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五二話 ヨアンヌ対スティーラ

 ホイップに抱えられながら、洞窟の天井の窪みを雲梯のように高速移動してヨアンヌの行方を探す。幹部同士なら勝手に戦えとは思うが、今のヨアンヌに戦われると困るのだ。俺の身体が人質に取られていると言っても過言じゃない。


 食堂エリアの方に向かうと、アレックスがヘラヘラ笑いながら俺達に手を振ってきた。


「オクリー先輩、マジ面白いことになってきたっすよ。ヨアンヌ様とスティーラ様、ガチの殺し合いするっぽいっすわ」

「面白いとか言ってる暇があったら止めろ。仮にどちらかが死んだら大問題だぞ」

「止めたかったのは山々なんすけどぉ、お二人さんやる気満々だったんで自分じゃ止められなかったっすよ」


 アレックスは俺達の後ろについてくる北東支部の教徒達と目を合わせ、うなじの辺りを申し訳なさそうに撫でる。俺はホイップにことわって地面に下ろしてもらい、アレックスに彼女達の所在を尋ねた。

 彼女達は朝礼を行った食堂エリアを後にすると、少し北に外れた地点で口論を始めたらしい。アレックス曰く、やれオクリーが何だと俺について言い争っていたとか。


「オクリー先輩って結構モテ男っすよね。いーなぁ! みんな口には出さないけどヨアンヌ様ってクソ美人っすよね! スティーラ様も言うまでもなく綺麗だし、自分も先輩みたいにモテてみたいなぁ!」

「お前一回黙れ……」


 ヒートアップしたヨアンヌとスティーラはもみくちゃになりながら頭上の岩盤をぶち破り、その勢いのまま屋外に飛び出した。洞窟内で戦えば崩落は免れないと僅かな理性が働いたのだろう――それでも拠点の一部は破壊されてしまっているが――彼女達は極寒の屋外で戦っているようだ。

 アレックスの報告を聞いたホイップは、押しかけた教徒達に「今日は屋外で戦闘訓練をするぞ!」と一言声をかけた。


「幹部同士の戦闘訓練(・・・・)なんて滅多に見られないじゃん!? さぁみんな外に出るよ!」


 恐らく本人同士の温度感的には本気の殺し合いなのだろうが……いまいち事の重大性を分かっていないホイップ達はそのように納得して、冷気渦巻く野天へと繰り出した。

 北東支部の出入口は複数箇所に渡って存在する。山の中腹に存在する出口から屋外に脱出すると、顔面を切りつけるような氷点下の風が叩きつけられた。


「寒っ」

「北東支部の人達はこんな寒さもへっちゃらそうっすよ! 凄いっすねぇ」


 俺の前を歩くホイップは平然とした様子で周囲を見渡し、腰の高さまで積もった雪を掻き分けてずんずん進んでいく。屈強な北東支部の男達は彼女に続いて雪を蹴り上げ、足跡を残して道を作る。

 失血の後の極寒は堪えるが、俺も勇気を振り絞って氷点下の露天に足を踏み出した。遥か遠くの景色は白んで見えにくいものの、戦闘音らしき轟音が雪景色の向こう側から木霊してくる。


「……そういえば、セレスティアは何処にいる? あの子も朝礼に行ってたはずだけど」

「セレスティア様は仲裁に入ってましたよ。……確かに何処に行ったんすかね? もしかして二人の戦いを止めるために割って入ってるとか――」


 アレックスとそんなことを言い合っていた直後、白い空気を割って何かが飛んできた。衝撃で雪原の表面が吹き飛ばされ、地吹雪が起こる。男衆から歓声のような声が上がり、俺とアレックスは顔を見合せた。

 じっと見つめると、彼は分からないと言った風に首を振る。俺の目には、謎の飛来物が人型の物体に見えた。服の色で言えば飛んできたのはセレスティアに思えるが――?


 積もった雪に穿たれた大穴を覗き込むと、鼻を突くような焦げ臭さが鼻腔を抉った。人肉が焼ける悪臭だ。一度知ってしまえば忘れられない、本能的に忌避してしまう特異的な刺激臭。甘く爛れた臭いが周囲に立ち込める中、穴付近の雪に神秘的な紅色が滲み始める。


「セレスティアか?」


 思わず呟く。湯気のような白煙が穴の中から湧き上がってきて、同時に真っ黒に焦げた手が這い出てくる。あっという間に致命的な大火傷が修復されていき、逆再生のように元々の肉体が形作られていく。

 やがて、セレスティアの形をした人間が闇堕ち衣装と共に復活する。彼女は雪の上で上体を起こすと、俺の差し出した手を握って立ち上がった。


「ありがとうございます……」

「スティーラ様にやられたのか?」

「ヨアンヌとスティーラの間に割って入ろうとしたのですが……スティーラに全力で薙ぎ払われました。防御しなければ消し炭になるところでしたよ」


 あっけらかんとした様子で言い放つセレスティア。二人の戦いを止めようとしたが、相性の悪いスティーラにやられたわけか。

 スティーラは物理攻撃を反射する上に、魔法攻撃を吸収して熱線のエネルギー源にしてしまう。物理攻撃手段を持たず、かといってスティーラの吸収許容量を超えるほどの超火力が出せるわけでもないセレスティア。彼女がこの戦いを止めるのは難しかっただろう。


 視界不良の中、未だに轟音は続いている。右かと思えば左から。上かと思えば地面の中から。地震と轟音が不定期に発生し、俺達の間には異様なほどの緊張が走っていた。

 ふと、セレスティアが空に向かって空気弾を放つ。一瞬の突風が雪を巻き上げ、俺達の上着をばたばたとはためかせた。


「少々お待ちください。雲を晴らします」


 上空に手を掲げるセレスティア。キャンバスに筆を走らせるように、彼女は指を動かした。粉雪を押し退けながら上昇した空気の塊が放射状に飛散し、雪を降らせていた分厚い雲を晴らしていく。刹那、眩い陽光が大地に降り注いだ。

 視界を曇らせていた暗雲や粉雪は消え果てて、空気中に舞う雪の結晶がキラキラと輝いている。粉雪による視界不良に悩まされていた俺達と違い、容易く天候を変えてしまえる幹部の力に内心戦慄(わなな)いてしまう。


 半径数キロ程度の範囲が晴れになったのだろうか。セレスティアを中心に現在進行形で雲が消えており、最終的には周辺の山の向こうまで快晴に変わりそうだ。

 そんな中、天候の切れ目で戦う二人の姿を確認したセレスティアがあっと声を上げる。


「向こうです! あの丘の上――」


 遥か遠い場所で死闘を繰り広げるヨアンヌとスティーラ。ヨアンヌの漆黒のローブが空をジグザグに飛び回り、地上に腰を据えるスティーラが四方八方に熱線を薙ぎ払う。雪の大地が(・・・・・)沸騰し(・・・)、地面の色が溶岩じみた赤黒さを帯びている。遠くにいる俺達は、灼熱の大地と化した遠方をただ眺めることしかできなかった。


「止められそうもないっすね。アレはもうダメな感じっす」


 陽炎の向こうで戦う俺の内臓(ヨアンヌ)を見て、俺は口を押さえてがたがたと震えてしまう。他人に己の命を賭ける経験は初めてに近い。これまでは俺自身がリスクを負う状況が多かったが……よりによってヨアンヌに俺の命を人質に取られているのは気が狂いそうだった。


(確かにスティーラの食欲はおかしいが、距離を置くか無視すれば済むことじゃないか! 俺のためにそこまで怒ってくれるなヨアンヌ、お前が戦う時は今じゃない……!)


 ヨアンヌの実力は両陣営の幹部一四人の中でも下位に位置している。ホイップや俺が逆立ちしても敵う存在じゃないのは言わずもがなだが――非戦闘員のフアンキロはともかく、『弱キャラ』と評されるセレスティアよりも実質的な戦闘力は下回るだろう。

 まず、ヨアンヌには『魔法』がない。彼女の幹部としての特徴は『爆発的な治癒魔法』と『自分の肉片の感知能力』と『怪力』くらいだ。爆発的な治癒魔法に関しては数十キロに及ぶ長射程を有するが、使い道は『転送』による奇襲や逃亡くらいだ。確かに分かりやすい強さではあるが、何でもありなアーロスなどと比べると圧倒的にスペックが足りていない。


 『肉片の感知能力』は、マーカー役を作ることで岩石の投擲の脅威度を上げられる。しかしこれもポークの『ゾンビ使役』の能力より使い所が限られるし、今の所は俺の行動を制限する能力にしかなっていない。無論、その制限が最悪過ぎるのだが――

 ヨアンヌの『怪力』は言うまでもなく地味だ。そのパンチは大地に亀裂を走らせ、全力の攻撃は山脈を容易く崩壊させられるだろう。だが、それが(・・・)何だと(・・・)言うのか(・・・・)。当たらなければ何も起こらない。反射されれば逆に致命的――いや間違いなく消し炭になる。


 回復力は随一だが、防御力はワーストクラス。機動力も高くはない。攻撃力の平均値は低く、選択肢としては岩石の投擲や肉弾戦の二択のみ。

 俺のような一般人からすれば充分過ぎるスペックだが、やはり彼女のスペックはスティーラのような上位の戦闘力を有する幹部との戦いになると厳しいものがある。


「うわ〜、スティーラちゃんが押してる! 頑張れ〜!」

「うおおお! 夕食賭けてんだ、ヨアンヌ様をぶっ飛ばしちゃってくだせェ!」


 視界の中央で、熱線に薙ぎ払われたヨアンヌが吹き飛ぶ。あぁ、見ていられない。ギリギリ避けたのか? どうやらヨアンヌは無傷のようで、何度も攻撃を仕掛けては躱されていた。

 心臓が悲鳴を上げている。高揚している。緊張している。吐き気がする。何故俺はこんな地獄を見させられているんだ。


(ヨアンヌ……魔法のないお前じゃ無理だ。不意打ちによる殺害だって難しい。何せ相手は理不尽な『反射』持ち……俺のために怒ってくれたのは本当に嬉しいよ。だが、引き際を弁えろヨアンヌ。俺の他我と一体化したなら、勝ち目のない戦いだって分かるだろう……!?)


 俺という恋人を傷付けられて怒り狂うヨアンヌ。確かにその行為自体には擽ったい喜ばしさがある。お前はそんなに俺が大事なのか?

 分かりきっていた彼女の恋心だが、いざ行動で示されると複雑な気分にさせられる。


 スティーラのスペックは純粋な戦闘力で見れば圧倒的だ。まず、全身に張り巡らされた魔法の『結界』。これは全ての物理攻撃を完全に反射する効果がある。『弾除けの加護』を有するセレスティアの完全上位互換と言える性能をしており、弾丸や弓矢はおろか、メイスでの打撃なり剣戟なりの攻撃を全て相手に反射してしまう。

 物理攻撃に対する耐性は、彼女に対する攻撃全てに反応する。そのため、意識外からの攻撃だろうが自然災害だろうが隕石だろうが反射(・・)する。問答無用で自動的に反射されるのだ。自分の力が強ければ強いほど反射の威力は増大するため、実力のある者ほどスティーラを倒すことは難しいだろう。


 スティーラの『結界』の能力は、物理耐性だけでなく魔法への耐性も与えてしまっていた。彼女に向けられた魔法は全て吸収され、今まさに猛威を振るっている熱線のエネルギー源となる。つまり、彼女への魔法攻撃は反撃の熱線の威力を高めてしまうのだ。


 魔法を吸収していないため、今の熱線の威力は控えめになっているようだが――とにかくヨアンヌの勝てる相手じゃない。

 俺は土壌が剥き出しになった大地を走り出す。目指すはヨアンヌとスティーラの狭間だ。俺以外の足音がついてくるので隣を見ると、セレスティアが併走していた。


「セレスティア……」

「既にいくつもの山が崩壊しています。戦いを止めなければ、北東支部が崩壊してしまうでしょう」

「俺は二人を説得する。セレスティアはスティーラの熱線を何とか食い止めてくれるか?」

「ええ。逸らすくらいなら訳ありません」


 沸騰した地面を避け、熱気渦巻く大地を走る。目と鼻の先で熱線が暴れ狂う。紙一重で熱線を回避して回るヨアンヌだが、彼女の顔には滝のような汗が流れていた。

 この均衡は今すぐに崩れてしまう。そう直感した俺は、結界と熱線で暴れ回るスティーラの前に飛び出して注意を引いた。ゴスロリの少女は反射的に熱線を放射する。セレスティアが熱線を逸らしてくれると信じて、俺は目を閉じた。


「オクリー!? バッカ野郎――」


 地面に膝を着いたヨアンヌが叫ぶ。刹那、俺の目前で熱線が屈折する。逸らされた熱源は地平線へと飛んでいき、景色の中で沈黙していた山を消失させた。

 俺が間に入ってから、しばしの沈黙が流れる。スティーラの瞳は異様な執着心を孕んでいた。ヨアンヌの思う通り、一度殺さないとダメだと思えるほどに。それはセレスティアの目から見ても明らかなようで、彼女の心象がヨアンヌ側に流れていくのが分かった。


「……セレスティア、ヨアンヌ、どいて。……食べたくて仕方ないの」


 セレスティアとヨアンヌが顔を見合わせる。とんだじゃじゃ馬、いや気狂いだ。こいつを乗りこなせるアーロスの影響力が凄すぎる。

 戦況が膠着する中、遠くで見守っていたホイップ達が駆け寄ってきた。ホイップはスティーラをあやすように抱き締めると、俺の顔を一瞥した。


「はいみんな〜、ヨアンヌちゃんとスティーラちゃんによる演武はここでおしまい! なんか終盤はガチの殺し合いにヒートアップしてたっぽいけど、刺激は貰えたよね!? みんなもこんな幹部になれるよう自己研鑽に努めよう!!」


 やっと状況を理解してくれたらしいホイップがこの場を収めると、彼女はぶつぶつと何かを呟くスティーラを連れてどこかに歩いていった。

 賭け事をしていた男衆は特に気に留めることもなく、それぞれ素振りや組手などを開始する。一部の連中は賭けに勝てたのに、と泣き言を言っていたが、しばらくすると戦闘訓練に励み出した。


 俺は皆から離れた場所に行き、何故こんな愚行を犯したのかヨアンヌを問い詰める。

 いくら怒り狂っていたとしても、スティーラに戦いを挑むべきじゃなかった。そのように発言したところ、ヨアンヌはやけに冷静に首を振った。


「おいオクリー、確かにアタシは本気でイラついてたし、オクリーを食おうとしたあの女を本気で消してやりたかった。だが、アタシの怒りなんてのはあくまで本気で殺し合いをするための理由付けさ。あの時間はスティーラの攻略法を探す時間に当てていた」

「……!?」

「攻略法自体は思いついた。……それが実現可能かは置いといてな。ま、オマエとアタシの蛮行も役に立ったってことさ」


 ヨアンヌはそう言うと、スティーラ攻略の糸口を発見したことをほくそ笑んでいた。


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