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三〇話 くっ殺って言いたいのは俺の方だよ

 フアンキロに叱られて腕を元に戻した後、両手の五指の無事を確かめるべくゆっくりと開閉を繰り返す。

 人差し指や小指など、他の幹部の肉体で埋められていた部分はミキサーに掛けられる前に保存していたらしい。手渡された麻袋の中から俺の指がゴロゴロ出てきた時には喜んだものである。指が無くならなくてよかった、ってね。


 ヨアンヌは肉体交換と発散(・・)が出来なかったためしょんぼりしていた。唯一の情けで薬指を残しておいたのだから我慢して欲しいものだ。


「二人共、手袋をしなさい」

「肉体の移植痕を見られると『移動要塞計画』に行き着く可能性があるからですか?」

「そう。セレスティアは聡いからね」


 ヨアンヌと俺は黒い手袋をさせられる。これにはぶつくさ言っていたヨアンヌも「お揃いだ!」とニッコリ。

 俺としてはニコニコしてる場合じゃないんだが、果たして。


(対面する前に整理しておこう。まずセレスティアが知っていることを纏めるんだ)


 セレスティアと顔を合わせた回数は三回。

 一回目は、追われる身となったセレスティアを森の中で追い詰めた時。

 二回目は、ヨアンヌ共々誘い込まれて迎撃されかけた時。

 三回目は、ダスケルの街の裏路地で殺されかけた時。


 一回目の邂逅で言及しておくことは特にない。あの時は会話らしい会話をしなかったし、ヨアンヌとの関係性も極々一般的なものだったからだ。

 ただ、二回目以降になると話は変わってくる。ヨアンヌのマーカー役になっていた影響で目をつけられ始めたのがこのタイミングだからだ。


 纏めると、セレスティアは俺の名前を知っているし、俺をヨアンヌの右腕だと思っている。ついでに俺が『アルフィー』に執着していたのも知っている。

 そして、ダスケルの街が崩壊する前に出会ってしまったため、俺が原因で五人の幹部が召喚された事実にも薄ら勘づいているかもしれない。


(アルフィーのことを喋ったのは余計だったか? 今更後悔してもどうにもならんが、俺は正教の味方だって発言を引っ張られると更に厄介だな……)


 以前、俺はフアンキロとポークの追及から逃れるため、アルフィーを引き合いに出して難を逃れた。邪教幹部も彼の名前は知るところだ。

 捕まったセレスティアもアルフィーの名前を知っているようだし――恐らくマリエッタから話を聞いていたのだろう――そこに関しては上手くやっていくしかない。


 フアンキロ達の認識が「オクリーは狂人」で止まったままだと都合が良いのだが……それは天運に任せるしかあるまい。


 俺はフアンキロとヨアンヌに続いて、メタシムの街の中心部にやってきた。取り壊された正教教会跡地には、アーロス寺院教団のシンボルを象った建物が建造されており、一般邪教徒達の憩いの場となっていた。

 その横を抜けて、俺達は新たに建てられた拷問施設の地下へとやってくる。他四人の幹部が集まっているため、正教邪教含めて幹部は合計七人。迂闊な言動をすれば、双方からの突き上げによって裏切り者扱いされて首が飛ぶだろう。


「フアンキロ、ヨアンヌ、オクリーの三名が到着しました」

『おや、ご苦労様』


 フアンキロが鉄扉を押し開くと、その中には椅子に拘束されたセレスティアを中心として五人の幹部が立っていた。

 アーロス、シャディク、スティーラ、ポーク、そして今到着したフアンキロとヨアンヌと俺。一人だけ場違いな男が混じっていたが、七人もの幹部が狭い拷問部屋に閉じ込められているのは壮観であった。


『オクリー君、先の作戦ではよくぞ生き残ってくれました』

「いえ、アーロス様やヨアンヌ様のお陰です」

『はは、嬉しいことを言ってくれますね』


 仮面の男は俺に向かって笑うと、顎でしゃくって椅子に縛られたセレスティアに視線を誘導してくる。

 そこには周囲に殺意マシマシの視線を振り撒くセレスティアの姿があった。長い銀の髪が顔のあちこちに張り付き、口端から一筋の血が滴っている。素肌を隠していた修道服は見るも無惨なボロ布になっており、豊満な胸や下腹部を残すのみ。首にはフアンキロの『呪いの鎖』が繋がれ、その他の部位はアーロスの『影』に覆われており、彼女の抵抗がどれだけ激しかったかが窺い知れた。


『ヨアンヌが離脱した後、我々はダスケルから脱出しました。サレンやポーメットは我々を追ってきませんでしたが、セレスティアは違いました。勇敢にも私を討とうと深追いしてきたのですよ』


 アーロスの説明を受けて、俺はこの奇妙な状況に納得できた。サレンが近くにいる時に幹部の捕縛など出来ようはずもないからだ。

 仮にセレスティアが孤立した場合、アーロスの『影』によって魔法を無力化される確率はグンと上がってしまう。心が弱っている時にアーロスの『影』に全身を包み込まれると、アーロス寺院教団に属する者に対して一切の攻撃を放てなくなる特殊効果を受けるからだ。


 何故セレスティアの心が弱っていたのかは分からないが、数的不利状況で教祖アーロスを追跡しようなどと考えるのは冷静でない証拠である。

 むしろ殺されなかったのが不思議なくらいだ。何でもありのアーロス、未来の見えるシャディク、攻防完璧なスティーラ、卑劣な棘を操るポークを相手に肉片が残ったことを誇るべきだろう。


(何故セレスティアがこんならしくない(・・・・・)やらかしを? サレンやポーメットと一緒に行動していれば安全なのに……)


 目の下を腫らしたセレスティアと視線が交錯する。本当なら抱き締めた後に解放してあげたいくらいだったが、無感情を装って冷たい視線で見下ろしてやった。

 このままだとセレスティアが殺されてしまう。この世の苦痛の全てを味わされ、家族と再会することも無く、死体さえ残らずに消滅するのだ。彼女と仲の良いクレスやポーメット、サレンなどは特に悲しむだろう。正教幹部達に救いに来て欲しいのは山々だが、救出作戦を立てればアーロスの思う壷。芋づる式に釣り上げられ、正教幹部全滅ルートが見えてきてしまう。それ故にサレンはセレスティア救出を諦めるはずだ。


(どう足掻いても最悪の状況じゃないか。クソ、なまじアーロス達が有能だから……)


 どうやって彼女を逃がそうか考えていると、咳き込んだセレスティアがパープルの瞳を見開いた。


「……オクリー・マーキュリー……あなたがやったんでしょう。ヨアンヌのマーカー役であるあなたが、治癒魔法の性質を利用して五人の幹部を転送した……。あなたさえ……あなたさえ殺していればダスケルの街は――あぐっ!?」


 下卑た笑みを浮かべたフアンキロが、セレスティアの引き締まった鳩尾に渾身の蹴りを入れる。爪先がめり込み、セレスティアは血を吐きながら大きく咳き込んだ。


「ワタシ非戦闘員だからさ、夢だったのよね。正教幹部の土手っ腹に蹴りを入れることがさ」


 切実に喜びを噛み締める表情のフアンキロ。幹部たるセレスティアなら、腹に蹴りを入れられた程度で死ぬはずがない。数秒もすれば傷は完治するだろう。

 それよりも、セレスティアが『移動要塞計画』の全容に辿り着いたことに驚きである。こうなると、アーロス達はますます彼女を生きて帰さないはずだ。


『――と言うように、彼女はどうやらオクリー君にご執心のようです。私の力が上手く働いたのは、あなたに対する執着と焦りがあったからでしょうねぇ』


 首をくるんと回して俺を向くアーロス。

 俺がセレスティアと三度対面したということは、逆に言えばセレスティアが俺という雑魚を三度逃がしたということに他ならない。邪教幹部を逃がすのと一般邪教徒を逃すのとでは重みが違う。俺を殺し損ねた結果ダスケルが崩壊し、大量の死人が出たわけで――彼女がプレッシャーを感じて精神的に弱ってしまうのも無理ないことだと思った。


『オクリー君、あなたもどうです? 正教幹部に蹴りを入れる機会なんて滅多にありませんよ』


 非力なフアンキロがセレスティアを一方的に痛めつけるのを見てか、アーロスがそんなお節介を働いてくる。俺の忠誠心を吟味しようとしているわけではなく、お前もやりたいだろう、という純粋な思いやりの感じられる言葉だった。

 ここで断ってもアーロスは特に気に留めないのだろうが、他幹部の視線が怖すぎた。シャディク辺りに睨まれるのが恐ろしくて、俺は首を縦に振ることしかできなかった。


「そうですね。彼女には借りがありますし――」


 中途半端な蹴りを入れるのではなく、渾身の蹴りでやってやろう。こういうところで手を抜くのが一番良くないんだ。

 フアンキロがキラキラ輝く期待の眼差しで場所を開ける中、俺は椅子で沈黙するセレスティアの顎に向かって爪先を浴びせた。先端に残像が生まれるようなハイキック。顎の骨が軋むような音がして、セレスティアの歯が吹っ飛んだ。


「おお〜!」


 これには幹部一同大喝采。役職なしが幹部クラスに一撃入れるという状況が余程珍しいと見える。アーロスは手を叩いて大喜び。フアンキロは「やっぱり気持ちいいわよね!?」と肩を組んできて、スティーラは零れ落ちた歯をいそいそと拾い集め始めた。

 シャディクは「若者はキレがあって良いのう」と微笑み、ポークは何度も頷いて俺の忠誠心を確信していた。ヨアンヌは顔を真っ赤にしながら下腹部に手を置いて、ハアハアと息を荒らげていた。


「スティーラ様、歯を集めたのは……」

「……舌の上で転がして、甘さを愉しむ。……砂糖菓子と同じ」


 お菓子と歯は全然違うと思うが。

 恐る恐るセレスティアに目を向けると、彼女の瞳には俺を食い殺さんばかりの激情が吹き荒んでいた。アーロスの特殊拘束が終わった時、真っ先に殺されるのは俺だろうな。


「おお、怖い怖い。……それで、この数日間セレスティアに対して何をされていたのですか?」

「ボク達拷問してたんだよ」

「まぁ普通の拷問じゃ全然口割らないけどね〜。悲鳴すら上げないんだよ、凄くない?」


 フアンキロが車輪付きの机を引っ張ってきて、その上に広げられた拷問器具を見せびらかしてくる。

 選り取りみどりの刃物と鋏の類。焼きごてらしき鉄塊や爪はがし機。見ているだけで噎せ返るような拷問が瞼の裏に浮かんできそうだった。


 しかしまぁ、俺に治癒魔法が備わっているなら、セレスティアと同じく口を一切割らずに耐え切ったことだろう。俺が耐えられるなら、流石に覚悟ガンギマリ勢は拷問程度じゃ折れないよな。


 まあ、拷問で口を割らなくてもアーロスの魔法で洗脳されて情報を吐かされることになるのは間違いない。アーロスの影に包まれて敵対行動抑制状態が一定期間続くと、最終的に影に侵された人間は洗脳や記憶操作を掛けられるようになってしまうのだ。

 つまり、あの拷問は単なる憂さ晴らしなのである。セレスティアを捕らえて数日が経過しているのを見るに、そろそろ洗脳や記憶操作が始まる頃合か。


「……わたくしを早く殺しなさい」


 あまりにも嬉しくないくっ殺だ。流石のセレスティアも幹部六人に囲まれているのでは太刀打ちできないし、当然の心境ではあるが――


「ふふっ、ワタシ達が君を簡単に殺すとでも?」


 フアンキロの口ぶり、そしてセレスティアの首に繋がれた異空間からの鎖を見るに、セレスティアは既に『呪いの鎖』の能力を受けたのだろう。

 仲間を売るような性格ではないセレスティアは当然虚偽の発言を連発し、即死効果を付与される条件が揃ってしまったはずだ。準備完了を示すように、首に繋がれた鎖は鈍く点滅している。


 フアンキロがセレスティアを殺さないのは、先に挙げたようにアーロスが洗脳や記憶改竄の能力を持っているからだ。セレスティアをここで殺して終わらせてしまうよりも、正教幹部の席を一つ埋めさせつつ、邪教徒の第八の幹部として働いてもらう方が有益なのは火を見るより明らかであった。


 フアンキロの能力は原作ファンからアーロスの劣化版と評されることがある。同じく情報を引き出せるなら、アーロスの洗脳に頼った方が楽だという声さえ上がるほど。

 しかし、アーロスの洗脳はとにかく時間がかかる。時は金なり――対象者の顔・氏名・年齢さえ知っていれば即座に情報の真偽を確認できるフアンキロの能力は、やはりアーロスのそれに比べて利便性に長けていると言えるだろう。精神的に弱った幹部を捕まえられる機会など二度と来ないだろうし、そこら辺は使い分けの問題である。


「ところでフアンキロ様、妙なことを口走っていたというのは何ですか?」

「大したことじゃないわよ。君が正教の味方だって口走ってたこととか、『アルフィー』のことを喋ってただけだから」


 それが大したことなのだ。俺はぞっとしながら身構える。俺の表情の微細な変化を観察していたのか、セレスティアが怪訝な表情をしているのが分かった。


「さぁオクリー君、説明してもらいましょうか」

「……確かに私は正教の味方と言いましたが、それはセレスティアを騙すための方弁です。この嘘のおかげで私は彼女から逃げ切り、奇襲作戦を成功させることができました。左脚を切断されましたがね」


 半径二メートル以内にいるにも関わらず、フアンキロの鎖は飛んでこない。飛んでくるとしたら、アルフィーのことを掘り下げられた時か。


「なるほど、オマエが脚を切られていたのはセレスティアに襲われたからなのか」

『おお……三度も正教幹部から逃れるとは。よくぞやり遂げてくれました』


 正教の味方発言に関しては誤魔化すことが出来た。だが……。


(アルフィーのことは勘弁してくれ……! まさかセレスティアが捕まるだなんて思わなかったんだ。追及してくるな、フアンキロ……!)


 そんな俺の願いも虚しく、フアンキロが軽い調子でセレスティアの肩を叩いた。


「……で、結局アルフィーって誰なの? というか実在するの? 改めて答えてよぉセレスティア〜」

「……アルフィーはメタシムの戦いで死亡した一般人です。そういえば、オクリーはやけに彼に執着していましたね。どこで彼のことを知ったのですか?」


(うっ……余計なことを言うなセレスティア! 怪しまれるだろうが!)


 全身を掻き毟られるような焦燥に襲われる。

 アルフィーは死んだ。そこに関して問題は無いのだが、彼のことを人類の希望だのアーロスを倒す鍵になるだの、どう考えてもヤバすぎる発言をセレスティアに伝えてしまっている。着実に幹部の評価を稼いできたというのに、ここで全てが水の泡になれば一巻の終わり。俺の人生が終わってしまう。


「あれれ? 妄言と現実が混じってるわね。どういうことか説明してくれるかしら、オクリー君?」


 フアンキロが言い、邪教幹部六人の視線が全身に突き刺さる。

 まずい――まずいまずいまずい。狂人の妄言のはずが、セレスティアとフアンキロの発言のせいで風向きが変わっている。


「私がアルフィーに執着しているのは、私の中に彼として過ごしてきた記憶があるからとお伝えしたはずでは?」


 俺は苦し紛れの言い訳をする。セレスティアは何を言っているんだコイツというように眉を顰めた。

 保身のために上手い言い訳を考えようとしたが、それより前にフアンキロの疑念に満ちた視線が俺を穿つ。あっという間に呪いの鎖に絡め取られ、俺は自由を奪われた。


「それは分かってるんだけど、アルフィーに関する発言の全部が妄言じゃなくなったわけだからさ……過去の発言を再検証しなきゃならないわよね」

「ちょっとフアンキロ、アタシのオクリーに何をしてる」

「疑問を解消するだけよ。万が一という可能性があるもの。その可能性は限りなく低いとは思うけれど、一応……ね」

 

 以前よりは拘束の緩い鎖に繋がれ、俺はフアンキロの言葉を待った。何が起こっているか分かっていないらしいセレスティアは、目を白黒させてこの場の傍観者になっていた。


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