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三二話 いやもう苦しいところから始まってぇ

 セレスティアが洗脳され、失意の中数日が経過した。

 俺の予想通りサレンやクレス達が助けに来ることはなく、気高い正教の戦士セレスティアは敬虔な邪教徒と成り果てていた。


 流石の俺も心がポキッと行きそうで、もう死んだ方がいっそのこと楽になれるんじゃないかと何度も思った。やること全てが裏目に出る星の下に生まれたんじゃないかと、我ながら自分の存在に嫌気が差す。

 何の力も持たない俺ひとりで世界を変えられるはずがない。今の俺は周囲の人間に働きかけて世界を動かすしかない。だが、間接的に世界を動かそうとするばかりに様々な空回りが生じている。独力で邪教徒を滅ぼしたりできるわけでもないため、このやり方を続けなければならないのも精神的に苦しい。


 全て俺が招いたことなのだろうか。アルフィーが死んだのも、何もかも……。


「なぁオクリー、最近オマエ元気ないぞ」

「……ええ、まあ」


 新しく建設された幹部専用部屋――ヨアンヌの一室で、俺は彼女にされるがままになっていた。

 ベッドの上で胡座をかかされて、股の隙間にすっぽりと身体を捩じ込まれている状態だ。一回り小さく華奢な身体を支えさせられ、脱力した腕を好き勝手に弄られている俺は、ヨアンヌに手のひらを捏ねるように触られていた。


「本当にどうしたんだ? ダスケルをぶち壊して、セレスティアを傀儡(くぐつ)に出来て、アタシ達アーロス寺院教団が圧倒的優勢……最近ノリに乗って良いことづくめじゃないか。何か嫌なことでもあったのか?」


 俺の悩みの種はまさにそれなのだ。メタシム陥落は正史と同じだからまだしも、ダスケル崩壊とアルフィーの死亡、セレスティアの洗脳が本当に心に来ている。精神的にも情勢的にも真綿で首を絞められるような想いをしているのが今だ。

 このまま俺独自のルートを突き進めば、普通にアルフィー闇堕ちルート以上に凄惨な結末になる気がする。正教は滅ぼされ、俺はどうすることもできなかった無力感により自殺に追い込まれ、ゲルイド神聖国は影に覆われ邪教徒の国になる――的な。


 そうなったら普通に鬱エンドだ。死んだアルフィーに申し訳が立たない。


 ここ数日で唯一良かった出来事と言えば、俺の働きが認められて幹部部屋の近くに個室が与えられるらしいことか。ダスケル奇襲作戦で多大な貢献をしたとして褒美が与えられることが決定したのだ。俺の他にも、他支部にて著しい実績を上げた教徒などは個室を与えられているんだとか。


 溜め息を吐いて質問に答えない俺に対して、ヨアンヌは俺の顎に頭頂を押し当ててくる。


「オクリー、気分が晴れない時は恋人とスキンシップをするといいらしいぞ」

「はあ、そうですか……」


 もうしてるじゃないか。それも一方的に。

 俺はさっきからヨアンヌの玩具同然である。擬似的に後ろから抱き締めさせられ、半強制的なスキンシップは止まらない。


「もしかして……アタシのことが嫌いなのか?」

「そういうわけではありませんが」

「だよな。それは分かってるが……」


 俺の両腕を首周りに巻き付けながら、ヨアンヌは煮え切らない俺の雰囲気に不満げな様子である。多少は申し訳なく思っているが、このどん詰まりの状況でイキイキしていられる方が余程おかしいので許してほしい。

 変わらず呆けた様子の俺に、むむむ、と唸るヨアンヌ。あっと声を上げたかと思うと、彼女は両手をポンと叩いた。


「あ、分かったぞ。オマエはセレスティアのことが怖いんだよ」

「え……」

「アタシ達も散々手を焼いた相手だ、そりゃあ治癒魔法のないオマエからしてみれば恐怖の対象だろうな。三回遭遇して、三回ともぶち殺されかけて……そんな奴がいきなり仲間になったって言われても、オマエは過去の記憶のせいで精神的に受け入れられないんだよ」

「……なるほど、無意識下でそう思っているのかもしれません」


 近からず遠からずではある。セレスティアと仲間になれたのは嬉しいが、嬉しい気持ちになれるのは俺達が正教サイドにいる時のみ。邪教サイドで味方になったとて、状況が悪すぎて喜べるわけもない。

 ヨアンヌの言う通り、三度命を狙ってきたセレスティアとの接し方が分からないというのもある。……本当にどうしよう。


「まぁ、あの女のことなんてどうでもいいさ。オマエにはこのアタシ……ヨアンヌ・サガミクスという超絶美少女がついてるんだからな」


(自分が可愛い自覚はあるのか……)


 ヨアンヌは自身の喉元に俺の手を持っていき、無言の圧力で「触れ」と伝えてくる。俺は彼女の求めるがまま、顎下を指先で擽るようにして撫で回した。

 猫が甘える時のようにゴロゴロと喉を鳴らしたヨアンヌは、「首を絞めてほしかったんだけどなぁ」と満足気に目を細めながら一言。続いて顎に触れていた俺の手を掴み、太い血管の流れる頸部の側面に手を添えさせてくる。


 試すような翡翠の瞳。吸い込まれそうな渦を描いた双眸。狂気の螺旋に呑み込まれそうになった俺は、あくまで諌めるような口調でその手を退けた。


「……私にはそういった趣味はありません。遠慮させていただきます」

「知ってる。試しただけだ」


 結構本気の瞳に見えたんだが? 何か俺、ヨアンヌに振り回されることが増えてきたような気がする。

 かなり前――彼女と苦し紛れのキスをしてからだろうか、あの頃に比べると彼女の性格が微妙に変化していると思う。ただの狂信的四肢もぎもぎヤンデレだったはずが、どう考えても原作にない性癖や性格を得ているのだ。


 こればっかりは俺のせいなのだろう。キスしたり一緒に風呂に入ったりしてヨアンヌの好感度をゴリゴリ押し上げているのは俺自身だし、何なら肉体交換の性癖を植え付けたのも俺だし。

 女の子が彼氏の趣味に染まるなんて言うが、こういうことなんだろうか。……いや、少し違う気がする。


 兎にも角にも、与えられたテキストのみに生息するキャラクターだったヨアンヌは、俺が介入することによって、その狂気故か普通の人間よりも複雑怪奇な精神構造や性格を形成してしまったようである。

 ただの予感でしかないが、これ以上関係が進展するとまずい気がした。彼女の中にある何かしらの爆弾を育ててしまっているような――そんな不確かな感覚が胸の中に蟠っている。


「ヨアンヌ様、ありがとうございます。おかげで少し元気が出ました。用事を思い出したので、私はこれで――」

「おいおい、オマエだけ満足して帰るつもりか? しばらく帰すつもりはないぞ」

「……了解しました」


 胡座の上で身体を回転させ、向かい合わせになってくるヨアンヌ。俺が帰ると言った瞬間、目の色が獲物を狩る肉食動物の如き色に変わっていた。

 少し呆れたような、アタシを放って何処へ行くんだという怒った表情。しかし、その中に底知れない彼女の本気(・・)が垣間見えて、どうしようもない不安に襲われるのだ。


 部屋を見渡しても、刃物の類はない。刈込鋏もない。僅かばかりの安心が過ぎる。少なくとも今日は、ちんちんが菊の花みたくグロテスクに開花することは無さそうだ。


(参ったな。そろそろ粗方の情報を吐き終わったセレスティアが解放される頃だから、すぐにでも会いに行きたかったんだが……)


 セレスティアに会って、どういった種類の洗脳が施されているのかを確かめなければならない。原作の描写からすると、洗脳前の記憶は引き継がれ、性格にも大きな変化は出ないはずだが……。

 ――俺の印象の変化。これをチェックしないわけにはいかないのだ。そこら辺の変化は重要だ。今後の邪教内での立ち回り的にも。


(今のところ、アーロスの洗脳を解く手立てはない……。かつての仲間が『私達を思い出して』と呼び掛けたところで、本当に何も変わらないだろう。原作でもアーロスの洗脳を解く手立てが『洗脳返し』くらいしか無かったくらいだからな……)


 アルフィー闇堕ちルートの中に、正教序列三位のクレス・ウォーカーが主人公に対して『洗脳返し』を仕掛けようとする場面がある。これは、セレスティアのように闇堕ちしたアルフィーを正気に戻すための苦肉の策で、脳への電気信号を弄り回して無理矢理元の人格を取り戻す荒業だ。

 原作の結果で言えば『洗脳返し』は失敗に終わったが、雷や電気を操る魔法使いのクレスを頼らないことには、セレスティアの洗脳は解けないだろう。


(あのアーロスが、正教幹部と戦うだけで解けるなんていうヤワな洗脳を掛けるわけないもんな。……一応、何らかの薬で洗脳を消し去れないか調べてみることにするか)


「おいオクリー、今他の女のことを考えてただろ」

「いえ、ヨアンヌ様のことだけを考えていました」

「オマエは口が上手いな」


 呆れ笑いのヨアンヌの声で現実に引き戻される。眼下に見下ろせる密着した位置に、彼女の小さな身体があった。

 先程手を掛けていた白く細い頸部の下に、繊細な曲線の浮いた鎖骨が見えている。俺と身体が肉薄しているぶんだけシャツの胸元がだらしなく弛み、大きく口を開けた襟から覗く魅惑の双丘に目が吸い寄せられてしまった。


「……そんなにここ(・・)が気になるか? いつも見てるくせに、正直なヤツめ」

「いやっ、そんなことは――んむっ」


 蠱惑の微笑の後、暗転。何が起こったのか分からずにいたが、どうやら今の俺はヨアンヌの谷間に顔を突っ込むような姿勢になっているらしい。


「こうすると元気が出るんだろ? アタシは交換の方(・・・・)をしたかったけど、それはこの前――いや、何でもない。普通のやり方も学んでおくべきだよな、アタシ達」


 後頭部を往復し、俺の髪の毛を優しく撫でるヨアンヌの左手。肩から背中にかけてを押さえ、俺を逃がさないように容赦なく構えた右手。耳元で囁く声。感じる体温。血と混じった甘い香り。そして、薄暗く見える白い双丘――その皮下で葉脈のような毛細血管が脈打っている様子がありありと観察できた。

 五感全てでヨアンヌを体感させられて、俺の脳内には九割の驚愕と一割の安心感が滲むように広がっていった。


「凄い」

「凄いか?」

「凄いですヨアンヌ様」

「そうだろう。アタシって凄いんだぞ」


 凹んでいた気持ちがほんの少しだけ回復する。顔を上げた俺は、されるがまま彼女に頭を撫でられ続けた。

 純度百パーセント、狂気の愛が注がれる。脳が熔けていく。不思議と嫌な感じはしなかった。


 しばらくのスキンシップが終わると、満足したヨアンヌに解放された。確かに元気は出たが、出てしまったと言うべきか。

 ……まさかヨアンヌとのスキンシップで再起動のエネルギーを充填できたなんて、彼女と関わる前の俺に言ったらビックリするだろうな。俺の精神が侵食されている良くない傾向である。


 第一、ヨアンヌはいつか殺さなければならない相手なのだから、感情移入し過ぎてはいけないだろう。

 適度な距離を保って警戒心を薄れさせ、幹部にのし上がるための踏み台にするのだ。その後はいつ殺してもいい。ヨアンヌはその程度の人間ではないか。それを忘れてはならない。


 ――ちくり。


(……?)


 前提を確認しただけだというのに、俺は不可思議な痛みを胸の中に覚えていた。


 ちくりと痛んだ胸の原因は分からぬまま、俺はセレスティアに会うべく彼女の部屋を後にした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 恋しちゃったんだ多分、気づいてないでしょう? って奴やな。
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