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四七話 肉料理は美味しい


 拠点は自然の洞窟地形を利用していて、所々人の手が加わって拡張されていた。

 ホイップ達に深部に招かれている最中に聞いたところ、北東支部に人間生産施設はないらしい。北東支部はあくまで超攻撃的かつ策略的な拠点であり、諜報活動や戦争以外にリソースを割いていないわけだ。


 原作中で北東支部の中を探索することは可能だったが、その条件が完璧に整うのは闇堕ち&アーロスルート突入時のみ。正史ルートでは細かな探検が不可能なため、北東支部自体にインパクトはあっても「他のところに比べて拠点が小さかったなぁ」程度の印象しかなかった。

 その時のマップも覚えていないわけではない。ただ、時期が違うためか記憶の中の構造と今見ている構造が若干一致しない。


「みんなこっちこっち〜」


 キラキラ美少女のホイップ=ファニータスクが食堂エリアに案内してくれる。つい先程思い出したのだが、ホイップは原作中にチョイ役で登場していた。

 原作中で『メリー・ヘンダーランド』とかいう名前で登場していたから最初は気付けなかったのだ。登場場所が正教側の土地だったため、今になって考えれば偽名を使っていたのだろうが――


 一言で言えばコイツはカスだ。人の良さそうな顔をしておきながら、スパイとして潜入した街で要人を殺しまくっていた。ハニトラ、偽名、変装――ケネス正教の修道服を着ているのはその名残か――ホイップはあらゆる手を使って正教サイドを掻き乱していたのだ。

 最終的には不穏に気付いた主人公に殺される結末を迎えるのだが……彼女に殺された正教の要人は数知れず。正教幹部候補を殺したことさえあるため、その実力を鑑みれば彼女の貢献度が高いのも納得である。


 どれくらい強いかと言えば、スティーラが評した通り『一般人最強クラス』。ネット掲示板に集った熱心なファン曰く、非幹部ながら原作最強キャラランキングにランクインする程の実力を兼ね備えているらしい。

 俺はそういう最強議論に懐疑的な派閥だが、ともかくホイップの実力が常人離れしていることは確かだ。こういう実力者がチョイ役で消費されてしまう辺り、邪教徒側の層の厚さが垣間見える。


(順当に行けば、ヨアンヌの跡を継ぐのが俺、スティーラの跡を継ぐのがホイップになるのかな? 幹部連中が死ぬなんて考えられないけど……)


 拠点と言うよりは秘密基地のような非効率的な構造の北東支部を進んでいくと、剥き出しの岩盤の上に几帳面に並べられた長机と長椅子があった。

 続々と椅子に座り始める北東支部の男達。空いた一角に俺達が着席すると、ホイップが前面に出て「注目!」と快活に叫んだ。


「皆さぁん、本日は素敵な仲間達が聖地メタシムよりお越しになられました! パチパチパチ〜!」


 白い歯を見せて快活に両手を叩くホイップ。北東支部の男達が笑顔混じりで乱暴に喝采を送る。スティーラもそれに合わせて、五指を添い合わせるようにして軽く拍手していた。

 続けて、湯気を上げる出来たての料理がテーブルに運び込まれてくる。場違いなパーティに誘われたような感じだ。彼らの異質な雰囲気に置いてきぼりにされている。ただ、俺の左隣のアレックスや右隣のヨアンヌは、北東支部の雰囲気に気圧されることなく料理に目を奪われていた。


「うひょ〜! 美味そ〜!」


 アレックスが待ちかねたと言わんばかりに涎を垂らす。ヨアンヌは俺の方をチラチラと見ながら、くぅ、と小さく鳴った腹部を恥ずかしそうに(さす)った。


「――ヨアンヌ様」

「な、何だよ」

「……いえ、隙だらけだなと思いまして」

「うるさい……」


 一瞬、俺の目の奥に肉欲に似た衝動が迸る。ヨアンヌの痩せた鼠径部や、浮き出た肋骨の下の鳩尾、薄ら縦に伸びた臍部に耳を当てて、彼女の消化器官の音を聴いていたいという彼女由来の(・・・・・)欲望だ。

 いつまでも、いつまでも追いかけてくる。どれだけ抗おうとも、削れていった俺の心は決して回復はしない。


 照れ臭そうに目を背けていた彼女だったが、他我に塗り潰されそうになる俺の匂いを感じ取って目を見開く。悪魔のような笑みが零れていた。

 意識が途切れそうになるほどの情欲を深呼吸によって圧殺した俺は、目の前の料理に意識を集中させる。まだ堪えられるが、生殺しの現状は死ぬほど辛い。早く全員殺さないと。準備に時間がかかりすぎて、苛立ちが募る。


「これが私達なりの歓迎ってことで、他支部から来た皆さんはスティーラ様(・・・・・・)仕込みの(・・・・)料理を味わっちゃってください!」


 ヨアンヌの悪意から目を逸らしながら、ホイップの声に耳を傾ける。スティーラ仕込みの料理――あまりにも安易な予想ができてしまう。


(――これ、人肉料理じゃないよな。スティーラの部下達もカニバリズムを拗らせた奴らなんじゃないかと考えてしまう……)


 この世界じゃ肉は希少だ。長期保存に適した塩漬けや燻製肉にする都合で、よくある骨付き肉にむしゃぶりついて舌鼓――なんてのは夢のまた夢。ちゃんとした肉料理なんてのは、片手で数えられるほどしか食べたことがない。

 だが、我らアーロス寺院教団には『新鮮な肉体』を提供できる環境が整っているし、その肉を提供されても美味しく頂くことのできる土壌が出来上がってしまっている。


 無警戒なアレックスはともかく、ヨアンヌはこの料理の素材に気付いていないのだろうか。この女なら「美味しければどうでもいいだろ」とか言いそうだが……。


「それじゃ皆さん! 新たな出会いに乾杯〜!」


 一斉にコップが掲げられ、容器の割れるような音があちこちで炸裂する。乾杯の音頭を取ったホイップが俺の真正面にやってきて、コップの中身の赤黒い液体を煽った。

 豪勢な料理を前にして頬がふやけているホイップは、俺の顔を覗き込むようにして口を開く。


「オクリーちゃん、きみの話は色々と聞いてるよ。私お話したくて堪らなかったんだから〜」

「ホイップ=ファニータスク……俺もお前のことを知ってるよ。身体の中に蟲を仕込んでるイカレ人間なんだってな」

「私的には、この蟲ちゃんも可愛い家族なんだけどな? 名前もあるんだよ、ミルクちゃんって言うんだけど!」


 そう言ったホイップは舌を出して照れるような仕草を見せると同時、口端から蟲の触覚をはみ出させた。彼女の喉奥からキチキチという擦り合わせるような金属音が聞こえてくる。

 上腕ほどの長さを誇る蟲の触覚が目の前に出てきて、アレックスはギャッと悲鳴を上げながら飛び退く。アレックスが瞠目する中、オレンジ色の光沢を持つ歪な触覚が彼女の口の中に引っ込んでいった。


「な、な、なんすかソレ、む、ムカデにしてはデカすぎっすよぉ……」

「ムカデじゃなくてミルクちゃんだよ〜」


 アレックスが苦笑いしながら質問したが、ホイップはあっけらかんと返答した。

 そう、これがホイップ=ファニータスクの常軌を逸した強さの要因。身体の中に蟲を寄生させ、その蟲と神経を共有することによって、普通の人間を超えた瞬発力、敏捷性、筋力を得ているのだ。また、確かあの蟲自体にも強酸性の体液が流れているため、条件さえ揃えば幹部クラスの人間を溶かして殺害することも可能だろう。


 しかし、キラキラしいたけ目の美少女の身体から蟲が出てくるのは形容しがたいほど不快である。俺が彼女を思い出せたのは、このインパクトのお陰だろうな。

 ホイップは手に持ったフォークで謎肉を突き刺す。表皮を貫く際、ぷちりと弾力のある音がした。


「最初に聞きたいんだけどさ〜……やっぱりオクリーちゃんとヨアンヌちゃんって付き合ってる感じなの?」

「不釣り合いだとは思うけど、俺達はそういう関係になる」


 ちらりとヨアンヌを見る。彼女はホイップの体内に潜む蟲に驚かなかった。既に知っていたのか、単純に興味が無かったのか――それはさておき、彼女は二人の関係を公言した俺にご満悦そうな表情である。


「こっちからも質問していいかな? ……この料理に入ってる肉は何だ?」

「味付けは濃いかもしれないけど美味しいよ?」

「味を聞いてるわけじゃない、素材の方を聞いてるんだ」


 視界の端では、スティーラが目を細めて肉料理に舌鼓を打っていた。そんなゴスロリ少女を一瞥した後、ホイップは首を傾げながら微笑んだ。


「人の肉だけど、何か問題ある?」


 その言葉を聞いた途端、肉を頬張っていたアレックスが吹き出す。完全にドン引きしていたが、美味い美味いと食べまくっている以上素材に関してはフォローするしかなかったようだ。アレックスはえずきながら適当なことを並べ立てた。


「え、え〜!? 全然そうは思えなかったっすよ! 結構いけるもんすねぇ、人の肉ぅ!?」


 当然その言葉にスティーラは反応する。


「……あら、あなたセンスあるのね」

「あざっす! ま、まぁ、美味しくて栄養があればどんな肉でもいいんじゃないすかね?」


 煽てられたアレックスは、ガンギマリスマイルで料理を口に運んでいった。


 美味しければ良いとか栄養価が高ければ良いとか、生憎俺はそういう大雑把な性格をしていない。虫食よりも遥かに凄まじい嫌悪感が伴っていた。

 俺は肉体置換フェチに目覚めかけているが、それとこれとは別問題だ。そのラインを超えてしまえば、また別の角度から元々の人間性を侵食されることになるだろう。食人や殺人に対する心理的障壁を段階的に取り払っていくことで教団は化け物を育ててきた。この人肉料理はその狂気的方針の表れだ。


 少し助かったのは、ヨアンヌが若干の忌避感を露わにしていたことか。俺の精神が影響しているのかもしれない。とにかく、目上の者が渋い顔をしていれば部下の俺も食人を断る理由にできる。俺は密かにヨアンヌの言動に期待していたが、彼女は俺の視線を勘違いしたのか――


「はむっ」


 意を決したかのように肉にかぶりついた。そのまま数回に渡って舌の上で肉を転がすと、口の中のものを一気に嚥下した。


「ん〜、まあ、食わず嫌いするほどじゃないって感じだな。普通に行ける。進んで食べるようにはなりたくないがな」


 食わず嫌い。この状況下では最高に嫌な言葉だ。

 そもそも人肉を強要するなよと思わないでもない。俺についてきたアレックス以外の邪教徒が普通にドン引きしていたので、何とか俺の体裁は保たれた。


 誤魔化すように飲料で唇を濡らしていると、モリモリ食べまくるホイップが口元に触覚を覗かせながら指を立てる。


「――北東支部の掟、その一。至高の七人の命令は絶対。その二、貴重な資源は無駄にしない。燃料、食料、水、建材、獣皮、人材、骨、あらゆる資源を無駄にしちゃダメなのよ、オクリーちゃん」


 資源の乏しい極寒の大地において、食料は大変貴重な資源である。北東支部の性質上、敵味方問わず死にまくるだろうし、こうなるのは仕方のないことなんだろう。


 孕み袋の中で育てられている最中も得体の知れない薬品で育てられたわけだし、今更躊躇う必要なんてないのかもしれない。

 俺は口角を上げ、咥内の接触面積がなるべく少なくなるようにして肉に歯を立てた。新鮮な肉だ。普通に美味しかった。最悪の気分だった。スティーラの目が細められ、その唇が初めて弓なりに歪むのが見えた。


「まあ、肉だな。それだけだ」

「そりゃコレは肉だよぉオクリーちゃん」


 ケラケラと笑うホイップと北東支部の男達。一気に気分が悪くなってきた俺を他所に、スティーラが纏めに入る。


「……スティーラが聞いた話だと、教団の総勢が少なかった頃はこうして全員で食卓を囲んでいたそうよ。……皆でこうして団欒できるのは良いものね」


 何が良いものか。ディストピア飯だ。


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