七五話 舌戦チロチロ
手の傷が塞がったのを確認して、ドルドン神父は椅子に腰掛ける。円卓を囲むようにして座った四人は、現状整理のために確認作業を始めた。
(状況を整理するっす。まず変態神父がオクリー先輩を襲おうとして、ギリギリのところで先輩に逃げ出されたっすね。その後、油断した神父が金玉触らせて発言をしてしまったところ、タイミング悪く正教幹部とマリエッタちゃんが駆け付けた、と。――まぁドルドン神父は嘘をつくだろうし、オクリー先輩と意見が食い違うことになるっすね)
天井裏の隙間から息を殺して円卓の様子を凝視するアレックス。彼の予想通り、現状整理と言いながらドルドン神父はあることないことをでっち上げていた。
虚実と真実を巧みに織り交ぜた彼の話術に丸め込まれたオクリーは、神父の話を塞き止めることでしか自己主張できない。麻痺毒と睡眠薬の調合薬が効いていたせいで思考が覚束無いせいもあったが、これではオクリーの印象が悪くなるばかりである。
実際、ポーメットのオクリーに対する印象はやや悪かった。過去に出会ったことがあるかもしれないという一点で、評価は混乱しまくりだったが。
錯綜気味の現状整理、ドルドン神父の主張はこうだ。
夕食を食べていたところ、突然オクリーが暴れ出して左手に噛み付いてきた。大広間に追い詰められた自分は反撃を試みて、オクリーの服をめちゃくちゃに引っ張って攻撃した。そんな時、丁度ポーメットに扉をノックされて助けられたのだ――と。
つまり、神父はオクリーが発端で左手の指を失ってしまったと主張したのだ。それに加えて、オクリーの左手に邪教幹部のものと思しき肉体組織の一部が癒着しており、彼の正体が邪教徒なのではないかという予想まで付け加えた。
「――そこにいるオクリー青年が、邪教大幹部の腹心であるあのオクリーと同一人物だと……ドルドンはそう言いたいのだな」
この世界には『邪教徒狩り』が存在する。れっきとした正教徒を邪教徒呼ばわりして周囲から孤立させたり、コミュニティから追い出してしまうという出来事もまま起こっている。
それ故に、神父がオクリーを邪教徒呼ばわりしたのは非常に重い意味があった。冗談では済まされない。ポーメットの碧眼が鋭く光った。
「えぇ。今は左手を隠しておりますが、オクリー君が邪教徒だというのは彼の左手を見てもらえば分かることかと思います。オクリー君はこの街で一年前と同じ悲劇を起こそうとしたのでしょう」
「……ということらしいが、オクリーの左手を検めるのは彼の主張を聞いた後にしようかな?」
「……問題ありません。さぁオクリー君、君の番だよ」
ポーメットが落ち着き払った様子で言い、ドルドンはそれに追随した。
ドルドン神父にしてみれば、ここで左手の黒手袋を剥けるのなら一発逆転である。オクリーに発言権が与えられる以前に正体を暴いてしまえば、彼の発言の信憑性は地に落ち、神父の言葉は全て真実となる。隠された真実は有耶無耶になり、磐石の地位は確保され続けるはずだ。
(……元々ポーメットが公平を重んずる性格とはいえ、印象の悪いオクリー君の言葉を聞こうとするのはワシの失言のせいだろう。今はまだ追及されていないが、言い訳を考えておかないと……)
ドルドン神父はマリエッタを横目で見る。予想外の事態は立て続けに起こるものだ。興味のない女には極力友好的な態度を取るようにしていたのに、マリエッタが援護するような発言を一切してくれない。味方をしてくれないどころか、オクリーを擁護するような発言すらしていたのだ。
危うい発言を聞いて心が揺らいだとしても、聖人君子じみた言動と実績が後押しして神父の味方をしたいと思うのが世の常のはずだ。命の恩人と、普段から親しくしている聖人君子の神父。マリエッタがオクリーの味方さえしなければ、場の空気はドルドン優勢になっていただろうに、少女は神父のことを気にかけようともしなかった。彼女の混沌とした双眸はオクリーに釘付けである。
(まずったのう。まさかマリエッタがワシよりオクリー君を取るとは。……貴様程度の小娘がオクリー君に釣り合うわけがなかろう! アピールしたとて無駄じゃ。そこら辺のつまらん男でも引っ掛けて満足していろ、ガキが!)
ドルドン神父はマリエッタに対して歪んだ情愛による妬みの視線を向ける。そんな中、オクリーは今までに受けた出来事を泣きそうになりながら語った。
ドルドン神父が何年も前から少年の殺人を繰り返してきたこと、被害者の関係者が今日殺されたこと、ドルドン神父に陵辱される寸前だったこと、舌を切られそうになって抵抗の際に指を噛みちぎったこと――その全てを話した。
生々しい内容に端正な顔を大きく歪めるマリエッタ。ポーメットは無表情を崩さないまま、机に肘をついて思考を巡らせている。
マリエッタが恐怖に震える彼の背中を優しく支えてやると、青年の震えが止まった。それを見たドルドン神父の右手が血を吹きそうなほど強く握り締められ、テーブルの下でカタカタと震え出す。
神父はそうして独占欲を働かせる自分自身に驚いていた。股間がズキズキと痛み、取り逃した獲物の大きさを悟る。やはり自分は好きだったのだ。どこか影を落としたような、仄暗い瞳の色の青年のことが……。
「ふむ、互いの言いたいことは出揃ったな。ワタシが知りたかったのは『戦いの原因』だったのだが、邪教徒やら殺人やら……些か大事になってきたようだ。さて、どちらの発言を信じるべきか……悩ましいな」
「――無視できないことがあります、ポーメット様。神父は嘘をついています」
「ほう」
「先程の発言をお忘れですか? あたしの耳には、ドルドン神父が淫猥な言葉でオクリーさんに迫っていたように思えたのですが」
無表情の下で密かに面白がるような女騎士と、同じく無表情ながら憤怒の気を感じさせる茶髪の少女が話を一段階進める。
「ははぁ、淫猥な言葉。……聞き間違いでなければ、確かに神父はそこの青年に対してセクシャルな発言をしていたな……」
やや厭らしく繰り返すポーメット。ドルドン神父は表情を変えないまま「やはり聞かれていたか」と口の中を噛み潰す。快楽を追い求める性質が祟りに祟っている。これまでの人生で重ねてきた業からは逃れられないのか。まだ足りないというのに。
人生史上最も猛烈な重圧に襲われ、神父は一九〇センチメートルを超える体躯を丸めて懸命に考える。
マリエッタが聞き逃していたなら。もしくは追及しない姿勢を見せていたなら。
一九人という大量殺人は結果的に帳消しになって、ドルドン神父は世界の英雄になれたのに――その未来は潰えようとしている。
「ではドルドン神父、先程の発言の説明をしてもらおうか。『金玉』とは何だ?」
場が凍りつく。ドルドン神父は生唾を呑み込んだ。『金玉』という単語が出てきた時点で、詳細までバッチリ聞かれているではないか。正教幹部に絶対的な弱みを掴まれてしまった。常人なら己の辿る末路を予期して正気でいられなくなっていただろうが、ドルドン神父は常人ではない。一瞬思考が停止しかけたものの何とか持ち直した老爺は、乾いた唇で言い訳を紡ぎ始めた。
「――『金玉』。別名『睾丸』『精巣』とは、男性器の一部です。赤ちゃんを作るための『精子』を生み出す器官であり――」
「『金玉』については皆の衆承知しているよ。言わなくても分かるだろう、発言の意図を聞きたいのだが?」
「これは失礼。……え〜、食事の後に心身を癒す特殊な施術をしようとしたのです。オクリー君はこの通り記憶が錯乱しておりまして……ですからアロマを焚いて、リラックスしてもらって……オクリー君を……癒してあげようと……老婆心が……」
じゅるり。ドルドン神父が苦し紛れの言い訳を放つ。頭上から四人の頭を見下ろしていたアレックスは、息を殺すとかオクリーの正体がバレかけてハラハラするとかより先に、大の大人が金玉についての押し問答を繰り広げていたために「これはギャグでやっているのか?」という至極単純な疑問が湧いてきた。
(こいつらもしかしてみんなバカ?)
アレックスは痛いくらいの沈黙を感じながら眼下の修羅場を見下ろす。だが、こんな話し合いでも多数の人間の生死がかかっている。
「その施術の際に恥部を触る必要はあったのですか?」
「あ、あるわけないだろっ! 話をする必要なんてない、この神父は変態なんだよ!」
「落ち着きたまえオクリー。……ドルドン神父、少年少女を預かるあなたにそのようなご趣味があるとしたら大問題だ。更に殺人に関与していると確定すれば、あなたの評価は一転……大罪人として地の底に落ちるだろうね」
ドルドンの失言を聞いていた時点で、ポーメットは最初からオクリーの側に立って議論を進めていた。また、彼女の目に映る神父はいつもの様子からかけ離れていた。邪教徒だ何だと強い言葉を吐いていたが、明らかに冷静さを失い、嘘をついていた。
もはやオクリー対ドルドン神父の勝負は勝敗が明らかだった。ポーメットは神父の発言全てを『嘘』と看做した。逆転の目はない。あまつさえオクリーを邪教徒呼ばわりした彼に対する疑念の感情が高まっていた。
「ポーメット様、オクリーさんの様子を見れば分かるでしょう。先の発言は不同意で行われた蛮行の際の失言なんですよ。そもそもオクリーさんが邪教徒なわけありません。あたし一緒にお風呂に入ったから分かります、オクリーさんの左手は何の異常も無かったですよ。……手袋は傷痕を隠すためのものであって、邪教幹部の肉片を隠すためのものじゃないはずです」
マリエッタのかかり気味な発言が援護として放たれる。だが、この発言にはマリエッタ自身も気づかない思い込みが隠されている。恩人を想うあまり、理想と現実の境界が曖昧になっていたのだ。具体的に指摘するなら、マリエッタが風呂の中で確認したのはオクリーの右手。オクリーが醜い傷痕を隠したがっているのは知っていたので、微妙に現実とズレた発言になってしまった。
だが、マリエッタの発言はオクリーにとって追い風となる。心臓を鋼鉄の糸で締め上げられるようなストレスが襲いかかり、ドルドン神父は顔を顰めた。
(クゥゥ……七五年の人生もここで終わりか。悪くはない人生だったが、せめて最後に挿入れたかったのう)
内心に欲望を吐露し、観念しようとするドルドン神父。
――刹那、神父の脳裏に逆転の発想が浮上してきた。心臓に掛かった莫大なストレスと共に、神の思し召しのような冴え渡ったアイデアが湧いて出たのだ。
(ま、待て……。まだワシが生き残るチャンスはある。正義感なんぞ切り捨てておくべきじゃった。ワシは既に年老いて死を待つ身だが、まだまだ死にたくはない。ヤり足りぬ。ワシはワシのために生きるべきだったのだ!!)
窮地に立たされて、彼の中の人生観が激動する。
正義感などいらぬ。世界の英雄など不要。世間は自分を殺そうと迫ってくるのだから、自分本位で生きても良いではないか、と。
先程までは清廉潔白な経歴を傷つけないように振る舞い、邪教徒であるオクリーを正教幹部に引き渡して己の立場を押し上げようとしてきた。
だが、本当はそんなものどうでも良い。直接的な気持ち良さに結びつかない。正義執行で表彰されるより、どう考えてもヤって犯って殺りまくった方が気持ち良いではないか。正義で性欲は満たされるのか? という話だ。
齢七五にして、人生観が覚醒に至る。きっと、これも神のお導きだ。ドルドン神父は内心感謝しながら、改まった考えを元に逆転の芽を育て始めた。
(ワシは何故オクリー君と真正面から言い争いをしてしまったのだ。この場で味方につけるべきなのはポーメットではなく……オクリー君じゃ! ポーメットもマリエッタも本質的にはどうでも良いのだ! 当事者である彼の口から虚実を喋らせる! それで最悪の結末は回避できる……!!)
この円卓に着席してから、ドルドン神父はポーメットやマリエッタを味方につけてオクリーを貶めようと討論してきた。
違ったのだ。この場の話し合いは、当事者であるオクリーとドルドン神父二人を裁定するためにある。であるなら、そのオクリーを引き込んで「何も無かった」ことにしてしまえば良い。結局どこまで行っても、この議論は当事者同士の問題だ。偶然この場にポーメットが駆け付けたから判断を委ねているだけで、そう難しい話では無いのだ。
(マリエッタの矛盾した発言も功を奏した! ワシは生き残れるっ!)
故に、ドルドン神父はオクリーを惹き込むための餌を用意した。
「……そういえばオクリー君。君は確か聖都サスフェクトに行かなければならない、とか何とか言っておったのう。この二人が帰ったら、聖都までの旅費及び到着してからの生活費を援助してやろう」
「…………」
「……再三言いますが、ワシはお二人が言うような淫らな発言などしておりません。先程の発言は聞き間違い。マリエッタもポーメット様も少々騒ぎ過ぎなんじゃよ。そう思うよな、オクリー君?」
「何を言うかと思えば……交渉のつもりですか?」
マリエッタが切り捨てようとするが、当のオクリーは神父の言葉に強く反応していた。
――記憶喪失の人間が働き口を確保するのは並大抵のことではない。しかも常識に疎いということは、騙されていることにも気づきにくくなっているということ。現状のオクリーが聖都サスフェクトまでの旅費を稼ぐのは至難の業だった。その難易度を理解した上での甘い提案だ。
聖都サスフェクトの『幻夜聖祭』まで二ヶ月かそこら。
……それまでに働き口を探して莫大な旅費を稼ぐのはコネでもない限り不可能だ。オクリーはドルドン神父の言葉が想像以上に魅力的なことに気づいてしまった。
オクリーはその提案が罠だと疑いつつも、何となく己の置かれた状況を理解して冷静さを取り戻していた。横のマリエッタに「早く手袋を取って身の潔白を証明しちゃいましょうよ」と突っつかれながら、オクリーは顎の下に手を当てる。
(正直何が何だか分からんけど……この左手を見られると邪教徒認定されてまずいっぽいんだよな。このままだと水掛け論になって、分かりやすい形で真偽を判別できる俺の左手を見せないといけなくなる。マケナさんもその手はあんまり見せるなって言ってたし、ドルドン神父は俺の左手を見た瞬間に邪教徒認定してきたわけだし……さて、どうするか……)
マリエッタはオクリーの裸を湯気越しに見たことがあるから、その左手に本当に異常がないものだと信じているのだろう。彼女にしてみれば、オクリーの左手を暴くことがそのまま神父の発言の嘘を決定づける簡単な方法である。だからこそマリエッタは何度も主張してくるのだ。
彼女の心情とは裏腹に厄介だった。強情を張って手袋を外さないのも手だが、ドルドン神父に仕向けられてマリエッタの言動は操られていた。神父の声に乗っかりでもしないと、彼女の声は消えやしない。
進めばドルドン神父が、退けば正教幹部ポーメットが待ち受ける絶体絶命。だが、もし選ぶとしたら神父の道の方が生存の可能性は高い。いや、手袋を外してポーメットの道を選べば生存確率は完全にゼロだ。
オクリー自身も知らないポーメットの地雷を回避し切るには、連続して針の穴に糸を通すような神憑り的直感が必要だった。
(このゴミ神父を取るか、清楚可憐な女騎士を取るか。……本当はポーメットさんとマリエッタの方に行きたいけど、俺の勘が『そっちに行くと神父より酷い目に遭う』って囁いてる)
――そして、オクリーにはその神憑り的な直感が備わっていた。
アーロスが記憶喪失になって腑抜けたオクリーを見捨てなかったのは、彼に元来から備わったこの特性を見込んでのことだ。
果たして常人はどちらを選ぶだろう。
ついさっき自分を犯そうとしてきた神父ドルドンか、仲の良い少女マリエッタと正義の味方である女騎士ポーメットの居る側か。
普通の人間は、恐怖と安心感に負けて後者を選ぶだろう。左手の秘密のことを冷静に考えることもせず、そうとは知らずに処刑の道を選択して後悔するはずだ。
だが、オクリーは記憶を失ってもやはりどこか異常な人間だった。彼は殺人鬼と共に生き残る道を選んだ。選べてしまった。
「――すみません、ドルドン神父の言う通りです。興奮しすぎて異常な言動を取ってしまったみたいで……申し訳ない」
「……え? オクリー、さん……?」
急に冷静になる青年。豹変した彼に対して素っ頓狂な声を上げたマリエッタは、何が起こっているのかさっぱり分からないという風に目を見開く。
「我々は三人で火遊びをしておりました」
「……!?」
「さ、三人……?」
女性組が困惑気味に声を上げる。
「俺と神父は、今天井裏に隠れている男と一緒にいました。あることないことでっち上げて、どうにか彼のことを逃がそうとしたのです」
「!?」
ポーメット、マリエッタ、ドルドン、そしてアレックス四名の声にならない驚愕の声が響き渡る。
アレックスは瞬時に考えた。何故オクリーに気づかれたのだ。いや、恐らく「左手を隠せ」と念じている際に気配でバレてしまったのだろう。そこまで理解したアレックスは、オクリーの発言に従うことで導かれる結末を高速思考で導き出す。
(――自分に必要なのは、オクリー先輩の邪教徒バレ及び死を回避することっす。ここで自分が飛び出して『第三者がいる』ことを決定づければ、真実と虚実が根底からひっくり返されて先輩の左手が検められることはない! つまり自分が今やるべき行動は――!!)
アレックスはわざと音を立てながら、天井裏から円卓の部屋まで下りてくる。
「なっ――」
誰もが硬直する。マリエッタは愕然として、ポーメットも理解が追いつかないと叫ぶように頭を抱える。ドルドンも不審者の乱入に言葉を失った。オクリーはアレックスの正体を全く知らず、正直彼が出てきたことに驚愕していた。この盤面を理解しているのはアレックスただ一人だった。
「さ、さーせーん……」
場を支配する長い長い沈黙。誰もアレックスのことを知らないのだから当然だ。何ならオクリーが一番驚いている。妙な気配は泥棒がいるせいだと思っていたくらいなのだから。
「そこの神父の指を怪我させたのも、オクリーせ……さんの服をビリビリに破いたのも自分っす〜……自分ちょっとワケありでぇ、危険なプレイしたのがバレたら捕まると思ってぇ……」
「…………」
偶然と必然の末に、アレックスはその一言で大小様々な嘘を全て背負った。こうなると、多少の矛盾があっても、当人同士が納得してしまえば、ポーメットは神父やオクリーを断罪する権利が無くなってしまう。
聖人君子ドルドン神父の犯罪歴など混乱の最中についてしまった嘘でしかないし、オクリーの左手の手袋は邪教徒と何の関係もない、ただの古傷を隠すための手袋。本人同士が「全て嘘だ」と言ってしまえば、先程までの発言は全て嘘になる。
疑わしきは罰せず。ポーメットも手を出せなかった。
ただ、これはこれで厄介なことになった。何せ、三人目の人物が出てきてしまった上に、それぞれの証言が具体的すぎたから。
特にドルドン神父に対するオクリーの発言は、作り話にしては妙に具体的な話であった。混乱気味のポーメットに深い疑念を落とすことになるだろう。
(か、帰りてぇ〜……! 矛盾がバレたらもっと面白いことになっちゃうっすよ〜! 死んじゃうっす〜!)
アレックスは邪教徒の拠点に戻ってしばらく眠りたくなるような、そんなどん底の晴れやかな気分になった。
 




