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二六話 肉吸い


 ダスケルの地下から転送された五人は、オクリーの働きっぷりに舌を巻いていた。特にアーロスは彼が齎した期待以上の成果に身が打ち震えるような思いだった。


 アーロスは満身創痍となったオクリーを見下ろす。彼の身柄はヨアンヌに任せつつ、懐の異次元から五人それぞれの服を取り出した。別に裸で暴れても良いのだが、そこまでの知性を失っているわけではないからだ。


 ――オクリーの功績として、まず前代未聞かつ画期的な移動要塞計画の立案が挙げられる。次に、幹部のような治癒魔法を持たないにも関わらず人体実験をやり抜いたことも外せない。

 治癒魔法の担保が無い状態で極限の人体実験を耐え切る人間など、アーロスの記憶には存在しなかった。これまでの実験は捕虜や敵スパイなどを使っており、そもそも教団員で実験をするのが初めてに近い試みなのだが――それはともかく、特殊な訓練を受けている敵スパイよりも耐久力があるのは異常であった。普通の人間なら実験リストの二項目辺りで精神がおしゃかになっているところだ。


 そして現在、オクリーは厳戒態勢が敷かれた街の中に幹部を安全に転送してみせた。何者かに脚を切り飛ばされたにも関わらず、だ。

 しかも、彼は気絶する寸前に敵幹部の数と名前すら伝えてくれた。頼んでもいないのに。


 彼を幹部の腹心と言わずして何と呼ぶ。――この男を絶対に手放してはならない。いつか必ず幹部として多大な貢献をしてくれるだろう。

 幹部五人の間で絶大な共通認識が芽生え、思わぬ強力な味方の登場にポークやシャディクは安堵すらしていた。アーロスは左脚を切断されたオクリーに近付き、彼の身体を抱き締めるヨアンヌに声を掛ける。


『ヨアンヌ。彼を離してはいけませんよ』

「? 当たり前だ。コイツを手放す気はないよ」


 きょとんとしながら首を傾げるヨアンヌ。彼女はか細い手に力を込めると、より一層オクリーを強く抱き締める。真っ青な顔色をしているオクリーの苦痛に満ちた表情が、ほんの少しだけ和らいだように見えた。

 アーロスの内心的にはそういう物理的な意味で言ったわけではないのだが、二人の仲がより強固になってくれるのならそれに越したことはない。暴力性や狂愛の程度はさておき、アーロスはヨアンヌの恋の行方を応援しようと思った。


『絆は組織をより強固にしますからねぇ。私はあなた達の関係の進展を止めるつもりはありませんよ』


 バツ印の仮面は笑わなかったが、彼の声色は柔らかい祝福の色を帯びていた。


『そしてスティーラ。彼を食べてはいけませんよ』

「……摘み食いも、いけない?」

『そりゃダメでしょう。食べてもいいのは正教徒と裏切り者だけです』

「……オクリーを食べられないのは生殺し」


 どこまで本気か分からないスティーラの発言に、猫のように唸るヨアンヌ。ポークやシャディクは仲睦まじい二人の様子を見て、緊張を緩和してくれたようだ。

 安全な転送が完了すれば、次はダスケルの街を破壊し尽くさなければならない。作戦が失敗する確率はほとんどゼロに近いが、サレンという怪物がいる時点で『可能性』が生まれている。知らず知らずのうちに緊張が走るのは無理ないことだった。


 そして、アーロスの意図を汲んだポークやシャディクがヨアンヌの回復行為を急かした。それを受けたヨアンヌがいそいそと回復行為に勤しみ始めた――かと思いきや、何やら不穏な行動を見せ始める。


「すぅぅぅぅぅ」


「はぁぁぁぁぁ」


 何と治癒魔法をかけるフリをして、オクリーの切断面の臭いを肺の中にめいいっぱい取り込んでいたのである。

 これには流石のスティーラもカッと目を見開いてしまう。窘めるようにアーロスが話しかけてみるが、ヨアンヌの愛は止まらなかった。


『こらこらヨアンヌ、スティーラの真似ですか?』

「吸わなきゃやってられなくて」

「やめなよ、気持ち悪い」


 ポークに言われて、断面から顔を離して血みどろの鼻頭を曝すヨアンヌ。スティーラの血走った瞳が激しく揺らいだかと思うと、彼女は己の唇を噛み千切らんばかりにカニバリズムの衝動を押さえ付けた。

 彼女の頬骨の辺りは大きく痙攣しており、スティーラの人形の如き無表情が珍しく崩れ去っているのが分かる。


「……後でスティーラにもやらせなさい」

「また今度な」


 オクリーの肉を求めて争う二人に溜め息を吐いたポークは、ヨアンヌに代わってオクリーの傷を治すのだった。そしてポークは、気絶したオクリーを少しでもカモフラージュするために漆黒の外套を被せた。

 功労者を死なせるわけにはいかないが、計画が上手く進んでいる以上先制攻撃に全力を尽くすのが最善だ。オクリーは路地裏で一旦放置することになるだろう。


 ヨアンヌは目を離したがらないだろうが、無理矢理にでも連れていくしかない。正教幹部が五人なら、それぞれ一対一で心置きなく戦える。もしくは局所的に多数対一人の状況を作っていくか。少なくともオクリーを庇いながら勝てる甘い相手ではないのだ。


『ヨアンヌ』

「……分かってるよ、教祖様」


 声掛けだけで状況を理解したのか、ヨアンヌはオクリーの額に唇を軽く触れさせた。


「ごめんなオクリー、アタシ達ちょっと戦ってくるから。それまでゆっくり休んでてくれよ」


 後ろ髪を引かれるように、ヨアンヌはアーロス達の背中を追っていった。


『敵は五名。セレスティア、ノウン、ポーメット、クレス、そしてサレン……もし一対一の状況になるようなら、私がサレンを担当します』

「ならボクはノウンかな。相性的にも結構行けると思うよ」

「アタシにはセレスティアを殺らせてくれ」

「……スティーラは、クレスを食べてくる」

「ほっほっほ……なら儂がポーメットになるのか。あの小娘、結構強いんじゃがのぅ」


 各々の担当を決めたところで、アーロスはポンと手を叩いて出発の合図を取る。家族でピクニックに出発するかのような軽い調子であった。


『さぁ皆さん、存分に暴れ回りましょう。ただし深追いは禁物です。死んだら元も子もありませんからね。荒らすだけ荒らして無事に帰還しますよ』


 アーロスの言葉と共に、四人の幹部全員に満面の笑顔が弾ける。


 思う存分暴れていいんだってさ!

 さぁ、クソッタレな敵をぶち殺そう!


 許しを得た幹部達は、思い思いの方向に向かって飛び立つ。

 直後、ダスケルの民衆の間に非日常じみた悲鳴が響き渡った。


 ヨアンヌが破壊した瓦礫を四方八方に投げ捨て、投石機の如く破壊を撒き散らしていく。ポークの猛毒の(いばら)が猛威を振るい、教会の広場に集まっていた民衆達をあっという間に死体へと変えていく。

 そして、二人の悪辣なコンビネーション――瓦礫に棘を纏わせて『ゾンビ爆弾』を形作り、ヨアンヌはその爆弾を街の各地に向けて容赦なく降らせていった。


 スティーラの熱線が街並みを薙ぎ払うと、地面が沸騰するほどの超高温によって前方数百メートル以内の生命体が全て蒸発した。シャディクは広範囲に至る魔法を有していないため、高所に登って様子見を続ける。


『派手にやりますね。やはりこれくらい分かりやすくないと、つまらない』


 部下の張り切った様子に感心したアーロスは、負けじと魔法を解き放つ。

 彼の魔法は『影』を操る拡張性の高い魔法だ。また、触れた者の寿命を吸い取る特殊能力(オマケ)も備わっている。その速度にして、一秒毎に一年。幹部と言えども寿命による死は免れないため、彼との接触及び戦闘は致命的なものとなるだろう。


 アーロスの手から飛び出した『影』が上空へと飛び立ち、放射線状に広がっていく。黒い粘性の物体は青空と太陽を覆い隠して、直下のダスケルは暗雲が立ち込めたような闇に包まれた。

 ダスケルの街が影に満たされることで、アーロスの力が高まっていく。世界が影に満ちてしまえば、不可逆的な人体破壊や瞬間移動さえ可能になる。つまり、今の彼は無敵と言って差し支えなかった。


 こうして現世において無二の力を手にしたアーロスの頭上から、老兵の声が飛ぶ。


「アーロス様、向こうさんの首魁のお出ましじゃ」


 既にダスケルの街は見るも無惨な状態。死者はこの数分間のうちに数千人を数え、『ゾンビ爆弾』やスティーラの熱線、そして空を覆い尽くした影によって民衆はパニックに陥っていた。

 皮肉にも、この惨状を後押ししているのは正教サイドだ。彼らが街の出入りに厳しい制限を設けたことによって、外から街に入ろうとする者達と、内から街を出ようとする者達との間に先刻以上の大衝突が起こっていたのである。


 そして、突然の邪教幹部出現に対応し切れなかった正教幹部の行動は三極化することになる。まず、サレンやポーメット、セレスティアの三名は騒動の根源を確かめるべく街の中心部に向かい――クレスは異常を察知して、各門へと向かって将棋倒し寸前の過密状態の解消に当たった。最後の一人であるノウンはゾンビの被害を食い止めるため、獅子奮迅の勢いでゾンビ殲滅戦を開始していた。


 街中に邪教幹部が湧いてきた(・・・・・)ことが今までで一度も無かったのが運の尽きだ。正教側の対応は全て後手。逆に、邪教のすること全てが面白いように成功していく。


 メタシムに続く地獄が生まれる中、正教幹部の第一陣が到着する。サレン、ポーメット、セレスティアは暴れ回る五人の敵に言葉を失ってしまった。


「来るなら来るって言ってくれよ。お茶でも用意したのに」


 こめかみに青筋を立てる女騎士の隣で、立襟の祭服を着た序列一位(サレン)が呆れたように言い放つ。彼女はハイヒールを鳴らしながら融解した教会へ近付こうとして、諦めたように首を振った。


「はぁ。やってくれたな」


 ハーフアップに纏めたクリーム色の髪を舞い上げながら、正教幹部序列一位の魔法が顕現する。全身から噴出する業火の炎。その肉体に不死鳥を宿したサレンは、全身を怒りに震わせながら聖なる炎を増幅させていく。


「私が教祖を足止めする。ポーメット、セレスティア……他の奴らの足止めを手伝ってくれ」


 サレンは一般人の避難の時間を稼ぐため、邪教幹部五人の注目を惹き付けるように炎を噴射した。シャディクやヨアンヌは大袈裟な動作で炎を回避すると、防御力の高い魔法を使用できるアーロスやスティーラの背中に隠れる。

 対邪教徒に特化したその魔法は、アーロス寺院教団に所属する穢れた魂(邪教徒)を細胞ひとつ残らず焼き尽くす。治癒魔法を阻害しながら肉を焦がすため、たとえ幹部クラスであろうと一撃必殺レベルの魔法である。


 炎の中に揺らめく琥珀色の瞳。

 闇の中に浮かぶ仮面。


 崩壊した街で、光と影が激突する――


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