八三話 ドルドンという男
ヨアンヌの前後からドルドン神父とマリエッタの凶刃が鈍い光を放つ。オクリーごとヨアンヌを切り裂くような軌道を描いた剣の初撃は空を切った。
オクリーが側方に身を投げ出して剣を回避していたのだ。逆説的に言えば、二人の攻撃は「オクリーなら当然避けてくれるだろう」という信頼の下に放たれていた。
しかし、オクリー程度の人間が躱せる攻撃なら、ヨアンヌにとっては更に容易い。最低限の動作で斬撃を免れた後、少女は邪魔をするなと言わんばかりに視線で牽制する。
剣で切り裂かれても痛くも痒くもなかったが、オクリーから強奪した服がボロ布のように変わり果てるのは許せなかった。
ヨアンヌの交渉は失敗に終わり、オクリーの処遇を巡る争いは次のフェーズに移りつつあった。
オクリーはセレスティアを餌に正教幹部と接触し、舌戦を仕掛けて一連の計画を未然に防ごうとしているが、マリエッタにヨアンヌとの相思相愛を目撃されており、交渉の場で色々と拗れそうな懸念があって彼女と行動を共にしたくなかった。
ドルドン神父に関しても、どうやら彼は手配され始めたらしいではないか。これから彼と行動を共にするのもまた困難だろう。
即ち、オクリーにとっての最善は、ヨアンヌの目から逃れた上で、ドルドン神父とマリエッタが金と馬を残して死ぬこと。無論、オクリー自身はそんなこと微塵も考えていなかったが……。
翻って、ヨアンヌは交渉が失敗した時点で、二次作戦に移行するべく思考を切り替えていた。
アーロス・ホークアイは過去に一度オクリーの心の中を覗いたことがある。交換された内臓を元に戻し、オクリーの心が破壊されて記憶喪失に陥ってしまった時だ。
心の傷を修復するべく魔法を使用していたアーロスは、なるべく彼の記憶を覗かないようにしていたが――あろうことか、彼はオクリーがマリエッタやポーメットと出会っていた記憶を感じ取ってしまっていた。
そこで邪教の首魁は直感する。なるほど、オクリーは移動要塞計画を思いつく中で正教側に種を撒いていたのだ、と。マリエッタを救い、ポーメットの手助けをすることで、後々に大きな効果を生むだろうと都合良く解釈して、オクリーの行為を寛大な心で見逃したのである。
教祖アーロスの思い描いた理想はこうだ。
マリエッタやポーメットと運命的な繋がりのあるオクリーを正教の土地へ輸送する。記憶を喪失したとはいえ、暗示さえ掛けてしまえば後はどうにでもなるからだ。また、聖都サスフェクトへ向かう旅路の中でサテルの街へ向かわせ、そこでマリエッタやポーメットと再会するよう仕向ける。
過去に救ってもらった恩のある二人は、オクリーと再会した時に好意的な印象を抱いているはずだ。その感情を利用してオクリーと二人の距離を接近させ、『幻夜聖祭』の最高潮で幹部爆弾を起爆させ『聖遺物』奪取の起点とする――
そうすれば、ポーメットもマリエッタも正教陣営の中で孤立せざるを得ないだろう。邪教徒に手を貸していた、騙されていた、見抜けなかった――悪評の内容はどうでもいいが、とにかく、そのような噂が流れてしまえば、ケネス正教軍部の補佐及び国内のカウンターテロを担当する大幹部や、次期幹部とも謳われる武闘派の天才の信頼は地の底に落ちる。その混乱だけでも正教弱体化という充分な副産物になり得るだろうとアーロスは考えた。
アーロスが求めていたのは『聖遺物』の奪取だけではなく、ケネス正教全体の士気を大幅に低下させ、戦力を着実に削ることにあった。
ポーメットやマリエッタと決定的な繋がりを持つ邪教徒など、オクリーの他には存在しない。故にこの作戦ではオクリーに固執する必要があった。アーロスの個人的な思い――『聖遺物』奪取作戦成功の立役者という実績があれば次期幹部の一番候補になるだろうという期待――もあったわけだが、そんな彼の思惑はほぼぼ的中して思い通りに進んでいた。
――サテルの街で、例の神父に目をつけられるまでは。
その老爺は、結果的にカモフラージュとなっていた記憶喪失の障壁を突破し、何故かオクリーの正体を一瞬で見破ってしまったのだ。
小さな集団を一大カルトへと育て上げた悪のカリスマでさえ、ドルドン神父の『睾丸に触れることで相手の過去を感じ取る』という奇天烈な能力は予想できなかった。神父は邪教徒の断片的な情報を繋ぎ合わせ、次なる移動要塞計画を見抜き、アーロスの計画を狂わせてしまったのである。
歯車の狂いは更なる余波を巻き起こした。ドルドン神父自身の過去の悪行を露呈させただけでなく、マリエッタやポーメットにオクリーへの疑念を抱かせてしまったのだ。一年前にオクリーが折角固めていた土台は呆気なく崩れ去り、アーロスの計画もまた破綻した。
ドルドン神父によって、アーロスの思い描いた一次作戦及びケネス正教の内部崩壊は未然に防がれていたのである。
悪から世界を救うのは別の悪なのかもしれない。
ヨアンヌは『転送』前に示し合わせていた通り、アーロスに向けて念話を発信した。
「アーロス様、二次作戦への速やかな移行を求めます。オクリーから指を没収してください」
『……そうですか。分かりました』
報告はアーロスを通じてセレスティアにも伝わり、遥か遠方で治癒魔法による肉体再生が始まった。同時にオクリーの左手に癒着していた二人の指が腐り落ちていく。
「……!? ヨアンヌ、何を――!?」
「オマエをこの作戦から外しただけだ。もう邪魔立てはさせない」
「そんな……!」
オクリーの弱点であり、唯一の交渉材料が黒く炭化して灰になっていく。左手を抱き締めるようにして治癒魔法を阻止しようとするものの、肉片の消失が止まることはなかった。
これでは聖都サスフェクトに逃げ込んで正教幹部に接触したとしても、何の証拠も説得力も持たないため門前払いされてしまうだろう。それどころか、ポーメットやマリエッタからの疑惑が残っている分状況は最低最悪であった。
縋るような気持ちで少女に向かおうとするオクリー。そんな彼の腰にしがみつくようにしてマリエッタが止めに入った。
「何をする!?」
「あの女に近づいたらダメです!! 今はとにかく下がって!!」
マリエッタが髪を振り乱しながらオクリーを押さえ付ける。彼とて消えてしまったものはどうにもならないと理解していたが、失うにはあまりにもタイミングが最悪すぎた。
(……セレスティアとの繋がりを絶たれた。俺に残ったのは邪教徒の疑いだけ。完全にヨアンヌとアーロスの手のひらの上で踊らされていた)
茫然と膝を折るオクリーから離れたマリエッタは、ドルドン神父とヨアンヌの戦いに加勢する。
ドルドンは小ぶりな牽制を繰り返しながらヨアンヌの隙を窺っていた。少女の柔肌から数センチ届かない場所を刃が通り抜けるが、ヨアンヌの懸念は服が汚されることだけだ。対人戦において有効なはずの牽制は全く意味を成さなかった。
「何をしてくるかと思えば、そんな剣で牽制するだけか?」
煽りは意に介さない。
神父は瞬きひとつせず、ヨアンヌの意識の間隙を観察し続ける。
(……見えた! 試してやる!!)
ヨアンヌの瞬きの周期を見極めた老爺は、彼女の目が閉じられ、そして次に開かれるまでの僅か一瞬を塗って刺突を繰り出した。
ドルドンの右手が残像となって消え失せる。長い両手両足を活かして懐に踏み込み、少女の双眸を狙った一撃が放たれた。
老人の体躯が蛇のようにしなり、弾み、地を這う。
全体重が剣先に乗せられ、空気の層を貫かんばかりの衝撃波が草木を揺らす。
――会心の一撃の結果は、金属が軋む音によって明らかになった。
「っ……!?」
摘まれていた。
必殺級の一閃を、人差し指と親指で。
短剣の柄を押しても引いてもビクともしない。
刃の中央を、指の腹でそっと押えられているだけなのに、岩石に深々と突き立った剣の如く動かないのだ。
滑稽だった。刃物の扱いに慣れた元兵士が、全身を波打たせて短剣の柄を離させようと必死にしがみついている。
はっとして顔を上げた時、無感情なヨアンヌの表情が飛び込んできた。吸い込まれそうな螺旋状の瞳に戦慄したドルドン神父は、咄嗟に短剣を手放して後方に飛び退いた。
渾身の力で短剣を突き出したはずなのに、その攻撃があっさり防御されたことに動揺していた。
いや――動揺というよりは、「やはりそうなのか」という落ち着いた絶望か。ヨアンヌ・サガミクスには逆立ちしても絶対的に敵わない。ちんけな剣技などでは、邪教幹部の治癒魔法すら引き出せないという事実に打ちのめされてしまった。
(どう足掻いても勝てないバケモノのような一四人の英傑が存在するのは理解していたつもりだったが、ここまで壁があると笑いが湧き上がってくるわ)
戦う前から予想していたことではあるが、どうやらここが死地らしい。ドルドン神父は剣で戦うことを早々に諦め、爆弾による時間稼ぎに徹することを密かに決意した。
(これは一人じゃ無理だな。ワシと同等以上の実力者がもう一人いて、かつ爆弾という切り札がないと勝ち目すらないのう)
ドルドン神父は汗を拭いながら斧を拾い上げ、マリエッタと目配せした。お前もワシの渾身の一発を見ていただろう、と。もちろん衝撃的な現場を目の当たりにしていたマリエッタは唇を結びながら何度か首を振り、ヨアンヌの実力が並外れたモノであると再認識した。
爆弾を有効に使えるのは一度きりだ。しかも、ヨアンヌの視界から外れた場所で導火線に火をつけなければならない。
火打石を弾く用意は既に完了している。オクリーのためにも失敗はできない。ドルドン神父の背中に、少年殺害の証拠を隠滅していた時よりも遥かに重いプレッシャーがのしかかった。
「瞬きの瞬間を狙ってくる人間なんて、初めて会ったぞ」
「ワシの必殺の剣だ。初めて防がれたわい」
「本当に、殺すには惜しいジジイだ」
嫌味たっぷりに言い放つヨアンヌ。苦笑いを浮かべたドルドン神父に殺意の拳が飛んだ。空気が歪む重低音のような轟音が響いて、ドルドン神父の上体が大きく仰け反る。膝を崩しながら大袈裟な回避運動を取ったのだが、拳の風圧でドルドン神父の瞼が捲れ上がり、大量の鮮血が飛び散っていた。
「ドルドン神父――っ!?」
そして、彼の助けに入ろうとしたマリエッタに対して、無理な姿勢から放たれた回転蹴りが襲いかかる。
本命はドルドン神父への攻撃ではなくマリエッタへの一撃だったのである。すんでのところで蹴りを回避するが、髪先がちぎれ、風圧で意識が削り取られそうになった。
「死ね、泥棒女が」
姿勢を崩したところに、間髪入れず踵落とし。桁違いの運動能力から繰り出された一撃は空を切った。
ドルドン神父が斧の側面で殴打し、足の軌道を逸らしていたのだ。その手助けが無ければマリエッタは脳漿を撒き散らして即死していただろう。
両目から血を流しながら薄ら笑いを浮かべたドルドン神父は、斧の柄をぱしぱしと叩いてヨアンヌを煽った。
「やはりオマエの方が厄介だな、ジジイ」
これまで何人もの実力者を葬ってきたヨアンヌからしても、ドルドン神父のような纏わりついてくる不愉快なタイプとの戦闘は久方ぶりだった。
こういう人間が一人いるだけで集団戦は間延びしてしまう。自分の命をどれだけ有効に使えるかを冷静に計算して、最もうざったらしくて時間をかけさせるような戦闘をしてくるのだ。
しかもドルドン神父は身体能力が非常に高い。身長の割には俊敏だし、攻撃への嗅覚も鋭い。
逆にマリエッタの方は特筆することもない兵士だな、とヨアンヌは思う。攻撃を避けられるという時点で実力の高さはある程度分かるが、力押しでさっさと決着はつけられるだろうし。
「やあぁぁああああっ!!」
そんなマリエッタの剣が後ろから飛んでくる。ヨアンヌは一瞥すらしないで剣を鷲掴みにして、握り潰した。無慈悲な金属音が響き渡り、彼女の血塗れの手から零れ落ちた破片が茂みの中に沈んでいく。
「っ!?」
正教幹部ポーメットと剣の稽古をつけてもらっていたマリエッタは、ヨアンヌの怪物っぷりに萎縮して滝のような汗を流していた。
ヨアンヌの力がこれほどまでなのかと思い知ると同時に、ポーメットには凄まじく手加減されていたのだなと乾いた笑いが出た。
彼女のような邪教徒を討ち取るべく剣を鍛えてきたのに、歯が立ちそうもない。何のために剣を鍛えてきたのだろうかと自嘲しながら、懐の小ぶりなナイフを取り出す。彼女はヨアンヌを隔ててドルドン神父を睨みつけ、拳をぎゅっと握り潰した。
(……ドルドン神父、これまでのようです。あなたには生きて罪を償ってほしかった……!)
(…………)
密かに示し合わせていた次の作戦に移るべく、マリエッタは行動を開始した。
「オクリーさんっ、すぐそこに馬が止めてあります! そこまで走ってください!!」
まともな得物を失ったマリエッタが夢中で叫ぶ。茫然自失としていたオクリーは顔を上げ、声に導かれるまま反射的にマリエッタを追いかけた。ヨアンヌの大きな瞳が彼を追いかける。
その一瞬の隙を突いて、ドルドン神父は火打石を弾いて導火線に火をつけた。
刹那、全てを察したオクリーとドルドン神父の視線が交される。
死を覚悟した男の鋭い目つき。片や、目の前で死が弾けようかという驚愕の双眸。
絶対に信用したくないが、いざという時頼りになった男。完璧な神父の仮面を被って本性を隠し続け、何事からも逃げ切ろうとして来た老獪な男が、自ら死を選ぼうとしている。
それほどまでに、俺のことを? 一瞬、オクリーは身を翻しそうになった。しかし、ここで引き返すのは彼の覚悟を無駄にすることになる。
死んで当然の人間だ。元々助けてやる価値もない外道だった。そう心を納得させて、マリエッタの後を追うべく走った。
それでも、一言に『外道の死』と切り捨てるには複雑で膨大すぎる激情がオクリーの背に襲いかかった。
深く関わった者の死に際には、関係性や感情を超越して胸に差し迫る『何か』がある。
オクリーの目からは、何故か堪え切れなくなった涙が溢れていた。
――彼の目尻から流れ落ちた一雫を見て、ドルドン神父は己の人生に満足した。
ずっと探し求めていたものが、そこにあった。
ドルドン神父は白い歯を剥き出しにして笑った。
(――良いものを見た!! さぁ、ワシと共に地獄に落ちようか!! ヨアンヌ・サガミクス!!)
――ドルドン神父による囮作戦。
爆弾でヨアンヌの身体を吹き飛ばし、自分諸共爆散して数秒の時間を稼いでやる。仮にヨアンヌを細胞ひとつ残さず殺し切れるのなら儲けもの。それがヨアンヌからオクリーを逃げ延びさせるための最善策であった。
ドルドン神父の眼光に野性的な獰猛さが宿る。
若き頃の衝動を思い出したかのように全身の筋肉が滾り、限界以上の力が発揮される。
斧を手放し、大量の爆薬を身に纏いながらヨアンヌへ体当たりを繰り出す。身長一九〇センチの巨体が半裸の少女に襲いかかった。
――が、ビクともしない。
ヨアンヌの両の素足は地面に縫いつけられたかのように、全くもって動かない。
「……!!?」
傍から見れば、あまりにも異様な光景。体重で圧倒的に勝っているはずのドルドン神父が、息を荒らげ、必死に歯を食いしばっても、己の腰ほどの背丈しかない少女を押し退けることすらできない。
絶望をその身で体感しながらも、ドルドン神父は諦めない。
(だ、だがっ! 刻一刻と爆発の時間は迫っているっ!! オクリー君もマリエッタも今頃は馬に乗っているはずだ!! 爆弾さえ爆発してしまえば、オクリー君が逃げられる確率は上昇するっ!!)
顔を真っ赤にして、紫色になった血管を浮かび上がらせながら、渾身の力でヨアンヌを引き止める神父。そんな老爺を憐れむような視線で一瞥した少女は、鋭く息を吹き出して――爆弾の導火線を燃やしていた炎をいとも容易く吹き消した。
「爆発したらオクリーの服が台無しになるだろ」
そして、一言。
本当にどうでも良いゴミを見るような、凍てつく視線だった。
ドルドン神父は、人間に元来より備わった『死』の恐怖を思い出した。
滑稽な笑い声がその口から漏れ出した。
「……んなバカな」
刹那、ドルドン神父の身体が弾かれたように宙を舞う。ヨアンヌが右手首で振り払っただけで、神父の巨体は三〇メートル離れていた丸太小屋に到達した。
窓枠から屋内に突っ込み、頑強な木造建築を一撃で蹴散らすドルドン神父。壁をぶち破って、やっとのことで勢いは殺されたが、神父の正装は血に塗れ、身体のあちこちに木の残骸が突き刺さっていた。
(ぐうっ!? 何というバカげた力だ……! しかし、彼が逃げる時間だけは……!)
血の混じった唾液を吐き散らしながら喘ぐドルドン神父。ヨアンヌはドルドン神父を追ってきていた。どうやら逃亡したマリエッタ達を追うよりも、神父の身柄を優先したいらしい。オクリーの命を何よりも優先する老爺にとっては都合が良かった。
「ふ、はは。……オクリー君を追わなくても、良いのかなぁ?」
「問題ない。別の者に追わせる」
「別の者……だと……?」
「オマエが知る必要はない」
先程オクリーに語りかけていた時の甘ったるい口調と打って変わって、冷酷な軍人の如き口調でドルドン神父を追い詰めるヨアンヌ。崩れ落ちた丸太小屋の傍らで力尽きかけていた大男の胸倉を掴み上げ、力加減をした上で、二度三度と続けて殴打する。
中途半端に治癒魔法を付与し、死なない程度に全身を嬲った。図太く狡猾な男の神経を削り落とすようにして、無駄な口を叩けないように過剰に痛めつけた。
(……このジジイはオクリーを使った計画を完璧に看破している。恐らくあの女よりも核心に近い何かを知っているはずだ。この場で本当に必要なのは、ドルドン神父の命だったようだな)
オクリーを汚そうとした恨みも込めつつ、思う存分殴打した後、死にかけの羽虫のように四肢を震わせるドルドン神父を蹴りつけた。痛みで覚醒したドルドン神父は、血みどろの瞳を開いて掠れ声を漏らした。
「……じゅる。邪教幹部も、ヌルいのう……?」
にやりと気味の悪い笑みを浮かべた神父に思わず手が出そうになったが、拳を握り固めることで気持ちを抑える。これ以上痛めつければショック死するだろう。死ぬ前にドルドンから話を聞いておかねばならない。
「オマエ、オクリーとこの作戦についてどこまで知っている?」
「……そりゃもう……全てだよ……」
「…………」
「じゅるる……オクリー君の『金玉』を触った時……確信したよ……彼こそダスケルの街を滅ぼした張本人だと……」
「そうか、ありがとう。その話を聞いて、益々生かしておけなくなった」
四肢の関節を逆向きに折り畳まれて、随分と小さくなったドルドン神父の首根っこを引きずり回すヨアンヌ。これからドルドン神父はアーロス寺院教団の拠点に持ち帰られることになる。
聖都サスフェクトへ向かったマリエッタを殺害する役目はアレックスの部隊に一任した。彼らが負けることもないだろう。
(オクリーはアタシのことを拒絶するけど、『小さな世界』が成就すればきっと分かってくれる。今は我慢してもらう時期なんだ)
瀕死の状態で引きずられるドルドン神父は、激しく咳き込みながら、ヨアンヌに対して小言を漏らす。
「……最期に聞かせてくれ、ヨアンヌ・サガミクス」
「何だ?」
「オクリー君と……セックスはしたのかね?」
「は?」
「したのかしてないのか……そう聞いているのだ」
「…………」
「……ワシがオクリー君の『金玉』の話をした時……動揺していただろう? じゅる、ククク……もしかしたらと思った。オクリー君は童貞で、君は処女なんじゃないかとね……」
「……オマエ……ここまで来ると凄いな……」
ヨアンヌは掴んでいた襟首を突き放し、爪で摘むようにして接触面積を減らすように持ち替えた。
死の間際だというのに面白いやつだ。ヨアンヌはかなりの気味悪さを感じながらも、ドルドンの会話に付き合ってやることにした。
「オクリー君は……童貞か……?」
「半分はな」
「……じゅる。なら、残りの半分は頂くわい……」
「気持ち悪いな、本当に」
「しかし……オクリー君とお主の持つ繋がりは……肉体関係どうこうよりももっと深いものだ……どうやって得た?」
「アタシはオクリーと全ての臓器を交換した。合意の元でな」
「…………」
「……何だ、その顔は」
決着のついた二人の会話は、どこか愉快な雰囲気を孕んでいた。
しかして、ドルドン神父の行く末は決まっている。
「あぁ……せめてオクリー君と……相思相愛のキスをしたかった……」
彼が歴史の表舞台に立つことは二度とない。
 




