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二七話 戦場に揉まれる一般人


 闇に堕ちた意識の中、俺は思考を高速回転させていた。

 まず、俺の最終的な目標はアーロス寺院教団及び幹部を全滅させることだ。可能なら今すぐに全滅してもらいたいのは山々なのだが、彼らの特性的にそれを叶えるのは超絶的な難易度だろう。


 その高難易度を後押しするのは、どんな一般邪教徒でもアーロスに認められさえすれば幹部に昇格できるという事実だ。

 凡そ半年に一度、ゲルイド神聖国が闇に覆われる日がある。その日食の日を待って幹部昇格の儀式を行えば、どれだけ幹部の数が減っていようが、新たな幹部が生えてくるというわけだ。


 そんなわけで、邪教徒を駆逐するには、短期間のうちに七人の幹部全員を殲滅しなければならないことになる。肉片を一欠片でも残してしまえば復活する怪物共をそのように処理するというのは、今のところ夢物語でしかない。

 よって、俺自身が幹部になることで七つの席のうちの一つを潰す必要があると考えた。そうすれば幹部一人分の手間が省けることになるからな。


 俺が幹部になった暁には、正教側の攻勢を待って裏から邪教幹部を叩くわけだ。幹部の攻撃力と正教幹部の攻撃力で以て、アーロス達を葬り去る。正教側の人数が多いようなら、邪教を裏切っても良いかもしれない。


 そして、原作通りの魔法を発現させるのなら、アルフィーはサレン以上の対邪教徒性能を誇る。俺がアルフィーに過剰な期待を寄せていたのも仕方のない話だろう。

 兎にも角にも、俺が幹部になること。原作主人公たるアルフィーを守り抜き、かつ正教幹部に守らせること。サレンと同等以上の戦力が正教側に補充されるなら、アルフィーの保護は最優先に行うべきだろう。


(ただし、ある程度アルフィーを追い込むことも必要だ。彼の精神を抑圧してやることで、邪教徒を前にした時の爆発力が高まるはずだからな)


 アルフィーの成長を待ち、俺が幹部になって裏から邪教をめちゃくちゃに荒らし回れば、流石のアーロスと言えどもノックアウトできるはずだ。


 ……おや、最後に俺自身が残った時はどうするのかって?

 その時は多分、繰り上げの形になって俺が教祖になっているのだろうが……二度とカルト教団を成長させないよう、俺が責任を持って教徒全員を殺して回ってやるさ。その後は分からない。少なくとも、静かに暮らす――なんていうことは不可能だろう。


 ダスケルの街に幹部五人を送り込んだ時点で、オクリー・マーキュリーは大罪人である。たとえ内心で正義を誓っていたとしても、客観的に見て俺は幹部の右腕に値する邪教徒になってしまっている。セレスティアに怪しげな行動を見られてしまったし、正教側が移動要塞計画の危険性を認識するのも時間の問題だ。

 俺はケネス正教から賞金首のような扱いを受けることになるだろう。


 だが、俺の立場になった人間なら皆そうするはずだ。

 逃げ場もなく、信頼できる人間もおらず、極限の環境に詰め込まれた人間なら――等しく俺のような人間になるはずで――


(おいおいおい、言い訳するなよ。ありのままの自分と現実を受け止めろ、オクリー・マーキュリー。この究極の精神状態のまま、ゴールまで一直線に突き進むんだ)


 いつの間にか自己弁護を並べ立てようとした自分自身に驚きつつ、俺は改めて心に誓った。


 ……そうだ。仮定の話をしても仕方ない。

 俺は俺。この世界に不運な境遇で生まれてしまった。仕方のないことだ。それはそれ。だから、その理不尽を呑み込むのだ。激痛に耐え忍び、跳ね返す力を付けなければならない。


(そうだ、それでいい。修羅の道を行くと決めたなら、軸をブレさせるな。中途半端が一番良くないって分かってるだろ?)


 俺はダスケル奇襲を成功させた。後はこの街から逃げ出すだけだ。

 ……そういえば、ヨアンヌ達は転送後のことを話してくれなかったな。なにぶんメタシム奪還作戦の前兆を感じてからダスケル奇襲作戦を決定するまで数分も掛からなかったくらいだし、仕方ないか。俺もそこまで頭が回っていなかったし。


 まあ、今大事なのはアーロス達からの評価と信頼だ。俺に対する評価は中の下と言った感じだろう。あくまで『上手く使えば働いてくれる雑魚』程度の認識だと思われる。

 もっともっと信頼を積み重ねなければなるまい。


(そろそろ目が覚めるぞ。準備しろ)


 貧血のせいで俺は気を失っている。再び血を流すようなことがあれば、今度こそ誰も助けてくれないだろう。

 地鳴りのような轟音と爆発が響き渡るダスケルの街の中で、俺は目を覚ました。


「…………」


 顔の上に漆黒のローブが掛けられており、幹部の誰かが置いていってくれたようだ。嬉しいんだか嬉しくないんだか。


(俺の指は……ヨアンヌの薬指以外はなし、と。そりゃそうか、転送が終われば俺は役立たずになるもんな)


 両手を見下ろすと、幹部の宿っていた指がほとんど喪われていた。左手の小指、左手の人差し指、右手の小指、右手の人差し指が存在しない。移植を受けた指で唯一無事なのはヨアンヌの宿った左手の薬指だけ。

 左手の人差し指を交換したシャディクは剣を使うし、ポークに関しても棘の操作を指で行っているため、戦う際の不利を考えれば指を持っていくのは仕方のないことだ。それに、治癒魔法に融通を利かせられるのはヨアンヌだけで、他の教徒はあまり得意ではないはずだからな。指が無くなるのも仕方ない。


 ひとつ気になることがあるとするなら――五人の幹部は、転送の際に俺の指をどこにやったのかということ。俺の指を付けたままミキサーに飛び込んだなら、俺の指は二度と戻ってこない。

 そうなったらそうなったで我慢してやるが、指が少ないと武器が扱いにくくなるから嫌だな。


 周囲を見回すが、特に変わったことはない。相変わらず薄暗い路地が永遠に続いている。

 表通りで正教と邪教の幹部が戦っているようだから、早めにこの場を離れた方が良いだろう。


 立ちくらみの強烈な不快感に耐えながら、何とかその場を後にする。自分でも分かるくらい肌が青白い。目が回っている。知らず知らずのうちに相当参っていたようで、俺は膝をついて胃の中身を撒き散らしてしまった。


 切羽詰まった状況に追い打ちをかけるように、頭上に覆い被さっていた家屋が一瞬で蒸発していく。お陰で路地裏は表通りさながらの開放感を取り戻し、暗黒の影が空を覆い尽くす絶望的な光景を満遍なく見せつけてくれた。


「……はっ?」


 空を覆うアーロスの魔法。

 間違いない――アーロスが本気を出している。メタシムの戦いでも本気を見せなかったのに。


 視界の端に極太の熱線が映り、恐怖によって何とか現実に戻ってくる。アレはスティーラの攻撃だ。この近くで戦っているのだろう、巻き込まれる前に早く逃げなければ。


 吐瀉物の付着した口端を拭って、物陰に隠れながら外壁に向かって走る。

 いや、ダスケルの外壁へと走っていたつもりだったのだが――視界の先には凡そ外壁と呼べる建造物は残っていなかった。


 ドロドロに融解し、穴が開き、紫毒の棘が絡みつき、崩壊寸前となった壁のような何か。街の外周を囲う頑強な建造物など意に介さない幹部共の攻撃の爪痕に、改めてこの世界の戦場の恐ろしさを思い知った。


 前方に熱線が迸ったかと思えば、後方から不死鳥の業火が舞い上がる。頭上数十メートルに火の粉が昇り、肺を焼くような熱気が渦巻く。その炎を圧し潰すような影が上方から捩じ込まれ、激しく火花を散らしていた。


(まさか、サレン・デピュティとアーロスが戦っているのか……!?)


 気配の方向に視界を投げれば、影を纏ったアーロスと炎の塊のようなサレンが死闘を繰り広げていた。立襟の祭服と漆黒の仮面が入り乱れ、一撃交わすごとに街の地形を変えていく。

 拳を影によって肥大させたアーロスが、サレンの聖なる炎を掻き分けてその胸に影を突き刺す。一瞬にしてサレンの身体が粉微塵に爆裂したかと思えば、弾けた火の粉から復活したサレンが、アーロスの背後を取って渦のような紅炎を射出した。

 邪教徒にとって、その炎に触れることは死を意味する。死角から広範囲を焼き払ったサレンに対して、アーロスは煙に巻くような瞬間移動によって事なきを得ていた。


『厄介な能力を宿していますよねぇ、あなた』

「そっちこそ」


 圧倒的なパワー、純然たる瞬間移動、即死級の攻撃の応酬――やはりあの二人は別次元だ。特にサレン。戦場に立っているだけで、どうしても彼女に注目せざるを得なくなる。五対三の状況だと言うのに、彼女がいる影響で邪教側は数的有利を活かしきれていなかった。

 しかし、サレンはたまに眼下の景色を気にする素振りを見せており、火力に関しては全力全開と思えない控えめさであった。


(明らかに火力を絞っている。戦い方はガチだが、何かに配慮しているように見えるな。……どうして?)


 一旦息を落ち着かせて、俺は他の場所を見渡す。ポーメットはシャディクとポークを相手にしており、セレスティアはヨアンヌとスティーラを相手に戦っていた。

 一定間隔で不死鳥の炎の余波が街全体に行き渡るため、それを肌に感じる度に邪教幹部の動きが鈍くなっていた。もし全身を彼女の炎に撒かれれば治癒魔法の効果も虚しく即死なのだ。その心理的な影響もあって、正教幹部の二人はギリギリのところで立ち回れているようだった。


 そうか……サレンは仲間を気にしながら戦っているから、妙な視線の動かし方をしていたんだ。

 それだけじゃない。サレンは民衆の避難の時間を稼ぐために全力を抑えているんだ。彼女が本気を出せば、この街ひとつを業火で焼き尽くすことなど容易いはずだからな。


 しかし、どうしたものか、サレンの力が抑えられていようと困るものは困る。頭上から降ってくる火の粉ひとつひとつに聖火の余韻が込められているため、炎の効果が劣化しているとはいえ一般邪教徒に対しては大ダメージなのだ。

 傘替わりにしていたローブはすっかり焼け爛れ、俺の全身を服の上から焼き焦がし始めていた。


(くそっ、火の粉だけで死ぬぞ!)


 序列一位の恐ろしさを身に染みて味わいながら、息も絶え絶えに一定距離を離す。息を整えようとしたところで、前方から飛んできた鎌鼬が俺の首筋を掠める。貧血のせいで視野狭窄に陥っていたようで、目の前でセレスティアとヨアンヌとスティーラが戦っていた。


(普通に終わってるだろ……!!)


 俺は瓦礫の中に飛び込む勢いで身を伏せ、スティーラの熱線を回避した。先程まで立っていた場所がポコポコと沸き立ち、赤黒く萎びながら地面に呑み込まれていく。


「……セレスティア、美味しそうな身体。……今日は何だか、焼肉の気分」

「はぁっ、はぁっ……生憎ですが、わたくしはあまり美味しくありませんよ」


 目の前が沸騰して悲鳴を上げそうになったが、ここでバレては一環の終わり。身体の芯に力を込めて、喉奥から漏れそうな声を噛み殺した。

 セレスティアには面が割れている。今度こそバレたらノールックで速射されて死ぬ。「逃げ遅れた一般人なんです! 撃たないで!」戦法も通用しないだろう。一部の指がないせいで、クロスボウすら使えやしない。


 どうするか迷っていると、左手の薬指がぶるりと震えた。

 ――ヨアンヌの指。

 そうだ、彼女は俺の居場所を掴むことが出来るではないか。


 瓦礫の端から顔を出すと、ほんの数秒だけヨアンヌと目が合う。やはりだ。あいつは俺の居場所を掴んでいる。


 セレスティアは物理反射・魔法吸収・熱線放射という三重苦(スティーラ)の対応に気を取られており、こちらに気付く様子はない。風の魔法をぶつけて懸命に熱線を逸らし、隙を突いて飛んでくるヨアンヌの重すぎる攻撃に精神を集中しているおかげで、俺のような有象無象は視界にすら入っていないようだった。


 俺は珍しくヨアンヌに感謝しながら、ある程度安全なエリアまで走って逃げた。


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