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四五話 馬車の揺れでケツが四つに割れる


 北東支部へ異動する日になった。


「あ、オクリー君はそろそろ異動なのか。頑張ってね〜応援してるわよ〜」


 フアンキロには軽くいなされ――


「更にキミが強化されるって思うとぞっとするね」


 ポークには割と酷い手向けの言葉を頂くことになった。


 聖地メタシムに残るのは、アーロス、ポーク、フアンキロの三名。既にシャディクは他支部に移動しており、俺と共に北東支部に赴くのはヨアンヌ、スティーラ、セレスティア。幹部大集合の日々はどこへやら、随分と寂しく感じさせられることになりそうだ。

 北東支部が元々の持ち場だったスティーラはともかく、セレスティアが俺達についてくる理由は分からない。ただ、セレスティアを監視下に置けるというのは相応の利点があるように思える。


 その数にして幹部三人の大移動となったわけだが、幹部以外にも北東支部について行きたいという教徒が現れた。何でも、俺の実績に感銘を受けたらしい教徒が数名。

 そんな馬鹿なと言いたくなったが、確かに俺の実績は不本意ながら相当のものだ。北東支部で自己研鑽しつつ、将来の幹部候補に取り入ろうとするのは不思議なことではない。


 ポークの操り人形になっていたスティーブの件があるので、決して心を開くまいと内心思っているわけだが……そんなわけで、俺達は馬車に乗せられて北東支部へ移動し始めた。

 古城拠点を介して一週間以上の旅路だ。幹部の中でも特に高速の移動手段を有するセレスティアは、空を飛んで早々に北東支部へと消えていった。


 生首を遠距離投擲することで実質的な遠距離移動が可能なヨアンヌは、わざわざ俺と同じ馬車に乗って長旅に揺られるつもりのようだ。彼女は俺の腕に絡みついてきて一言も話さない。先日の様子が嘘のように、すっかり静まり返っている。


「……二人共、何か変わった?」

「ええ、まぁ」

「……どちらかと言うと、ヨアンヌが変わった?」

「そうかもしれません」


 同乗していたスティーラがその様子を見かねて話しかけてくるが、いまいち話は盛り上がらない。この三人の間(濃いメンバー)で会話に花が咲いてどうなるんだって話だが、残り一週間の旅路をこの気まずい密室の中で過ごさなければならないのだと思うと先が思いやられる。


 ヨアンヌは人が変わった。比喩ではなく本質的にだ。記憶転移のヒントすら与えたくないので、スティーラとの会話はこれで終わりにしようと無愛想な受け答えに徹する。

 スティーラにも「空気を読む」という感覚はあるらしく、ぎこちない雰囲気と続かない会話に視線がやや泳ぎがちだった。俺ではなく、俺に纏わりつくヨアンヌに視線を奪われているようである。


「……スティーラの知っているヨアンヌは、そんな表情をする女の子じゃなかった」

「?」

「……少し前までは、ケネス正教徒の殲滅とアーロス様への貢献、たまに四肢切断のことを考えるだけの普通の女の子だった……」

「それはまぁ……普通――ですね」


 邪教徒基準なら普通かもしれない。俺的には先程の話を切り上げたつもりだったのだが、スティーラはヨアンヌの様子がよほど気になっているらしく、彼女は羨望と嫉妬の入り混じった視線を向けていた。向かい合った鉄仮面の頬が、少しだけ朱に染まっているような気がする。

 ヨアンヌからも何か言ってやってくれよと助けを求めようとしたが、彼女は俺の肩に寄り掛かってすやすやと寝息を立てていた。このような場所での寝落ちに、俺だけでなくスティーラも驚きを隠せない様子。しみじみと彼女は呟く。変わったな、と。


「……スティーラは、食べることでしか人間を理解できない。……耳に入ってくる言葉は仮初(かりそめ)のもので、信じられるのは自分の味覚だけだった。……元々のヨアンヌも、切り刻んで閉じ込めることで理解を深めていく子だったのに……」


 窓の外を見るスティーラ。以前のヨアンヌは四肢をブチ切って監禁しないとダメな性癖持ちだったが、今は普通の恋の仕方も半分くらいは覚えられたのだ。スティーラだって変われなくはない、とは思う。

 もちろん、意図的にヨアンヌの心を変えるために多大な犠牲を払った。スティーラの心を変えるために何が必要になるかは分からない。ひょっとすると、ヨアンヌよりも血肉をばら撒かないとダメかもな。


「……そういえば、ヨアンヌの様子が激変したのはオクリーと心臓を取り替えてからだった気がする。……長期間の臓器移植で体調不良や性格の変化が現れることはないの?」

「今のところは確認できていませんね。私とヨアンヌ様はもちろんですが、ヨアンヌ様とセレスティアの中身を交換しても特に変化は確認出来ませんでしたから」


 咄嗟の機転で嘘をつく。スティーラには俺達の内臓全交換が既にバレているため、あくまで俺達二人のコミュニケーション故にこうなったと騙しておかないとまずい。

 記憶転移という副産物が人の精神に異常を齎すと明らかになれば、スティーラ・ポーク・フアンキロのメスが入るに決まっているのだから。


「……そう。……ヨアンヌのように変わってみたかったけど、残念」


 彼女なりに憧れがあるのだろうか。スティーラはそれだけ言うと、そっぽを向いて黙然と景色を眺め始めた。

 スティーラは邪教幹部という立場だが、年齢的には恋に恋する歳頃だ。恋に狂ったヨアンヌの変化を見て羨んでいるのだろう。


(……スティーラ・ベルモンド。人を食うこと以外は興味なしだと思っていたが、よく分からん女だな)


 俺は漆黒のゴスロリ少女から目を離し、彼女と反対方向の景色を眺め始めた。

 北東支部拠点を擁する遥か北の大地は、極寒の冬季と厳しい大自然が待ち構える死の領域だ。一年を通して雪が溶け切ることはなく、夜間の気温が氷点下を下回ることも珍しくない。そのため、北東支部の拠点は寒さを凌げるように地下洞窟内に建造されており、その構成人数も古城拠点や聖地メタシムに比べると小規模である。


 しかし、北東支部に在籍する教徒は少数精鋭という言葉の似合う人間ばかりだ。過酷な環境に適応できる屈強な若者、他国からやってきた傭兵、元正教徒の兵士――血肉に飢えた教徒が戦いに明け暮れるための場所が北東支部と言っても良い。

 北東支部の教徒は、一般人基準なら最高水準の戦闘力を備えている。たとえ戦闘能力に秀でていなくとも、スパイとしての能力や一芸に特化した力のある者がほとんど。普通の人間(・・・・・)は北東支部に存在しないのだ。俺を成長させるにはこれ以上ない良い環境だろう。土地柄故に正教の軍隊が侵攻してくることも考えにくいし、過酷すぎること以外は相当優れている。


 視線の先にある険しい山峰の遥か向こう側に、件の北東支部があるらしい。空を飛んで目的地に向かったセレスティアは凍えていないだろうか。

 あの子は風を纏って冷気を遮断できるから大丈夫かもしれないが……そういえば、セレスティアは北東支部の場所を知っているのか。そりゃ先駆けて北東支部に飛んでいるわけだから、知ってなきゃおかしいんだが――孕み袋の秘密だけでなく、拠点の場所までセレスティアに伝えてしまっているのか。別に教団のことを心配するわけじゃないが、そこまでやって大丈夫なのかと思ってしまう。


(……セレスティアの洗脳が解けたら、あらゆる機密情報が正教側に渡ることになる。人間生産施設の場所、フアンキロの名前や能力、各拠点の場所――)


 慎重派のアーロスやフアンキロが『洗脳返し』の存在を知らないから、あれだけの重要情報を惜しみなく伝えているのかもしれない。

 確かに、正教幹部を見渡した時、フアンキロのような搦手に特化した能力使いは皆無だ。序列一位から七位まで直接戦闘に秀でた者しかいない。直接的に相手の精神に干渉する正教幹部がいないのだから、『洗脳返し』についてノーマークになるのは仕方ない気がする。


 科学より魔法の発達したこの世界では、科学的分析による発見よりも経験則による発見の方が多いはずだ。人間の身体が電流に反応する、という知識はそれほど――ひょっとすると全く――浸透していないだろう。

 つまり、雷使いの(・・・・)幹部クレス(・・・・・)のみが(・・・)電撃による『洗脳返し』に行き着ける可能性があった。クレスが己の能力を分析し、生体組織が電気刺激に反応することを突き止め、その電撃によって脳の支配すら可能なことに気付けたのであれば――の話だが。


 正教幹部クレスは筋肉ダルマで頭の回らなそうな見た目ではあるが、序列三位の実力は伊達じゃない。原作中ではアルフィーの師匠役だったこともあって、彼の能力が『雷の力を纏う』だけじゃないのは俺もよく知るところだ。

 この世界のクレスがどこまで己の能力を理解しているかは分からないが、恐らく『洗脳返し』に近いところまでは辿り着いているだろう。彼は頭が良い。俺はクレスを信じることにした。


(普通、魔法が手に入ったら能力の限界や拡張性を死ぬほど調べるもんな。クレスならやってくれるはずだ……多分)


 思考を巡らせていると、出発から三時間が経過していた。スティーラは相変わらず窓の外の景色を真顔で眺めている。

 幹部の目の前で(いびき)を掻く度胸はない。……あるにはあるが、無駄な不和を起こす必要がないので睡眠は我慢するしかなかった。だが、余りにも無言の空気が苦痛なため、俺はとうとう口を開いてしまった。


「スティーラ様は北東支部の管理をしていらしたのですよね」

「……? ……普段はそうだけど、何か?」

「どのような人が北東支部にいるのでしょうか?」


 本来の北東支部長はスティーラだが、彼女は国を飛び回っていて支部を開けていることが多い。故に、代理の形で『誰か』が北東支部を管理しているはずなのだ。

 ただ、原作中にそのような邪教徒は出てこなかった。名無しモブでやけに強い邪教徒がたまに出てくる時はあるが、やはり原作の価値観は幹部かそれ以外か――で判断されることが多かったように思える。

 あくまでモブはモブ。どれだけ強かろうと暗躍しようと、首をへし折られて再起不能になるなら雑魚である。そういう描写が多かったからな。


「……北東支部にいるのは、普通の人達。……時々いわれなき評判が立っているけれど、皆良い子達」


 スティーラの普通は信用できないね。


「……北東支部長の代理を務めているのは、ホイップ=ファニータスク。……ただの人間にしては腕の立つ子。……スティーラにとても友好的で、友達のように接してくれる」


 ホイップ=ファニータスク……聞いたことのない名前だ。もしかすると原作中で活躍していたかもしれないが、今の俺が思い出せない程度のそれだ。

 そんな俺の反応に対して、スティーラはどこか柔和な雰囲気を醸していた。彼女の仏頂面はあまり変化していなかったのに――スカイブルーの瞳は確かな柔らかさを帯びていた。彼女なりに大切に思っている仲間なのかもしれない。


「……戦闘能力に関しては、普通の人間なら誰も及ばない領域。……寺院教団への貢献度で言えば、オクリーとトントンってところかしら」


 俺と同程度は教団に貢献しているだって? それは筋金入りの邪教徒に違いない。何とかして名前ありの一般邪教徒を少しずつ思い出しているのだが、ホイップなんて名前は記憶の中でもヒットしなかった。

 偽名か? 顔を見ればひょっとすると分かるかもしれない。インパクトの強い一般邪教徒もいないわけではないからな。


「流石は北東支部長代理、手練なのですね」

「……あの子はまだまだよ。……幹部になる前のスティーラより弱いんだから」


 少しだけ嬉しそうに唇を割るスティーラ。彼女はそんな調子で他の有望株を挙げてくれたが、やはり最初に挙げられた北東支部長代理のホイップ=ファニータスクが次期幹部として候補に上がるほどの実力者らしかった。

 同じ幹部候補としてはライバルになるわけだが、ホイップや北東支部の邪教徒の教えなしに正教側の土地に潜入することはできないだろう。


 残り一週間の旅路は長い。長すぎる。

 せめて馬車に同乗しているのが普通の人間だったら会話くらいは弾んだんだろうけどな。


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