八六話 最凶の三人パーティ結成
あらかじめアレックスとヨアンヌは作戦失敗時のための集合地点を複数個設けていたため、彼は近隣のポイント目掛けて全力疾走していた。
そして、集合場所にやってきたアレックスは赤黒い岩に腰かけるヨアンヌの姿を見てほっと一息つく。
追いつけて良かった。失敗してブチギレられる未来が見えないでもないわけだが、とにかくどんな失敗や異常でも報告すべし。アレックスはヨアンヌに接近した後、土下座する勢いで膝を折った。
「すんませんヨアンヌ様!! アレックス、ただ今参りました!!」
「……その様子だとオクリー奪還には失敗したみたいだな?」
「うっ……す、すみません」
そもそも事前に定めた『作戦失敗』とは、オクリーの身に何かしらの異常事態が生じたか、聖都サスフェクト襲撃作戦の肝となる幹部の指を没収せざるを得なくなるような収束不可の出来事が勃発したことを意味する。
いずれの結果においてもオクリーの身柄を取り戻すことが必要になってくるため、ヨアンヌは身ひとつで走ってきたアレックスを見ればどういうことが起こったのかすぐに理解できた。
金髪坊主の周りを見ても、少女の想い人の姿はない。アレックスがオクリーを引き連れていないのは一目瞭然だ。ヨアンヌの鋭い視線が飛び、急所を突かれたアレックスはその威圧感にたじろいだ。
「じ、順を追って説明させてほしいっす」
アレックスは真顔で見つめてくるヨアンヌに対して説明を始めた。
まず、ドルドン神父とオクリーが滞在していた丸太小屋を監視していたアレックスは、樹木の間を縫うようにしてマリエッタが現れたのを目撃した。
そして、ドルドン神父とマリエッタが殺し合いを始めようかという雰囲気の中、突如としてヨアンヌが『転送』してきた。
どうやら不測の事態が起こっていることに気づいたアレックスは、ヨアンヌがドルドン神父を追ったのを見てオクリーを追跡するべきだと即座に判断。
馬の脚には追い付けないが、森の外縁部に隠した馬を使えばそのうち追いつけるはずだ。何せ、相手はひとつの馬に二人乗り。休憩や速度の差で差は埋まるだろうと考えた。
それに、精鋭七人でマリエッタを取り囲めば、流石のマリエッタも抵抗空しくオクリーを手放すしかなくなるはずだ。
オクリーを取り戻した後、邪魔者であるマリエッタを殺害して不安要素を排除する――それがアレックスの考えていたプランだったのだが、ノウンの実験場に偶然足を踏み入れたことで計画が狂ってしまったのである。
あの時、フォルテの「甘い匂いがする」という報告を聞いて、アレックスの脳裏に様々な単語が過ぎった。
――甘い匂い。森の中。果実。花。植物。そういえば、ケネス正教には植物を操る魔法使いがいるらしいっけなぁ――
そう考えた時、弾かれるようにして身体が動いていた。数メートル前方にいたフォルテから距離を取る。踵を返して、一目散に逃げた。
石橋を叩いて渡るような愚かな行動だと、後から笑い話にできたならそれでいい。本当の問題は、その後が来ないかもしれないことだ。そうなったら過去を振り返ることすらできないのだから。
もしヨアンヌのような上位存在と出会ってしまったなら、真正面から戦おうというのは自己評価を過信しすぎというか、幹部の魔法を甘く見過ぎである。
見つかった時点で死、魔法の射程範囲内に足を踏み入れた時点で死……それくらい理不尽なモノとして捉えないとダメだ。勇敢であるよりも愚かである方が生き残れる確率は上がるだろう。
しばらく走って振り返った時、アレックスの後ろには誰もいなかった。
彼のように瞬時に判断できた者は他にいたのだろうか。真相を確かめる術はなかった。
「正直、自分でも何が起こったのか全く分からないっす。でも、この場所に他の六人が来てないところを見るに、自分以外の隊員は全員死んだはず。とにかく異常事態が起こったんすよ」
この場所に来るまでに、アレックスは自分の小隊が正教幹部ノウン・ティルティの魔法攻撃を受けたのではないかという簡易的な予想を立てた。
実際にその予見は半分程度的中している。小隊壊滅の原因はノウンの攻撃に間違いなかった。
「ヨアンヌ様はどのくらいの時間ここでお待ちに?」
「そこそこだ」
「何か大きな音や衝撃を感じたりは?」
「……いや、全く」
少女は白い脚を組み直す。アレックスは気まずくなって目を逸らした。
今のヨアンヌの恰好は、真っ白な素肌の上に男物のシャツを一枚羽織っているだけという危うい姿だ。オーバーサイズな上、前面のボタンを留める気もないようで、豊満な胸がちらちらと顔を覗かせる。加えて、下着すら身に着けていない脚を無防備に動かすものだから、視線のやり場に困ってしまった。
元々彼女は下着が露出したり裸を見られても何ら恥じらいを見せなかったし、アレックス自身もあまり気にはしていなかったのだが、ふとした時にその美貌を再確認させられて、アレックスは目を逸らさなければならないような気がした。
そして、逸らした視線の先で目に付いたのは――少女が腰かけている赤黒い岩だ。
その岩の正体は、両手両足の関節を逆方向に折り畳まれたドルドン神父だった。少女はあの大男を尻に敷いて休息していたのだ。
やはり、休憩の仕方ひとつ取っても彼女はイカれている。アレックスはそう思ったが、ほんの少しだけヨアンヌの尻に敷かれてみたいなと思うのだった。
「音もしない、衝撃も広範囲に伝わらないとするなら、敵はノウン・ティルティである可能性が高いっすね。隊員の一人が『甘い香りがする』って言ってたんすけど、恐らく果実や花の匂い……催眠、混乱、麻痺系の毒を持つ植物によって一瞬で決着がついたはずっす。植物を操る魔法は比較的音も出にくいですから」
ノウンの襲撃をあずかり知らぬヨアンヌは、アレックスの言葉を話半分に聞きつつ情報を整理した。
「この辺にノウン・ティルティが現れたせいでオクリーを逃がしたと。そうか……それは災難だったなぁアレックス」
ヨアンヌは自分以外の人間に全く期待していない。最終的に信じられるのは己の腕力だけ、重要な作戦については自分自身が行うべきだと信じているため、アレックスにオクリーの身柄を任せた自分に非があると割り切ることができた。
そういった背景があってのドライな反応だったのだが、アレックスは気遣いさえ見せる少女の様子に絶望してしまう。
「じ、自分はこれからどうすれば……」
アレックス・イーグリーがアーロス寺院教団に入ったのは、世界が混沌に満ちていく過程を特等席で観察したかったからだ。彼は他の大多数の人間と違って、自分から進んで信者になった変わり種である。
そして、ヨアンヌやオクリーに肩入れするようになったのは、「世界でイチバン過激で面白いカルト教団の中に、更に面白いことをしようとしている人間がいる」と思ったからである。
そんなアレックスの心の拠り所や生きる意味は、教祖アーロスへの憧れと言うよりはヨアンヌとオクリーという二人の人間にすっかり傾倒してしまっていた。
アレックスは滝のような汗を流して動揺する。
ヨアンヌに見捨てられてしまったら、自分は世界の混沌を見届けられる最高の傍観者ではなくなってしまう。それじゃつまらない。生きる意味がない。
ヨアンヌやオクリーに認められてこそなのだ。折角作ってきた自分の居場所から追放されてしまう。他の誰かに譲ることになる。それは嫌だ。この教団に入って彼女達に出会えたのは奇跡だ。歴史の転換点に立ち会えるやもしれぬこの機会を逃してはならないのだ。
教祖アーロスに認められずに燻っていた分、ヨアンヌから失望されるというのは彼の想像以上の絶望を伴って押し寄せてきた。
アレックスの光彩がぐにゃりと波打つ。涙さえ溢れてきそうだった。
「おいおい、オマエが気に病む必要なんてないだろ。オクリーに首輪をつけられなかったのはアタシの責任だ」
「でも……」
「今後について少し考える。オマエは自分がやれることだけを考えていろ」
少女は空を見上げて少しの間思索する。
アーロスに二次作戦への移行を求めた時、敢えてオクリーが裏切ったことは告げなかった。あくまで計画が想定通りに進まなかったという報告をしたため、アーロスは都合の良いように受け取ってくれるだろう。オクリーの評価が幹部の間において高い水準を保っていることも追い風だ。
また、二次作戦移行の原因を知る者はヨアンヌとアレックスだけであり、仮にアレックス小隊が事情を知っていたとしても、小隊は隊長のアレックスを残して全滅したため、ヨアンヌが口に出さなければこの情報が外部に漏れることはないだろう。
アレックスは完全にヨアンヌの駒だ。彼女が「黙れ」と指示すれば彼は固く口を閉ざすだろう。何なら、拷問されてもその状況を楽しみつつ絶対に口を割らないだろう。この男のそういうところだけは信頼できた。
(オクリーの狙いはアーロス寺院教団内での名声を高めて、幹部の力を得た上で謀反を起こして教団を滅ぼすことにあった。前までは教団内での評価を稼ぐというプロセスが必要不可欠だったわけだが、今は事情がちょっと違う)
オクリーは正教陣営のマリエッタやポーメットと繋がりを持った。
言い換えるなら、ケネス正教陣営に鞍替えするきっかけが生まれてしまっているのだ。
彼からすれば、邪教徒でいることは苦痛そのものだ。大嫌いなカルト教団に従って市民の殺戮行為を手伝わされるなんて、心が壊れていてもおかしくなかった。
邪教徒を駆逐する方法を模索していたオクリーにしてみれば、邪教徒狩りはより確実で苦痛を伴わない方法を選びたいはずだ。裏切りは躊躇わないだろう。
問題は正教陣営に取り入ることができるのか、という一点に限られる。相当上手くマリエッタ達の心理を掌握していないと殺されるのがオチである。
(マリエッタとノウンは恐らく合流しているはずだ。マリエッタはアタシのオクリーに入れ込みまくっているようだし、ひとまずのクッションにはなってくれるだろう)
マリエッタは正義感と恋心の狭間で揺れている。その複雑な心境を鑑みれば、オクリーが殺されそうになった時に何かしらの口添えをすることが簡単に予想できた。
彼はこの森から最も近く防衛も強固な聖都サスフェクトの監獄へ投獄されることになるだろうが、アーロス寺院教団内部の情報源である彼が殺されることはしばらくないだろう。
(オクリーはそう簡単に死ぬタマじゃない。アタシにもまだ隠し事をしてるみたいだし、向こうに身柄が渡ってもそこまで問題にはならないな。……ぞんざいな扱いや拷問行為を許せるかは別問題だが)
オクリーの安全はともかく、陣営間の戦力差を更に拡大することも必要である。滅多に姿を現さないノウン・ティルティをここで殺害し、更にオクリーを確保できればどれだけのプラスになるだろうか。
聖都サスフェクトや他都市の防衛を担うノウンを殺すことができれば、『聖遺物』奪取はおろか宗教戦争のパワーバランスを崩すだけのきっかけになり得る。
少女は邪教徒最速の尖兵だ。アレックスに肉片を譲渡して、ヒットアンドアウェイを繰り返せばノウンを殺害することも不可能ではないだろう。
(ノウン・ティルティと『甘い匂い』のする植物か。ヤツめ、いつの間にそんな代物を……相変わらず器用な女だ。……無呼吸を維持すれば真正面からでも突破できるかな?)
ただ、ノウンを殺害するにも問題が付き纏う。切り離した肉片から本体を再構築可能な『転送』という戦術である。
オクリーが発端となって開発されてしまった悪魔の戦術は、ダスケル崩壊によりケネス正教の知るところとなった。つまり、泥沼の復活合戦の開幕である。
(……ヤツは狡猾で対邪教徒を知り尽くしている。ダスケル崩壊はノウンの鼻を折った最初の出来事だ。戦術『転送』を突き止めた上で、しっかり研究して理解を深めているだろう。肉片の『運搬役』を用意して、幹部の復活先を確保することを義務化もしているはずだ。ここでヤツを殺し切れるとは思わない方がいいな)
実際、セレスティアが支配されたメタシムに飛び込んできた時は、幹部の肉片を持ち運ぶ運搬役を周辺に潜ませていた。
突発的な潜入作戦だったため失敗に終わったが、セレスティアが邪教徒の拠点に飛び込んできたあの事件は、かなり前から正教幹部も『転送』戦法の有用さに気づいていたという事実に他ならない。
これから幹部を倒す時には『幹部自身』と『運搬役』の両名を消去しなければならないだろう。良くも悪くも、オクリーのせいで戦争の様相は様変わりしたのだ。
「よし決めた。アレックス、アタシはこれからノウンをぶち殺してくる」
「マジっすか」
「ノウンを完全に消去できればそれでいいし、仮に敵が『転送』で生き残ったとしてもオクリーは絶対に取り戻す。何とかしてオマエの失敗を帳消しにしてやるさ」
「ほ、ほんとっすか! すみません……」
「謝るな。オマエはこのジジイを持って拠点に帰れ。ついでにアタシの耳朶も持っておけ。オクリー奪還に失敗したらそれで帰ってくる」
「了解っす」
アレックスは少女から血塗れの耳朶を譲り受け、ポーチに押し込む。その傍ら、ヨアンヌは椅子から立ち上がって彼の脇腹の辺りを素足で蹴り上げた。
「おい、ドルドン。クソジジイ。起きろ」
「…………」
「生きてるんだろ変態野郎。狸寝入りか?」
「…………」
身長一九〇センチを数える大男は四肢を逆方向に折り畳まれ、筋骨隆々の身体や精悍な顔つきの顔面を凸凹になるまで殴打され、治癒魔法を掛けられたとはいえ既に息も絶え絶えだった。
しかし、矢継ぎ早に繰り出された少女の魔法の言葉を脳味噌が理解した瞬間、否が応でも精魂尽き果てたはずの肉体が反応して、精神を覚醒させられてしまう。
「オクリーとキスさせてやろうか?」
「――っ!!?」
朦朧とした意識の中、覚醒。「やればできるじゃないか」「やっぱこの男キモ過ぎるっす」という声が飛ぶ中、ドルドンは血に染まった双眸を再び開いた。
「おはようジジイ。オマエはアタシとの戦いに敗北し、オクリーの恋愛競争にも敗北した負け犬だ。そんなオマエに、戦いの勝者であるヨアンヌ・サガミクスが施しを与えてやろう」
「……な、何……を……」
「今からアタシが言う条件を呑み、一生アタシの下僕として生きていくと誓うのなら――オクリーとキスさせてやる」
「な、何だとおッッ……!?」
「ついでに金玉くらいなら触らせてやる」
「――き、金玉までっ!?」
夢半ばで死に絶えようとしていた老爺にとっては、これ以上ない交換条件。一度死んだ身をヨアンヌに捧げるだけで、オクリーとの恋愛情事を再開できるというのだ。
萎み切っていた筋肉が再起し、止まりかけだった心臓が再び力強く鼓動を刻み始める。モノクロだった視界に色が戻り、耳鳴りが止まらなかった聴覚が正常へと戻ってくる。首を振れるだけの力が回復した時、ドルドン神父は己を見下ろす金髪坊主の存在に気づいた。
「れ、レクス君……!? 何故君がここに――いや、なるほど……そういうことだったか。あの時から全て仕込まれていたというわけだ」
「そういえば、二人共知り合いだったな。なら丁度いい、アレックスとなら自由恋愛してもらって構わないぞ」
「!!」
「じょっ、冗談じゃないっす!! 普通に嫌っす!!」
「黙れ。オマエはアタシの下僕だ。減るもんじゃないし金玉くらい触らせてやれ」
「……い、今までの命令の中でいっっちばん嫌っす……」
何ということだ。この少女は、レクス――本名はアレックス――との関係まで許してくれるというのか。
彼もまたサテルの街で出会った逸材だ。そんなおまけまでついてくるなんて、一体、どんな条件を呑ませようとしているのだ。
「オマエは死んだはずの人間だ。アタシの慈悲だけで生かされている。残り滓のようなオマエの余生に、このヨアンヌ様が生きる意味を与えてやる」
疑念に満ちた目で少女を見上げるドルドン神父。ヨアンヌは地面に膝をつき、悪魔のような笑みを浮かべて囁いた。
「改めて言おう。――ドルドン、アタシの下僕になれ。アーロス寺院教団や教祖のためじゃない。アタシのため、オクリーのためだけに残りの命全てを捧げろ」
ドルドン神父は、彼女の言っていることがイマイチ良く分からなかった。
アーロス寺院教団に所属し、教祖アーロスを崇拝しているはずの彼女が、ヨアンヌとオクリーのためだけに生きろとわざわざ言葉にする意味が理解できなかった。
何か、とんでもないことが起ころうとしているのかもしれない。
霞んだ思考回路が取っ散らかった情報を搔き集める。とりとめのない演算結果が数パターンに渡って導き出されるが、まだ確定的な決意には至らない。
この少女の目的は――……? ドルドンが口に出そうとしたその時、男の頭上から答えが与えられた。
「アタシの目的は世界の全てを滅ぼすことにある。正教邪教、その全てをだ。さてジジイ、オマエはアーロス・ホークアイの金玉に興味はあるかな?」
「……!!? も、もちろんあるが……それが何と言うのだ!」
「何としてもアーロス・ホークアイの睾丸を触り――彼の過去と弱みを探れ。命を懸けろ。死んでもやれ。それがアタシの提示する条件だ。……まぁ、オマエが断らないのは知っている。さぁ、条件を呑んで下僕になれ」
ヨアンヌ・サガミクスの最終目的は、オクリー・マーキュリーとの『小さな世界』――薄ぼんやりとした暖かな光の中にある、退廃的で成長性のない閉じられた二人だけの世界――の実現にある。
そのためには、ケネス正教を排除した後にアーロス・ホークアイを消し去らなければならない。
彼女はアーロスの弱点を握る足がかりを探していたのだ。そして、偶然にもそれは在った。
この計画には、ドルドンという世界の外れ値が必要だったのである。
対するドルドンは、途方もない『夢』を提示されて言葉を失っていた。
オクリーだけでなく、あの時目をつけたアレックスさえくれて。しかも、悪の首魁アーロスの睾丸さえ好きにして良いと。
嗚呼――人生の夢が、またひとつ。
緩やかな絶頂に満たされて、ドルドン神父は一言だけ言葉を発する。
「――わん」
――それは、心の底から溢れ出た服従と屈服の言葉だった。
辛うじて、その言葉だけが発露したのだ。
全てを悟ったヨアンヌは、くつくつと笑って顎でしゃくった。こういう分かりやすい男は嫌いではない。独善的で破壊的な夢を追い求めるだけで背中についてきてくれるアレックスと同じく、大変に扱いやすい男だ。
「ふっ。分かりやすくていいじゃないか。ドルドン、また後で会おう。……アレックス、連れていけ」
「は、はいっす!」
ヨアンヌはオクリーが身に着けていた服をドルドンに託し、ノウンとマリエッタのいる場所に当たりをつける。アレックスはともかく、オクリーとのキスや接触を少女が許可するわけがない。全ては嘘。ドルドンを釣り上げるための餌だ。
少女の両足の筋肉が隆起する。直後、弾丸のような勢いでヨアンヌが飛び立った。
かくして、ドルドン神父は歴史の表舞台から姿を消した。
彼はアーロス寺院教団の拠点に連れていかれ、地下に潜ることになる。
全てはヨアンヌ・サガミクスの野望実現のため――
「これで二つ目の駒が手に入った。ふふ、計画は着々と進んでいるな――」
少女が選りすぐった精鋭は二人。
混沌を追い求める狂信者アレックスと、己の欲望に忠実な老爺ドルドン。
最悪の三人が揃った今この瞬間、宗教戦争において優位だったはずのアーロス寺院教団の立場が――ゆっくり、ゆっくりと崩れ始めようとしていた。
 




