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四三話 うんうん、それもまた愛のカタチだね


 風呂が終わり、俺はヨアンヌの濡れた身体の始末をさせられる。たわわに実った何某に偶然手が触れると、ヨアンヌはわざとらしい声色で嬌声を上げた。

 ぞわり。以前のヨアンヌであれば有り得なかった媚びるような反応に対して、俺は底知れない不気味さを感じてしまう。そんな俺の反応を見て、ヨアンヌはすっと真顔に戻る。


「あれ? 反応が悪いな」

「……気味の悪い真似はやめてください。ゾワゾワします」

「そうか」


 じっと観察するようなヨアンヌの視線に曝されながら、俺はセレスティアに汚染源を移植すべく行動を開始した。


 着替えを取るために自室に戻ると、悲惨だった内装がすっかり元通りになっていることに驚く。

 この一日でポークが清掃してくれたのだろう。床の溝に溜まっていたはずの血痕さえすっきり消えており、毒の棘の緻密な操作性と彼女の性格が見て取れた。


 清潔な衣服に着替えた後、ヨアンヌと合流し、どこかに外出しているであろうセレスティアを探すことにした。


「セレスティアが何処にいるかご存知ですか?」

「スティーラが、そろそろ施設見学から帰ってくる頃かもしれないってさ」

「施設……」


 アーロス寺院教団の重要施設と言ったら、教団の資金源となる人間生産・培養施設や、人間生産工場の運営に必要な特殊薬品を製造する研究施設、自我が定着して間もない子供を一人前の教徒に育て上げる教育機関などがある。メタシム地下に建設予定の人間生産施設の見学にでも行っていたのだろう。

 ……孕み袋について考えるだけで、並々ならぬ拒絶反応が出そうになる。偽の記憶を植え付けられたのはもちろん、人の形をしていない肉塊から生を受けたというだけでも相当の不快感があった。血の繋がりがある両親が存在するという『当たり前』が仮初なのは、少なくない心理的ダメージになって心にのしかかっていた。


 教団の基盤を崩すには、七人の幹部を倒していくことも重要だが、これらの施設を破壊して回るのも効果的だろうと思う。ただ、これらの施設は警備が尋常じゃなく厳重だ。

 アーロスによる認識阻害の魔法が掛けられ、施設周辺にはポークに操られた死体の集団や腕の立つ監視などが常に目を光らせている。その他にも古典的な括り罠からポークの棘で強化されたバリスタなどが重要施設を防衛しており、正教の大規模兵団か幹部の襲来でもない限りそれらの施設は揺るがないだろう。


 そんな重要施設をセレスティアに紹介しているということは、教団側は彼女を死ぬまで手放さないつもりなのだ。もしくは奪い返されるくらいなら殺す算段なのか。

 実際、セレスティアの洗脳を崩す手は少ない。俺のぶっ飛んだアイデアが成功するかクレスの『洗脳返し』を試す他ないのだから、鉄壁と言って差し支えないやり得の作戦である。


「とにかく彼女を手分けして探しましょう。ポーク様やフアンキロ様には私の方から上手く言っておきますので」

「分かった」


 漆黒のローブを羽織ったヨアンヌは、すっかり活気づいてきた邪教徒の聖地メタシムの探索へと向かった。俺は実験の許可を貰うため、ポークかフアンキロにセレスティアを借りたい旨を伝えに向かう。

 施設建設中の地下空間に向かうと、邪教徒達に指示を出すフアンキロの姿を発見。早速セレスティアのことを話してみる。


「セレスティアを借りたいって? 別に良いけれど……また何か恐ろしいことを思いついたの?」

「少し気になることがありまして。ヨアンヌ様の臓器とセレスティア様の臓器を交換して『転送』を行うと――」

「分かった、もういいわ」


 適当にこじつけるための理由を用意してきたのだが、片頬を引き攣らせたフアンキロに遮られる。

 「フアンキロ様もご覧になりますか?」と問いかけてみると、冗談だろうといった表情になるフアンキロ。俺の目を見て本気だと悟った彼女は、断る理由を必死に探して「今は忙しいから」と手を振った。


「くれぐれもセレスティアを壊さないようにね?」

「もちろんです。ところで彼女は今どこに?」

「自室じゃないかしらね。この街にはいると思うわ」

「ありがとうございます」


 セレスティアの自室にはヨアンヌが向かっているはずだ。地下空間から地上に向かう階段を登っていると、首を振って周囲を見渡すヨアンヌの姿が確認できた。その隣には銀髪の美女セレスティア。相容れなかったはずの二人が肩を並べている所を見ると、現在の状況が原作のあらゆるルートを逸脱していることを再確認できる。

 仲間にしたかったはずのセレスティアが邪教徒側に、敵側だったはずのヨアンヌが味方に――まだヨアンヌは信用しきれないが――なっているのだから、人生何があるか分からない。


「オクリー、わたくしに何か用ですか?」

「少しね。ヨアンヌ様、行きましょう」


 俺達はセレスティアの手を引いて、最近通い詰めになっている拷問部屋へとやってきた。


「ちょっとした実験がしたくて呼ばせてもらった。ちょっと痛くするけど我慢してくれ」

ちょっと(・・・・)と言いながら随分と立派な刃物を持っているではありませんか。物騒ですね」

「一応実験の内容を説明しようか。ヨアンヌ様と内臓を交換し、その後数日間の経過を観察する。これが概要だ」

「どこでそんな猟奇的なアイデアを思いつくのですか?」

「私の脳ですが?」

「真面目でつまらない答えですね」


 幹部という肩書きがあろうとも、肉体の強度が飛び抜けて優れているわけではない。表皮の強度は一般人と変わりなく、ナイフを突き立てればあっさりと通り抜けていく。

 幹部になったとて、爬虫類の鱗や昆虫の外骨格のような特異性を獲得できるわけではない。あくまで尋常ではない回復能力が備わるだけだ。


 体験したメス捌きを真似するようにして、ヨアンヌとセレスティアの中身を交換する。

 セレスティアの中に入れられた臓器は元々俺のものだったが、常人が内臓を見分けられるはずもなく、セレスティアは嘘を指摘することなく俺の臓器をあっさりと受け入れてくれた。


 もし見破られるとしたら、スティーラくらいか。彼女は血肉の匂いに敏感なため、たとえ中に収まっていようと異常に気付いてしまうほど。

 ヨアンヌには先んじて話しておいたが、この数日間はスティーラと距離を置いてもらうことにした。


 そして四日後、何ら変わりないセレスティアの姿を見た時確信に至る。

 二次移植による記憶転移は起こらないのだ。逆に、セレスティアの臓器を受け入れたヨアンヌにも大した変化が現れていなかった。これが一番の謎である。


「これで実験は完了だ。ありがとうセレスティア」

「いえ、お力になれることがあればいつでも呼んでください」

「……あぁ」


 二人の中身を戻した後、俺は部屋に閉じこもって実験結果を反芻する。

 二次移植による記憶転移が起こる可能性は低い。これはまだ良い。だが、セレスティアの内臓を移して数日経過したはずのヨアンヌが記憶転移の様子を示さなかったのは何故だ?

 俺が記憶転移に苦しみ始めたのは、ヨアンヌの心臓を移植された直後からである。人体の様々な事象には個人差があるとはいえ、四日経っても双方に何ら変化なしと言うのは想定外だった。


(セレスティアはともかく、様子がおかしいのはヨアンヌだ。あの女は何故セレスティアの他我に苦しむ素振りすら見せなかった? 俺の内臓を受け入れている最中は滝のような汗を流していたのに、実験中はおろかこの四日間で汗一滴掻く様子すら確認できなかった。一度記憶転移の経験をした人間には耐性が生まれるってことなのか?)


 記憶転移に一筋の希望を見出していただけに、考えれば考えるほど結果を受け止められなくなってくる。

 そうして悩む俺の背後、聞き慣れたハスキーボイスが俺の思考を見透かしたかのように囁いてきた。


「アタシとオマエは心が通じ合っていて、この世の誰よりも愛し合っている。だからあの現象(・・・・)が起こったんだよ」


 俺は突如として現れたヨアンヌにぎょっとしながら立ち上がる。膝の裏で椅子を吹き飛ばしてしまい、バランスを崩した椅子が滑りながら倒れてしまう。

 この女、いつの間に部屋に侵入してきたんだ。部屋は施錠していたはず。突然の焦燥に意識が加速する。視界の端で揺れるカーテン。吸い込まれるように視線が窓へ寄り、侵入経路が明らかになった。窓だ。屋外から登ってきやがった。


「……ノックしてくだされば招き入れましたよ」

「ん〜ん、真剣に考えるオクリーの横顔を見たかったんだ。こっそりな」


 致命的な独り言を呟かなくて良かったと胸を撫で下ろす。だが、今のヨアンヌと二人きりの空間に閉じ込められるのは不気味でならない。目に見える狂気が内側に隠れてしまったせいで、一見すると常識人然としているのが恐怖でしかないのだ。

 だが、警戒している内心を悟られるのはまずい。彼女からすれば、俺は深い交わりによって家族恋人以上の繋がりを有した人間なのだ。身も心も捧げて『あなた色』に染まると決めたのに、その相手が拒絶反応を示しているとなれば、いくら彼女とて暴れ出さないとも限らない。


「……しかし、記憶転移は言葉で説明できない現象ですからね。ヨアンヌ様の言うことは一理あるかもしれません」

「だろ?」


 共に過ごした時間や感情が記憶転移に関わる重要な因子となるなら、お膳立てしても結果が出るか分からない臓器移植を選ぶのはリスクリターンが合わないだろう。

 セレスティアと仲の良い人間は、彼女の家族以外には正教幹部しかいないのだ。どこに暮らしているか分からないセレスティアの家族を探すのは不可能。かと言って正教幹部の内臓をピンポイントで抽出するのも難易度が高すぎる。正教幹部をわざわざ拘束して施術を行うよりは、クレスに『洗脳返し』させるよう仕向ける方が余程現実的に思えた。


「つまり、セレスティアの洗脳を解かせるために、正教幹部のクレスと接触しなければならなくなったわけですね」


 俺には北東支部に異動する予定がある。そこでスパイとしての技能を積み、正教の街に潜入できれば――と言ったところであろうか。果てしなく長い道のりだ。

 しかし、教団の機密情報を知ったセレスティアを正教サイドに送り返した時、相当のリターンが返ってくることは明白。どうしてもやり抜かなければならない。


 計画を組み立て直し、脳内で練り上げる。そして目の前のヨアンヌにある程度の形で共有しようとした直前、彼女の混沌の瞳が細められた。


「なあオクリー。アタシの頭ん中を塗り潰してくれた癖に、アタシのことをずっと避けてないか?」

「……はい?」

「風呂に入った時も、セレスティアの隣で実験してた時も――ずっと気付いていたよ。アタシを見る瞳の色が少しだけ変わっていた。明確な変化だ」


 腕を組むヨアンヌ。その表情からは何の感情も読み取れない。

 以前までの彼女は嘘や隠し事が致命的なまでに下手だった。感情は全て表に出るし、虚言を吐こうとすれば台詞を噛んでしまう。そんな分かりやすい人間だったはずなのに、今のヨアンヌは何もかもが違っていた。


「アタシ、期待してたんだ。生まれ変わったら、オクリーと初めてそういうことをできるって。でも、ここ数日のオマエはアタシのことをそういう目で見てくれなかった。風呂ではオマエを分かりやすく誘ってたのに、全部無視。期待すらさせてくれないなんて酷いじゃないか。アタシだって傷付くぞ?」


 ヨアンヌは言葉を紡ぎ始めてから終えるまで、眉ひとつ動かさない。正対した俺は、「今はそんなことに(うつつ)を抜かしている場合ではない」と告げた。


そんなこと(・・・・・)だと? ……まあいい。オマエの言うことも一理ある。だが、恋人としてのコミュニケーションも大事にして欲しいものだな」


 わざわざ今言うことではないだろう。それとも、これまでの流れを遮りたい理由でもあるのか?


「何か言いたいことでも? 話題を逸らした理由は何ですか?」

「理由? あぁ、アタシはオマエとの未来以外は全てどうでもいいんだよ。オクリーの目的はアーロス寺院教団を滅ぼして、ケネス正教に国の覇権を握らせることだったよな? それ(・・)については本当にどうてもいいんだ。だから話題が逸れたのかな」

「は……?」


 壊れた人形のように早口で捲し立てるヨアンヌ。彼女の圧に押されて、俺は元々の話題を見失ってしまう。


「アタシはオマエと一緒にいたい。ずっと。永遠に。そのためには現在進行形でアタシ達を取り巻く状況を打開しなきゃならない。どちらか一方の陣営が覇権を獲れば収まりがつくのは分かるが、ケネス正教が国を支配すればアタシやオクリーは邪教徒の残党として追い詰められて間違いなく死ぬ。かと言ってアーロス寺院教団が国盗りをしたとしても、孕み袋出身のオマエの寿命が伸びるわけでもない。結局アタシはひとりぼっちで満たされない。アタシはオマエとの永遠が欲しいんだよ」


 新しいヨアンヌの狂気が導き出す答え。俺の思考回路から逸脱した結論は、恐るべき形となって目の前に現れた。


「つまり――勝利すべきは第三陣営だ。アーロス寺院教団オクリー派(・・・・・)ケネス正教も(・・・・・・)アーロス(・・・・)寺院教団も(・・・・・)全部殺す(・・・・)。忌々しい正教の不死鳥も、大好きだった教祖様も、全員殺す。殺す。叩き潰す。勝利すべきはアタシ達だけでいい。それが唯一のハッピーエンドなんだよ」


 ――最悪の混沌。

 水面下で進行していた精神の融合は最悪の形となって表出し、俺を未知の未来へと誘い始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後に愛は勝つって言うもんね
[一言]  え、これどうなんの?ヨアンヌがなんかやばい方向に変化してるんですが。展開が全然読めないです
[一言] あの独占欲と孤独感と殺意と愛が混じったらそうなるわな 愛し合う2人は いつも一緒!! やっぱ! それが 何より 幸せだって 俺は思うゼ!
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