一二五話 敗北者たちの決意
神父の手に刻まれた年輪が死者の足跡を暴く。テラス族のゾンビに触れると、彼らが受けた迫害の様子がありありと浮かんでくる。
獣から毛皮を得る感覚で、テラス族狩りが各地で行われた。彼らの扱いは人ではなかった。想像を絶する人間の業から逃れた後、視点の主アイル・ウォーエンブレムは偶然にも邪教徒となったポーク・テッドロータスと再会した。
一族の復活と世界への復讐を共通目標に背中合わせで戦い、絶望的な環境が二人の距離を縮めていく。似通った境遇の二人は次第に惹かれ合い、男女の関係となった。
一糸まとわぬポーク・テッドロータスがその顔を羞恥に歪めている。激しい息遣いと滴る汗が視界を狭める。女の匂い。すらりと伸びた手足。くびれた腰。思わず抱き寄せ、目の前にあらわれた慎ましい胸に口づけする。手を絡ませ、舌を貪ると、頭の中に多幸感が広がり、視点の主アイルに『彼女と共に世界へ復讐を果たす』という決意が漲っていく。
――そんなアイルが死亡したのは、二人が身体を重ね心を交わした翌日のことだった。
クレス・ウォーカー率いる対邪教徒部隊によって瞬く間に蹴散らされた。ポークは頭を強く打って気を失っており、彼女が目を覚ましたのは愛する人が冷たくなった後だった。
錯乱し、狂乱するポークを想いながら、アイルの意識が完全に消え果てる。ポークは何らかの方法で死体を保存した後、晴れて魔法使いとなりアイルを復活させたのだろう。
真っ暗闇の中、何者かの抱擁や愛撫を受けたような幻覚が襲い来て、ドルドン神父の意識は現実に戻ってきた。
目の前に居るのは直立不動のアイルだ。男物のタキシードを着せられているので、一瞬ポークがいるかと勘違いした。
(最後の幻覚は、ポークがアイルを死姦している時の共振か。もう生き返らないアイルに対して……なんと哀れな女よ)
ドルドン神父の推測は半ば的中していた。
『自動型』で生前の面影をなぞらせてみても、ポークの心の隙間は埋まらない。己の魔法で復活させられるものは限られている。寧ろ、不完全な形で現世に留まり続けるからこそ、ポークの心の底に汚泥が溜まっていくのだ。
己の属する少数民族や、かつての想い人を復活させたかったポークが得た魔法『棘の隷属』。その魔法は、ままならぬ現実と願望の板挟みになった現実を表しているように思えた。
ドルドン神父はアイル・ウォーエンブレムの名をインクで染み込ませると、典型的なテラス族の特徴を有する彼を見て顎髭を撫でた。
ジェノサイドを受けたテラス族は、世界が意図的に忘れ去ろうとしている民族だ。虐殺の責任が非常に重いとされる南方国家は、テラス族へ贖罪すべきという声を完全に無視している。
そんな民族の一員であるポークがアーロス寺院教団にいると、事が複雑になるのだ。
何の罪もないのに虐殺を受けたテラス族の生き残りが、世界へ復讐を果たすために暗躍している――などという風説が世界に広まってしまえば、テラス族は今度こそ狩りの対象になってしまう。南方国家にポークの容姿が知れ渡った時、彼らは正教に何らかの援助を行い虐殺の正当性をアピールするかもしれない。
(テラス族やポークには同情する。ただ、アーロスに加担した時点で君の生存確率はゼロじゃ。南方国家で復讐を留めていれば、或いは……)
実際のところ、ポークの目撃証言が極端に少ないため南方国家が勘づいた形跡はない。
テラス族の虐殺にほとんど無関係なゲルイド神聖国――ドルドン神父はテラス族の少年を手にかけている――で好き勝手に暴れたのが運の尽きだ。南方国家へ反旗を翻していたなら、相当の『正義』がポークに味方したかもしれない。でも、そうはならなかった。
邪教徒に故郷を滅ぼされ、ジェノサイドを受けたマリエッタが『正義』の加護を受けているのは、彼女が攻撃対象の選択と時勢を見誤らなかったためだ。
ボタンをかけ違えていたら、マリエッタとポークの立場は入れ替わっていただろう。人殺しの評価が『英雄』と『悪人』に二分される時、そこには大義名分の有無がある。
(後世では、テラス族はポークを生みし悪の民族だったと評されるやもしれぬな)
ポークには、南方国家を敵に回す理由はあっても、ゲルイド神聖国を敵に回す理由がなかった。そして何より、アーロスという教祖がいる限りは誰にも同情して貰えない。そういう運の悪さがポークにはあった。
ドルドン神父は用が済んだので部屋を後にしてから、何かを思い出したように口元を押さえた。
(いや、ちょっと待て。それはそれとして、冷たい肉棒を味わう価値はあったんじゃないか? 人生経験として……。チィ、ワシとしたことが、ちょっと感傷に浸ってしまった。くだらん)
後ろ手に閉めたドアを再度こじ開け、肉棒にありつくこともできたが、時機を失ってその場を後にする。慌てる必要はない。熱い肉棒ならどこにでも転がっている。
ドルドン神父はそんな熱い肉棒の持ち主アレックスを捜し、地下の武器庫で発見した。
「ここにおったか」
二人は武器庫前に配置されたゾンビを素通りしていた。ポークはその様子に気づいていたが、何せ緊急事態故に彼らは放置せざるを得ない。それ込みで二人は動いていたため、短い時間やりたい放題だ。
「戦の備えは中々だな。最新式の武器がこんなにも蓄えられておるとは」
「帝国から密輸されたモノっすよ。アプラホーネ様が改造したやつもあるっす」
イグオール帝国はゲルイド神聖国と異なり『科学』を文化の中心に据えている。ゲルイド神聖国は部分的に世界最高峰の技術レベルを誇り、イグオール帝国は平均的に高い文化・技術レベルにあるといった違いがある。
ボウガンや弓、或いは剣や槍による原始的な戦いが未だに闘争の中心にあるゲルイド神聖国からすれば、火薬を用いた小型銃やそれに付随する武具は魔法使いからしても充分脅威的であった。
アプラホーネは帝国の武具の技術力に目をつけ、魔法と科学を融合しようと目論んだわけだ。
ただ、アプラホーネ自身の魔法と関係ない部分の技術まで飛躍的に向上していることから、先の大戦で強奪した『聖遺物』の効果を用いているのは明らかである。『聖遺物』を使い熟す技術を持ち合わせてこそマッドサイエンティストというわけだ。
「これとか凄いっすよ。刃がグルグル回って切れるっす」
「何だこれは? 最先端の技術というのは凄いな」
アレックスが手に持った武器は、現代日本で言うところの丸鋸である。柄の下からは二本の管が伸びており、これらを大動脈と大静脈に直接挿管することで、心臓のポンプ力を利用した『人間ポンプ』による無限の稼働を可能とした。
アプラホーネは、表に出てこなかった間、人間の心筋に備わった拍動機能に着目し、培養槽から生まれた人間を検体に実験を繰り返し、人道的配慮を一切無視することで『人間ポンプ』を開発していたのだ。
血流を利用した駆動兵器は多岐に渡る。武器庫の最奥に鎮座した人型強化外骨格は一際二人の注目を引いた。
アレックスは体高四メートルほどの鎧を見上げ、外骨格の合金パイプと管を撫でる。
「……無垢なる人形。ジアター様の操るゴーレムとはまた違う人型兵器か」
「そうっす。まだ開発中で、まともな試運転も済んでないらしいっす」
「…………」
「あと一年あれば、こいつが量産体制に入るはずっす。その時期になったら、幹部は一人補充可能で数的不利はなくなってるっす。死者はポーク様の魔法で無限に復活できるし、生者は人型強化外骨格の影響で屈強になって……このメタシム襲撃さえやりすごせば、正教に勝てるんすよ。この襲撃さえ何とかすれば……」
アレックスがぶつぶつと呟く。なるほど、頼りにしてはならないものを頼りにして、皮算用の希望に縋る。危険信号だ。
しかし、『人間ポンプ』という新技術は中々面白い。数十年後の近未来、医療の分野で活きてくるかもしれない。
(その時は、ゲルイド神聖国外で……かな。短期外遊した時、医療技術の差を思い知ったのが懐かしいわい)
ゲルイド神聖国の医療は幹部の治癒魔法頼みである。それ以外は外国に比べるとかなりお粗末。田舎部などはかなり酷い。『おまじない』や迷信じみた民間療法が未だに成されているほどだ。
ドルドン神父は兵士を引退した際に諸外国を視察したことがあり、『科学』なる理論を用いて気持ちの悪い医療を実施していたのを目撃している。何でも、身体を切り開いて塩水をぶっかけ、病巣となる部分のみを取り除くのが『治療』らしかった。
当時のドルドン神父はぶったまげた。彼の価値観ではあまりにも野蛮だったからだ。しかし、話を聞いてみれば生存率が段違いである。
ゲルイド神聖国と諸外国の先端技術が融合した時、凄まじい『何か』が出来るのではないかという予感はその時からあった。
その『何か』が、今まさに正対する人間ポンプなのだろう。
アレックスが強化外骨格に接近していく。そわそわと落ち着かない様子を見るに、搭乗したいようだ。ドルドン神父は呆れながら引き止める。
「やめておけ。そういうのは大抵身体に悪い」
「今更知ったことじゃないっす。無駄に長生きしてもつまんないっすから」
「若者らしい発言だが、君らしくはない先走った発げん――」
「ああもう! さっきからうるさいっすね!! ここでやらなきゃ!! 正教を止めなきゃ!! 自分が活躍しなきゃ!! 混沌の世界を作る前段階にすら入れないんすよ!!」
アレックスは人型強化外骨格の下半身を足取りに、あろうことか腰部のパイロット席に入ってしまった。骨組みだけで外部から丸見えの座席に座ったアレックスは、首元にぶら下がった青い管を頚部に挿入。すると、半透明のチューブの内側に深紅の液体が満たされていき、外骨格に張り巡らされた管が妖しく赤く光っていく。
坊主が小さく呻いた。肌が紫色に変色し、全身の血管が浮き上がっている。黒目が不規則に揺れ動き、瞳が二重にぶれた。装着直後だというのに、尋常ではない負担の掛かり方だ。ドルドン神父は頬の辺りを不愉快そうに歪めた。
搭乗者の血流に満たされた人型強化外骨格のコアが、パイロット席に簡易的な安全バーを下ろす。合金鎧に閉じ込められたアレックスは隻腕で操縦桿を駆使し、ペダルを踏み込んで、手探りでスーツを動かそうと躍起になった。
ただ、装置の不具合か、跪坐の姿勢から一歩動き出した直後に静止してしまう。
「何も今装着することはないはずだが?」
「身体を慣らしてるんすよ……。どんどん慣らしていけば、強化外骨格を装備した上で別の兵器も併用できるはずっすから――ッグ、ゲホッ!」
アレックスが血痰を吐き、びしゃびしゃと地面に撒き散らされる。ドルドン神父からすれば、アレックスの発言は不可解だ。
このスーツ、対一般兵士なら中々の有利を取れそうなものだが、対魔法使いには出せたものではないだろう。的が大きくなる上、恐らく管の破損で操作系統を失う脆弱性を抱えている。それなのに、スーツに頼って正教の襲撃に備えるとは何事か。メタシムに来る兵は十中八九、魔法使いだけだ。スーツの出番は今ではない。
そこまで思い至った神父は、アレックスの動転っぷりの原因に思い至った。
「まさかアレックス君……嫉妬して冷静さを失っているのかい? 君の夢を裏切って、真っ当な人の道を行こうとするオクリー君に心を乱されて……」
「え……いや、いやいやいや。え? 何勝手に納得してるわけ? そんなわけないじゃないっすか」
「そのガラクタに拘る理由が分かった。君はハナから対魔法使いなんて想定していなかった。明日やってくるであろうオクリー君を殺すことだけ考えていたのじゃ」
「…………」
「世界を混沌に落とすという夢はどうした? そちらより、オクリー君を殺すことの方が優先か?」
「違うっす……。自分の夢の成就のためにメタシム襲撃をやり過ごす必要があって、そのためにできる最高の一手が先輩を止めることなんすよ……」
「なるほどな。偶然の一致、というわけか……。しかし、腕が片一本だけというのはあまりにも不便じゃろう」
「まあ……」
「人造人間から移植したらどうかね?」
「……そうするっす」
「ああ、そうしよう。片腕ではスーツの操作すら覚束無いだろう」
アレックスは冷静でなかった己の暴走を省みた後、首に挿入された二本の管をゆっくりと抜こうと手をかけた。
ドルドン神父は慌てて坊主の両手を押さえる。大静脈の方はともかく、大動脈に刺した太い針をいきなり抜くのはまずい。乱心気味の坊主に声をかけながら、血管を傷つけないよう周辺組織を圧迫しながら針を引き抜いていく。
「おほぉぉ、これはまたぶっといモンが挿入っとるな……。アレックス君、右から失礼するよ……。それじゃあ、ゆっくり抜いていくから……。あぁ、うん、うん。うん。抜けた。……傷口、フーッてして、いいかい? えっ? ダメ? チッ……今度は左から失礼します。――クックック、綺麗になった! その辺にあったスライムを使って、きもちぃ音を奏でてもいいかい?」
「さっきから耳元で何言ってるんすか! 気持ち悪い!」
幾度かふらつきながら、首を圧迫し止血を試みるアレックス。そんな彼を抱き留めて、ドルドン神父は坊主周りの空気をめいいっぱい吸い込んだ。
「どうだアレックス君、落ち着いたかね? さあ、一緒に腕を借りに行くんだ」
「……そうっすね」
この世界にはアルコール消毒の概念はなく、挿入する管の先端針も使い回し。不衛生極まりない。それ故に、スーツが量産された暁には敗血症や感染症が流行するだろう。そんなリスクを露知らず、二人は管をパイロット席に放置した。
武器庫から脱出しようとした二人の前に、ゆったりしたシルエットの女が立ち塞がる。赤銅色の長髪を靡かせるマッドサイエンティスト、アプラホーネ=ランドリィである。
右手には何らかの警報音を発する小さな機械を、左手には人造人間らしき裸の人間を引き摺っている。メタシム襲撃対策の会議が終わったのだろうか。
「吾輩の研究に勝手に触れる不届き者は君達かい」
アプラホーネは右手に持っていた機械の丸いスイッチを押下して、鳴り響く警報音を止めた。彼女の視線が二人の間を彷徨う。幾ばくかの逡巡の後、首から出血したアレックスに目をつけた。
「そこの君……アレックス君だったかな。話がある」
「……何すか、勝手に機械弄られてお怒りっすか?」
「それは言うまでもない」
真顔のアプラホーネの指先から塩粒が落ちる。その流れで地面に注目すると、白い粉粒がかなりの数見受けられた。その白い粉粒は、触れた物を塩に変換する彼女の魔法がこの武器庫でも発現した証左である。
切り揃えられた髪を弄るだけで、アプラホーネは酷く艶かしい雰囲気を醸し出す。襟首の緩さに一瞬気を取られながらも、アレックスはドルドン神父と顔を見合わせた。
(……殺されるっすか?)
(どうかな。そういった感じには見えないがのう)
万が一の可能性に備え、ドルドン神父は懐の爆弾に意識を向けながら脳内でアプラホーネと殺し合いを演じる。ゾンビの金玉を通じて、幹部共のある程度の能力には予想がついていた。しかし、対アプラホーネの想定が〇勝十一敗を超えたところで、妄想をやめた。
敵の魔法は触れた物全てを塩に変える能力。それに付随して、付近の塩を操作する力もあるはずだ。爆弾を塩に変えられ、己の身体をも変換させられる未来しか見えない。
ドルドン神父が諦めたように目を伏せたのに対し、アプラホーネは梟のように小首を傾げながら、瞬きひとつせずアレックスへ告げる。
「アレックス君……強心薬を飲まずにスーツを動かしたのかい?」
「?」
「先日の状態から半歩ほど動いている。君が動かしたんだろう」
「まあ、そうっすけど……」
アレックスのあっけらかんとした返答を聞いたアプラホーネは両腕を大仰に広げた。
「――素晴らしいっ!」
武器庫に引き攣ったような笑い声が響き渡る。アプラホーネは狂気的な笑みを浮かべてアレックスに躙り寄った。
「君はスーツパイロットとしての素質に溢れている! あぁ、強心薬無しで、しかもまさか隻腕でスーツを動かせる人材がここに居たなんて! ――知りたいッ! 君のことをもっと知りたい!! どうだい、吾輩とそこの暗がりで交尾しないかい!?」
アプラホーネは妖しい笑みを浮かべて顎でしゃくり、首元の緩い服を引っ張って胸の上面を見せつける。アレックスは彼女の誘いを即座に拒絶した。
「そんなことより、引き摺ってる人間は何なんすか? 自分のために持ってきてくれた人形なんでしょう?」
「鋭いね。ポーク君から武器庫に君がいることを聞いていたから、ついでに拝借してきた。察しの通り、アレックス君にくっつけるためにもってきたものだよ」
アプラホーネは懐から小ぶりなナイフを取り出すと、手慣れた動作で人造人間の片腕を切り落とす。人造人間は生きていたらしく声にならない悲鳴を上げていたが、すぐに塩に変換されて消えていった。
流れるような命の冒涜に誰も反応しない。それよりも、アレックスの喪われた腕の付け根に切り込みを入れて、本当にくっつくのかどうか見届ける方が三人にとって重要である。
「本当に元通りになるっすか?」
「先駆者オクリーによると元通りになる可能性が高い。彼はヨアンヌ君と指をストライプ状に入れ替えた後に動かして見せたらしいからね」
メリメリ音を立てながら押し付けられた人造人間の腕は、治癒魔法を掛けられた直後から元気に動き出した。
アレックス本人も「ウソでしょ」と呆気に取られている。
「さてアレックス君、スーツを勝手に操作したことについてはチャラにしてあげよう。交尾の誘いを断ったのも許そう。その代わり、有事の際にはスーツに搭乗し真っ先に対応に当たってくれ。強心薬をくれてやる。ちなみに拒否権はない」
「元よりそのつもりっす」
「ならば結構、そのスーツは君に譲渡しよう。好きに使ってくれ」
「良いんすか! なら遠慮なく使わせてもらうっすよ」
アプラホーネ曰く、スーツは複数の試作品があるという。アレックスが託されたのは初号機。出力が高い代わりに搭乗者への負担が大きく、安定性に欠けるという特徴がある。
何台かスーツが控えているのはそれとして、ドルドン神父は管まわりの脆弱性をアプラホーネに問う。つまらぬ兵器のせいでアレックスが無念のまま散るのは避けたかった。
「アプラホーネよう、ワシからすればスーツは致命的な脆弱性を抱えているように見える。剥き出しのチューブや装甲をちょっと切られただけで動けなくなりました〜という結果が透けて見えるわい。このまま出動させるのは資金と素材の無駄だと思うが?」
「ああ、それについては問題ない」
「何?」
「実戦で扱える『兵器』にするために、吾輩が来た」
アプラホーネは強化外骨格に手をかけると、余っていた服の袖を捲って装置を弄り始める。束ねられた鋼鉄の板を素手で加工し、スティーラの魔法を再現したような小型バーナーを駆使して仕上げていく。
露出した管やコックピットを守るように板を束ねて、搭乗席の周囲はぐるりと一周囲うような隙間を作って視野を確保した。
「この装甲があれば、クロスボウや剣なんて弾き飛ばせるっすね……」
「当然さ。帝国最強の高度を誇る合金なのだからね」
その合金をいとも容易く折り曲げて形状記憶させたのはアプラホーネなのだが、やはり普通の人間に対しては有効――ということなのだろう。
アプラホーネは丸鋸や改造銃を腕部・肩部に溶接し始め、それらの器具から伸びた管を並列に付け替え始める。脚部には螺旋状のブーストユニットが備わっていたが、女はユニットへ繋がる管を並列に増強した。
ただでさえ負担の大きい装置に更なる負担が伸し掛ったのが素人目でも分かる。
「両肩に搭載した銃は連射式の銃だ。一度スイッチを押せば、心臓の拍動に合わせて自動で銃を連射し続ける。それでいて一発の威力は大砲並さ。……脚部の排熱機構は、百八十度の可動域を持たせたブーストユニットだ。普段のスーツは二足歩行だが、ブースト中は足裏の車輪が飛び出してより自由な駆動を可能とする。燃料制限はあるが、数分程度はブースト状態になれるよ。……どうだい、この装備でもまだ不満かね?」
「い、いや……魔法使いでもない人間がこれを操れるというのは凄いな。存外バカにできぬやもしれん」
「クックック、そうだろう? さて、会議も終わったことだし、吾輩は残りのスーツを改造するよ。君達は出て行ってくれたまえ」
アプラホーネはアレックスに小瓶を押し付け、二人を武器庫の外へ追い出した。小瓶の中身は強心薬である。
アレックスは「やっと憧れの人に追いつける武器を手に入れることができた」と言わんばかりに、小瓶をそっと両手で包み込んだ。
「やった、やったっす……。こいつさえあれば、先輩に勝てる……! あの憎たらしい幸薄な顔をぶっ飛ばせる……!!」
アレックスはそのままどこかに歩いていった。
置いてきぼりにされたドルドン神父は、邪教が隠していた秘密兵器を前に冷や汗を流していた。
アレックスがスーツを意のままに操れるからではない。
大砲並みの連射銃を装着しているからでもない。
ブーストユニットによって驚異的な躍動を可能とするからでもない。
その真意は――
「――間違いない。あのスーツ、フアンキロ・レガシィが装着すると最大級の力を発揮するシロモノだ……」
――魔法使い同士の戦争において無力と思われていたフアンキロ・レガシィが、あのスーツに搭乗した瞬間に最も恐ろしい敵となるのが理解できてしまったからだ。
(フアンキロの魔法は、厳しい条件付きの拘束術。恐らくは数メートル程度の射程しかないのだろうが、その反面『鎖』で繋いだ敵を一方的に嬲り殺せるという性能のはずだ)
ヨアンヌ・サガミクスやポーメット・ヨースターなど身軽に動ける幹部に比べて、フアンキロの身のこなしは固い。そんな女がスーツに搭乗してみろ、戦況が一変しかねない。
(まずい……まずいぞ……!! いくら魔法使いといえど、通り魔的に拘束されては一網打尽だ! は、早くオクリー君に伝えねば……!!)
無尽蔵の回復力を持ち、尚且つ本体がそこまで強くないフアンキロこそ、パイロットに最適なのだ。
スーツの危険性をオクリーに伝えなければならない。フアンキロの魔法の詳細は分からないが、間違いなくスーツと魔法の合わせ技はまずい。髪を掻き上げながら乱れた心を落ち着かせようとドルドン神父は必死になる。
「お、オクリー君に………………」
「………………」
「オクリー君に伝えて……どうするのだ?」
そして、気づく。
「ワシが止めなければならんのだ……」
ドルドン神父の最終戦争は既に始まっている。
これこそ、神が与えし試練なのだ、と自戒した。




