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一八話 もしかしてこれが恋?はい、ストックホルム症候群です


 オクリー移動要塞化計画。話の概要を聞くと、正教側からすれば悍ましすぎる計画が明らかになってきた。

 内容はこうだ。まず、俺の指又は身体の一部を幹部のものと入れ替える。そして、正教側の何れかの街に一般市民として送り込まれた俺が、所定のタイミングで街の中央に向かう。準備が整った瞬間、幹部全員が突然街の中央に現れるという作戦だ。


 確かにこの提案が実現可能なら、正教との宗教戦争は激変するだろう。非人道的な戦法を積極的に行える邪教徒ならではの圧倒的な強みに成り得るし、幹部という人間兵器を一方的に戦地に送り込めるのは正直反則級の戦術だと言ってもいい。

 ただ、数十キロ単位で肉体を『転送』できるのはヨアンヌのみだ。その他の幹部の『転送』は精々一キロ程度の射程しかない。まぁそれくらいの距離でも十分といえば十分なのだが……俺には他にも気になったことがあった。


「お言葉ですがヨアンヌ様、そのように面倒なことをするのなら、幹部同士で身体を交換して要塞化すれば良いのでは?」

「……いや。攻撃面だけじゃなく防御面から見ても幹部じゃない教徒が適役だと思う」


 俺は彼女の言葉に首を捻る。身体回復能力を持つ幹部同士がそれぞれの身体を持つことによって、それぞれが保険を掛けるような形にするのはダメなのか? 幹部七人が要塞化すれば、全員を同時に撃破しなければ即復活するという性悪すぎるクソギミックになるはずだ。一キロメートル以内に居なければ復活はできないが、どうせ同じ条件なら幹部同士が持ち合わせておく方が余程強いはず――そう言おうとして、俺はあることに気付く。


「今……ヨアンヌ様の薬指……元々私のモノだった薬指を吹き飛ばしたらどうなります?」

「オクリーの部分は喪失して、アタシの手が残るな。もちろんオマエの部分は回復できない」


 ――攻撃を受けて他人の身体の部分が消滅すれば、その部分に治癒魔法を掛けても他人の組織は回復しないのか。なるほど、ピンポイントで攻撃を食らってしまえば、この特殊な肉体癒着状態は強制的に解除されるということか。


 『要塞化』を施す人物が幹部以外の教徒でなければならない理由は分かった。幹部同士の戦闘中、常に肉体の損傷の危機に曝される彼らは、『要塞化』を施されても強みを活かしきれないのだ。

 せっかく他幹部の肉体を癒着させても、他人部分を破壊されてしまえばその組織を回復できないのだから、使い勝手が悪いに決まっている。


 幹部同士で戦っている時、陰でコソコソ隠れられる程度には実力のある一般教徒が一番適正アリってことだな。


「なるほど。敢えて一般教徒に幹部の肉を持たせることで、攻撃面に関しては高い奇襲性能を、防御面に関しては意識外の安定した復活先としての役目を期待できるわけですね」

「そういうことだ。ついでに託した肉が腐る心配もないしな。何気にこれが一番デカいかも」


 ……問題があるとすれば、幹部の治癒魔法は彼ら自身にしか適用できず、俺達他人に対してはそこそこの効果しか発揮しないことか。彼らの治癒魔法は一般教徒の致命傷を即座に回復できるほどの拡張性を有しておらず、失った肉体を再生させるだけの治癒も不可能だということ。

 ……つまり、もしヨアンヌが俺の薬指を無くしたり、戦いで消滅させてしまった場合、俺の薬指は一生戻ってこないことになる。


 まぁこの際、薬指はくれてやろう。それはもうしょうがない。指の一本くらいは我慢してやる。だが、仮に幹部七人の復活先となることが決定した場合、俺の指は合計で七本持っていかれることになる。それは流石に不便でしかない。せめて足の指だとか、耳朶だとか、腎臓の片方とか、何なら盲腸とか……そういう部位を無くす方がよっぽどマシである。


 肉体損失のことを考えると、幹部七人の肉を移植するのは無理な気がした。オクリー移動要塞化を避けたかった俺は、ヨアンヌの性癖と恋心を利用して反対してみることにした。


「良いアイデアだとは思います。しかし、ヨアンヌ様はそれで良いのですか?」

「えっ?」


 素っ頓狂な声を上げて大きな目を丸くするヨアンヌ。どうやら彼女はまだ気付いていないようだ。


「幹部の方々の指を移植したとしましょう。当然左手の五指だけでは足りませんから、右手の指も交換することになりますよね?」

「うん」

「部位を交換したとて、男は自慰行為をしたくなるものです。つまり、右手に移植した他幹部の指でする(・・)ことになるんですよ。……ヨアンヌ様は、恋人が他の方の指で自慰行為を働いていると知って耐えられますか? 許せますか?」

「あっ……」


 ヨアンヌの執着心と嫉妬心を利用して、要塞化計画を断念の方向に持っていく。どうやら彼女の中での交換部位は指で決定しているらしい。「じゃあ足の指とか耳朶を交換しよっか!」なんて言われないで良かった。

 確かに強化イベントは魅力的だが、俺が欲しかったイベントはこういうのじゃなくて、筋肉ムキムキになったり魔法がボーンって出たりするような奴だ。決して初見殺しのダンジョンボスみたいなギミックになりたいわけじゃない。


(これはこれでアリなんだが、この計画は邪教大幅強化にも繋がっちまうからな……流石に移動要塞化計画は阻止しなきゃならん。強くなりたいと一口に言っても、限度と範囲があるからな)


 正教側は国を治める立場というのもあって、非人道的な戦術の研究が進めづらい。意表を突く非人道的戦術の手口が明らかになるまでは、どうしても対策が後手に回りがちだ。

 この作戦の恐ろしいところは、種が分からなければ初回の襲撃は確実に成功するだろうということ。セレスティアに顔バレはしているが、写真を撮られたわけでもないので街の出入りはフリーパスだ。俺に似た見た目の人間がいくらでもいる、という事実が更にこの作戦の恐ろしさを際立てていた。


 顔を歪めて独占欲を発揮するヨアンヌを見て安心した俺は、思わずほっと溜め息を吐く。

 良かった。ヨアンヌと薬指を交換する程度で済んだぞ。

 そう思った瞬間だった。


「――でもオクリー、アタシはやってほしいんだ」


 そんなヨアンヌの決意が隣から聞こえてきた。

 えっ? という頓狂な声を上げそうになる。


(な、何で? 今の流れはじゃあ要塞化計画はやめとくか〜って流れだっただろ!)


 ヨアンヌは病的な白い肌を真っ赤に紅潮させ、何かに苦悩している様子だった。


「うぅ……オマエは……オクリー・マーキュリーはアタシのモノだ。それでも正教のクソ虫を倒せる方法は……これ以外に無いと思うんだ……」


 あぁ、そうだ。忘れていた。彼女の中にある価値観は教祖アーロスを頂点としているのだ。こんな性格のくせに、きっちり仕事とプライベートを分けられるタイプなのかよクソッタレ。


「……そんなに葛藤されるようでしたら、ヨアンヌ様以外の幹部は他の教徒を利用するよう提言すれば良いのでは?」

「ダメだ。この戦法の爆発力は、一人の教徒に七人の幹部の肉を仕組ませることで生まれている。一人に七人を移植するのは確定だ。……オクリー以外も移動要塞化するなら、お前以外の教徒達にも仕込まなくちゃ(・・・・・・・)いけないことになるとは思うが……とにかく、中途半端はダメなんだよ……」


 中途半端が一番ダメ。妙に刺さる言葉を吐くヨアンヌは、己の中に揺れる独占的な狂愛と教団の躍進の間で揺れていた。


「……だっ、ダメだ。オマエに他の奴らの肉が入り込むのが許せない。アタシの肉を他の奴らに移植しなくちゃいけないのが嫌だ。あぁ、オマエのことを考えると本当に狂いそうになる……」


 えっと、もしかして俺の移動要塞化は確定ですか? 俺の人権どうなってんの? そんなモン存在しないのは知ってるけどさ。


 苦悩のあまり、しとどに泣き始めてしまうヨアンヌ。俺の胸板に飛び込んできて、額をぐりぐりと押し付けてくる。急にそれっぽい雰囲気になりかけているが、直前の話の内容が全然ドラマチックじゃない。勝手に盛り上がられて、置いてきぼりにされている気分だ。


(この女イカれてるよ……。肉を移植するしないの葛藤で何でここまで感傷的になれるんだ? うわ鉄臭っ! あ、俺もか……)


 大粒の涙をぽろぽろと流すヨアンヌ。こんな怪物のような精神の持ち主でも、しっかりとした女の子らしい温もりと、卑怯なくらいの柔らかさと軽さが伝わってきた。


「分かんなくなってきたよ……オクリー……」


 妙な強迫観念に囚われて、彼女の背中側に回された俺の両腕が何度か宙を掴む。こんな化け物でも女は女だ。胸の中で泣かれると、こちらとしては何故か俺が悪いみたいな感じがして辛い。

 女の涙は武器になると言うが……頼むヨアンヌ。それ以上武器を増やさないでくれ。


 彼女を突き飛ばすのも一興だったが、多分逆上して殺されるだろう。それならとことん甘やかしてやるしかない。


「大丈夫ですよ」


 根負けした俺は、そう呟いて優しく彼女を包み込んだ。痩せた背中に手を回し、小さな肩を抱き寄せる。骨ばった背中を服の上から撫でてやると、波打つ肋骨の上に薄らと柔な肌が乗っているのを感じられた。この間粉々にされたはずなのに、手を通して心臓の鼓動が聞こえた。

 段々と啜り泣きが落ち着いてきたヨアンヌは顔を上げ、背伸びをしながら俺の肩の上に顎を乗せる形になる。計算づくなのか、容赦なく彼女のガリ巨乳が押し付けられ、思わず後ろ側に仰け反ってバランスを崩す。そのまま胡座をかくような姿勢で着地してしまい、俺が姿勢制御に手間取っている間に、ヨアンヌは俺の首筋に鼻を当てて深呼吸し始めた。


 ヨアンヌが男だったら、こんなこと許してないだろうなと思う。幹部連中に女が多いのは原作がエロゲーだからだ。ある意味助かってはいるが、女だろうが男だろうが邪教徒には今でも拒否感がある。


(いつの間にかヨアンヌの好感度がヤバいことになってるな。もう他の幹部のルートには逃げられないか……)


 服を通じて温もりが触れ合っている。怪物の肌は柔らかい。細く白い曲線を描く両腕が俺の胴に絡み付き、すらりと伸びた脚が俺の腰を挟み込む。たまに尾てい骨の辺りに厚底ブーツがぶつけられ、彼女の狂愛表現の激しさに呆気に取られる。

 全身全霊で密着しようとするヨアンヌの頭をぽんぽんと叩いて、俺は「そろそろ」と囁いた。もちろん「そろそろ退いてください」「こんなことしてる場合じゃないでしょ」「イチャつく暇があるなら実験したいんですけど」という意味である。


 すると、何を勘違いしたのか「えっ」と戸惑い始めるヨアンヌ。俺の肩に両手を乗せ、至近距離で向かう形になりつつ、潤んだ螺旋の双眸を二度三度左右に泳がせている。

 そして、視線が定まる。俺のことをじっと見つめてきた彼女は、バツが悪そうに頬を掻いてから。


「わ、分かったよ……んっ」


(んん!?)


 小さく窄めた唇を突き出してきて、そのまま俺の唇と重ねてきた。


「アタシからさせるなよ……バカ」


 何が起きたか理解できずに固まっていると、妙に汗ばんだ彼女の首筋から、防御の緩い胸元に珠汗が流れ込んでいくのが見えた。


 どう考えてもキスする雰囲気じゃないだろ。指切断して交換してから一時間も経ってないんだぞ。俺は鯉のように口をぱくぱくと開閉させてから、耳を真っ赤にしたヨアンヌが立ち上がっていくのを愕然と眺めていた。


(……い、いや、落ち着け俺。今日はキスで終わって助かったと思うべきだ。指を交換して性欲を満たせたのが良かったかな? とにかくノーモーションで腕を切り落とされるとか、そういうのが無くてよかった)


 そう、中途半端は一番ダメなのだ。行くならとことんまで突き詰める。ヨアンヌ攻略に関しても、四肢切断を回避しながら究極的に突き進む。そういう風に生きなければ、この世界で生き残る道はない。全力で生き、全力で力をつけ、知恵を振り絞り、殺し合い、勝ち残った者だけが生きていける。


 ヨアンヌの手を借りて立ち上がった俺は、左手の薬指を見下ろした。


「移動要塞化計画のことは幹部会議で議題にしてみるよ」

「分かりました」


 恐らく彼女の中では決定事項なのだろう、オクリー移動要塞化計画について言及される。

 体液交換フェチのフアンキロは興味を示すだろう。教団戦力の増強に繋がるから……と、教祖のアーロスも大賛成してくれるだろう。ポークやスティーラ、その他の幹部は分からないが、概ね賛成意見多数で計画は進んでいくはずだ。


「アタシはオマエのことが好きだ。誰にも渡したくない」


 一度した分、躊躇がなくなったのか、背伸びしながらもう一度名残惜しそうに唇を重ねてくるヨアンヌ。恋心と使命の間で揺れる少女の瞳は、ほんの一瞬だけ正気を取り戻していた。


「んっ……オマエはずっとアタシのモノでいろよ、オクリー」


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