱擁したかったのだろう。万力のような力で抱きとめられている。


「寝てる間は本当に可愛いんだけどな……」


 俺の鳩尾の辺りに柔な双丘が押し付けられている。しかし俺の息子はピクリとも……ピクリとは反応したが、流石に全然そんな感じにはならなかった。そりゃそうだ。むしろそう(・・)なったら自分に絶望してしまうだろう。


 俺は強烈な息苦しさと熱を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

 今夜は眠れないかもしれない。





 時は遡って、オクリーがフアンキロの尋問を手伝わされる少し前のこと。


 とある男が、大変敬虔なアーロス寺院教団教徒として幹部の間で有名になりつつあった。


「アーロス様サイコーーーー!!!!」


 この絶叫は、とある一般教徒が教祖アーロスへの愛と尊敬を抑えられなくなり、皆が寝静まった早朝を選んで衝動を発散する時の声である。

 その声は幹部達の耳に入るほど大きく響き渡り、定期的な目覚ましとして高評価を得ていた。


『おや、また誰かが私の名前を叫んでいますね』

「オクリー・マーキュリーって男ですね。ワタシも最近目をつけてます」

『フアンキロが認める有望な若手ですか……素晴らしいですね。我々教団も彼のような若者がいれば安泰でしょう』


 古城からオクリーの愛の告白を受け取ったアーロスは、仮面の上からでも分かるほど声色が明るくなった。何度も噛み締めるようにうんうんと頷き、アーロスは帽子を被り直す。

 教祖と長い時を過ごしていたフアンキロは、彼がオクリーの行為を嬉しく思い、少し照れているのだと理解できた。


『オクリー君ですか。彼は確か以前の作戦の生き残りでしたね』

「はい。ワタシ達幹部を含めなければ、ケネス正教の幹部と戦って生き残った教徒は彼だけです」

『……ふむ。そんな彼が私を強く崇拝してくれている、と。私は本当に部下に恵まれているのですね』


 アーロスはしみじみと感じ入るように絞り出す。声色は涙の色を呈しており、仮面の下で深い感動とやる気に満ち満ちている。フアンキロはそんな涙脆い教祖の肩を取り、彼の隣に立って豆粒程の大きさのオクリーを見下ろした。


『オクリー・マーキュリー。以前はパッとしないというか……特に印象の残らない方でしたが、そうでしたか。“早朝の彼”がオクリー君だったとは……』


 教祖アーロス、フアンキロ、ヨアンヌだけではない。他の幹部にもその名前が伝わり始めている。序列五位のポーク・テッドロータスからも存在を認知されている程だ。


『彼は我々に対する誠実な態度を持ち合わせ、布教への意欲にも優れている。しかも、敵幹部との戦いに生き残る実力と豪運の持ち主でもあると。他の皆さんとは一線を画する器の持ち主でしょうね』

「そうですか? 案外小物かもしれませんよ」

『はは、フアンキロは厳しいですね』


 フアンキロはアーロスの注目を浴びるオクリーに少しだけ嫉妬した。


『“可愛い子には旅をさせよ”。オクリー君にはもっともっと試練を乗り越えて強くなってもらわなければなりません。そして我々は彼のような教徒の背中を優しく押してあげるのです』


 フアンキロは教祖の言葉に頷く。

 彼女は、心の中でほんの少しだけ感情が揺れ動くのを感じた。


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― 新着の感想 ―
[一言] そっかー、、、ストレス発散すらもトドメになりかねんのか、、、
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