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二一話 ヒロインと風呂に入ろう♡なお


 ヨアンヌの隣に立った奇抜な髪型の少女が目に入る。ヨアンヌの身長は確か一五五センチだったと記憶しているが、その少女はヨアンヌよりも一回り小さな体躯であった。

 黒髪縦ロールのゴスロリ。動く人形のような完成された美少女。俺は彼女の圧倒的な雰囲気に威圧されて、自然とその場で傅いていた。適度な距離に近付いてくるまで面を上げずにじっと息を押し殺し、無礼のないよう挨拶する。


「スティーラ様、お初にお目にかかります」


 下ろした視線から見える下半身と白い手。ヨアンヌの肌は雪のように白い色をしているが、そんな彼女よりも遥かに白い――寧ろ青いとまで評されるような肌色のスティーラは、俺の姿を認めて青い瞳を大きく見開いた。


「……面を上げて。……お前が例の(・・)男なの?」


 黒いゴシック風な日傘を肩に添わせながら、スティーラは俺の全身を吟味するように注視してくる。耳や目、唇、鼻、服の下まで見透かされそうな眼光に怖気付いてしまう。

 ……もしかして、柔らかそうな部位を見られているのか? 美食家特有の観点だな。


「……良く鍛えられた、良い身体をしている」

「お褒めに預かり光栄です」

「……美味しそう」

「…………恐縮です」


 ――スティーラ・ベルモンド。序列四位の幹部であり、煮え滾る狂気を秘めた肉食系少女だ。

 彼女の魔法は『反射と吸収』。スティーラは全身に物理攻撃を反射する結界を張っており、魔法攻撃に関しては全て吸収して己の力に変えてしまう厄介な魔法の持ち主だ。吸収した魔法は熱線として放射され、敵を一方的に焼き尽くす――という過剰なスペックの邪教徒である。


 一応攻略法はあるのだが、やはり一般人が太刀打ちできるかと問われれば答えはノーだ。身体の内部から攻撃するか、吸収できないレベルの魔法攻撃を仕掛けるか。これらの攻撃方法でしか攻略は難しいだろう。

 当然スティーラも治癒魔法を完備しているので、肉片を残してしまうと余裕で復活してくるとかいうオマケ付きである。


 俺はスティーラの隣にいるヨアンヌに視線を投げかけ、「何でコイツが居るんだよ」と目線で訴えかけた。彼女の持ち場は北東支部のはず。幹部会が終わって北東支部に戻らなければならないだろうに、何故メタシムに寄り道しに来たんだ?


 俺の視線に気付いたヨアンヌは、スティーラを警戒するように「コイツ、オクリーを一目見てから帰りたいんだってよ」と零した。


「私を見るために、ですか?」

「……興味があった。……移動要塞化計画を考えつく逸物を見ない道理はない」

「オクリー、こんな奴気にしないでいいからな」


 スティーラからヨイショしてもらっていると、妙に不機嫌なヨアンヌが俺とスティーラの間に割って入ってきた。しばしの間、スティーラとヨアンヌ両名に沈黙が流れる。ヨアンヌがスティーラを睨みつけ、スティーラは逆に余裕の表情で視線を返している状態。獰猛な肉食獣が縄張りを主張するかのような睨み合いに、俺は手持ち無沙汰に右往左往するしかできなかった。


 気まずい数秒間の後、俺は片頬を膨らませたヨアンヌに連れられて地下室に潜る。幹部会にて貰い受けた実験リストを消化する任務があるからだ。

 スティーラは実験の見学兼補助員をしてくれるらしい。ヨアンヌが「おつまみはダメだぞ」とスティーラに忠告していたが、お触り禁止みたいに言うのはやめてほしい。俺は人間だぞ?


「今夜は眠れそうにないな、オクリー」

「そうですね」


 地下室は既存の地下空間を流用して造られており、拘束器具などは一通り揃っていた。邪教徒のクレイジーっぷりがクローズアップされがちだが、正教も拷問や拘束などは当然行っている。メタシムの地下空間には妙な血生臭さがこびり付いていた。


 これから始まる猟奇的な実験は、俺やヨアンヌの血肉がドバドバ出まくる凄惨な現場になることであろう。流石の俺も、現場に来ると躊躇というか恐怖心が湧いてきてしまうものだ。

 薄暗い閉鎖空間から一旦逃れるべく、俺は風呂に行ってもいいか許可を取ることにした。どうせ血で汚れるんだけど……これはアレだ、手術前に身体をアルコール消毒するみたいな感じのやつ。今の俺には、気持ちの整理をする時間と身体を綺麗にする時間が必要なわけだ。


「ヨアンヌ様、先に身体を清めてきてもよろしいですか?」

「ん? ……あぁ、風呂のことか? 別に止めはしないが、どうせ汚れるぞ?」

「すみません。私としても痛みには拭い切れない恐怖がありまして、気持ちの切り替えが必要でして……」

「そうか。ま、教祖様を想う気持ちがどれだけ強かろうと、辛いもんは辛いし、痛いもんは痛いからな」


 特に止められることなく、俺は地下室から送り出された。退出がてら「ヨアンヌ様も一緒に入りますか?」と言ったところ、「もう、仕方ないやつだな」と満更でもない様子。普通に冗談だったんだが、まぁご褒美がないとやってられんからな。俺はヨアンヌを引き連れて風呂場に行こうとする。


「……このスティーラを置いていくつもり?」

「オマエはそこで待ってろ、アタシ達はお楽しみだから」


 スティーラの姿が視界から消える寸前、彼女の抑揚のない声が俺達を呼び止める。ヨアンヌはスティーラに見せつけるように俺の腕を抱き締め、べっと舌を出した。

 もしかすると、コイツも風呂に入りたいんだろうか。行き過ぎない程度に好感度を稼いでおくか……。


「スティーラ様も一緒に入りますか?」

「オクリー!? な、何を言って――」

「……情熱的なお誘い、ありがとう。……ご一緒しよう」


 スティーラの目の色が変わる。一方、ヨアンヌは信じられないというふうに愕然としていた。


「……ヨアンヌ、冗談だ。……準備しておくから、早く入ってこい」


 あんぐりと口を開けるヨアンヌを見て、口元を上品に押さえるスティーラ。表情は依然として真顔のままだが、ああ見えて冗談を言うタイプなのかもしれない。

 結果的に俺とスティーラに弄ばれる形になったヨアンヌは、両頬を物凄い勢いで膨らませながら階段を駆け上がって行った。何だか青春を満喫しているような気がして、俺は一瞬だけ幸せな気分になった。


 風呂場で服を脱いでいると、痛みへの拒絶反応と恐怖感によって現実に引き戻される。

 薬指を切る時は勢いで何とかなった。激痛の余韻でハイになって、次の実験もドンと来いという心持ちだったのだが――数日を経て今一度実験に向き合うと、まるで処刑台に送られる寸前の罪人のような絶望的な気持ちになるのだ。


 痛覚は身体が備える重要な警告機能である。身体が傷ついた時、その情報が電気信号に変換され、神経を通って脳に届く。異常が起きていること、出血などによって命の危機があることを知らせるため、脳がその情報を認識して「痛い」と感じることができるのだ。

 この機能がなければ、人間は外傷などによる出血に気付くことができない。痛覚や触覚といった機能を消し去ることは不可能なのだ。


(……拷問を耐え抜く軍人とか、本当にヤバいと思うわ。まぁ、自信が無いわけじゃない。死ぬほど怖いけど、耐えるのは得意だからな……)


 先延ばしにしたのは逆効果だったかもしれない。恐怖が増大するだけで。それはそれとして、この地獄を耐え抜いた時の自分の成長度合いが楽しみではある。


(本能的な恐怖を感じるのは仕方ない。だが、この恐怖を利用して成長できるような予感がするのも確かだ。ポジティブに捉えよう。これは多分俺の精神成長のキッカケになる。今後どんな拷問を受けるかも分からんし。幹部候補の教徒にもなると、拷問対策のために激痛を耐え抜く訓練をするらしいしな……)


 ヨアンヌは言った。痛みに対する『覚悟』が出来ていれば大したことはない、と。

 あの女に見えて俺に見えない景色など存在しないはずだ。今日まで正気を保ってきた狂気を舐めるなよ。


「あ〜風呂きもち〜」


 湯船に浸かった俺は、今までの辛いことを全部忘れる勢いで蕩けた。

 たまに入る湯船が一番気持ちいいんだよね。


 そんなことを考えていると、遠くの方からぺたぺたという足音が聞こえてくる。熱気立つ蒸気の向こうから、その身体を布切れで隠したヨアンヌが歩いてきた。


(やべっ、気ぃ抜いてヨアンヌより先に湯船に……)


 俺はぞっとしながら湯船から飛び上がり、フルチンのまま膝を折った。そんな俺を見て、妙に顔を赤らめたヨアンヌが胴に巻いたタオルを下方向に伸ばす。


「失礼しましたヨアンヌ様、お背中を流させて頂きます」

「……頼む」


 一応この風呂タイムは俺の身体を清めるためのものなんだが、上司の身体を洗わないのも憚られる。俺は用意していた軽石やタオルを置き、ヨアンヌの背後に回り込んだ。


「っ……」


 ヨアンヌは何度か躊躇いながら、身体に巻いていたタオルをはだけさせた。背中側の視覚的な防御が取り払われ、傷ひとつない綺麗な白い肌が露わになった。

 うなじから肩甲骨、尾てい骨までの妖艶な曲線美に目を奪われる。そして、肩甲骨の下。背中側の肋骨がありありと浮いているのが見えて、曲線美とは打って変わった不健康な状態に妙な感情を抱いてしまう。また、その豊満な双丘の横の部分は隠し切れず、背中側からも曲線が明らかになってしまっていた。


(そういえばこいつ、ガリ巨乳だったな。正教側のヒロインにはあんまりいなかったっけ……)


 この華奢な身体が粉々に弾け飛び、内臓までを曝け出していたのだと考えると、とてつもない生命の不思議と神秘性を感じざるを得ない。


「ど、どうした。早く洗ってくれ……」

「すみません。見惚れていまして」

「……調子の良いことを」

「本当ですよ」


 見とれていたのはガチだ。好意はないがな。


 軽石とタオルを手に取ってヨアンヌの身体をゴリゴリ擦り始めると、面白いくらい垢が出てくるので楽しくなってしまう。夢中になってゴリゴリ削っていると、彼女の耳からうなじにかけてが紅潮しているのが分かった。戦闘の時に何度も裸を曝していたのに、今更恥ずかしがるようなことがあるのだろうか。

 その疑問をぶつけてみると、タオルで身体の前面を隠したヨアンヌは弱々しく呟いた。


「……オマエに裸を見られるのは少し恥ずかしい」


 ははぁ。そうですか。


「戦闘の際、何度かそう(・・)なっていたと記憶していますが」

「アレは……ほら、別だよ。場所とか心境とか色々と違ったし」


 メッシュの入った髪をくしゃくしゃと掻き回して口ごもるヨアンヌ。腕を動かすと胸が揺れる。流石に迫力があるな。


 背中側の垢を落とし切ると、かなりの汚れが付着していたことに気付く。

 戦闘続きで身体の損傷と回復のルーティンを回していると、垢を擦り落とす必要が無いのだろう。新しく生えてくる肉体は新品だろうからな。


 メタシムの戦いにおいて、ヨアンヌは無傷で戦闘を終えたはずだ。彼女が肉体を激しく損傷した戦いは二週間以上前まで遡る。それだけの期間があれば垢も溜まるだろう。


「こんなに汚れてたのか」

「折角の美肌なんですから、しっかり洗わないと」

「……考えとく」


 ヨアンヌは自らの不養生に気恥ずかしそうな笑みを浮かべると、恥じらいを誤魔化すかのように「髪の毛を洗ってくれ」と頼んできた。

 はい喜んでと接客業者の如く返事をして、石鹸を泡立てた両手をヨアンヌの髪の毛に突っ込む。自分の髪の毛と違って、線の細い髪質。指の間をすり抜けていく髪の毛に驚きを覚えながら、指の腹で丁寧に汚れを落としていく。気分はペットのブラッシングである。


「オクリーはさ、好きな髪型とかあるか?」


 うお、すげぇ難しい質問が来た。普通に答え方ミスったらヤバそう。少なくともスティーラの髪型である『縦ロール』などと答えた日には浴槽が血に染まるだろう。

 しかし、これは本当に難しい質問だ。俺は特に好きな髪型とか無いからなぁ。


「女性の髪型に拘りはありませんが、ヨアンヌ様の髪型はとても素敵だと思いますよ」


 その言葉を吐き出した瞬間、自分でも百点満点の回答が出来たなと思った。ヨアンヌはぽかんと口を開けた後、からからと笑って膝を叩く。


「オマエ、女(たら)しだな」

「はは、それは無いですね」

「……はぁぁ。心配事が増えた」

「?」


 軽快に笑ったかと思えば顔を押さえて溜め息。やはりヨアンヌのことが分からん。

 髪の毛を洗い終わったので、日々の憂さ晴らし的な感じで過剰な量の水をぶっかけて髪の泡を落とす。うひゃ〜と声を上げるヨアンヌを見るに、じゃれ合いの一環と思われている感じがする。


「ところでヨアンヌ様、身体の前面はどうなさいますか? 自分で洗われますか?」

「えっ!? い、いや、それは……」


 彼女はこちらに背中を向けたまま、膝の内側を擦り合わせ始めた。胸の前で交差させた両腕でしかとタオルを抱き締め、悶々と肩をすぼめている。


「……やめておきますか?」

「……あ、あぁ、今はちょっと……そうする」

「了解しました」

「……触りたかったよな、ごめん……」


 何でそこら辺の自己評価が絶妙に高いんだ。


 俺はヨアンヌの身体を洗い切った後、一緒に湯船に浸かって大きな息を吐いた。

 ほんの少しだけ気が楽になった……ような気がした。


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