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八話 決意表明

 原作こと『幽明の求道者』の世界観は混沌としている。本編中では邪教徒が大暴れしていたが、その他には流行病で国が滅びかけたり、それが原因で紛争が起きたり、魔獣だのドラゴンだのが出没してえらいことになったり、大災害に襲われたり――とにかくバッタバッタと人が死ぬ世界ということを分かってもらえただろうか。


 世界が混沌に覆われる度、人々は生きる苦しみや死への恐怖、未知のものに対する畏怖の念を積もらせていった。こうして自然発生的に宗教の原型となる考えが生まれ、多くの民族がそれぞれの宗教を持つようになった。ここで『ケネス正教』の起源となる宗教が起こった。


 しかし、古き世界のケネス正教は今と全く違う小規模なものだったらしい。古き世界で民族間の戦争が始まると、それぞれの民族は自分達の神を他の神より強く見せるため、より上に立つ一人の神を作り出していった。長い時を経てケネス正教は一神教となったのである。


 一神教となって更に長い時が経ったある日、大災害によってある国が一夜にして滅びた。災害から逃れようと逃げてきた魔獣によって周辺の国は多大な被害を被った。

 世界の終わりの如き阿鼻叫喚を前にして、ケネス正教の人々は『神』に救いを求めた。祈って、願って、縋り続けた結果――『神』は本物となった。


 災害から百日後、世界各地で「神が力を与えたもうた」と言う七人の正教徒が現れた。彼らは夢の中で神に出会ったと異口同音し、人智を超えた『魔法』によって民を救ったという。七人の選ばれし正教徒は人を変え代を替えながら、正教徒を守り続けているのだ。


 ……これが現代へと至るケネス正教のあらましだ。こんな感じの伝承が本編内に出てきたので、薄ぼんやり覚えている。


 対してアーロス寺院教団の起源は浅い。ケネス正教が古の時代から続く宗教なのに対して、アーロス寺院教団は商会時代から見積もっても精々数十年の歴史しか無かったりする。歴史の長さはそのまま神秘性や伝統性の説得力となるため、歴史の短いアーロス寺院教団は通常ならケネス正教に対抗できる器ではなかったはずだ。


 しかし、アーロスは普通の人間ではなかった。元々はケネス正教を信じる人間だったが、己の野望のために先鋭化。金儲けの繋がりだった商会を『あるパフォーマンス』によって乗っ取り、今や一大勢力の教祖となるまで成長しているのだから凄まじい。

 ちなみに、最後の一押しとして行われたパフォーマンスとは『死からの蘇生』。首吊りによる自死から復活したことが原作テキストによって示唆されている。だが、本当に死んでいたのかどうかは分からないし、仮に死んでいたとしてもどのように復活したのかは永遠の謎である。


 『死』を乗り越えることにより、彼は短期間で奇跡のようなカリスマと神秘性を獲得した。災害や魔獣による被害の多い世相を逆手に取り、巧みな演説で人々の不安を煽ったアーロスは、大量の入信者を生み出していく。

 そしてある日――ケネス正教の伝説と同じように、強大な力を得たと謳う複数の邪教徒が現れた。時を同じくして強大な魔法に目覚めたアーロスは、世界を手中に収めるべく行動を始めたのだ――


 これが『幽明の求道者』の過去にあたる話で、アーロス率いる集団が過激化していく様子が詳細に描写されていたのを覚えている。


(アーロスが力を得られたのはいたずら好き(・・・・・・)な神のお陰だって考察もあったな……とんだ邪神だが)


 俺は毒薬や火薬を調合し、デイリーミッションを終えた。

 無心で作業に集中できる環境は良いものだ。辛い現実を忘れられる。


「…………」


 作業が終われば、日没と共に凄まじい脱力感と絶望に襲われる。忌々しい幹部達の名前が頭の中に浮かび、俺は髪の毛を掻き毟った。


 ヨアンヌ・サガミクス。

 フアンキロ・レガシィ。

 そして……教祖アーロス・ホークアイ。


 こいつらのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ。特に二人の女……こいつらは言うまでもなく最低最悪の人間である。叶うのならば生まれた時からやり直したい。そして主人公君と一緒に邪教徒を滅ぼすのだ。


(そんな妄想しても虚しいだけか……)


 俺の当面の目標は『生き残ること』である。しかし、ケネス正教だけでなくアーロス寺院教団内部から命を狙われるようになってしまったので、俺は先日フアンキロに配置転換を申し出ていた。ヨアンヌとフアンキロの居ない他支部に異動させてくれ、と。

 もちろん却下された。「逃げられると思ってるのかしら?」と半笑いされながら。にべもない。俺のような平が意見を押し通せる環境じゃないのは分かっていたが……弱みを握った部下を手放す気はないってことなんだろう。


「おいお前、聞いたか?」

「あぁ、久々の集会だってさ」


 付近の会話に耳を澄ませると、明日の正午より集会が始まるらしいことが分かった。集会では長期的な予定が通達される他、俺達モブの士気向上のため賞与やお褒めの言葉を貰うことができるのだ。だが、アーロスや他幹部から労いの言葉を掛けられたところで何になるというのだろうか。時間の無駄だと思うが……。


 井戸で水を呑もうとしたところ、後ろから肩を叩かれた。拠点内で俺に話しかけてくる物好きなど二人しかいない。どちらにしても最悪なのは変わりないと分かっていたので、観念して振り向いた。


 白髪ボブに褐色肌。金の双眸。ほっそりした腰、すらりと伸びた脚。服を押し上げる豊満な胸。スタイルの良い美女がそこに立っていた。


「やあやあオクリー君。ちょっと頼まれてくれない?」

「はっ。どのような頼み事でしょうか?」


 俺は嗜虐的な笑みを浮かべるフアンキロに恭しく頭を下げる。断れないことを知った上で、こちらに選択肢があるかのような問いかけ方をしてくるのは悪趣味という他ない。

 こいつとの会話はヨアンヌとは違う意味で心労が耐えない。こちらを揶揄ってくるような態度に苦手意識があるのだろう。


「ちょっと尋問を手伝ってもらいたくてね」

「尋問、ですか」


 首を傾げてはにかむフアンキロ。軽い日常会話のようなおどけた様子と、俺達の会話の内容の乖離が、却って非日常感を助長する。

 尋問室へと移動しながら話を聞いたところ、尋問の相手は先日捕らえられたスパイとのこと。情報を引き出すために生かしておいたという。


「尋問というか拷問というか。力仕事はちょっとキツくてね〜」


 俺はヨアンヌの気配がしないことに少しだけ安堵しながら、先日悲劇が起こりそうになった部屋へと足を踏み入れる。暗い部屋の中央。俺が括り付けられていた椅子に、見知らぬ女が項垂れるようにして座っていた。

 彼女の傍には当然のように拷問器具が。また、彼女は粗い布で目隠しをされており、周囲の状況が掴めていないようだったが――フアンキロのハイヒールの音を聞いて、酷く脅えたように身を縮こませた。


「こんばんは、お姉さん」

「ひっ」

「昨日の続きをしたいんだけど、いいわよね?」


 フアンキロがスパイ女の肩に手を置く。するすると目隠しを下にずらしたフアンキロは、淫靡な仕草で女の顎を撫でた。スパイ女は泣いている。そして褐色の手が女の右手と重なった次の瞬間、フアンキロは無理矢理右手を前方へ引っ張った。


「オクリー君には彼女の爪を剥ぐ役をしてもらうわ」


 何かを見定めるような視線で俺に問うてくるフアンキロ。彼女は細長い器具を彼女の右手に装着すると、器具の使い方を説明し始めた。


「細い刺股の部分を爪と表皮の間に潜り込ませて、器具で固定。後はこっちのタイミングでゆっくりレバーを押し込むだけ。ね、簡単でしょ?」

「わ、私が……これを?」


 涙目で首を振る女を前にして怖気付く。そんな俺を鬱陶しがるように、フアンキロは行動を促した。


「そう言ってるでしょう。それともヨアンヌに嘘をバラされたいのかしら?」

「…………」

「君はもう人を殺してるでしょう? 今更爪を剥がしたって何も変わらないわ、どうせ治してあげるんだし」


 確かに俺は人を殺したことはある。だが、必要以上に苦痛を与えて殺そうなどと考えたことはない。あくまで俺自身が生き残るために殺してきただけなのだ。俺にはできそうもない。いや、できない。激しく抵抗する正教の女と目が合って、感情移入してしまっている。

 幹部連中と違って、痛みや恐怖から何とかして逃れようと藻掻く姿が自分の姿と重なった。


「――できません」


 酷い頭痛を感じながら頼みを断る。

 が、低く重い声が俺の心臓を凍らせた。


「は? 断るの? 幹部の頼みを?」


 正教徒の女は縋るような視線で俺を見上げてくる。目尻からは決壊した涙が伝っていた。

 ――フアンキロさえ居なければ、絆された俺は彼女を逃がしていただろう。だが、フアンキロは俺のすぐ隣にいる。鷹の目のような鋭い眼光で、俺を試していた。


 俺は自分の命を差し出すことができなかった。


「……や、ります。やらせてください」

「うんうんっ、やっぱり君はデキる男ね。ちゃんと覚悟ができてるもの」


 ポンポンと背中を摩ってくるフアンキロ。それじゃあ行くよ、という声がして、彼女の魔法が発動する。尋問の時間が始まった。


 ――結果から言うと、俺は爪剥がし機のような拷問器具を使用することは無かった。


「あ〜あ、残念。あのスパイ、昨日からいじめ続けて心が折れちゃってたみたい」


 フアンキロは非戦闘員だが、傷ついた肉体を治癒する魔法の使い手だ。昨日は正教徒の女を拷問した上で、その傷を全て回復してあげたのだろう。そのおかげで先程の彼女は傷一つない綺麗な身体であった。

 しかし、記憶には深々と拷問の記憶が刻み込まれたのだろう。彼女はフアンキロの質問に嘘をつくことなく回答していた。


「それじゃ、またお願い聞いてね〜」


 俺はフアンキロと別れた。

 その足で草むらに向かい、思いっきり吐いた。


 あぁ、最低の気分だ。

 何故俺は無力なんだ? 俺自身が生き残るためとはいえ、こんなことをし続けていいのか?


(ダメだ。ダメに決まってる……)


 泣き腫らした正教徒の女の顔がフラッシュバックする。彼女は殺されこそしなかったが、これからはもっと酷い目に遭うことになるだろう。口にすらしたくない、凄惨な目に……。


(俺は中途半端だ)


 心の中にある善の感情を捨てないように努力してきたつもりだったが、それ自体を言い訳にして非道な行いを許容している自分がいる。それが堪らなく嫌だった。


(……非戦闘員のフアンキロ。奴を殺すことができれば……いや、奴を殺したとて組織の方針は変わらないか。親玉のアーロスを何とかしないことには、現状を引きずっていくだけになる)


 俺が『幽明の求道者』を楽しんでプレイできたのは、結局のところ正史ルートが勧善懲悪の結末を迎えたからだ。あくまで創作的な楽しみとして、邪教徒の生き様や狂いっぷりを楽しんでいただけ。

 だが、今俺の生きている世界に最善の選択肢を選ぶ『プレイヤー』はいない。故に、ケネス正教が完全勝利するかは時の運となってしまう。


 ――俺が変えなければならない。

 元プレイヤーだった俺が、この手で。


(内部から邪教徒をぶっ壊すしかねぇ……)


 俺は首元のペンダントを見下ろす。ヨアンヌは俺のことを好いてくれている。それ以上に教祖のことを好いているのも事実だが、何かのきっかけで彼女が本当の仲間(・・・・・)になったとしたら、これほど心強い味方はいないのだろう。


 考えるだけ考えて、俺の想像がプレイヤー然としていることに気付く。俺には狂気じみた精神力も魔法もない。火を起こす方法は知っているのに、道具がないようなもの。

 取らぬ狸の皮算用と言うやつだ。妄想だけならどれだけでも勇ましく膨らんでいく。中身の伴わない風船のように。


 結局、霧散。意気込みだけは勇ましく、現状は何も変わらない。


 もどかしい気持ちを抱えながら、俺は翌日の正午の集会に出席した。


『我々アーロス寺院教団に躍進の時が来ました』


 相変わらず仰々しいアーロスの言葉で始まった集会は、思わぬ方向へと転がっていくことになる。


『私の生まれ故郷である“メタシム”を取り戻す戦いの準備が整いました』


 ――メタシム。その言葉を聞いて、俺は目が覚める感覚を覚えた。


 主人公の故郷があった土地と同じ名称だったのだ。


 主人公の故郷はアーロス寺院教団の襲撃によって滅ぼされた。これは物語が動き出す前日譚の出来事であり、『幽明の求道者』を語る上で外せない主人公の動機となっている。

 

 これからメタシムの戦いが起こるのだとしたら、俺達は必ず主人公と鉢合わせることになる。

 そこで俺が何かしらのアクションを起こせたなら、或いは――


(……世界を救えるかもしれない)


 俺は生唾を嚥下して、アーロスの演説に聞き入った。


『――恐れることはありません! 我らと共に“聖地”を取り戻すのです!!』


 地響きのような歓声に包まれる大広間。俺は密かに決意を固め、そこに居るはずの『主人公』と命懸けのコンタクトを取ることにした。


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