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五三話 スティーラ攻略法について


「スティーラ様の攻略方法ですって? そんな馬鹿な……いや、まずは身体を見せてくださいヨアンヌ様。怪我などはありませんか?」


 スティーラの攻略法を思いついたなどという爆弾発言を意識の外に置き、まずは彼女の身体の無事を確かめる。

 身体に触れられて少し嬉しそうに身をくねらせたヨアンヌは、「安心しろ、身体と薬指には傷一つついてない」と膝下までを覆うローブをたくしあげた。


 ヨアンヌは指輪を披露する際のように左手の薬指を差し出し、そしてローブの下の服がダメージを負っていないことを示す。身につけた服までは治癒できないため、胴体が無事だという彼女の言葉は正しそうだ。

 ただし右腕の部分の服が無くなっていたため、右腕に関しては何度か喪失と再生を繰り返したらしい。大地を砕き、山を崩壊させる程の戦いをしたにも関わらず、この程度の損傷で済んでしまうとは……戦闘センスが高すぎるのか?


「……はぁぁ、無事で良かった。ヨアンヌ様の身体はあなた一人のモノじゃないんですから、気をつけてくださいね」

「んふ。分かった」


 そういえば、大量出血や常人を超えた運動による内臓のダメージは無いのだろうか。血液は内臓ではなく骨髄で作られているため、血液を無限に回復できるヨアンヌにしてみれば俺の内臓は安全だと言って良いのかもしれないが……数十メートルを一息で跳躍したり、拳ひとつで大地を抉ったり、心臓にかかる負担が俺の比じゃない気がするんだが? 魔法のパワーで何とかしているんだろうか。


 ヨアンヌの無事を確認したところで、改めてスティーラ攻略方法について掘り下げてみることにした。


「先程スティーラ様を倒せると仰いましたが……魔法のないヨアンヌ様ではあの結界を突破することなんてできません。不可能ですよ」


 スティーラの結界を真正面から破ることのできる人間は、正教幹部序列一位のサレン・デピュティや教祖アーロスくらいなものだろう。魔法を吸収する結界をゴリ押しできるのはこの二人をおいて他にいない。

 両陣営のトップというだけあって、この二人の魔法は桁違いの拡張性と威力を有している。サレンの場合、全力の炎を一点照射すれば結界が耐えられなくなってスティーラは丸焼きになるだろうし、アーロスの場合は高密度の『影』が結界の吸収量を上回り破壊に至るはず。


 他には正教幹部序列四位のポーメット・ヨースターに可能性があるくらいか。彼女の魔法は『万物を切り裂く精神エネルギーの刃』を顕現させること。ポーメットの精神状態にもよるが、絶好調なら彼女の負ける姿は想像できない。

 フアンキロの魔法はどうなるか分からない。対象者を呪殺させる『鎖』がどういう判定になっているのかが問題だが――とにかく、攻撃的な魔法のないヨアンヌには無理なのだ。攻撃魔法のない者は、議論の余地すらないのだから。


「何だよ、冷たいな。アタシは結構確信を持ってるんだけどな」

「なら教えてくださいよ。どんな方法ならスティーラ様を倒せるのか」

「分かったよ」


 ヨアンヌ曰く、スティーラと戦うのは初めてだったが、『物理攻撃を反射し魔法攻撃を吸収する』という能力自体は何となく知っていたとのこと。

 物は試しだと右手でぶん殴ったところ、右腕の服が弾け飛び、右肘から先が破裂したらしい。ここで彼女は「純粋な物理攻撃は如何なる状況でも通用しない」と確認した。


 スティーラを掴んで投げようとすると五指が逆方向に折れ曲がる。上手く服を引っ掛けて放り投げても、地面に激突する衝撃を反射されるため本人には一切のダメージが通らない。あちこちに照射されたレーザーで雪が溶け、戦場が蒸し焼きのような灼熱になっても、彼女は汗ひとつ流さなかった。彼女の服を濡らすことすらできない。つまり彼女の防御壁は周囲の温度すら遮断し、恐らく水に溺れさせて窒息死を狙うことも叶わない――大体スティーラは抵抗もせずに溺死させられるような人間でもない――ということだ。

 戦えば戦うほど、ヨアンヌはその防御壁の完璧さに驚いたという。あくまで(・・・・)物理攻撃(・・・・)への(・・)耐性に(・・・)対しては(・・・・)、だが。


 ヨアンヌの言葉をそこまで聞いて、俺は首を傾げた。


「いや、ヨアンヌ様は魔法を使えないじゃありませんか」

「何を言う。使えるだろ?」


 ヨアンヌは再び降り始めた雪を手のひらの上に落としながら、腕時計を見るような形で右腕を前に差し出した。そのまま、隠し持っていたナイフによって右腕を切り落とす。ばしゃ、と膨大な量の血液が地面に流れ出た。


「一体何を」


 ヨアンヌは切断された右腕を自分の左手で振り回しながら、そのまま遠心力に任せて遠くに放り投げる。すかさず治癒魔法を発動し、彼女は己の肩口から右腕を再生させた。

 遠くに放り投げた右腕は瞬く間に紫色に変色し、最終的には黒々と炭化したような見た目になって腐りながら萎んでいく。風に吹かれると、外形の端から塵滓となって空気中へと消えていった。


 ヨアンヌは再生した新品の右手を握り締めながら言った。


治癒魔法だよ(・・・・・・)。これがあればスティーラの結界を突破できる」


 治癒魔法がスティーラの結界を破る手段に? 治癒魔法はどこまでも回復手段にしかならないはずだろう。しかし、何かが引っかかる。記憶を掘り起こして違和感の正体を(つまび)らかにしていくと、思考の隅に拷問部屋で見た景色が浮かんできた。

 ヨアンヌが俺の薬指部分から復活する際、どのような挙動を見せながら元々の肉体を押し退けるかを確認した人体実験の一幕が思い浮かぶ。俺の薬指部分からヨアンヌが肉体を生やした結果、生えてきた肉体に押し退けられて手の甲の一部が消失していたではないか。ヨアンヌの言わんとすることを理解して、俺は手を叩いた。


「私達が人体実験した際の現象を利用するということですか」


 物理法則を無視した魔法(・・)によって起こる不可思議かつ理不尽な現象。神経細胞や骨を虚空に伸ばし、肉付けするように血肉を満たし、元々の肉体を完璧に再現しなければならないからこそそれ(・・)は起こるのだ。

 元々在ったモノよりも魔法によって回復される肉体の方が優先度は高いのだろう。


「右腕が生えてくる座標とスティーラの座標が重なった時、偶然気づけたんだ。腕が再生し切った時、スティーラは指の一部を削られていて――アタシの腕は無事生えていた。どうやらスティーラの結界よりアタシの治癒魔法の方が優先順位は高いみたいだ。それを利用してスティーラを攻略する」

「しかし、治癒魔法による『押し退け』を発生させてスティーラ様を殺し切るのは難しいのでは? あの方も幹部の一員……肉片一つを残せば結局振り出しに戻ってしまいます。それどころか、種が割れてしまえば警戒されてその技が通じなくなるでしょう」

「問題はそれなんだよな! スティーラにアタシの身体の一部を食べさせて、胃の中に収まった瞬間治癒魔法をかけた結果ヤツの身体が全部押し退けられました――って、虫が良すぎるよな」


 それはそうだ。実現可能かはさておき、治癒魔法による攻略は依然『奥の手』として持っておく程度のものになるだろう。これを主力に真正面から戦えるというわけでもないし、いくらスティーラが人肉大好き女だからといってヨアンヌのお肉を食べてくれる確証もない。

 ヨアンヌが教団を裏切る際、戦力を削るための手土産として使えるくらいだろうな。それでもスティーラを殺せる可能性があるというだけで充分すぎるが。


「だからこの攻略法は最終手段なんだ。お互いの内臓を元に戻さないとこの作戦は最大火力を発揮できないし、基本は正教の連中に任せておくのが一番楽だな〜」

「いえ、手段を確保しておけるのは大きいですよ。よく思いつきましたね……」


 俺が思いつく手段なんて、爆弾を食わせて内側から吹き飛ばすとかそれくらいしかなかった。これに関しては実現性が皆無だからネタにもならない。

 そうか……弱キャラと評されているとはいえ、幹部を味方につけるとこんなに戦略の幅が広がるんだな。味方と言っても、報連相の発想が欠如している上、俺以外の全てを殺戮してやりたいという過激思想の持ち主なんだけど。


 ヨアンヌは例の一件以降、良い意味でも悪い意味でも頭の回転が早くなった。ちょっと頭の足りていない脳筋サイコ美少女から、何をするか分からないけど頼れるサイコ美少女に大変身だ。

 攻略法を共有し終わったヨアンヌは、北東支部の男衆が持ってきていた模擬刀を手に取った。


「アタシがここに来た理由はスティーラの弱点を探るためだ。そしてその目的はほぼ達成されたと言っていい」


 ヨアンヌは右手に剣を持ち、左手の平に何度か叩きつける。乾いた軽い音が響き渡り、具合を確かめたウルフカットの少女は切っ先を俺に突きつけてきた。


「オマエが北東支部に来た理由は何だ? 罰則の消化? 休養? 違うよな。これはあくまで上の言い分。オクリーの目的は教団最高峰の支部である北東支部から技術を盗み、強くなることだ」


 少女は模擬刀を俺の足元に投げつけると、白い歯を剥き出しにして笑った。


「アタシもオマエも休んでいる暇なんてない……計画に備えて日々を過ごすのみだ。さぁ、かかってこい。アタシが鍛え上げてやるよ」


 ――なるほど、組手の相手になってくれるのか。それはありがたい。俺は地面に突き刺さった剣を抜き放ち、粉吹雪が巻き起こり始めた世界の中でヨアンヌと正対する。

 ホイップは言っていた。幹部候補たる者、現幹部に一本を取れる程度には強くなっていないとダメだと。


「……よろしくお願いします」

「おう。治癒魔法が使えるから手加減しないぞ」


 刃の潰された模擬刀の上に、薄く均一に粉雪が積もっていた。瞼の上に風と雪が掠り、視界が歪に欠ける。睫毛が氷結しているようだ。風上側の表皮が体温を失い始め、白い吐息が色濃く変化する。剣の柄から鍔、刀身までを流し見て、剣の先にいる相手を睨めつけた。

 視界の先にいるのは、俺が深い愛の交わりを経験した相手――ヨアンヌ・サガミクス。この世界で最も愛する人間であり、いつか絶対に殺さなくてはならない相手だ。それこそ、ヨアンヌがスティーラに対する攻略法を企てていたように、俺も彼女の殺害方法を考案しておいて損はないだろう。


 粉雪の中でも瞬きひとつしない、翡翠の双眸。その螺旋状の瞳は俺を愛おしそうに見つめ、蛙を目の前にした蛇の如く睨みつけている。その唇には期待が浮かんでいた。

 彼女は全て知っているはずだ。俺が心の内でヨアンヌを殺そうとしていることを。アーロス寺院教団を滅ぼしたい目標は同じだが、ケネス正教を滅ぼしたいとは思っていないことを。このまま互いの計画に沿って進めば、避けようのない殺し合いが発生することさえも。


 彼女は口にしないだけだ。俺のことを知った上で泳がせているのだ。これは俺の想像になるが、「道中で別々の道を進むことになっても、最終的に隣に居てくれれば良い」と思っているのだろう。

 だが、その未来は来ない。来させやしない。俺はアーロス寺院教団を壊滅させ、この国を救う。ヨアンヌとの未来は考えることすらしない。そうした瞬間、記憶転移によって俺の自我が侵食されてしまうから。


 本当なら、もっと彼女を愛したい。俺達の未来を考えたい。でもダメなんだ。正気を保てなくなる。


(そういえば……ヨアンヌと勝負をするのは二回目になるのか)


 焦点を合わせた剣先の向こうに彼女は立っている。

 一度目の戦いは、お互いの進退と精神支配を賭けた狂気の臓器交換洗脳バトル。二度目の今日は、訓練の名を借りた本気の勝負。緊張感は前回の方が勝っていたが、純粋なフィジカルによる勝負になるため、彼女の狂愛を利用した勝利の確約というものが存在しない。

 ヨアンヌは治癒魔法の使用を盾に、俺を本気で潰しにかかってくるだろう。少なくとも半殺しにはしたいだろう。何故かって、俺の心を折って彼女自身の計画に引き込みたいからだ。訓練とは名ばかりで、割と本気の勝負になるかもしれない。


「――――」


 剣の上に積もった雪が崩れ落ちる。

 俺は威圧感を醸し出す少女に向かって模擬刀を全力で振り下ろす。全力全開、手応えのある一閃だった。これほど会心の一撃が繰り出せることは、今後の人生においても数えるくらいしかないだろう。

 しかし、手応えがない。虚無を切り裂いたまま、全ての動作を終えてしまう。次の瞬間、俺の鼻先を突っつく声があった。


「修羅場を潜ってきただけのことはあるな。良い素振りだったぞ」


 目の前で沈み込む剣。残心を終えて静止していたはずの剣の上に、厚底のブーツが乗っていた。おでこを人差し指で弾かれ、俺は呆気なく後退してしまう。


 やはり、幹部と一般人の間には覆し難い戦力差がある。

 それでも、彼女から一本をもぎ取るまでは絶対に辞められない。


 俺は立ちはだかる壁の大きさを実感しながら、剣だけを頼りに握り締めた。


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