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二三話 俺ってばモテ男だから(絶望)


 事の発端は、本部拠点に送られてきたスパイの情報だった。メタシム最寄りの街に紛れさせた教徒が、正教軍の不審な動きに勘づいたらしい。スパイの情報が本部拠点の幹部達に通達されたのが、つい先刻のこと。

 そして、ポークを通じて正教のメタシム奪還作戦を知らされたスティーラが、俺とヨアンヌに情報を話してくれたわけだ。


 この衝突は原作では語られなかった。メタシム陥落後は、主人公の絶叫と呪詛のような恨み言を映して場面が暗転。そのまま悪夢に魘される成長後の主人公に切り替わるという流れだったからだ。

 ただ、正教が邪教に奪われた土地を取り返したいと考えるのは当然のこと。情報が隠蔽されている拠点などを除けば、地図に載っている邪教徒の支配地はメタシムしか存在しない。この土地を奪還するために返しの刃を用意してくるのは、火を見るより明らかだった。


 元々俺の精神安定を待って北東支部への異動が始まる予定だったのだが、正教幹部がメタシム奪還に動いているとなると対応しないわけにはいかない。実験が恙無く進んだこともあって、俺はめでたく作戦の要へと押し上げられてしまった。


『元々メタシム奪還作戦の気配はあったけど、予想より早いお出ましになる。オクリー、君は一般人に扮して街に潜入してくれ』

「……本来なら北東支部で技術を仕込むのだけど、今は緊急事態。……さぁ、外に出て」


 俺はヨアンヌと顔を見合せた後、その左手を観察し始めた。

 爆弾の弾はひとつ、ヨアンヌのみ。街の中で彼女を『転送』させれば効果は抜群だろうが、集結している正教幹部の数によっては自分から地獄に飛び込むことと相違ない。


「集結する正教幹部の数は?」

『今のところは……そうだねぇ、向こうの幹部は全員来ると思って良いと思うよ』


 意表を突いた先制攻撃を仕掛けるのは俺達だが、正教幹部が集結するとなれば弾は多い方が良いはずだ。それにも関わらず攻撃を仕掛けるのだろうか、と訝しんだヨアンヌが眉を顰める。


「……最悪の状況を想定するなら、アタシを転送しただけじゃ戦力が足りなくないか?」

『その通り』


 ポークはそう言うと、メタシム上空を見上げた。


『――だから、今から増やすのさ』


 その発言の直後、太陽を背にして三つの人影が飛び込んでくる。膝をつきながら着地したその三人は、ゆっくりと立ち上がって俺達の前に歩いてきた。


「ふう、本体のご到着だ」


 すらりと伸びる美脚。百七〇センチを超える引き締まった体躯。黒髪ショートカットを後ろでひとつに纏めた男装の麗人は、灰色の瞳を輝かせて下卑た笑みを浮かべる。

 現れた一人目の幹部は――序列五位のポーク・テッドロータス。


 二人目の幹部は――


「アーロス様も人遣いが荒いのう」


 今にも折れてしまいそうな、枯木のような皺まみれの老爺。しかし、没個性的な外見の中に、ブレない一本の芯が通っている。俺の身長を一回り超える老剣士の名は、幹部序列三位のシャディク・レーン。

 『拾読(ひろいよみ)』という十秒先の未来を観ることのできる予知能力を有しているが、それ以外に特筆した能力はない。それにも関わらず彼が序列三位――物理攻撃を反射するスティーラよりも序列が上――である事実は、底知れぬ実力の現れでもあった。


 そして最後に現れた幹部は当然――


『オクリー君、久しぶりですね。あなたの働きっぷりはよく耳に入ってきますよ』


 バツ印の白い仮面の上に、中折帽を被った黒ずくめの男――アーロス・ホークアイ。幹部序列一位にして、アーロス寺院教団というカルトを指揮する悪のカリスマだ。個性派揃いの幹部を束ねることがそもそも異常なのに、奴自身の戦闘力も尋常ではないレベルにある。そんな教祖アーロスが俺の身体に肉片を移植するというのか……? いくら何でも性急すぎる。


 俺は三人の幹部の出現に恐れおののきながら、素直な恐怖心から顔を上げられなくなった。

 今この場には、序列二位と非戦闘員の序列七位(フアンキロ)を除いた教団の戦力が集結している。その注目を一身に集めるとなると、利敵行為を働こうとしているわけでもないのに極度のストレスを感じてしまう。死を間近に感じると言っても良かった。


『最悪の状況に備えて過剰なまでの戦力を注ぎ込む。裏を読み、先を読み、相手に主導権を握らせない。大規模戦闘の鉄則です』


 溌剌と語りかけてくるアーロスに対して、俺は間抜けな表情で頷くことしかできない。ヨアンヌは不安そうな表情で行く末を見守っている。

 ヨアンヌ以外の幹部は頷き合うと、それぞれ思い思いの手段で自分の指を切り落とした。ポークは自らの棘で左手の小指を切断し、スティーラは右手の小指を噛み千切り、シャディクは腰に携えた剣で左手の人差し指を切り落とし、アーロスは右手の人差し指を引っこ抜くようにして差し出してきた。


「はぁ。ボクはこんな外道な作戦したくなかったんだけどねぇ。ま、勝つためなら何だってやるさ」

「……スティーラの小指。……いざとなったら、非常食として食べることを許可する」

「これは儂からの餞別だ。小僧、貰っておけ」

『誇りなさいオクリー君。こんな経験、他の教徒はしたくてもできませんからね』


 部活の先輩に寄せ書きを贈るみたいな彼らの軽さに悍ましさを感じながら、俺は歯を食い縛って対象となる指を切り落とした。完全にこの雰囲気に乗せられたというか、流されたというか。とにかく、いきなりこんなに指を揃えることになるとは思わなかった。ただでさえ『マーカー』の位置を掴むことの出来るヨアンヌに執着されているという縛りがあるのに、今日でその縛りを四つ追加である。一気に修羅モード突入だ。


「うっ、く……」


 今日は血を流しすぎている。先刻、三秒ルールで即死スレスレの頭部交換を行ったのだが、その際面白いくらいに血が出てきて別の死因で逝きそうだった。上半身及び下半身交換においても凄まじい出血量だったが、そういえば何で俺は生きているんだろうか。普通なら死んでもおかしくなかった。身体が適応しているのかもしれない。


 一本ずつ指を接着して、その部位に治癒魔法が掛けられていく。これで俺は、左手の薬指にヨアンヌを、左手の小指にポークを、左手の人差し指にシャディクを、右手の小指にスティーラを、右手の人差し指にアーロスを宿すことになった。

 尤も、作戦が終われば俺の指の一部は返却されるはずだと俺は考えている。ヨアンヌ以外の『転送』射程は精々一キロであり、幹部がゲルイド神聖国のあちこちに散らばった状況では『転送』が発生しないからだ。……されるよな? 特別性を感じるからずっと交換しておきたいとかいうサイコはヨアンヌ以外に居ないよな?


 しばらく経っても俺の身体に拒絶反応は現れず、ヨアンヌは小さく息を吐いていた。

 まさか他幹部の身体とも適性があるなんて思わなかった。良いことなのか悪いことなのかは、まだ分からない。


『何だか、嬉しいですね』

「何がです?」


 しみじみと呟くアーロスに、ポークが軽妙に問い返す。アーロスは太陽を見上げながら、何度か大きく頷いていた。


『いやね、オクリー君がこのような立派な姿になって感激しているのですよ。セレスティアを取り逃した時、オクリー君は重圧に押し潰されんばかりの思い詰めた表情でしたから……その失敗を跳ね除けて、今まさに飛び立とうとしている。それが我が子の成長のように嬉しいんです』


 ただならぬプレッシャーを感じていたのは大抵アーロスのせいだ。お前がいるせいで人生滅茶苦茶なんだが、どうやら当の本人は俺の個人的な恨みには気付いていないらしい。

 アーロスは条件付きで瞬間移動じみたことができる。だから、わざわざ指を交換してくれたのは俺を認めてくれたからなんだろう。


『さて、我々に残された時間は多くありません。今すぐに移動要塞計画を実行に移しましょう』


 俺はヨアンヌにお姫様抱っこされながらメタシムの街を出発し、あっという間に最寄りの街――ダスケルの付近に到着した。遥か遠くに外壁を展望する地点に降ろされた俺は、ポークに街の説明を受ける。

 ダスケルの街は厳戒態勢が敷かれているそうだ。幹部がメタシムを取り返すために準備しているとあって、街への立ち入りを厳格に監視しているとのこと。


 移動要塞計画の要は『意表を突くこと』にある。起点となる邪教徒の侵入がバレてしまえば効果は半減。それどころか、先んじて幹部の肉片を潰されてしまえば、さぁ転送するぞと身体をミキサーにかけ、そのまま復活できずに幹部が頓死するという線も有り得る。


 要するに、俺は幹部に完璧な潜入を求められているようだった。しかしどうしたものか、俺にはまともな手段がない。アーロス寺院教団の兵士として訓練は受けているんだが、こういった潜入任務とは縁がなかったのだ。

 困り果てる俺に対して、アーロスがポンと肩を叩いてくる。


『悩める子羊にアドバイスをしてあげましょう』

「は、はい……?」

『治癒魔法も挽回手段も持たないあなただからこそ、最大限に活かせる強みがある。それを考えなさい』

「私にしか活かせない……強み?」

『えぇ。答えは自分で探すことです。あなたならきっと見つけられますよ』


 そう言うと、アーロス達は『転送』射程のギリギリ――街の中心部から数えて一キロ地点――に待機しておくため、地面に穴を掘り始めた。何というパワープレイ。街の中心部の直下に待機しておくことで一キロメートルの制約をぶち抜くつもりか。


 穴掘りに取り残された俺は、ヨアンヌと二人きりで地上に立つ。


「オクリー……信じてるぞ」


 ヨアンヌが健気なヒロインじみた言葉を掛けてくる。


 ……俺としては、戦況が紛れて邪教側の誰かが死んでくれた方が有難いんだがな。





 時は少し遡って、ダスケルの街の中心部の教会にて。

 集結した正教幹部は五人。


「皆に集まってもらったのは他でもない」


 正教幹部序列一位のサレン・デピュティが神妙な調子で切り出す。『不死鳥』『業火の魔法使い』と呼ばれる彼女の言葉に、四人の幹部は息を呑む。


「新月の日の日没を待ち、メタシムを占拠する邪教徒共を一掃する。それまでは準備に専念すること。……異論のある者は?」


 その言葉に、序列三位の大男クレス・ウォーカーが頷く。序列四位の女騎士ポーメット・ヨースターは大きく深呼吸する。序列六位のノウン・ティルティは無反応を貫き――序列七位のセレスティア・ホットハウンドは修道服を翻して立ち上がった。


「サレン様、お待ちください。一つ懸念があります」

「言ってみろ」

「邪教の幹部、ヨアンヌについてです」


 ヨアンヌの言葉を耳にした瞬間、サレンが眉を顰める。眼力に気圧されそうになったが、セレスティアは怯まずに続けた。


「彼女が有する『マーカー』の能力は岩石の投擲地点として使えるだけでなく、『転送』先としても使用可能なのです。これはわたくしの予想でしかありませんが――敵はわたくし達の出鼻を挫くため、ダスケルの街に『マーカー』を送り込んでくるものと思われます」

「ほう。それは岩石の投擲のため? 転送先として? それとも両方のため?」

「……それは分かりません。ですが、邪教徒はわたくし達でも把握し切れないスパイを送り込んでいます。メタシム奪還の動きは漏れていると考えておいた方がよろしいかと」


 ヨアンヌ・サガミクスと幾度となく戦ったセレスティアだからこそ分かる野生の勘。彼女の読みはオクリーやアーロスの狙いを看過していたが――それでもまだ、一歩及ばない。


「既に『マーカー』が送り込まれている可能性は?」


 クレスが突っ込む。その問いに対する返答に窮したセレスティアだったが、クレスとてセレスティアを虐めたいわけではない。「とにかくこの街の人間にも警戒しろってことね」と彼は引き下がった。


「……なるほど、では街に厳戒態勢を敷かせることにする。作戦決行まで街の出入りは禁止。異論は無いな?」


 サレンは控えさせていた兵士に告げる。ほぼ同時刻に街を脱出した邪教徒のスパイがいたものの、この厳戒態勢が後のオクリーを苦しめることとなる。


「それと、もうひとつ。恐らく偽名を使うのでしょうが……オクリーという邪教徒の男には気をつけてください。ヨアンヌの右腕的な存在です」


 言いたいことを全て言い終えたセレスティアは、静々と椅子に腰掛けた。


「……というわけで、作戦決行までは街中の警戒に当たれ。『マーカー』らしき人間を見つけたら即刻排除しろ」


 サレンの言葉を最後に、五人の幹部はダスケルの街に散らばっていった。


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