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二九話 ヨアンヌ様のご褒美


 考えたところで確固たる答えが出せるわけもなく、俺の思考は平行線を辿る。一応前提として確かなのは、誰にでもアルフィーになれる可能性はあるということだ。

 アルフィーには特別な血統や生まれなどの背景がない。それ故に、邪教徒を心底恨み、どんな苦境を前にしても折れない精神力を持ち合わせた人間なら第二のアルフィーになれる――かもしれない。


 ただ、そんな人間が二人と存在しないから俺は困っているのだ。双方の幹部を除けばアルフィーのみが救世主になり得る人間の候補であり、先程会ったマリエッタなど考えるべくもない。彼女の根本は虫さえ殺せない心優しい少女なのだ。


 誰かがやらないなら、俺がやるしかないというわけか。


「オクリー、そろそろ退却するぞ」


 明かりひとつない森の中に入ってメタシムを目指していると、マーカーで俺の位置を特定したヨアンヌがひょこっと木の上から顔を出してきた。

 ヨアンヌの服は所々が破けており、腹部や脚部が切り裂かれたりして白い肌が露わになっている。裸じゃないのが珍しいように思えてしまうのは、この世界観特有の感想だろうな。消耗を抑えて戦ってきたのが窺える。


 憔悴し切った俺にとっては幸いな迎えだ。俺はヨアンヌの背中に担がれると、彼女に抱かれて闇夜を高く飛翔していく。


「ヨアンヌ様、正教幹部はどうなったのですか?」

「ぶちのめしといた!」

「そうですか」


 ぶちのめした、というのは完全に消滅させたということなのか、単純に退却させたということなのか。どうせ後者だろうと高を括って聞いてみたところ、やはり誰かを消し飛ばしたわけではなかった。

 まあ、ヨアンヌ達が勝利するのは既定路線だ。いくらサレンやポーメット、セレスティアが強かろうと、アーロス達だってスペックで言えば負けず劣らずのイカレ具合だからな。それに、五対三の有利状況で邪教側が完全敗北するようならアーロス達はここまで栄えていない。


 アーロスはポークが致命的な攻撃を受けたのをきっかけに、攻勢から防御に転じたようだ。それから隙を見計らって撤退したらしい。正教幹部は深追いしてこず、民衆の避難と現状把握に努めていたとのこと。

 つまり――移動要塞計画に伴う奇襲作戦は大成功。こちらの損害は皆無で、向こうの被害は甚大。ダスケルの街は崩壊し、民衆に多大な死傷者が出た。今後正教の信頼は大きく揺らぎ、国全体に激震が走ることになるだろう。


 アーロス達の信頼を稼ぐには申し分のない実績ができたものの、過分に打撃を与えてしまった感が否めない。


 ヨアンヌの背中で揺られていると、どっと疲れが押し寄せてきて強烈な眠気に襲われた。彼女の体温が高いこともあって、妙な安心感に蕩けさせられてしまう。


「すみませんヨアンヌ様、少し眠気が……」

「ん? あぁ、今日は忙しかったもんな。メタシムに到着するまでは寝てていいぞ」


 長い長い一日だった。幹部の指を移植して、ダスケルの街に潜入して、幹部同士の戦いから生き延びて――今日だけで何ヶ月も経過したかのような肌感覚である。


 この世界に産まれてから、安らぎの時間を噛み締めたことはない。自我が芽生えた時には邪教施設内にいて、今に至るまでずっと監視の目に怯え続けて――いつこの地獄が終わるのだろうと思っていたが。

 ヨアンヌの温もりに抱かれている間だけは、ほんの少しだけ行き詰まった現実を忘れられる気がした。


(……温かい。仄かな汗の香りと、こびりついた血の香り。紛れもなくヨアンヌそのものの匂いだ)


 何故だろう。彼女が近くにいると安心してしまう。彼女から漂う人殺しの臭い――拭い切れない鉄臭さ。小さな躰に、小さな手。その肌を通して温もりを感じていると、どうしようもなく絆されてしまうのだ。

 ヨアンヌはヨアンヌなりに俺の心に寄り添おうとしてくれている。俺は内心邪教徒のことをくそみそにこき下ろしているが、そんなことも知らないで日夜俺に好き好きオーラを振り撒いてくるのだ。ストックホルム症候群的な精神状態に陥った俺が好印象を抱いてしまうのも仕方の無いことだった。


 そして意識が落ちようかという瀬戸際の瞬間、俺はメタシムの街に帰還していく五人の人影(・・・・・)を視界に収めたのだった。


(……は? 五人(・・)の人影?)


 アーロス、シャディク、スティーラ、ポークで四人。では、あと一人の人影は誰のものだ?

 思考は容赦なく切断され、場面が切り替わる。


 前髪を梳かれるような擽ったさに瞼を開くと、そこには新たな地獄が展開されていた。


「オクリー、おはよう」


 声を掛けられて目を覚ます。俯いた視界の先には厚底のブーツ。視界を上げていくと、眩しい絶対領域を顕にしたミニスカートが見えてきて、更に上を見ると、豊満な胸に押し上げられて若干きつそうなワイシャツが目に入った。

 疲れのせいでボーッとしていると、顎に人差し指を添えられて持ち上げられる。目の前に螺旋状の双眸がやってきて、ちろりと露出したスプリットタンが彼女自身の唇を舐め上げる。そのままおはようのキスをされると、恍惚としたヨアンヌの顔が下へと沈んでいった。


「……おはようございます。ダスケル奇襲作戦から何日経ちましたか?」

「三日ってところだな」

「三日……」

「全く、ずっと目覚めないから心配したんだぞ。勝手に死なれるのは困るからな?」


 鼻先の距離でメッシュの入ったウルフカットが揺れる。深い眠りに落ちる前よりも遥かに瑞々しいヨアンヌ特有の匂いが弾けていた。


「……ちなみに、何をされているのですか?」

まだ途中だ(・・・・・)、ちょっと待ってくれ」

「途中……?」


 何事かと思って自分の身体を見下ろすと、そこには拘束具に身体を縛られた上裸の俺がいた。例によって、付近の木机には木の枝を切断するための刈込鋏が役目を待って沈黙しているではないか。

 俺は彼女の「途中」という発言もあって、これから何をされるのか完全に理解してしまった。


 なるほど、これは原作主人公で言うところのバッドエンドルート――ヨアンヌの好感度を上げすぎたアルフィーが陥る、最悪にしてある意味最幸の結末に至る寸前の状況ではなかろうか。

 原作中には、異常性癖を持ったヨアンヌに四肢を切断され、彼女の愛に包まれながら一生を終えるルートが存在する。恐らく今の俺はそのルートに突入してしまったのだろう。


 俺としては、ヨアンヌに四肢をもがれるのは別に構わない。以前より痛みへの耐性と覚悟ができるようになったし、出血量さえ気にしてくれれば死ぬようなこともないわけだし――

 また、彼女に一生管理される生涯になるのも特に問題ない。それはそれで楽しくて気持ちの良い未来が待っているだろうし、原作の描写的には三大欲求が満遍なく満たされている状態ではあったからな。何なら毎日話し相手になってくれるくらいだし、多分暇もしないだろう。


 だが、原作知識のある俺がそう(・・)なった時――誰が邪教徒を滅ぼせるというのか。

 アルフィー亡き今、暫定的に主人公の役割を果たせるのは俺だ。その俺が自由に行動できなくなれば、原作にない『移動要塞計画』を成功させてしまったアーロス寺院教団を止める術が無くなってしまう。


 さすがにダルマ化は全力回避だ。俺は首を振ってヨアンヌに問いかける。


「ヨアンヌ様、お待ちください」

「ごめんオクリー、我慢ができない」


 興奮した様子のヨアンヌが刈込鋏を手に取る。彼女は俺の右肘の辺りで鋏を大きく開くと、容赦なくザクザクと切り裂き始めた。


「うおおおヨアンヌ様!! 一旦ストップで!!」

「え、どうして?」


 びっくり仰天の悲鳴を上げながらストップを掛けると、ヨアンヌは満面の笑みで首を傾げた。やっぱりこの女は恐ろしい怪物だよ。何故こんなのに絆されそうになったのか意味が分からない。


「どうしてじゃありませんよ。切断行為は双方合意の上で行う、これ常識なので」

「……指はアタシにくれるのに、腕はくれないのか?」


 潤んだ瞳で頼み込んでくるヨアンヌ。

 確かにそう言われるとそうだな。俺は半ば納得しながら返答に窮してしまった。幹部から見れば、教団にノリノリで指を捧げたのがオクリーという男だ。今更四肢が無くなったところで「あの男またやってるよ」と済ませられても不思議じゃないくらいの印象なのかもしれん。


「スティーラの指やポークの指がオマエに植え付けられていた……その事実がどうしようもなく嫌なんだ。頼む、アタシの手で上書きさせてくれ」


 どういう上書きの仕方なんだ? いずれにせよ、もはや止める術なし。とりあえず、俺は大人しく右腕を切断されてあげることにした。

 実は人体を切断するのは結構重労働で、幹部と言えどもこういう日常パートで『人体を一刀両断! スパッ!』とやるのは難しい。脳が戦闘モードに入っていない状態だと、腕一本を取るだけでも息を整える時間が必要になるのだ。


 息が整うタイミングを待って、ヨアンヌを窘めることにした。


「私の四肢を切断なさるつもりですか?」

「え? そこまではしないけど。アイツらの分の上書きだって言っただろ」


 あれ、四肢切断しないの?

 続けていそいそと俺の左腕を切断し始めたヨアンヌに対して思考を巡らせる。


(どういうことだ? スティーラやポークの指が癒着していた事実を、腕を交換することによって上書きしたいってことなのか? 心情的にも、肉体組織的にも……)


「つまりヨアンヌ様は腕を交換したいと」

「うん。オマエ、手足切られてダルマにされるのは嫌そうだったからさ。オマエが嫌なことはしたくないなって思って、最近は交換で発散(・・)するようにしてたんだ」


 もしかすると、俺はヨアンヌの印象を「まぁこいつはダルマ化以外興味のない女だからね」と決めつけていたのかもしれない。俺は彼女の心の変化に感動すら覚えていた。

 人の性癖は常に変容していくものだ。乳しか目に入らない時もあれば、尻に夢中になる時もある。それと同じように、今のヨアンヌは『ダルマ化』ではなく『肉体交換』を性癖の中心に添えたのだ。


「ありがとうございます。腕の交換なら喜んでさせていただきます」


 俺はホッとしながら左腕を切り落とされたが、少し立ち止まると奇妙な状況に置かれていることに気付く。


(いや待て。俺、騙されてないか? よく考えたら肉体交換も相当イッちゃってるぞ? ダルマ化という法外な値段の性癖をふっかけた後、肉体交換という割高だが納得出来る程度の性癖を提示して、相対的に納得させて交渉を進めるという上手いやり口なのでは?)


 なるほど、ヨアンヌには商才があるかもしれないな。要求の呑ませ方が上手すぎるよ。


 俺の腕が落ちたことを確認すると、ヨアンヌは俺に刈込鋏の持ち手を咥えさせてきた。逆の持ち手は彼女の手が握っている。


「オクリー、共同作業だよ」

「なるほど」


 ヨアンヌの瞳が潤み始め、表情が蕩け始める。部屋の中は既に血まみれだった。


「んっ……オクリー、きて?」

「はい。ゆっくり行きます」

「あっあっ……あぁ〜〜……すっ――ご……。この実験から思ってたんだが、これ本当に病みつきになるぞ……」

「温かいです」


 ヨアンヌの治癒魔法によって、俺達の両腕が交換される。アーロスはともかく、ポーク達の指が俺の肉体に移植されていたのが許せなかったらしい。小学生並みの感想を呟いてヨアンヌの調子に合わせていると、彼女は俺の膝の上に乗って頬を擦り寄せてきた。余程嬉しかったのか、交換した腕や境目を何度も見せびらかしてくる。

 そして「触り合いっこしよう」という発言と共に俺の腕を手に取ると、その小さな顔に触れさせてきた。


 交換された手でヨアンヌの頬を挟み込むようにぷにぷにしていると、けらけらと笑いながらヨアンヌが身を捩る。「くすぐったいよ、オクリー」と白い歯を見せるヨアンヌ。膝の上で彼女の身体が踊る。ほとんど重さを感じなかった。

 じゃれ合いを続けていると、偶然首筋に手が当たってしまったようで、ヨアンヌは背筋をピンと反らして甘く媚びるような悲鳴を上げる。


「やんっ! オクリー、やったな?」

「不可抗力ですよ」

「えっち」


(どこがだ? こいつサイコパスなのかな)


 今触れ合っているのは持ち主同士の腕だ。自分の腕で触られたところで興奮とかそういうのは無い。だってそうじゃない? やっぱり肉体交換はダメだな。

 はにかむように笑ったヨアンヌに釣られて笑ったところで、彼女が耳元で囁く。「もっと触って」。まあ手くらいなら貸してやるか……と諦めていたところ、目の前の扉が勢い良く開け放たれた。


「ちょ、ちょっと! さっきから淫らな声を出して何をしてるのかしら!!」


 ――と言いながら部屋に入ってきたのは、久々に見る幹部のフアンキロ。俺は頭の上に疑問符を浮かべながら彼女を見た。


「フアンキロ様、どうされましたか?」

「……エッチなことじゃなくて肉体遊びの方をしてたのね……」


 俺達の腕を見て全てを察したのか、褐色白髪の少女は金の瞳を俯かせ、安堵と落胆の入り交じった表情で口の中をもにゅもにゅとした。まあ深くは突っ込まないでおいてやろう。


「あっアタシはまだ何もしてないから」


 ヨアンヌが俺の膝の上から立ち上がり、髪の毛を弄りながら一定距離を置く。その様子に溜め息を吐いたフアンキロは、俺達に着替えるように言ってきた。


「……まぁいいわ。二人共、遊んでないで身体を元に戻しなさい。アイツに会いに行くわよ」

「えっ、まだ発散してないのに……」

「いいから来るのよ。変なことを言ってるからさ、色々と確かめて欲しくて」


 アイツ(・・・)とはいったい誰のことだろう。しょんぼりしたヨアンヌをよそに、俺はフアンキロに質問してみた。


「あれ、君には言ってなかったっけ。アーロス様がセレスティアを捕まえたのよ」


(……は?)


 記憶がフラッシュバックし、ダスケルから撤退する場面が思い浮かぶ。

 ――五人の人影(・・・・・)。足りなかったもう一人の正体は、正教幹部のセレスティアだったのか。


(いや、いやいやいや。何で? 意味が分からん。アーロスがセレスティアを捕まえたのか? 確かに不可能じゃないけど――)


 とにかく、現場に行かないことには何も分からない。

 俺はフアンキロに連れられて、セレスティアが幽閉されているという地下牢へと向かった。


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