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二二話 人体実験なうw


 スティーラを待たせていたので、足早に風呂を出た後すぐに着替えを始める。頭の上からほかほかと湯気を立ち昇らせたヨアンヌを引き連れて、俺達は地下室へと戻った。

 その際、ヨアンヌが適当なゾンビを捕まえてポークに何かを耳打ちしていた。多分、ポークを実験に誘うつもりなんだろう。微妙な反応を見せたゾンビだったが、若干引きつつも地下室についてきてくれるようだった。


「……遅い。……長風呂」


 地下室に到着すると、ヨアンヌが用意した刃渡り五〇センチの刃物を磨くスティーラがいた。薄暗い地下室に刃物を持ったゴスロリ少女が立っている――など、何かの冗談かと思えるような光景である。

 絵本の中から飛び出てきたような少女が、人を簡単に殺めることのできる刃物を持っているミスマッチ感。だからこそ彼女の異常性が際立つとも言える。


 スティーラはマチェーテのような武器をテーブル上に置くと、大きな鋏を手に取って何度か開閉を繰り返した。林檎を咀嚼するような小気味よい音を立てる刈込鋏。日常で目にする機会が多い分、こっちで切られる方が嫌な感じがした。


『まさかボクも実験を手伝うことになるとはね。はぁ、逢い引きの現場を見るみたいで嫌だなぁ』

「早速始めようか。オクリー、こっちに来い」


 妙な拘束器具が並べられた作業台に押し倒され、続いてヨアンヌが隣に寝転んだ。確か最後の方の項目に『頭部の交換』というのが書かれていた気がするが――

 それってつまり、首チョンパしてくっつけてどうなるのって内容じゃないか。逆に痛く無さそうではあるが、流石にビビるぞ。


「ち、鎮痛剤などはありますか?」

「……人は性的興奮状態に陥ると痛みを感じにくくなる。……したいというなら、このスティーラが直々にしてあげるけど」

「……い、いえ。すみません、遠慮しておきます」


 なるほど、性的興奮による脳内物質の分泌が鎮痛方法として用いられてきたのか。現代技術のないこの環境なら、それが最も手軽に可能な鎮痛手段ではある。

 ただ、元々人としての尊厳は無いに等しいが、性的刺激を受けながらバラバラにされるのは勘弁だ。ヨアンヌに何を言われるかも分からないし。俺の思った通り、隣のヨアンヌから凄まじい圧力を感じたので申し出は断っておいた。


 スティーラの申し出を断ると、俺は自らの薬指を見つめて深呼吸した。


 幹部最高の治癒能力を有するヨアンヌは、細胞が一ミリグラムでもこの世に残っていれば元通りに復活する。そんな彼女の肉片を有しているということは、一般人という枠組みを飛び越えた抑止力と戦力を手に入れたも同然。

 今から行われる実験は、俺の身体と彼女の肉が癒着することによって、どのような挙動をするかの観察と記録である。人間兵器――移動要塞オクリーの第一歩になるだろう。


『まずはお互いの薬指が元に戻るかどうか。ササッとこなして行くからね〜』


 スティーラが極太の鋏を手に取り、ポークが俺の左手をきつく拘束し押さえ込む。ちょっと待ってと言う前に、左手の薬指に冷たく鋭い金属の感触が当たる。

 あ、切られる。そう思った瞬間、隣のヨアンヌに何かを噛まされる。柔らかい肌に刃物が食い込む感覚。薬指の根っこに当たる部分が挟み込まれ――相変わらずすんなりと切り落とされた。


「――っ!!」


 彼女の薬指に神経が通っていただけに、元々自分の身体だったかのような激痛が爆発した。首から上が沸騰しそうなほどの熱を持ち、全身に鳥肌が立つ。我慢という意地すら出てこないほどのたうち回って、作業台がガタガタと揺れる。他人事のような、涙に濡れた呻き声が部屋の中に木霊していた。

 視界が涙で濡れる中、続けてもう一度、シャキンという金属の擦れ合う音が響いた。ヨアンヌの薬指を落としたらしい。すぐに指が交換されると、スティーラの治癒魔法によって俺の薬指が元の場所に戻ってきた。


「……元通りに癒着したことを確認」

『ふむ、これは重要なサンプルになるねぇ』


 血まみれの手を長い舌で丁寧に舐め取るスティーラと、マッドサイエンティストの如くペンを走らせるポーク。息を荒らげて涙目になっている俺の様子を心配してか、ヨアンヌは心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「オクリー……大丈夫か?」

「ふっ、は、はは。喉元過ぎれば熱さを忘れる、ですね」

『おお〜! ボク、君のことで初めて感心しちゃったかも』


 顔中に脂汗が浮かぶ。先程まで考えないようにしていた実験リストの内容が脳裏を過ぎる。


『んじゃ、次はもう一度同じ作業を繰り返す……と』


 同じ作業(・・・・)を繰り返す。つまり、癒着した俺の指を切り落として、再びヨアンヌの指と入れ替える必要があって――


「……えい」


 スティーラの可愛らしい声とは裏腹に、左手の先端に耐え難い激痛が迸った。たかが指一本の切断。しかし、その衝撃は全身を電撃の如く駆け抜けて、脳回路を破壊しようと暴れ回る。背中が跳ねて、拘束の中でのたうち回った。

 これがヨアンヌの言う『衝撃』。確かにこれを耐え切るには相当の覚悟が必要だ。心を殺してやり過ごすか、狂ってしまった方が楽なのは間違いない。


 視界の端で、手袋をした死体とゴスロリ少女が揺れている。朦朧とする意識の中、自壊しそうな意識を繋ぎとめる温もりがあった。ヨアンヌの手だ。俺の右手を握ってくれているんだろう。無論、そんなことを気にとめる余裕は皆無だ。

 二度左手を切り裂かれてぐったりと脱力してしまった俺は、再びヨアンヌの薬指が接着される様子をボーッと眺めていた。


『……うん、しっかり癒着するね。相性バッチリだ』

「オクリー、しっかりしろ。アタシがついてるからな」


 多分、ヨアンヌがついてきたから俺はこんな目に遭っている。幹部になるなら避けては通れない道だったんだろうが……何とも言えない相関関係に、俺は苦笑いした。


『続けて、ヨアンヌの身体をミキサーにかけていくよ。そしていよいよ、癒着した(・・・・)薬指(・・)から(・・)どのように(・・・・・)復活するか(・・・・・)を検証していく、と』

「……折角風呂に入ったんだけどなぁ」


 俺の薬指をポークに手渡したヨアンヌは、外套を脱ぎ去って裸になった。俺に対して胸を隠すような仕草を見せた後、ヨアンヌはスティーラが生み出した熱線の力場に躊躇なく踏み込んでいく。肉が焦げ落ちるような音が炸裂して、ヨアンヌの姿は跡形もなく消え去った。

 俺の目の前に彼女の髪の毛の欠片が飛んでくる。間違いなく即死。あまりにも壮絶な光景と激痛の残滓に、俺の心は大きく揺らいでいた。


(そんなに頑張って、自分を傷付けて……その先に何があるんだよ。何がお前をそうさせるんだ?)


 彼女の肉体が焼失して数秒後、左手の薬指に『予感』が走る。感覚を共有したヨアンヌの薬指がぶるりと震え、彼女の意思が宿る感覚。全身の血液が持っていかれるような寒気と、貧血状態のような目眩が起こった。


 ――来る(・・)。ヨアンヌの再生が始まる。


「……仮にオクリーが死ぬようなことがあれば、全部食べる。……だから、安心」


 スティーラがそう嘯くのは、幹部の肉体治癒は空間さえ貫くからだ。たとえ傷口に鉄板をあてがわれたとしても、その鉄板を押し退けて身体は再生する。つまり、ヨアンヌの傷口と繋がる俺の身体が障害物と判定され、押し退けられて消滅する恐れがあるわけだ。

 だが、ヨアンヌは薬指が癒着した際こう言っていた。アタシは治癒魔法が上手いんだ、そんなヘマはしないさ――と。もちろん、実際の挙動を確認してみるまでは何が起こるか分からない。あっという間に死ぬかもしれないし、彼女の宣言通り怪我なく終えられるかもしれない。俺は縋るようにして薬指に宿るヨアンヌに祈った。


 そして――復活が始まる。


「う、お――」


 左手の薬指から、皮下を抉るような痛みが走る。手の甲を突き破って生えてくる骨と肉。あっという間に背骨や肋骨が伸び始め、骨の上に肉が乗り始める。

 内臓や肉体組織が形作られていく光景が網膜に焼き付く。強酸に入れた肉体が溶けていく様子を巻き戻すようにして、人間の温もりを宿したヨアンヌが一糸纏わぬ姿で復活した。


「どうだオクリー。アタシ、上手かっただろ?」


 全裸のまま俺の腰の上に馬乗りになっているヨアンヌ。不気味にはにかむ彼女を一瞥して、俺は彼女の両肩にローブを掛けてやった。

 自分の左手を見下ろすと、左手の甲の一部が喪われているのに気付く。しかし幹部達の反応を見るに、これでも俺の損傷は少ない方らしい。押し退けた部分の少なさにポークは唸っていた。


「……呼び出す際は、部位(・・)を切断する方が賢明と判断」

『そうだねぇ。仮にボク達が転移するとしたら、上手くやれたとしても彼の上半身丸ごと押し退けちゃうかもしれないしねぇ』


 ヨアンヌが俺の上から捌けていく。これまでと変わらぬ笑みを浮かべ、平然と会話に混じっていく彼女に対して、俺は思わず聞いてしまった。


「……何故ヨアンヌ様は痛みに怯まず己を強く保てるのですか? ……その原動力は一体何なのですか?」


 ヨアンヌだけじゃない。ポークも、スティーラも、どれほどの理由があって修羅の道を歩もうとするんだ? 俺はその答えを知っていたが、改めて聞かずにはいられなかった。


『おや、忘れたとは言わせないよ』

「……アーロス様について行けば、スティーラ達は幸せになれる」


 ポークとスティーラが狂気の瞳で答える。ヨアンヌはニコニコとした笑顔のままこう呟いた。


「国だよ。アタシ達は聖地メタシムを中心にした理想の国を創るんだ」


 常識に疑問を持つ無知な子供に改めて答えを教えるような、優しい笑顔だった。


 アーロスの真の目的は、洗脳により信仰を集めて本物の神に成ること。彼は数年後に起こるとされる皆既日食の日、自らが神に生まれ変わると信じているのだ。その日に聖地で儀式を行うことで、アーロスは本物の神になると同時に真の王国を建国するのだ。

 アーロスがケネス正教を攻撃するのは個人的な要因もあったはずだが、聖地メタシム奪還の際に敵対は必須。例え戦いで大量の味方が死のうと、自分が神になれば死人を生き返らせることが出来ると思っている――という思考回路だったはずだ。


 この計画の大筋は、洗脳教育の過程で嫌というほど擦り込まれてきた。理想の国を創る。その為の礎となれ。理想の国は幸せに満たされ、死という概念がない。そして、いずれ来たる世界の滅亡を回避することができる。――まぁ滅茶苦茶な理論だが、異常な環境も相まって、彼の言葉を信じてしまう者がほとんどだった。


 ヨアンヌ達は王国の夢を信じているのだろう。彼女達の瞳は狂信と表現するに相応しい淀んだ色をしていた。


「……あの御方は生きる意味をくれた。……みんな、あの人のためなら痛みにも耐えられる……」


 スティーラはそう零すと、血に濡れた手を胸に当てた。何故かしんみりし始めた地下室の中、俺は痛みのおかげで正気を保てていた。


(今後はイカれた人間を見て正気に戻ってくる技術も必要だな。心が弱っている時、奴らの雰囲気に呑まれてしまうかもしれないからな)


「……失礼しました。痛みで大切なことを忘れてしまっていたようです。……さぁスティーラ様、実験を再開しましょう」


 俺は痛みのせいで目尻に浮かぶ涙を拭い、身体を捌こうとするスティーラに身を任せた。俺の涙が感涙のそれに見えたのか、三人は顔を見合せてしみじみと感じ入った雰囲気である。


「……やっぱり、あなたは特別美味しそう(・・・・・・・)。……ヨアンヌがいなければ、たくさん味見しているところ」

「はぁ!? コイツはアタシのモノだから手ぇ出すなよ!?」


 スティーラ様渾身の食人ギャグが飛び出し、ヨアンヌのいつものツッコミが入ったところで、地下室に和やかな笑いが溢れる。なるほど、幹部ともなると人心掌握もバッチリですと。アットホームな職場だなぁ。


『はは、やる気になってくれたようだねオクリー。そろそろ続きをしようか』


 続いての項目は胴体の交換。俺達の実験は始まったばかりだ。


 こうして全ての項目をやり終えた俺は、満身創痍かつ五体満足で作業台から解放された。

 頭部の交換から、上半身と下半身の入れ替えまで。指の先端から第一関節までは俺の指を、第一関節から第二関節まではヨアンヌの指を、第二関節以下は俺の指を――というふうに、ストライプになった指の回復はどちらで発生するのかを調べたりもした。


 実験の途中から、俺の身体は痛みを感じにくく進化したようだった。


『素晴らしい! これは重要な実験データとして報告させてもらうよ』


 そう言ってポークのゾンビは地上へと消えていった。漆黒のゴスロリ衣装を血に濡らしたスティーラは、特に気に留める様子もなくゾンビの後を追っていった。

 何度か体液を啜られたような気がしなくもないが、スティーラに手を出されることは無かった。ただ、たまに俺を見る時の目が『食材(モノ)』を見る目だったのは気掛かりである。


「オクリー、よく頑張ったな」

「ヨアンヌ様のお陰で耐え抜くことができました」

「まあ、そうだろうな。最初の方なんてオマエ、泣きそうな顔をしていたぞ」


 くすくすと笑うヨアンヌ。

 普通に痛すぎて泣いてたんだが?


 実験の話で少し盛り上がっていると、ゴスロリ少女が再び地下室に顔を出した。


「……二人共、少し話がある」

「おいスティーラ、あんまり時間取らせるなよ」

「…………」


 スティーラは俺とヨアンヌの血に塗れた床を見下ろし、何度か視線を左右させる。意を決したように視線を上げた少女は、俺達に向かって驚きの発言を投げかけてきた。


「……最寄りの街で、幹部達がメタシム地方奪還のために準備を始めているとの情報が入ってきた。……そこでオクリー、あなたは街に潜入して計画(・・)を実践するように……との指示が出た」


 俺は息をすることも出来なくなって、あまりにも急な指示に立ち尽くすことしか出来なかった。


「……拒否権はない。……すぐに準備することね」


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